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70.帰郷
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8月初頭。
蛙の鳴くあぜ道に、蛍火が一斉に飛ぶ。
人魂なんて、もう思わない年齢になったけど。この中に黒川光がいるのではないかと、思わずにはいられない。
中学二年の夏──
あんな事があって、逃げるように母と引っ越ししたけど。やっぱり何処へ逃げても、噂は付いて回った。
嫌な事を言う人もいたけど、小山内先生の言う通り、偏見を持たずに接してくれる人も中にはいて。
人の容姿が、一人一人違うように。生き方や考え方も、一人一人違っていて。それに気付けた時、以前よりも少しだけ楽になれたような気がした。
そのキッカケがあったのは、高校二年の夏。
いつも麻生さんの腕にしがみついていた山口さんに、偶然街で再会した時だった。
明るい前下がりのボブに、存在感のあるつけまつげ。光沢のあるピンクのマニキュアに、ゴールドのブレスレット。すっかり都会の色に染まり、僕の知っている山口さんの面影は殆どなかった。
混雑したファーストフード店内。二階の窓際カウンターに、横並びに座る。
話し掛けられたのは勿論、山口さんと二人きりというシチュエーションは初めてで。何だか不思議な気分だった。
『……遠い所に引っ越したって聞いてたから。まさか、こんな所で会うなんて思わなかった』
右隣にいる山口さんを見れば、紙コップにストローを挿しながら、少しだけ口角を持ち上げる。
『ていうのは、嘘。……丸山くんのお母さん、都内に住んでたって聞いてたから、もしかしたら会うかもって、思ってた』
そう言って、僕をチラッと横目で見る。
『……僕は、正直驚いたよ』
『だろうね』
『……』
『私、こっちの高校通ってんの』
『……え……』
山口さんの口から飛び出した台詞に、驚きを隠せない。
『あの村では大概、隣町の高校に進学するんだけどね。……私は、堪えられそうになくて』
『……』
『うちの両親、ずっと仮面夫婦だったんだよね。外では『おしどり夫婦』なんて言われてたみたいだけど。家に帰った瞬間、二人の顔からサッと表情が消えて。一気に空気が重くなって。何の会話もない家の中は、凄く冷え切ってて……』
くるん、
ストローをひと回しした後、その手を止める。
『……だからかな。あの頃は、気持ち悪いって思ってた。表面的で、取り繕ったような笑顔を浮かべる丸山が』
『ぇ……』
『……ごめんね。そんな理由で、ずっと嫌な態度取っちゃってて』
チラッと僕を見た山口さんが、大きく視線を泳がせた後、目を細める。少しだけ、不器用そうに。
『でも。どんな形であれ、あの村から出て行った丸山が……今度は羨ましくて。
……だったら私も、思い切って柵《しがらみ》から抜け出そうかなって』
『……』
僕はずっと……余所者だったり、家庭環境のせいで、偏見を持たれているんだとばかり思っていた。
でも、僕が勝手にそう思い込んでいただけで。……案外、山口さんのような理由の人もいたのかもしれない。
偏見を持っていたのは、僕の方だ。
そう思い直してから……僕の中にあった蟠りが、少しずつ解放されていったような気がした。
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