私を抱いて…離さないで

真田晃

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第二章 人と、金と…

54.

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* * *


「……」

そうだ。
……思い出した。

あの焼き鳥屋で、先輩のウーロンハイを私が注文した烏龍茶と勘違いして飲んで。
一気に飲んじゃったせいか。頭がクラクラして、カウンターに突っ伏して。
立つこともままならないまま、先輩に支えられながら店の外に出て。拾って貰ったタクシーに、一緒に乗り込んで……

「……」

ひとつ思い出すと、芋づる式に次々と記憶が蘇っていく。
タクシー内で、先輩の肩にもたれ掛かった事。優しく手を繋がれた事。一緒に降りて、先輩の部屋に上がった事──

だけど。そこからどんな話になって、どうして体を重ねる事になったのか──そこまでは、解らない。
身体を許した覚えも、ない。

戸惑いつつも、先輩の鎖骨辺りに当てた手に力を入れてそっと押し返せば、それに気付いた先輩が唇を離す。

「……一緒にスープ、飲もうか」

お互いの息が交差する程、近い距離。
先輩の、長い睫毛に切れ長の瞳。
視線を合わせたまま……指先でそっと、私の睫毛に掛かった前髪を退かす。

「……」

──やだ。
手慣れたような、この擽ったい空気が。
別に、付き合ってる訳でも援交した訳でもないのに……体を許してしまった事が。
ずっとなりたくないと思っていた、先輩に付いて回る取り巻きの一人にさせられたようで。



窓辺にある観葉植物。
外からの明るい光に照らされ、つるんとした葉の表面が光って見える。

好きでもない人としたのに、一円のお金にもならない。
その事が、一番堪える。
祐輔くんの為に、迷惑な細客から脱したい。その為には、稼がなくちゃ……なのに。

ベッドを背にしてテーブル前に座り、スプーンで掬ったスープを口に含む。

「……」

──そっか。
祐輔くんもその為に、枕してるんだよね。
そこに感情なんて、きっとない。割り切った対応をする為に、来る客全てを『金』だと思っているのかもしれない。
……だから、あの雨の日の夜──

「果穂」

呼ばれてハッと我に返る。
視線を上げれば、そこには少し困惑した表情の先輩が。

「ぼんやりしてるけど……どうした?」
「……」
「もしかして、口に合わなかったとか?」
「……」

……そんな事、ないです。
美味しいですよ。
そう言えてしまえば、いいのに。
何も言えずに目を伏せれば、溜め息をついた先輩の声が、低いトーンに変わる。

「……まさか。俺が酔った果穂に、無理矢理手を出したとか、思ってない?」
「……」
「そうなんだ。……じゃあ、覚えてる筈ないか。
……いつもガードの硬い果穂が、俺に絡みついて甘えてきたって事」

「───え」

持っていたスプーンを落としそうになる。
私が、甘えて……?
俄に信じられなかったけど、記憶が曖昧である以上、強くは否定できない。
思い返せば、あの焼き鳥屋で感情が込み上がってしまい、誰かに寄り添いたいと思ったのは……確かだから。

「……」
「……ごめん、キツい言い方して」

先輩の表情が、いつもの爽やかなものに変わる。

「でも、全てを無かった事にはして欲しくないんだ。
半端な気持ちでした訳じゃないし。……この先もっと、果穂とは深い仲になりたいと思ってるから」
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