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プロローグ
しおりを挟む中国、湖南省西部の町はずれにある山奥で、楊汝飛と劉浩毅は月明かりとヘッドランプの灯りを頼りに山道を進んでいた。日中の美しい緑と打って変わって、草木は漆黒に染まり、夜の山をより一層不気味なものへと変えている。
二人は山登りどころか大してスポーツの経験もなかったが、それでも暗いけもの道を黙々と登り続けていた。その原動力は二、三日前の出来事にある。
「宝だぁ?」
平日の昼間、地元の小さな飯店には楊汝飛と劉浩毅の他には、だみ声で話す二人の老人以外に客はなかった。楊は無精ひげを生やした背の高い男で、劉は小太りで気弱だが人の好さそうな顔していた。二人は大学時代からの付き合いで、お互い職にあぶれたこともあり、今ではほとんどの時間を一緒に過ごす仲であった。
老人達は常連客のようで、かなりくつろいだ様子で話に花を咲かせている。盗み聞きするつもりはなかったが、彼らはお互い耳が遠いのか大声で話すため、否応なしに聞こえてくるのだ。
「そうだよ。ガキの頃爷爷(じいちゃん)から聞いたんだがな、隣町のはずれに山があるだろ?あそこには宝物が眠ってるんだって言ってたんだよ」
「戦時中に金持ちが財産を隠したんじゃねぇのか?」
「そうかもしれねぇな。山ん中の洞窟にあるだって、爷爷が教えてくれたな。それ聞いてガキの俺は探しに行ったんだが、あそこはけもの道しかねぇんだよ。洞窟すら見つけられなかった」
「そりゃあそうだろ。本当にあるのかよ、宝なんて」
「なんでも伝説の宝物だって言ってたな。もうこの話知ってるのも、俺ぐらいになっちまった」
「ハハハ!ますます眉唾物だな。見つけたら大金持ちになれるぞ!」
それから老人達は宝の話題に飽きたのか、昨夜見たテレビの話へと切り替わっていった。
劉は楊に目配せをすると、二人は外に出てぶらぶらと歩き始め、角を曲がり店が見えなくなった途端、劉浩毅は顔を輝かせて叫んだ。
「今の話聞いたか!?俺たちで見つけらんねぇかな!?」
楊汝飛は強面の外見に似合わず慎重な性格なのだが、この時ばかりは劉浩毅の話にすぐに乗っかてきた。
「ああ。眉唾かもしれねえが、あのじいさんしか知らないってところが気に入った。戦時中のものだったら、現金とか宝石なんかを隠したのかもしれないな。どうせ時間もあるし、行くだけ行ってみるか」
早速二人は電車で隣町へ行き、そこから町はずれの山へと向かった。
山といっても山道もなく、周囲には家も見当たらない。急に空気がひんやりと感じたが、楊と劉は適当に薮をかき分けて入っていった。いくらもしないうちに薮はなくなり、樹木が並び立つ薄暗い森に変わった。木々の間を縫って歩いていくと、段々と急な上り坂になっていく。楊はもう日も落ちるし引き返そうと提案したが、劉の異様な熱意に押されて渋々登っていくと、急に左手側にすり鉢状にえぐれた斜面が現れた。上から覗くと、下にぽっかりと黒い口を開けた洞窟があるではないか。二人は思わず顔を見合わせて、下りやすい場所を探し、全身泥だらけにしながらなんとか洞窟の入口へと辿り着いた。
それぞれスマートフォンのライトをつけて、中へ入っていく。洞窟内はより一層ひんやりとしていて、微かな物音も反響して響き渡り、それが不気味さを煽った。
わずかな明かりを頼りに暗がりをしばらく進んだが、突として一枚岩が行く手を塞いでしまった。
「特に何もなさそうだな…」
劉はすっかり気落ちしたようで、すでに引き返そうとしている。ここまでにきて手ぶらで戻るのも癪な楊は、しきりと辺りを照らしていたが、一枚岩の下の土が他と比べてわずかに盛り上がっていることに気がついた。劉を促して掘り進めると、すぐに銅板の様なものが出てきたのだ。
「箱の蓋のようだぞ」
「宝箱か!?早く掘り出そうぜ!!」
気をよくした劉は、鼻息を荒くして前のめりだ。ここで楊の慎重さが出た。
「ちょっと待て。本当に宝の箱がここにあるってことは、あのじいさんの言ってたことは正しかったんだ。つまり中にはえらいもんが入ってることになる。言ってただろ?伝説の宝だって。だが俺たちは手ぶらなんだぞ。財宝を裸で持ち歩いてたらさすがにまずいだろ。泥棒ですって言ってるようなもんだ。今日はこのまま引き揚げて、準備してから出直したほうがいい」
洞窟を後にした楊汝飛と劉浩毅は、葉っぱや小枝を木からもぎ取ると、それを地面に立てて埋めながら帰って行った。
それから数日後の満月の夜、二人は目印だけを頼りに再びあの洞窟の前に立ったのである。
劉浩毅はリュックからランタンを取り出すと、手際よくガス缶をセットして火を灯した。
「ガキの頃さ、キャンプとかしょっちゅう行ってたんだよ」
楊汝飛は口の端だけをあげただけの笑みを見せたが、すぐにいつもの不機嫌そうな顔に戻ると先に歩き出した。
「置いてくなよ!…それにしてもやっぱり夜は薄気味悪いな…」
「金目の物を取ったら、とっととずらかるぞ」
洞窟は静まり返っていて、二人の足音だけが響いている。闇に今にも負けそうな灯りで進んでいくと、目の前にあの一枚岩が立ちふさがった。
早速用意したスコップで掘り進めると、あっけないほど簡単に肩幅ぐらいの大きさの銅の箱が出てきたのだ。錠前もついていたがかなり錆びており、楊がスコップで何度か叩くと鈍い音ともに崩れ落ちた。
箱を開けてみると古い紙の束や写真の下に、綺麗な箱がいくつかあり、中には指輪や首飾りなどが納められていた。
「本当にあったぞ!俺たち大金持ちだ!」
劉浩毅は飛び跳ねて喜び、ひとりで何度もガッツポーズをしている。
「じいさん達が言ってただろ?戦時中に財産を隠したって。きっとそれだな」
箱の中にはぎっしりと書類や金品が詰まっている。楊汝飛はそれらをリュックに入れ始めたが、不意に肩を叩かれて心臓が止まるほど驚いた。小心者だと気取られたくないため、わざと大声を出した。
「なんだよっ!?お前も早く手伝えよな!!」
背後に立っていた劉浩毅は右壁の下をランタンで照らしながら、まるで独り言のように呟いた。
「なぁ…あそこは?」
立ち上がって見ると、狭い隧道が黒い口を開けている。
「じいさんはさ、伝説の宝とも言ってただろ?その宝石も金になりそうだけど、もっと別にすごい財宝があるって意味なんじゃないかな…」
そう言われてみればそうである。この箱は素人でも掘り出せるほど、簡単に埋められたものだ。おそらく戦争が終わったら、すぐに掘り起こすことを前提に埋めたのだろう。伝説の宝というには、歯ごたえのないものであった。
しかしこの宝物の発見は二人に金額以上の意欲を与えたため、目の前の小さな闇の入り口は、若者を欲望へと誘う扉へと成り下がっていた。
人ひとりが四つん這いになってやっと通れるほどの狭い道を、身をよじりながら二人は進んでいく。
「浩毅、お前太ってるから通れんのか?」
後ろから呻くような声で、「ギリギリ」と聞こえる。楊汝飛は石を脇に避けながら突き進んでいくと、前方に白い点が見えてきた。
「見ろ!明かりだ!」
這い出すとそこは吹き抜けのようになった開けた場所で、岩が連なる高い天井に小さな穴があいており、真上近くまで昇った満月が、きらきらと月光を一点に注いでいた。
「ふぅ、やっと出口か」
臀部をよじりながら出てきた友人に、楊汝飛がこう呟いた。
「いや、ここは出口じゃない…。墓場だ」
部屋の奥には木製の棺がぽつんと置かれている。差し込む月の光が、まるでスポットライトのように白々と照らし出しているのだ。
「なっなんでこんな所に棺桶が!?財宝はどうした!?おいっ何してんだよ!?」
恐怖でその場に立ちすくむ劉浩毅をよそに、楊汝飛は棺の蓋を押し始めている。
「お前もこっちに来て手伝え」
「うっ嘘だろ!?俺は嫌だ!!気味が悪い!!」
下に置いたランタンを持ち上げると今にも帰り出しそうな友人に、楊が怒鳴り声を張り上げた。
「劉浩毅!ここまで来て手ぶらで帰るつもりか!?」
「でっでも妙だ。こんな所に墓があるなんて…多一事不如小一事(触らぬ神に祟りなし)だ!」
「ふざけんな!伝説の宝はどうすんだよ!?それが目の前にあるんだぞ!お前だってあんなに乗り気だったくせによ!!」
「そりゃそうだけど…。でも祟りにあうのは嫌じゃねえか…」
「いいか、劉浩毅。さっきから俺たちは泥棒してるんだ。もし幽霊がいて、そいつが本気で怒ってんなら、とっくに出てきて俺たちを追い返してんだろ?別に遺体をどうこうしようってわけじゃねぇ。中で眠ってる金持ちのじじいから、その伝説の宝とやらを頂戴するだけだ」
いつもそうなのだが、楊汝飛は怒鳴りつけた後、すぐに冷静になって説明口調で諭すよう説得する癖があった。その緩急のついた口ぶりは劉浩毅には効果てきめんで、「それもそうだな」とこの時も彼が折れてしまったのだ。
風化してあいたのであろう、天井の穴から降り込む雨風のせいか棺は相当痛んでいた。蓋には黄色い紙が貼ってあり、赤字で何か書かれいるがほとんど読めなくなっている。二人は棺を挟んで相対し、思いっきり蓋を押し開けた。蓋が地面に落ちて、大音が鳴り響く。月明かりで十分明るいが、劉浩毅はランタンを前に出して棺の中を照らした。
「じっじいさんじゃない…」
劉は真っ青になって後ずさったが、楊は棺の中を覗くのに夢中で空返事をしただけだった。
「あぁ、女…?いや男か?金持ちの坊ちゃんだったんだろ」
月光が棺の中へ降り注ぎ、その美しい姿を照らし出す。清王朝の官服である暖帽と補服を身に纏い、両手は胸の上で祈るように組合せている。年の頃は二十歳前後、抜けるような白い肌に、長いまつ毛、右耳に鈴の耳飾りをつけ、黒髪を後ろでお団子にまとめた、端正な顔の美青年が眠っていた。
「若すぎる…若すぎるだろ、これ」
「ピアスと首飾りだけか…。これが伝説の宝なのか?浩毅、そっちはどうだ?金目の物はないか?」
楊は遺体の側面にも手を這わせ、何か収穫はないかと必死である。
「何年前だよ…」劉は震える手で、友人の肩をつかんで引き寄せた。
「何だよ!?」
「逃げよう!!」
劉浩毅は見る見るうちに顔面蒼白になって棺を指さした。先ほどまで胸の上にあった両手が真っ直ぐに突き出され、棺から出ている。
「こいつ死んでない…こっこれっ」
劉の手からランプが滑り落ち、ガシャンとガラスが割れる音が洞窟内に響き渡った。
「キョっキョンシーだあぁぁ!!!!」
と同時に、黒服の死者が何かに吸い寄せられるように起き上がってきた。
「ひぃぃぃぃ出たあああ!!!!」
「なっ何なんだよ!?」
動く遺体は両腕を前に突き出し、両足を揃えた姿でふわりと飛び上がると、二人の前に静かに降り立った。楊汝飛はとっさに駆け出し、「浩毅!!逃げるぞ!!」と叫んだが、劉浩毅は腰が抜けて立てないのかその場にへたり込んでいる。キョンシーはどこか恍惚とした赤い目で彼を見ると、すぐにその頭を片手で鷲掴みにして引っ張り上げた。足が止まった楊に、劉は涙ながらに懇願する。
「楊汝飛!!頼む…助けてくれ…」
彼が友人の元へ駆け出そうとした瞬間、キョンシーは吊り上げた人間の首筋に鋭い牙を突き立てた。
「ぎゃあああああああああ!!!!」
嚙みつかれた劉浩毅の断末魔の悲鳴が石室にこだまする。あっという間に彼の顔は真っ青になっていた。
もう助からない。楊汝飛は震える足で駆け出し隧道を目指したが、すでに後ろからはタン、タンと両足を揃えて飛び跳ねるキョンシーの足音が迫っていた。
死者の指から青紫色に伸びた爪が、パーカーに触れる。しかし楊汝飛が元来た狭い道に、頭を突っ込むほうがわずかに先であった。彼は友人も化け物も振り切るように、全速力で這い進み命からがら抜け出すと、掘り出した宝箱もそのままに、一目散に洞窟を後にしたのであった。
気がつくと、楊汝飛は自宅アパートの玄関で目を覚ました。外はもう日が高く昇っており、道行く人々の声が聞こえてくる。
全身血と泥で汚れていて、足や頭がひどく痛む。どうやって帰り着いたのか、全く覚えていない。
「…っ、何が宝だよ」
舌打ち交じりにひとり悪態をついたが、内心では不安と恐怖でいっぱいであった。彼の脳裏には劉浩毅の死に顔と、あの化け物の姿が焼きついている。
汚い格好のまま部屋に入ると、ポケットから携帯を取り出して、一心不乱にネットでキョンシーを検索し続けた。そこにはキョンシーに嚙まれた者もまた、キョンシー化するとあり、このことは日に日に楊を追いつめていく一番の要因となった。
本来彼はひどく神経質で小心者であった。普段は虚勢を張っていたが、友人を見殺しにした罪悪感も手伝って、劉浩毅がキョンシーになって復讐しにくるという妄想が心を支配するのにそう時間はかからなかった。そしてとうとう限界がきた。それは雷と大雨の降りしきる、春の嵐の晩であった。
いくらテレビのボリュームを上げても、安アパートにぶつかる雨音や風で軋む家鳴りを防ぐことはできない。楊汝飛は電気とテレビをつけっぱなしにして、布団を頭から被って耐えていた。目をつぶると友人の死に顔が浮かんでくる。あれ以来、まともに眠れていなかった。
耳をつんざくような雷鳴がとどろくと、ふっと部屋が真っ暗になり静かになった。すると雷が室内を照らす。大きな黒い影が部屋の壁に映し出された。実際は部屋に積まれた段ボールの影なのだが、恐怖と不眠で正常な判断が出来なくなっていた楊には、それがキョンシー化した劉浩毅だと自動的に思い込んだ。
「うっうわああああ!!」
奇声をあげながら外に飛び出すと、ずぶ濡れになりながら路地の真ん中で叫び出した。
「俺が悪かったよ!!全部話すから、助けてくれ!!」
こんな嵐の晩に外に出ている者などいない。が、楊の振り回した腕が何かに当たった。
「哎哟!(いてっ)」
叫び声とともに人影はバランスを崩し、小石につまずくと盛大にすっ転んだ。持っていた手提げかばんから荷物が飛び出して道に散乱し、中には水晶玉のような物まで転がっている。
「あんた占い師か!?頼む、助けてくれ!!」
楊が助け起こすといきなり胸ぐらをつかまれ、「てめえ!まずは謝ったらどうなんだ!?」と、顔を真っ赤にした中年の男に怒鳴られた。男は赤の長袍の上に黒色の馬褂(外衣)を着ており、黒髪をオールバックして、口の左右に髭を生やしている。何より目を引くのが、左目を覆う黒い眼帯であった。
「ぶつかって悪かった!!だから頼む、俺を助けてくれ!!この通りだ!!礼ならいくらでもする!!」
「なんだと!?なぜこの俺が、貴様を助けにゃならん!」
眼帯の男は楊を突き飛ばすと、道に散乱した傘や荷物を拾い始めた。楊は泣きながら、必死に膝をついて頭を下げた。
「キョンシーが俺を殺しに来たんだ!!嘘なんかじゃない!!どうか信じてくれ!!」
「……それは本当か?」
頭上から低い声がするので顔をあげると、さっきの眼帯男が鼻で笑いながら楊を見下している。
「ああ!!ああ!!本当だ!!」
「で、キョンシーはどこだ?」
大慌てで男をアパートへ案内したが、部屋に何もいるはずもなく、楊は呆然として呟いた。
「…きっと洞窟に帰ったんだ」
「洞窟?」
「ああ。あいつは…劉浩毅はあそこで死んだから…。俺が見捨てたからあいつはキョンシーになっちまったんだっ!」
眼帯男はため息をつくと、泣き崩れた楊の胸ぐらを掴んで立たせた。
「俺がそのキョンシーを退治してやるよ。さっさとそこへ案内しろウジ虫。そういえばお前、金は持っているのか?」
「フリーターだからあまりないけど、礼は必ずさせてもらう!約束する!」
大通りへ出てなんとかタクシーを拾うと、隣町の山へと急がせた。
運転手は嵐の晩、しかも人相の悪い二人にこんな人気のない場所に連れてこられただけでも怪訝そうなのに、ここで待っていてほしいと言われてさらに不安を隠しきれないでいる。車外に出た楊も、土砂降りの真っ暗な山を目の当たりにすると強い恐怖心にかられ、得体の知れない男を信用した自分に早速後悔し始めた。
「なぁ、嵐の山登りは危険なんじゃないか!?何も持ってきてないし、明るくなってからにしないか!?」
眼帯男は手提げ袋から白紙のお札のような物を取り出すと、筆でさらさらと何か書き始めた。
「おいっ!あんた、聞いてんのか!?」
符(お札)に“火”と書くと、それを男が一振りする。途端に紙は火柱を立てて燃え上がった。強風と大雨の中でも赤々と燃え続け、辺りを明るく映し出す。
「あんた一体…」
炎の怪しい揺らめきに惑わされるかのように、楊汝飛は再び洞窟に入る決意を固めたのだった。
二人が洞窟に辿り着いたのは夜明け近くなのだが、嵐のせいか辺りは真っ暗である。眼帯男は楊よりもズタボロになりながら、ぶつぶつ文句を言い続けている。この男は、道中何度も滑っては転んでを繰り返したのだ。
大荒れの天気をよそに、洞窟内は不気味なぐらい静まり返っていた。行き止まりまでくると、楊は壁下の小さな穴を指さした。
「…この中にいる」
「さっさと行け」
「あんたが先に行けよ!」
「…黙れ」
「穴から顔を出して襲われたんじゃ…」
隻眼の男は人差し指を口にあてていた。楊が口を閉じると、来た道からタン、タンと足音が聞こえてくる。
「キョっキョンシーだ!!俺たちは袋のネズミだ!!」
パニックになった楊は、慌てふためいて眼帯男の後ろに回り込んでしがみついた。
「邪魔だっくそ野郎!」
「劉浩毅!!俺が悪かった!!」
足音が止むと同時に、拳が空を切って二人に襲いかかる。眼帯男がバランスを崩して後ろに倒れたことで結果的に一撃をかわしたが、すぐさまキョンシーはふわりとジャンプすると、頭上から蹴りを落としてくる。
(死後硬直がとけてるな)
眼帯男は先程までの拙い動きが一変し、キョンシーの蹴りをぎりぎりでかわすと、次の攻撃もしなやかに受け流した。楊は喜々として叫んだ。
「殺せ!やっちまえ!」
「もう死んでるから殺せない。かばんの中から霊符を出せ!黄色い符だ!明かりもこっちに持ってこい!暗くてよく見えん!」
先程倒れた拍子に落ちて弱火になった火の符を拾い上げると、地面に落ちている手提げ袋をひっくり返し、言われた通り黄色い符を探し出した。符には赤い字で“勅令陏身保命”と書いてある。
立ち上がろうとして、急に引っ張られて膝をついた。虚ろな瞳の劉浩毅と視線がぶつかった。死んだはずの彼は隧道から半身を出して、楊の足首を掴んでいたのだ。
「ひぃぃぃ!!劉浩毅!!」
青白い顔で生気のない目をした友人は、劉浩毅ではあるが、まるで別人のような異質な印象を楊汝飛に植え付けた。
「たっ助けてくれ!!」
「手が離せん。それより早く符を持って来い!」
「無理だ!!動けないんだよ!!」
眼帯男はチラッと楊の方に視線をやると、「火を付けろ!」と怒鳴った。
左手に握っていた火と書かれた符を劉浩毅の背中に投げつけると、再び炎は燃え上がり、同時に洞窟内を赤々と照らし出した。
眼前のキョンシーの姿が、眼帯男の右目に映し出される。彼は瞠目して唸った。
「あんただったのか…あれは本当だった…」
一瞬の隙を見逃がさなかった。キョンシーは眼帯男を回し蹴りで吹き飛ばし、彼を一枚岩に叩きつけた。
楊汝飛は急いで駆け寄って抱き起こしたが、男は頭を打って気を失っている。頼みの綱を失った彼は絶望で顔を青くして、思い切り眼帯男の頬を引っ叩いた。
「おいっ起きろよ!!どうすんだよ!?」
キョンシーの赤い目が楊汝飛を捉える。背後は行き止まりの一枚岩である。しかも劉浩毅の遺体を焼いていた炎は徐々に弱まり、辺りが薄暗くなってきていた。
楊は全身をガタガタと震わせながら、手に残された黄色い符を前にかざした。ネットで見たキョンシーも、これを額につけていた。おそらくこの符を同じようにすればいい。だが相手は拳法の達人である。
黄色い符のせいだろうか、キョンシーはすぐには襲ってこずに様子を見ているようだ。
(こいつの横をすり抜けて逃げよう…)
楊汝飛は符をかざしながら少しずつ前に進んでいき、キョンシーはそれに伴って壁際沿いに移動し一枚岩の方へ跳ねていく。道があいた瞬間、楊は全速力で駆け出した。
が、地面に転がり出ていた水晶玉に足を取られて、顔面から地面に突っ込んだ。痛みに苦しむ間もなく、キョンシーが頭を鷲掴みにする。楊は力いっぱい大地にしがみついたが、必死の抵抗も虚しくキョンシーは軽々と成人男性を吊るし上げた。
「うわあぁぁ!!よせえええ!!」
劉浩毅の最期と全く同じ状況になり、楊はそれを認めないかのように激しく腕を振り回して抵抗した。しばらくその状態が続いたが、なぜか一向に噛みつかれない。すると後ろから、絞り出すようにかすれた声が聞こえてきた。
「セ…ン…センセイ…」
「…?」
恐る恐る顔を後ろに向けると、キョンシーは床に転がった水晶玉を見つめていた。
「つくづく嫌な奴だ」
前から声がしたかと思うと、次の瞬間、楊は地面に放り出されていた。見上げると、眼帯男が隣に立っている。キョンシーの顔には黄色い符が垂れ下がっていて、じっと動かなくなっていた。
思わず楊から、安堵のため息が洩れた。「助かった…」
隻眼の男は水晶玉を拾い上げ、手提げ袋にしまい込んでいる。
「お前、名前は?」
「楊汝飛だ。助かった!あんたのおかげで全部終わった!」
男はニヤニヤと薄気味悪く笑い、それから低い声を出した。
「終わった?まだだろ?」
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「あっああ!あんたは命の恩人だからな」
「じゃないと楊汝飛、お前はすぐにお陀仏だ。見てみろ」
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直立不動のキョンシーに、片目で目配せをする。
「…きちんと見送ってやりたい。それまでお前の家を貸してもらう」
「つっつまりあのキョンシーを、連れて帰るっていうのか!?」
口答えした若者に、男は右目でねめつけた。
「わっ悪かったよ!それでいい!」
楊が大きく頷くと眼帯男は立ち上り、手提げ袋から鐘を取り出して鳴らした。鐘の音は洞窟内に響き渡り、それと同時にキョンシーが両腕を前に突き出した。思わず後ずさった楊には見向きもせず、キョンシーは眼帯男の後を飛び跳ねてついていく。
楊汝飛は愕然とその光景を見つめていたが、自分の足首に視線をやると、腹をくくるしかないことは火を見るよりも明らかであった。
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