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第2話 紅茶はあるけど、お金がない!
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誰かにのぞき込まれている気配を感じ、私はゆるりと目を開けた。
「シエナ様、お目覚めでしょうか?」
低く落ち着いた、けれどどこか甘い響きを持つ声。その声に導かれるように顔を上げると――そこには、理想の執事、アレクシスがいた。
「よかった……夢じゃなかった……」
思わず呟くと、アレクシスはふっとまなじりを緩める。
「お目覚めですね。よろしければ、ポットのお湯が冷めてしまいそうなので早速紅茶を淹れようと思うのですが――」
(紅茶!? アレクシスが淹れた紅茶!)
その言葉に、反射的に跳ね起き、その勢いで大きくバランスを崩してしまう。いけない――と思った瞬間、体が宙に浮く感覚がした。
気づけば、アレクシスの腕がしっかりと私の肩を支えていた。
(流石私の執事! いつだって私を助けてくれるのね……!)
感動に震える私を見つめながら、彼は淡々と告げる。
「そんなに慌てては、怪我をしてしまいますよ。昨日、雷に打たれたばかりなのですから、ご自愛下さい」
「え? か、雷?」
急に知らされた事実に、思わず聞き返してしまう。そんな私に、アレクシスはどこか心配そうな眼差しを向ける。
「急に嵐の中屋敷を飛び出されて、庭で空を仰ぎ見たかと思えば、雷が直撃し……」
「ええ……」
「そして、先ほどまで意識を失われておりました」
「そ、そんなことが……」
「はい。少々記憶が混乱されているご様子ですが、お加減はいかがでしょう?」
なるほど。どうやらアレクシスは雷に打たれた影響で、私が記憶喪失になったと思っているわけか……。
(実際は異世界転生みたいなことが起こっているみたいだけど、そんなの説明できるわけないし……。丁度いい勘違いね)
「大丈夫! とっても元気よ!」
アレクシスの顔面から漂うマイナスイオンを浴びて、人生で一番イキイキしてる! ……という本音をオブラートに包んで答えると、アレクシスの動きが一瞬止まる。
「……そうですか」
なんだろう、この間。けれど、アレクシスはすぐに表情を和らげ、優雅にティーポットを手に取った。
「では、紅茶をお淹れしましょう」
そう言うと、アレクシスは窓辺の机にそろえてあったティーセットを操り、優雅な所作で紅茶を淹れていく。ティーポットを湯で温め、懐中時計で茶葉を蒸らす時間を測る。そして、最高に美しい所作で紅茶をカップに注ぐ。
「さあ、どうぞ」
そして、アレクシスはティーカップを私に差し出した。白磁のカップに紅茶の鮮やかな琥珀色がただただ、美しい。漂う香りは華やかながら、なぜかほっと心を落ち着けてくれる。素人の私でも、彼が淹れた紅茶が一級品だと飲む前から分かった。
(こ、これが夢にまで見たアレクシスが淹れた紅茶……!)
私は震える手でカップを受け取り、その紅茶を口にする。すると、想像していたよりも深く、しかしすっきりとした味わいが口の中に満ちる。そして滑らかな感覚が喉を潤し、身体が柔らかな温かさに包まれた。
想像通り……いや、想像以上の最高の紅茶だ!
「……うっ……」
「どうされました? まさか、お口に合わなかったでしょうか……」
感極まって涙ぐむ私に、動揺するアレクシス。ああ、慌てる様子も最高だ。
「いえ、美味しすぎて感動して……」
「お口に合ったようで何よりです。これが我が家の『最後の紅茶』ですからね」
私の言葉に、アレクシスは神々しい微笑みを浮かべ……けれど、その表情はどこか寂しげだった。……けど、ん?
「ちょっと待って。今なんて言ったの?」
「ですから、これが我が家の『最後の紅茶』、と……」
「最後、ですって?!」
あまりの衝撃に私は椅子を蹴って立ち上がる。アレクシスは倒れた椅子を直しながら、何でもないように言った。
「ウィンフィールド家は没落し、資産の大半を失いました。そして先月、シエナ様とご相談の上、このティーセットを手放すことに決めたのです」
「生活費のため? お金がないの? 貴族なのに?」
「ええ、残念ながら」
「えっ……それじゃあつまり、もうこの紅茶は飲めないってこと……?」
「簡単な紅茶なら淹れられますが、今のようなものは難しいかと」
残業に耐え、上司の叱責に耐え、ようやく理想の執事のいる楽園にたどり着いたのに……紅茶は淹れてもらえない……?
「そんなの絶対に嫌!!」
「そう言われましても、もう蓄えがありません。借金の返済期限も迫っております」
「じゃ、じゃあ! これ、このネックレスを売ったら?」
私は首にかかっていたネックレスを指す。紫色の大きな石のついた、どこか神秘的な意匠。貴族の令嬢がわざわざ首にかけている品だ。きっと高い値が付くに違いない。しかし――
「それはご両親の形見の品です。その品を売るなんて、シエナ様が許しても私が許しません」
アレクシスは眉根を引き締め、ぴしゃりと言った。形見の品ということは、シエナの両親は既にこの世にいないのだろうか? 確かにそんなに大切な品ならば、反対されるのも致し方ないか……。
「他に何か金目のものはないの?」
「代わりになりそうなものはありませんね」
「そんな……」
私はあまりの絶望に耐え切れず、その場にへたり込む。
(せっかくアレクシスに会えたのに紅茶はお預けなんて、絶対、絶対嫌だ! 諦めたくない……執事《アレクシス》の淹れる紅茶を、一生、飲み続けたい……)
――その時、私に脳裏に天啓が……革命的なアイディアが舞い降りた。そうだ、この手があるじゃないか……!
「ふふ……アレクシス。有能な貴方にも、この屋敷で一番価値のあるものが何か、分かっていなかったようね」
「……どういうことでしょう?」
不気味……いや、不敵な笑みを浮かべ、ゆらりと立ち上がった私に、アレクシスはその端正な眉をひそめる。
「アレクシス、私は貴方の淹れた紅茶でこの家を復興するわ!」
これが後に、王国中を騒がせることになる『ウィンフィールド伯爵令嬢のティーサロン』、その誕生の瞬間だった。
「シエナ様、お目覚めでしょうか?」
低く落ち着いた、けれどどこか甘い響きを持つ声。その声に導かれるように顔を上げると――そこには、理想の執事、アレクシスがいた。
「よかった……夢じゃなかった……」
思わず呟くと、アレクシスはふっとまなじりを緩める。
「お目覚めですね。よろしければ、ポットのお湯が冷めてしまいそうなので早速紅茶を淹れようと思うのですが――」
(紅茶!? アレクシスが淹れた紅茶!)
その言葉に、反射的に跳ね起き、その勢いで大きくバランスを崩してしまう。いけない――と思った瞬間、体が宙に浮く感覚がした。
気づけば、アレクシスの腕がしっかりと私の肩を支えていた。
(流石私の執事! いつだって私を助けてくれるのね……!)
感動に震える私を見つめながら、彼は淡々と告げる。
「そんなに慌てては、怪我をしてしまいますよ。昨日、雷に打たれたばかりなのですから、ご自愛下さい」
「え? か、雷?」
急に知らされた事実に、思わず聞き返してしまう。そんな私に、アレクシスはどこか心配そうな眼差しを向ける。
「急に嵐の中屋敷を飛び出されて、庭で空を仰ぎ見たかと思えば、雷が直撃し……」
「ええ……」
「そして、先ほどまで意識を失われておりました」
「そ、そんなことが……」
「はい。少々記憶が混乱されているご様子ですが、お加減はいかがでしょう?」
なるほど。どうやらアレクシスは雷に打たれた影響で、私が記憶喪失になったと思っているわけか……。
(実際は異世界転生みたいなことが起こっているみたいだけど、そんなの説明できるわけないし……。丁度いい勘違いね)
「大丈夫! とっても元気よ!」
アレクシスの顔面から漂うマイナスイオンを浴びて、人生で一番イキイキしてる! ……という本音をオブラートに包んで答えると、アレクシスの動きが一瞬止まる。
「……そうですか」
なんだろう、この間。けれど、アレクシスはすぐに表情を和らげ、優雅にティーポットを手に取った。
「では、紅茶をお淹れしましょう」
そう言うと、アレクシスは窓辺の机にそろえてあったティーセットを操り、優雅な所作で紅茶を淹れていく。ティーポットを湯で温め、懐中時計で茶葉を蒸らす時間を測る。そして、最高に美しい所作で紅茶をカップに注ぐ。
「さあ、どうぞ」
そして、アレクシスはティーカップを私に差し出した。白磁のカップに紅茶の鮮やかな琥珀色がただただ、美しい。漂う香りは華やかながら、なぜかほっと心を落ち着けてくれる。素人の私でも、彼が淹れた紅茶が一級品だと飲む前から分かった。
(こ、これが夢にまで見たアレクシスが淹れた紅茶……!)
私は震える手でカップを受け取り、その紅茶を口にする。すると、想像していたよりも深く、しかしすっきりとした味わいが口の中に満ちる。そして滑らかな感覚が喉を潤し、身体が柔らかな温かさに包まれた。
想像通り……いや、想像以上の最高の紅茶だ!
「……うっ……」
「どうされました? まさか、お口に合わなかったでしょうか……」
感極まって涙ぐむ私に、動揺するアレクシス。ああ、慌てる様子も最高だ。
「いえ、美味しすぎて感動して……」
「お口に合ったようで何よりです。これが我が家の『最後の紅茶』ですからね」
私の言葉に、アレクシスは神々しい微笑みを浮かべ……けれど、その表情はどこか寂しげだった。……けど、ん?
「ちょっと待って。今なんて言ったの?」
「ですから、これが我が家の『最後の紅茶』、と……」
「最後、ですって?!」
あまりの衝撃に私は椅子を蹴って立ち上がる。アレクシスは倒れた椅子を直しながら、何でもないように言った。
「ウィンフィールド家は没落し、資産の大半を失いました。そして先月、シエナ様とご相談の上、このティーセットを手放すことに決めたのです」
「生活費のため? お金がないの? 貴族なのに?」
「ええ、残念ながら」
「えっ……それじゃあつまり、もうこの紅茶は飲めないってこと……?」
「簡単な紅茶なら淹れられますが、今のようなものは難しいかと」
残業に耐え、上司の叱責に耐え、ようやく理想の執事のいる楽園にたどり着いたのに……紅茶は淹れてもらえない……?
「そんなの絶対に嫌!!」
「そう言われましても、もう蓄えがありません。借金の返済期限も迫っております」
「じゃ、じゃあ! これ、このネックレスを売ったら?」
私は首にかかっていたネックレスを指す。紫色の大きな石のついた、どこか神秘的な意匠。貴族の令嬢がわざわざ首にかけている品だ。きっと高い値が付くに違いない。しかし――
「それはご両親の形見の品です。その品を売るなんて、シエナ様が許しても私が許しません」
アレクシスは眉根を引き締め、ぴしゃりと言った。形見の品ということは、シエナの両親は既にこの世にいないのだろうか? 確かにそんなに大切な品ならば、反対されるのも致し方ないか……。
「他に何か金目のものはないの?」
「代わりになりそうなものはありませんね」
「そんな……」
私はあまりの絶望に耐え切れず、その場にへたり込む。
(せっかくアレクシスに会えたのに紅茶はお預けなんて、絶対、絶対嫌だ! 諦めたくない……執事《アレクシス》の淹れる紅茶を、一生、飲み続けたい……)
――その時、私に脳裏に天啓が……革命的なアイディアが舞い降りた。そうだ、この手があるじゃないか……!
「ふふ……アレクシス。有能な貴方にも、この屋敷で一番価値のあるものが何か、分かっていなかったようね」
「……どういうことでしょう?」
不気味……いや、不敵な笑みを浮かべ、ゆらりと立ち上がった私に、アレクシスはその端正な眉をひそめる。
「アレクシス、私は貴方の淹れた紅茶でこの家を復興するわ!」
これが後に、王国中を騒がせることになる『ウィンフィールド伯爵令嬢のティーサロン』、その誕生の瞬間だった。
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