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第7話 ケトルと美形とアクシデント
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「アレクシス、そうと決まれば早速屋敷からティーセットを……」
「シエナ様。この人ごみの中ティーセット一式を運んで来るのは難しいでしょう。それに、ティーセットを使って紅茶を淹れるには広いスペースが必要です」
「あ、それもそうか……」
「当然、試飲するのは実際に屋台で出す紅茶だ」
エドマンドが念を押すように言う。私がアレクシスに視線を向けると、彼は「お任せください」といった感じでひとつ頷いた。
「ひとまず、屋敷から簡易なポットを持ってきます。シエナ様はここで待っていてください」
「そ、そんな待ってるだけなんて出来ないわ!」
アレクシスは一瞬考え込む。やがて、私の意志の強さを悟ったのか、小さく息をつきながら言った。
「……でしたら、あちらの酒場へ行ってお湯をお借りできないか聞いてきてくれませんか?」
「わかったわ! 行ってくる!」
「くれぐれも、別の場所にはいかないように」
「は、はい……」
アレクシスの視線が少しだけ厳しくなったのを感じ、私は思わず背筋を伸ばした。大丈夫、大人しくお湯をもらってくるだけ。そんなに心配されるようなことにはならない……はず。
私は気を引き締めながら、酒場へと向かった。
* * *
酒場の中は活気に満ち溢れていたものの、酔いつぶれた客は少なく、店員の数も多かった。思っていたよりも荒んだ雰囲気はなく、意外と落ち着いている。少しホッとしつつも、私は意を決してカウンターへと向かった。
店の奥で忙しそうに動き回っていた屈強な店主が、私の姿を認めると、軽く顎をしゃくった。
「お嬢ちゃん、酒は飲めないだろう? ミルクでも出そうか?」
「いえ、お願いがあって来ました! 少しお湯を分けていただけませんか?」
その言葉を聞いた瞬間、店主は怪訝な顔をした。
「お湯だと? なんでまた?」
「ちょっと紅茶を淹れたくて……」
すると、店の奥からおかみさんが姿を現し、軽くため息をつきながら言った。
「あんた! その子にお湯をわけてやって!」
「知り合いか?」
「いいや。でも、その子の美人のお兄さんに頼まれたんだよ。栗色の髪に緑色の目の女の子が来たら、お湯を分けてあげて下さいって」
美人のお兄さんってことはアレクシス? 既に話を通しているとは……少し過保護過ぎないかしら? 少しずつ、シエナとアレクシスの関係性が分かってきた気がした。
「でもなあ……水もタダじゃないし、こっちも忙しいんだが……」
「ちょっとくらいいいじゃないか。お祭りの日なんだから、景気よくいこうよ」
「しかし……」
おかみさんが苦笑いしながら店主の腕を軽く叩く。
私はふと、厨房の隅に山積みになった皿に目を留める。もしかして、これを手伝えば……? 私は小さく息を吸い込み、店主に向き直った。
「あの、長くはいられないんですが、そこのお皿を洗います! その代わりにお湯を頂けませんか?」
店主に訴えかけると、彼は意外そうな顔をした。
「あんた、見たところ良いところのお嬢さんみたいだが……皿洗いなんてできるのかい? 手が荒れちまうぞ?」
「大丈夫です! 紅茶のためなら、この手の皮が剥けても構わないです!」
店主は目を丸くし、それから渋々といった様子で笑った。
「ったく、妙な娘だな……よし、そこ使いな。さっさとやっちまえよ」
私は礼を言い、洗い場へ向かった。そして、山のような皿とグラスをひたすら洗い続ける。これくらいで紅茶が守れるなら、容易いこと!
――そして、溜まった食器を見事に洗い終えて私は、ついに銅のケトルに入ったお湯を手に入れた!
「驚いたな、こんなに早く片付けちまうとは……。お嬢さん、本気だね。約束のお湯、好きなだけ持っていきな!」
「ありがとうございます! 助かりました!」
「それにしてもあんたのお兄さん、ため息が出るくらい綺麗だねえ……またうちに来てって言っといて!」
「あはは……」
別れ際、おかみさんから投げかけられた言葉に苦笑しつつ、私は再び『ゴールデン・ローフ』の屋台へ戻っていった。
* * *
お湯を手に入れた私は、意気揚々と酒場を飛び出した。
「よーし! あとはこれを屋台に持って帰れば、いよいよ紅茶を……!」
手にした銅のケトルはずっしりと重い。とはいえ、これさえあれば『ゴールデンローフ』の店主にアレクシスの紅茶を試飲してもらえる。あの素晴らしい紅茶を口にすればきっと、あの店主も紅茶屋台の相乗りを許してくれるだろう。そう思うと足取りも軽くなる。
しかし、その時だった。
「——っとと!」
ふいに、背後から大勢の人々がどっと押し寄せた。どうやら近くの大道芸人が曲芸を披露し始めたらしい。その場にいた人々が一斉に集まり、通りが急にごった返した。
「わわっ!? ちょ、ちょっと! こっちは熱湯を持ってるのよ!」
私は慌てて人波を避けようとした。しかし、思わぬ方向から肩を押され、手元が狂う。ケトルが、大きく傾く。
「あっ!」
折角手に入れたお湯が! いや、熱湯が通行人のひとにかかってしまう! その瞬間、しっかりとした力強い手が私の腕を支えた。
「落ち着いて、しっかり持って」
軽やかだけれど落ち着いた声が、ふっと耳元をかすめた。
「……え?」
驚いて顔を上げると、そこには 琥珀色の瞳を持つ青年 がいた。整った顔立ちに、金糸のような髪。そして、どこか余裕を感じさせる口元の笑み。年のころはちょうどアレクシスと同じくらいの20代前半頃だろうか。
(……何、この人?)
服装こそこの場に馴染むような質素なものだったけれど、彼にはまるで群衆の中にあっても、そこだけ異なる空気が流れているような、不思議な雰囲気をまとっていた。
「こういうものを運ぶときは、もう少し隅の方をゆっくり歩くのがいいんじゃないかな?」
彼はにこやかに笑いながら、私が取り落としかけたケトルを軽々と持ち上げ、群衆をかき分けながら道の隅の方へ導いてくれる。
突然のことにしばし呆然となる私だが、はっとして彼の持つケトルの蓋を開け、中のお湯を確認する。よかった! こぼれてはいないようだ。
「……よかった、こぼれてない! これで紅茶が淹れられる……」
「紅茶?」
「ええ、色々あって、このあと私の最高の執事に究極の紅茶を淹れてもらうの!」
「最高の執事、ね……」
その言葉に、彼はなぜかくくっと噴き出した。そんなに面白いワードだったろうか、『最高の執事』……。
「とにかく、ありがとう。助かったわ」
しかし、彼は私の礼にすぐ答えることはせず、何かを確かめるようにじっくりと観察するように私を見た。
「どういたしまして。祭りを楽しんで。……最高の執事にも、よろしく」
彼はそう言うと、私にケトルをそっと手渡し、軽く頷いた。そして、ゆったりとした足取りで人混みの中へと消えていく。
私はその後ろ姿をしばらく見送ったが、すぐに我に返り、ケトルを抱え直した。
(今はぼーっとしている場合じゃない! 早く屋台に戻らないと!)
不思議な出会いに後ろ髪を引かれながらも、今は紅茶が第一! 私は再び足を速め、ゴールデン・ローフの屋台へと向かった。
「シエナ様。この人ごみの中ティーセット一式を運んで来るのは難しいでしょう。それに、ティーセットを使って紅茶を淹れるには広いスペースが必要です」
「あ、それもそうか……」
「当然、試飲するのは実際に屋台で出す紅茶だ」
エドマンドが念を押すように言う。私がアレクシスに視線を向けると、彼は「お任せください」といった感じでひとつ頷いた。
「ひとまず、屋敷から簡易なポットを持ってきます。シエナ様はここで待っていてください」
「そ、そんな待ってるだけなんて出来ないわ!」
アレクシスは一瞬考え込む。やがて、私の意志の強さを悟ったのか、小さく息をつきながら言った。
「……でしたら、あちらの酒場へ行ってお湯をお借りできないか聞いてきてくれませんか?」
「わかったわ! 行ってくる!」
「くれぐれも、別の場所にはいかないように」
「は、はい……」
アレクシスの視線が少しだけ厳しくなったのを感じ、私は思わず背筋を伸ばした。大丈夫、大人しくお湯をもらってくるだけ。そんなに心配されるようなことにはならない……はず。
私は気を引き締めながら、酒場へと向かった。
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酒場の中は活気に満ち溢れていたものの、酔いつぶれた客は少なく、店員の数も多かった。思っていたよりも荒んだ雰囲気はなく、意外と落ち着いている。少しホッとしつつも、私は意を決してカウンターへと向かった。
店の奥で忙しそうに動き回っていた屈強な店主が、私の姿を認めると、軽く顎をしゃくった。
「お嬢ちゃん、酒は飲めないだろう? ミルクでも出そうか?」
「いえ、お願いがあって来ました! 少しお湯を分けていただけませんか?」
その言葉を聞いた瞬間、店主は怪訝な顔をした。
「お湯だと? なんでまた?」
「ちょっと紅茶を淹れたくて……」
すると、店の奥からおかみさんが姿を現し、軽くため息をつきながら言った。
「あんた! その子にお湯をわけてやって!」
「知り合いか?」
「いいや。でも、その子の美人のお兄さんに頼まれたんだよ。栗色の髪に緑色の目の女の子が来たら、お湯を分けてあげて下さいって」
美人のお兄さんってことはアレクシス? 既に話を通しているとは……少し過保護過ぎないかしら? 少しずつ、シエナとアレクシスの関係性が分かってきた気がした。
「でもなあ……水もタダじゃないし、こっちも忙しいんだが……」
「ちょっとくらいいいじゃないか。お祭りの日なんだから、景気よくいこうよ」
「しかし……」
おかみさんが苦笑いしながら店主の腕を軽く叩く。
私はふと、厨房の隅に山積みになった皿に目を留める。もしかして、これを手伝えば……? 私は小さく息を吸い込み、店主に向き直った。
「あの、長くはいられないんですが、そこのお皿を洗います! その代わりにお湯を頂けませんか?」
店主に訴えかけると、彼は意外そうな顔をした。
「あんた、見たところ良いところのお嬢さんみたいだが……皿洗いなんてできるのかい? 手が荒れちまうぞ?」
「大丈夫です! 紅茶のためなら、この手の皮が剥けても構わないです!」
店主は目を丸くし、それから渋々といった様子で笑った。
「ったく、妙な娘だな……よし、そこ使いな。さっさとやっちまえよ」
私は礼を言い、洗い場へ向かった。そして、山のような皿とグラスをひたすら洗い続ける。これくらいで紅茶が守れるなら、容易いこと!
――そして、溜まった食器を見事に洗い終えて私は、ついに銅のケトルに入ったお湯を手に入れた!
「驚いたな、こんなに早く片付けちまうとは……。お嬢さん、本気だね。約束のお湯、好きなだけ持っていきな!」
「ありがとうございます! 助かりました!」
「それにしてもあんたのお兄さん、ため息が出るくらい綺麗だねえ……またうちに来てって言っといて!」
「あはは……」
別れ際、おかみさんから投げかけられた言葉に苦笑しつつ、私は再び『ゴールデン・ローフ』の屋台へ戻っていった。
* * *
お湯を手に入れた私は、意気揚々と酒場を飛び出した。
「よーし! あとはこれを屋台に持って帰れば、いよいよ紅茶を……!」
手にした銅のケトルはずっしりと重い。とはいえ、これさえあれば『ゴールデンローフ』の店主にアレクシスの紅茶を試飲してもらえる。あの素晴らしい紅茶を口にすればきっと、あの店主も紅茶屋台の相乗りを許してくれるだろう。そう思うと足取りも軽くなる。
しかし、その時だった。
「——っとと!」
ふいに、背後から大勢の人々がどっと押し寄せた。どうやら近くの大道芸人が曲芸を披露し始めたらしい。その場にいた人々が一斉に集まり、通りが急にごった返した。
「わわっ!? ちょ、ちょっと! こっちは熱湯を持ってるのよ!」
私は慌てて人波を避けようとした。しかし、思わぬ方向から肩を押され、手元が狂う。ケトルが、大きく傾く。
「あっ!」
折角手に入れたお湯が! いや、熱湯が通行人のひとにかかってしまう! その瞬間、しっかりとした力強い手が私の腕を支えた。
「落ち着いて、しっかり持って」
軽やかだけれど落ち着いた声が、ふっと耳元をかすめた。
「……え?」
驚いて顔を上げると、そこには 琥珀色の瞳を持つ青年 がいた。整った顔立ちに、金糸のような髪。そして、どこか余裕を感じさせる口元の笑み。年のころはちょうどアレクシスと同じくらいの20代前半頃だろうか。
(……何、この人?)
服装こそこの場に馴染むような質素なものだったけれど、彼にはまるで群衆の中にあっても、そこだけ異なる空気が流れているような、不思議な雰囲気をまとっていた。
「こういうものを運ぶときは、もう少し隅の方をゆっくり歩くのがいいんじゃないかな?」
彼はにこやかに笑いながら、私が取り落としかけたケトルを軽々と持ち上げ、群衆をかき分けながら道の隅の方へ導いてくれる。
突然のことにしばし呆然となる私だが、はっとして彼の持つケトルの蓋を開け、中のお湯を確認する。よかった! こぼれてはいないようだ。
「……よかった、こぼれてない! これで紅茶が淹れられる……」
「紅茶?」
「ええ、色々あって、このあと私の最高の執事に究極の紅茶を淹れてもらうの!」
「最高の執事、ね……」
その言葉に、彼はなぜかくくっと噴き出した。そんなに面白いワードだったろうか、『最高の執事』……。
「とにかく、ありがとう。助かったわ」
しかし、彼は私の礼にすぐ答えることはせず、何かを確かめるようにじっくりと観察するように私を見た。
「どういたしまして。祭りを楽しんで。……最高の執事にも、よろしく」
彼はそう言うと、私にケトルをそっと手渡し、軽く頷いた。そして、ゆったりとした足取りで人混みの中へと消えていく。
私はその後ろ姿をしばらく見送ったが、すぐに我に返り、ケトルを抱え直した。
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