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シマスカンクの刺青
しおりを挟む彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。
「シマスカンクの刺青」
―産まれた邪悪な発明家―
それは大自然からの裁きだった。
ある国が虫や動物による多大な被害に悩まされていた。
人間たちは、この多大な被害が自分たちへの裁きだとは気付かずに、
虫や動物たちを敵視し始めた。
やがて人間の邪悪さが頂点に達すると、人間たちの心の闇が
邪悪な頭脳を持つ「発明家」を産んだ。
人間たちの望みは「生物の絶滅」
発明家の男は、これを叶えようとした。
発明家の男は、実験部屋に閉じこもり、何度も失敗を重ね、やがて奇声をあげた。
その時に産まれたのが「毒ガス」だった。
発明家の男は、このガスを大自然のあらゆる場所に噴射した。
すると瞬く間に植物は枯れ、
海や川からは魚の死骸が白眼を剥いて浮かんできた。
やがて、自国の虫や動物が死に始め、生物の産まれる数も激減した。
この時、発明家の男は、顔面蒼白で呟いた。
これ以上ここにいるのは危険だ、隣国に向かおう、と。
発明家の男は、自国の国王に貰った大金や、幾つかの発明品を馬車に積み込むと、馬にそれを引かせて隣国へと向かった。
―遭遇―
その道中の事だった。
馬がけたたましい鳴き声をあげて止まった。
発明家の男は、これに大きく身体を揺さぶられると、馬車から放り出された。
怪我を負いながらも体勢は整えたが、その眼はギョロギョロとしていて、恐怖に震えていた。
もう終わりだ、
国の者に見つかったんだ、
発明家の男が恐怖に震えていると、馬車に人影が浮かび上がり、馬車の外から一人の男の声が聞こえてきた。
「旅の者なのだが、少し話を聞いてくれないか」
その声に発明家の男は、安堵の表情を浮かべて、その場に力なく転がった。
発明家の男に話し掛けてきたのは、冷たい眼をした「黒いローブの男」だった。
黒いローブの男は、自身の事を旅の小説家だと話すと、発明家の男に「分厚い本」を差し出して言った。
「この分厚い本を金貨一枚で買いませんか」と。
金貨一枚?
「そちらの旅も長いだろうし」
悪いが、私は旅の発明家だ、
読書は苦手で、友人に読み聞かせてもらったくらいだ、
「そうですか、ならば私を あなたの馬車に同乗させてください」
発明家の男は、これ以上の会話が無駄だと判断すると、隣国までならば…と同乗を許可した。
退屈な馬車旅が、暫く続いた。
発明家の男は、大きなあくびをすると、馬車の中で荷物と共に揺られる黒いローブの男に話し掛けた。
旅の小説家さんとやら、
退屈な馬車旅にひとつ、本とやらを読み聞かせてくれないか、
黒いローブの男は、その言葉に不気味な笑みを浮かべると、手にしていた「分厚い本」のページをめくり、ある物語を読み聞かせた。
それは自身の発明品で自国を滅ぼし、
逃亡者となった邪悪な発明家の物語だった。
発明家の男は、その物語を聞き終えると、脂汗を浮かべて、息を飲んで言った。
今ので本当に最期か…
「ええ、この分厚い本に幸福な結末は存在しませんから」
黒いローブの男は、冷たい表情でそのページを閉じた。
そこには「シマスカンクの刺青」と黒文字で書かれていた。
―枯れ木の地―
隣国が見えてくると、黒いローブの男が言った。
「私は、この辺りで降ります」
そこは枯れ木だらけの寂しい地だった。
発明家の男は、顔を顰めながら黒いローブの男に訊いた。
ここは隣国ではないが、本当にここで降りるのか、
「ええ、私は、この枯れ木の地にも用があるので」
そうか、
発明家の男は、枯れ木の前に黒いローブの男を降ろすと、手綱を握り締めて、隣国へと急いだ。
黒いローブの男は、隣国に吸い寄せられてゆく馬車を最期まで見つめていた。
―じゃじゃ馬―
隣国は、もう目の前だった。
発明家の男は、再び手綱を握り締めた。
だが、隣国が更に近付くと、馬がけたたましい鳴き声をあげて、進むのを拒み始めた。
発明家の男は、これに全身を揺さぶられると、馬車から放り出され、顔をグシャグシャにして怒った。
このじゃじゃ馬め、私の発明品を持ち逃げする気か、
そうはさせん、
発明家の男は、馬車だけでも取り返そうと馬車に飛び乗り、馬の手綱を中から切り離した。
馬は、けたたましい鳴き声をあげて逃げ出した。
あのじゃじゃ馬め、まともに人間も運べないのか、どこかの使えない助手たちと一緒だな、
発明家の男は、必需品だけを手にすると、その場に馬車を放置し、隣国の門へと歩いて向かった。
―隣国の歓迎―
看守たちの像で守られる道を歩いてゆくと、巨大な檻の門が発明家の男の歩みを止めた。
発明家の男が隣国の門を叩くと、看守たちの像の後ろに隠れていた者たちが次々と姿を現し、発明家の男に近付いてきた。
振り返ると、黒色の甲冑を身に纏った騎士たちが槍を構えてずらりと立っていた。
発明家の男は、息を飲んでから騎士たちに言った。
わたしは旅の発明家だ、この国に役立つ発明品を幾つか持ってきた、
隣国でガスを発明した者だ、
証拠ならば馬車の中に幾つかある、
発明家の男は必死に叫ぶことで騎士たちの槍を下ろそうとしていた。
だが、騎士たちは無言で発明家の男を取り押さえると、檻車(オリグルマ)と呼ばれる特殊な馬車に発明家の男を閉じ込めた。
そして檻の国の門を開門して呟いた。
「檻の国へようこそ」と。
―檻の国―
そこは「檻の国」と呼ばれていた。
他国で愚民と罵られた者たちを歓迎するその国は、愚民たちで成り立ち、密かに戦力を上げる独立国だった。
発明家の男は、この国の内部を見せられると、何度も悲鳴を上げていた。
騎士たちはそこを町だと言うが、発明家の男にとってそこは地獄だった。
造りかけの兵器の目の前に吊り下げられた細長い頭陀袋は、明らかにうねうねと動き、そこからは弱々しい泣き声が聞こえてきた。
それが不気味な兵器によって吹き飛ばされる様子が、町と呼ばれた場所で永遠に続けられていた。
発明家の男は眼を瞑り、どこから聞こえてくる断末魔に耳を塞ぐと、塞げなかった口で絶叫した。
暫くして、発明家の男は地下牢に幽閉された。
発明家の男は、恐怖に震えていた。
自分もあの頭陀袋のように吹き飛ばされる、
彼等は必死に生きてたのに、 動物や虫や植物を駆除したからだ、
発明家の男は、それを罰として受けるのだと覚悟を決めていた。
暫くして、騎士がやってきた。
発明家の男は、騎士を見上げた。
そして騎士に言われた。
「ここは檻の国、悪人である愚民を歓迎し、偽善者を滅ぼす国」
「お前の発明品とやらは、改造すれば偽善者を滅ぼす兵器となる」
「返事によっては生かすべき存在」
騎士は問う。
「お前は悪人と偽善者のどちらだ」と。
発明家の男は、迷いながら答えた。
…悪人です、と。
―悪人への道―
発明家の男は、生きたいという強い思いから悪人になろうとした。
騎士たちは、この男が本当の悪人かを確かめようとした。
悪人ならば、何でもできる、と。
発明家の男は、先程の町に連れていかれた。
ここで悪人になりきらなければ、発明家としての未来が無くなる、いや、それ以前にあんな殺され方は嫌だ、
殺ってやる、虫やネズミならば簡単に殺せたんだ、
こいつらも同じなんだ、
だが、いざ生身の人間を眼の前にすると、恐怖で全身が震え、顔面蒼白で吐いてしまった。
騎士の槍が背後で煌めくと、発明家の男は覚悟を決めた。
地面に並べられた武器を手にして、無抵抗な人間に向かって振り上げた。
……
大きな虫がぐしゃりと潰れた。
そう思えば、楽だった。
発明家の男は、悪人として認められ、愚民として歓迎された。
―自国へ帰りたい―
その後も地獄は続いた。
だが慣れてくると、どこの国よりも楽だという事にも気付いた。
それが怖くて堪らなかったが、それがこの檻の国の秩序だと自分に言い聞かせた。
やがて、発明家の男は「ガス」を発明した。
それはかつてこの男が発明したガスよりも、より強力な猛毒ガスだった。
その後、猛毒ガスに対抗する防護服も発明した。
だが、どちらの発明品も誰にも見せなかった。
誰かに見せれば、他国を滅ぼす兵器として、檻の国の戦力に加えられただろう、
だが、それをしなかった。
理由はひとつだった。
彼が悪人ではなく、本当は偽善者だったから。
発明家の男は、内心ではこう思っていた。
この悪人だらけの檻の国を滅ぼし、自国や他国に歓迎されたい、
「何よりも自国へ帰りたい」と。
発明家の男は、防衛服で全身を覆い隠すと、そのガスを特殊な噴射機の中に閉じ込めて噴射機を構えた。
そして最も不要な者たちへと噴射した。
檻の国は瞬く間に紫の煙に包み込まれ、断末魔をあげた。
発明家の男は、不要な者が消えてなくなった国を 防護服でさ迷い、あの声を聞いていた。
【秩序を乱した邪悪な発明家よ、生物たちの断末魔が聞こえたか、それが人間たちの未来であり共存共栄を不可能としたものたちへの裁きだ、亡霊たちの代わりとなり、裁きを噴射せよ、だが忘れるな、そこは檻の国、悪人を歓迎し、偽善者を滅ぼす、帰る場所はいつもひとつである】
邪悪な発明家となった男は、噴射機を構えながら自国へと向かって歩き出した。
―檻と煙の国―
その後。
幾つかの独立国が滅んだ。
その犯人は紫の防衛服で全身を覆い隠し、噴射機で猛毒ガスを充満させる化け物だという。
そしてその尻には、防衛手段として分泌液を噴射する「シマスカンクの刺青」が刻まれているが…
未だに誰も見た事がないという…。
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