54 / 118
第二章 人と、金と…
54.
しおりを挟む
* * *
「……」
そうだ。
……思い出した。
あの焼き鳥屋で、先輩のウーロンハイを私が注文した烏龍茶と勘違いして飲んで。
一気に飲んじゃったせいか。頭がクラクラして、カウンターに突っ伏して。
立つこともままならないまま、先輩に支えられながら店の外に出て。拾って貰ったタクシーに、一緒に乗り込んで……
「……」
ひとつ思い出すと、芋づる式に次々と記憶が蘇っていく。
タクシー内で、先輩の肩にもたれ掛かった事。優しく手を繋がれた事。一緒に降りて、先輩の部屋に上がった事──
だけど。そこからどんな話になって、どうして体を重ねる事になったのか──そこまでは、解らない。
身体を許した覚えも、ない。
戸惑いつつも、先輩の鎖骨辺りに当てた手に力を入れてそっと押し返せば、それに気付いた先輩が唇を離す。
「……一緒にスープ、飲もうか」
お互いの息が交差する程、近い距離。
先輩の、長い睫毛に切れ長の瞳。
視線を合わせたまま……指先でそっと、私の睫毛に掛かった前髪を退かす。
「……」
──やだ。
手慣れたような、この擽ったい空気が。
別に、付き合ってる訳でも援交した訳でもないのに……体を許してしまった事が。
ずっとなりたくないと思っていた、先輩に付いて回る取り巻きの一人にさせられたようで。
窓辺にある観葉植物。
外からの明るい光に照らされ、つるんとした葉の表面が光って見える。
好きでもない人としたのに、一円のお金にもならない。
その事が、一番堪える。
祐輔くんの為に、迷惑な細客から脱したい。その為には、稼がなくちゃ……なのに。
ベッドを背にしてテーブル前に座り、スプーンで掬ったスープを口に含む。
「……」
──そっか。
祐輔くんもその為に、枕してるんだよね。
そこに感情なんて、きっとない。割り切った対応をする為に、来る客全てを『金』だと思っているのかもしれない。
……だから、あの雨の日の夜──
「果穂」
呼ばれてハッと我に返る。
視線を上げれば、そこには少し困惑した表情の先輩が。
「ぼんやりしてるけど……どうした?」
「……」
「もしかして、口に合わなかったとか?」
「……」
……そんな事、ないです。
美味しいですよ。
そう言えてしまえば、いいのに。
何も言えずに目を伏せれば、溜め息をついた先輩の声が、低いトーンに変わる。
「……まさか。俺が酔った果穂に、無理矢理手を出したとか、思ってない?」
「……」
「そうなんだ。……じゃあ、覚えてる筈ないか。
……いつもガードの硬い果穂が、俺に絡みついて甘えてきたって事」
「───え」
持っていたスプーンを落としそうになる。
私が、甘えて……?
俄に信じられなかったけど、記憶が曖昧である以上、強くは否定できない。
思い返せば、あの焼き鳥屋で感情が込み上がってしまい、誰かに寄り添いたいと思ったのは……確かだから。
「……」
「……ごめん、キツい言い方して」
先輩の表情が、いつもの爽やかなものに変わる。
「でも、全てを無かった事にはして欲しくないんだ。
半端な気持ちでした訳じゃないし。……この先もっと、果穂とは深い仲になりたいと思ってるから」
「……」
そうだ。
……思い出した。
あの焼き鳥屋で、先輩のウーロンハイを私が注文した烏龍茶と勘違いして飲んで。
一気に飲んじゃったせいか。頭がクラクラして、カウンターに突っ伏して。
立つこともままならないまま、先輩に支えられながら店の外に出て。拾って貰ったタクシーに、一緒に乗り込んで……
「……」
ひとつ思い出すと、芋づる式に次々と記憶が蘇っていく。
タクシー内で、先輩の肩にもたれ掛かった事。優しく手を繋がれた事。一緒に降りて、先輩の部屋に上がった事──
だけど。そこからどんな話になって、どうして体を重ねる事になったのか──そこまでは、解らない。
身体を許した覚えも、ない。
戸惑いつつも、先輩の鎖骨辺りに当てた手に力を入れてそっと押し返せば、それに気付いた先輩が唇を離す。
「……一緒にスープ、飲もうか」
お互いの息が交差する程、近い距離。
先輩の、長い睫毛に切れ長の瞳。
視線を合わせたまま……指先でそっと、私の睫毛に掛かった前髪を退かす。
「……」
──やだ。
手慣れたような、この擽ったい空気が。
別に、付き合ってる訳でも援交した訳でもないのに……体を許してしまった事が。
ずっとなりたくないと思っていた、先輩に付いて回る取り巻きの一人にさせられたようで。
窓辺にある観葉植物。
外からの明るい光に照らされ、つるんとした葉の表面が光って見える。
好きでもない人としたのに、一円のお金にもならない。
その事が、一番堪える。
祐輔くんの為に、迷惑な細客から脱したい。その為には、稼がなくちゃ……なのに。
ベッドを背にしてテーブル前に座り、スプーンで掬ったスープを口に含む。
「……」
──そっか。
祐輔くんもその為に、枕してるんだよね。
そこに感情なんて、きっとない。割り切った対応をする為に、来る客全てを『金』だと思っているのかもしれない。
……だから、あの雨の日の夜──
「果穂」
呼ばれてハッと我に返る。
視線を上げれば、そこには少し困惑した表情の先輩が。
「ぼんやりしてるけど……どうした?」
「……」
「もしかして、口に合わなかったとか?」
「……」
……そんな事、ないです。
美味しいですよ。
そう言えてしまえば、いいのに。
何も言えずに目を伏せれば、溜め息をついた先輩の声が、低いトーンに変わる。
「……まさか。俺が酔った果穂に、無理矢理手を出したとか、思ってない?」
「……」
「そうなんだ。……じゃあ、覚えてる筈ないか。
……いつもガードの硬い果穂が、俺に絡みついて甘えてきたって事」
「───え」
持っていたスプーンを落としそうになる。
私が、甘えて……?
俄に信じられなかったけど、記憶が曖昧である以上、強くは否定できない。
思い返せば、あの焼き鳥屋で感情が込み上がってしまい、誰かに寄り添いたいと思ったのは……確かだから。
「……」
「……ごめん、キツい言い方して」
先輩の表情が、いつもの爽やかなものに変わる。
「でも、全てを無かった事にはして欲しくないんだ。
半端な気持ちでした訳じゃないし。……この先もっと、果穂とは深い仲になりたいと思ってるから」
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる