彼女は婚約者に似合う

ねこまんまときみどりのことり

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真実の愛とは?

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「もう、いつもそれだ。お前は俺の母親か? もう聞き飽きたぞ、口を閉じろ! それにか弱いガーベラを睨むなと、何度言ったら覚えるんだ! お前の顔は怖いんだよ!」

「ですが、殿下」
「ええい、うるさい。もう去れ」
「………はい、失礼します」


 私は第一王子の婚約者、ベロニカ・コールデンと申します。
 先程怒っていたのがその第一王子、ウィルデンガー・ゲインスト様です。

 何やら私の言い方が良くないのか、最近すぐに怒られてしまいます。
 その上必要以上に距離の近い女生徒がいて、それは良くないことだとお諌めしていたのですが、4日程前に2人の仲睦まじい様子を見て、考えを改めました。

 彼女の微笑みに目を細められる殿下の姿は、私には向けられないものです。
 彼女もまた目を輝かせて殿下を見つめていました。
 そして私を目に入れた彼女はニヤリと微笑み、殿下の胸に顔を埋めました。
 その後に殿下は私を睨み付けたのです。


 私の雇う隠密の話によると、殿下は彼女の言うままに贈り物をし、彼女も殿下を喜ばせようと菓子を焼き贈っているそうです。

 これぞ相思相愛。
 相互の意見を受け入れ尊重し、幸せに戯れて語る。


 ああこれは、邪魔なのは私ですわ。
 彼女が殿下をお諌めすれば、きっと殿下は良い方向に動けるのではないかしら?

 そう思えるようになったのは、私の好きな小説『微笑むリトルフラワーは、僕の最愛』を読んだからですわ。
 内容は弱小貴族である、男爵令嬢と王太子との身分を超えた愛。
 国王や婚約者の妨害を乗り越えて、懸命な努力をし立派に成長した2人は、周囲を説得して結婚するのですわ。
 もう涙が止まりませんわ。愛ですわ。

 それにこの物語の面白い所は、悪役令嬢となった公爵令嬢も断罪されたと見せかけて、傷心を癒しながら世界に飛び出すところですわ。
 とても泣けますのよ。


 そんな訳で私は傍観者に徹しようと思いますの。
 小説によると私の立場と同じ公爵令嬢は、女生徒の持ち物や本人に危害を加えるのですが、そんなことは出来ませんわ。
 だって男爵令嬢は、未来の国母になる方ですもの。
 私はそっと身を潜め、彼らの目に入らないように致しましょう。
 幸い王太子妃教育は終了しておりますので、登城することもありません。
 出来る限りエンカウントするのは避けて、隠密からの報告を楽しみに待ちましょう。


 楽しくなって来ましたわ!



◇◇◇
「まあ、良いよな。俺達はベロニカお嬢さんに付いていくだけだし」

「ええ、勿論よ」

「お嬢さんの父親には言わなくて良いのか?」

「言えば王太子達の邪魔になるだろ。お嬢さんの楽しみの邪魔になるから、俺は言わん」

「じゃあ、私も」
「僕も言わない」
「ヨシ! じゃあ何れ来る、婚約破棄に向けてお嬢さんの家事スキルの特訓だ!」

「「「おう!!!」」」

 そんな感じで、ベロニカの自費で雇っている隠密達も傍観を決めた。



◇◇◇
「どうして、こんなことになったのか?」

 王子は学園の成績表を見て愕然としていた。
 今まで30位以内に入っていた順位が150位と、後ろから数えた方が早い。
 いつもテスト前には勉強しろとうるさいベロニカが居らず、愛するガーベラと遊びまくっていたせいだろう。

 いつも山を掛けて、最低限で最高の成果を出してくれたノートさえ持って来なかったのだ。
 なんだこれはベロニカのせいではないか。
 俺の責任ではない。
 まったくサボリおって。

 愛するガーベラはどうかな? 
 アララ、俺より下ではないか。
 まあ良い。
 女は少しくらい愚かな方が愛らしい。
 愛嬌があって笑っているのが一番だ。
 ベロニカを叱ろうにも最近会うこともない。
 態々会いに行くのも時間が勿体ないし、まあ今回は不問にしてやろう。
 寛大な俺を見直すが良い。
 わははっ。


「見直すね。
 見直すってことは、悪かったことが改善したってことだよ。
 悪かった状態は同じだし、改善もしてないから違うよね。
 そもそも意味分かって言ってんのかな?」

「分かるほど利口なら、150番はないだろ? 
 170人しか居なくて、3人は騎士団の訓練で骨折して休学中だ。
 ガーベラなんてほぼビリだろう。
 逆にすごいな」

「お似合いだな。未来なしだ」
「これ伝えたら、お嬢さん心配するな。
 内緒にしとくか?」
「そうしようぜ!」

 こうして隠密達は、殿下と恋人が仲睦まじく、少しくらい愚かな方が可愛いと言っていたことだけを伝えた。

「まあ、彼女は下位貴族だろうから、殿下と比べれば点数が低いのはしょうがないわね。
 それを叱責しないのはやはり愛なのね」

 楽しそうに報告を聞くベロニカ。
 今は王太子妃教育を受けていた時間を料理に当てていた。
 最初は包丁を持つ手も危うく、熊でも殺すような真剣な眼光だったが、今は厚いながらも皮剥きが出来るようになった。
 味付けはさすがで、洗練された物を食べてきただけあり上品だ。


「仕事も順調だし、家事もほどほどになったと思うわ。調理以外は」
「ふふふっ。お嬢さんは料理なんて作らなくて良いのに。本当に真面目なんだから」

「だって、この本は私のバイブルですもの。
 書いてあることは、当たり前に身に付けたいのよ」
「バイブルね。良いんじゃない、自由に生きる元公爵令嬢」

「もうすぐ卒業だから、お部屋も片付けておかないと」


 ベロニカの準備は進んでいるようである。



◇◇◇
「まあ! コールデン様のお嬢様が王太子妃になるんですか? すごいです」

「それほどでもないさ。
 妻にそっくりの金髪碧眼で美しくはあるが、性格もキツい。
 国王に望まれて王太子妃になれなかったら、きっと嫁に行くのは大変だっただろう。
 女の子は君のように可愛くて優しくないとね」

「やだぁ、コールデン様ったら。もう、エッチなんだから」
「良いじゃないか、少しくらい。いつもプレゼントしてるでしょ? 
 ねえ、マクロンって呼んでよ」

「えー、もう。マクロン様♡」
「うん、萌えるね。今夜は帰らないからね」

「本当に? や~ん、嬉しい♡ チュッ」
「デヘヘヘッ」


 これがベロニカの父親である。
 妻と娘には冷たいが、愛人にはデロデロである。
 ベロニカが真実の愛を信じたいのも頷ける。
 彼女ベロニカは父親とこの愛人が真実の愛で、母親が可哀想な当て馬だと考えていた。

 その母親はと言えば、夫が帰らないからと言って生家の侯爵家に戻り、未だお嬢様と傅かれていた。
 母親の自覚なしである。
 彼女母親の両親も大概で、子は産んだから責任は果たしたと思っている。


 今ベロニカの傍にいるのは、公爵家に昔から仕える家令、執事、侍女長と護衛が5人である。
 みんな50代以上で爵位は子供に譲っている。
 そして彼女が個人的に雇っている隠密4人だけで、この家をまわしていた。

 既に他の使用人は高額の退職金を持たせ、箝口令付きで他家に雇われている。
 勿論この家を今任せられているベロニカの紹介状付きである。

「お嬢様。寂しいですが、お幸せになって下さいね」
「あのポンコツ王子の世話は大変過ぎます。
 お嬢様は母親ではありませんわ。
 早く自由になってくださいな」

「暫くご連絡は出来ませんわね、辛いです。
 いつも幸福を願っておりますわ」
「お嬢様なら、きっとこの本のようになれますわ。
 結婚式には呼んで下さいね」


「ありがとうございます、みなさん。
 私も皆さんの幸せを願っておりますわ。
 今までお世話になりました」


 ここを出て他家に向かう使用人へ、最後まで感謝を述べて華麗にカーテシーで見送るベロニカ。
 1人で全てを熟す彼女を憐れに思い、そして前向きな彼女のファンになっていた使用人達。
 彼女は使用人達を家族のように愛し、使用人達も彼女を愛していた。
 妹のように、娘のように。

 さよならと送り出すベロニカは、涙を堪えて笑顔を浮かべた。
 使用人達も堪えて微笑んだ。
 送り出したのは、混乱の中で働かせない為の、ベロニカなりの配慮だった。



◇◇◇
「ベロニカに任せておけば間違いないわね。王家も安泰ですわ」

「そうだな、王妃よ。ウィルデンガーは甘くすれば何もせんからなあ。
 ベロニカのように導いてくれる者が適任だ。
 5才から同い年の彼女がいるから、何とか及第点を維持しているようなものだ。
 おまけに公爵令嬢だし、まこと丁度良いのが居たもんだわい。
 しっかりしているから、もう学園の影も引き揚げておる。
 後半年すれば卒業してすぐ結婚だな。
 そうなれば、政務も手伝って貰おうぞ」

「そうですわね。
 私ももう、いっぱいいっぱいなの。待ち遠しいわ」
「ウィルデンガーの補助もして貰わんと。
 そして子供は3人は欲しいな」

「きっと可愛い顔の孫ですわ。
 ベロニカもウィルデンガーも美しいですから」
「ウィルデンガーの美貌は王妃の手柄じゃ。ほんに美しいぞ」
「まあ、あなたったら。ふふふっ」


 こっちはこっちで、ウィルデンガーの出来の悪さをベロニカに押し付けていた。
 才能があるベロニカにやる気のない息子の勉強への発破をかけさせ、宥めすかし学ばせ、社交もまた然りである。
 ついでに王妃は子爵令嬢。
 前国王の決めた王命は、息子のおねだりで解消した。
 解消された令嬢はとんでもない迷惑である。
 でも良かった面もある。
 愚王当時王太子との結婚を回避出来たのだから。

 まあそんな感じで、生まれた時からベロニカは過酷な試練を乗り越えて来たのである。



◇◇◇
 ベロニカは学園での必要単位を、既に2学年の際に取得済みである。
 教師には、王太子妃教育が多忙になるからと説明していた。
 彼女は教師に頼んでいた。
 卒業証書は使用人が取りにきますから、渡してくださいと。
 教師は願いに従うことにした。
 彼女は王太子妃ではなくても、とても優秀な生徒であったから。

 ウィルデンガーがベロニカではない女生徒と一緒にいても、権力の前に注意できなかったことにも悔やんでいた。
 それなのに彼女ベロニカは、気にしなくて良いといつも言っていた。
 真実の愛は美しいですからと、憎むどころか微笑んで。
 これが次期王太子妃、何れ王妃になる貫禄かと教師達は思ったものだ。


◇◇◇
 学園卒業まで半年となる少し前、ベロニカは平民の商人親子を呼んだ。
 それは同級生であるラキュースラとその父親である。
 彼女は胸が大きく、伯爵令息に絡まれていた所をベロニカに救われた。

「高位貴族が何と言う真似を。
 胸を揉ませろ、揉むなんて。
 なんてハレンチな。
 即刻貴方様のご両親に連絡を取りますわ。
 ご乱心ですと!」

 すると、彼女の密偵が天井から降り立ち、彼女が書きなぐった手紙を受け取った。
 そして姿を消したのだ。
 ベロニカはその時、真っ青になっていた。
 暴力を振るわれる恐怖よりもその男子のハレンチ振りに意識が集中していた。
 学生なのにこの盛りよう、何か悪い病気ではないか? 
 本気で心配していたのだ。

 両親が仲良く関わることなど、見ることのなかったベロニカだ。
 男女の知識は麗しい物語の中のみ。
 下劣な性欲の絡む表情を初めて見たのだから、涙も零れるだろう。
 彼女の友人はそんな彼女を温かく抱きしめた。
 助けられたラキュースラも感謝で胸が熱くなった。

 気の強そうな顔で損をしているが、彼女は純粋で穢れを知らない女性だと友人達は理解していた。
 そしてちょっとズレている知識(特に恋愛)を持っていることも。


 さておき。
 ベロニカは自分のドレスやシューズを全て売り払った。
 もう着ることもないからと言って。
 ラキュースラは思った。
 今学園で王太子とイチャイチャしているのは、何処ぞの男爵令嬢だ。
 きっとそれで婚約を破棄されるのではないかと。
 そうなればもう、国内にいられないと準備をしているのではないかと。

 彼女は推測を父親にそっと耳打ちする。
 はっとした父親はこれまでの恩をと思い、少し高値で買い取った。

「せめてもの恩返しで御座います。
 良い値をつけさせて頂きました。
 娘を救って頂いたご恩は忘れておりません。
 もし何かお困り事がございましたら、ご連絡下さいませ」
 そう言って父子共々深く頭を下げたのだ。

 ベロニカは慌てて頭を上げるように言い、「気にしないで下さいな。私の方が助かりましたのよ。
 これで貸し借りなしですわ」と微笑んだ。

 ベロニカは知らないのだ。
 あの伯爵令息は、ラキュースラの店のお得意様の息子だった。
 何かあっても泣き寝入りする所だった。
 それがベロニカが、次期王太子妃である公爵令嬢が抗議したことで、その伯爵令息は次男であったこともあり、領地に送られた。
 ご乱心とまで言われ、そのまま学園に通うことは出来なかったから。
 その後も別の不埒な男子生徒の出現はなく、他の女子生徒も安全に過ごすことが出来たのだ。

 貴族社会で身分による嫌がらせは多い。
 期間限定だとしても、救われた女子生徒は多くいたのだ。
 だからラキュースラは、彼女が困った時は今後も助けようと心に誓っていた。

 結局ベロニカはその言葉に甘え、部屋にある殆どの物を引き取って貰った。

「甘えてごめんなさいね、ラキュースラさん」

 テヘヘと照れ笑いするベロニカは、年相応に可愛くて、ラキュースラは泣きたくなった。
 なんでこんなに素晴らしい人を捨てるのだ。
 クソ王太子がと。
 どちらかと言うと、捨てたのはベロニカの方からだったが。



◇◇◇
 そして卒業の半年前、ベロニカと公爵家に昔から仕える家令、執事、侍女長と護衛が5人、隠密4人は邸から姿を消した。

 領地経営や家内業務の書類、帳簿、印章は父であるマクロンに送った。
 今までベロニカが暮らしていた本邸は、警備の者を2名交代で配置し、施錠済みであるとの手紙も添えて。
 そしてその書類には離籍届け受領証も紛れていたが、マクロンは気づかないままだった。

「なんだこの書類の山は? 
 本邸を閉めただと、勝手なことを。
 だがその分の管理費が、こんなに浮くのならまあ良いだろう。
 我が妻は実家暮らしで戻らないなら丁度良い。
 ベロニカは城に居を構えたのだろう。
 領地の仕事は後回しだ。
 浮いた金で豪遊だぁ」


 ベロニカは預かっていた印章で、離籍届けを提出していた。
 不備もないので国の行政部はそれを受理した。
 担当者はその意味を知っていた。

「うまく逃げられると良いな。ベロニカ様」
「ああ、本当に。ベロニカ様がいなければ、ウィルデンガー様に王太子は無理だ。漸く王弟殿下が出て来られるな」

「もっと早くこうすれば良かったんだ。今の無能な国王夫妻の下に来れば、きっとあの子は使い潰されていただろう」

 役所の者もこの変化を歓迎していた。
 ずっと1人で頑張って来たベロニカをいつも応援していたから。





◇◇◇
 隣国の隣国の隣国のある商業地区の一画に、居を構えたベロニカ達。
 1階が店舗、2階が応接室と倉庫と個室5つ、3階がダイニングとキッチンと個室が8つだ。
 浴室は歩いて5分の所に大浴場がある。
 この建物は部屋の多さで購入を決めた形。
 こことは別に宝石加工の工房も隣にある。


「ああ、やっとスッキリしたわね。今日から私はただのベロニカよ。みんなよろしくね」

「お嬢様は、お嬢様です。それは変わりませんよ」
「ベロニカ様のお店、評判良いよ。宝石加工の職人もベロニカ様の待遇に喜んでいたよ」

「まあ、本当? 良かったわ。
 職人の待遇は、隣国で見学した時に得た知識を採用したのよ。
 週5日を勤務して、2日を休む体制。
 どうしても細かい作業は目を痛めるわ。
 そのくらいの休憩が丁度良いみたいなの」

「最高だね、それ。きっと頑張ってくれるよ」
「販売店舗の方は週6日勤務なの。こちらはおいおいね」

「急がなくてもゆっくり決めよう」
「そうね。まだ始まったばかりだしね」

「そうですよ、お嬢様。まずはお茶でもどうぞ」
「ミランもドミナも、一緒に飲みましょう」

「ですが、私は使用人です」
「平民の私の使用人なら、ハードルは高くないでしょ? 飲みましょう、ね」

「では、失礼して」
「私も失礼します」

「ああ楽しいわね。何だか体の強ばりがとれるみたい」
「お忙しかったですもんね」

「今日は定休日ですから、のんびりしましょう」
「そうね。そうしましょう」

「ダンソンもソルティーも座ってよ。外に出ている人には後で私の入れたお茶を振る舞いますから」
「僕も、それ飲みたかった」

「何よ、私のじゃダメなの?」
「ダメジャナイ、オイシイヨ」
「このくそソルティーが」
「わ~ん、優しくない。暴力反対!」

「ふふふっ、うふっ」
「良い笑顔。その方がお嬢さんらしいよ」
「うん。もう貴族じゃないからね」

「そうね。私はただのベロニカだもんね」
「はい。その通りですよ」
「問題なしで御座います」


 王太子妃教育で外交先や商人から物の目利きを学んだベロニカは、自己のお小遣いで宝石店へ投資をしていた。
 時々原石を買い付けて、職人にデザイン画を渡して加工して貰うこともあった。
 そしてそれを売って得た資金をまた投資にまわし、一財産を築いていた。
 それを数年続けた後、ベロニカを見込んだ高齢の宝石店主から店を格安で譲られ、独立の足掛かりになった。
 その店はベロニカの友人に買い取って貰い、売り上げも伸びている。

 彼女は公爵家に両親が帰ってこないので、領地経営も家政経営も押し付けられ、家令と執事と共に必死で熟し続けて来た。
 それでも彼女が得ていたのは、父が昔に決めた令嬢のお小遣い程度で、その利益は家に蓄えられていた。
 ベロニカに任せきりで愛人に依存する父と、娘が王太子妃になると自慢気な母。
 どちらも数か月後、国王に呼び出され叱責を受けるのだった。
 容易に迎えに行けない場所にいるベロニカには、会うことも叶わないだろう。

 既に学園も卒業し、成人であるベロニカの離籍は覆せない。
 卒業後に結婚の筈なのに、ベロニカから何も相談を受けない国王や王妃、公爵夫妻、ウィルデンガーは何を考えていたのかと、事情を知らない貴族達は呆れた。

 分かっていて口を出さなかったのは、ベロニカの味方達である。

 結局ベロニカの友人の侯爵令嬢が、ウィルデンガーに手紙を届けたことで、彼女の居なくなった理由がハッキリした。

「拝啓
 私ベロニカは、殿下と男爵令嬢様の愛を応援したく、身を引きます。
 真実の愛は素晴らしいです。
 私は父と愛人様の真実の愛も尊いと思いますが、身分に引き離された形は辛いことだと思っておりました。
 是非幸せの道を歩いてくださいませ。
 その後母には、もっと良き人と出会って欲しいと思っております。
 今まで教育して頂いた王宮教師様、とても貴重な時間をありがとうございました。
 先生とお話しするのが、お城に行く唯一の楽しみでした。
 学びを役立てないことをお許しください。
 国王様、王妃様、真実の愛の2人を温かくお迎えください。
 殿下は男爵令嬢様の言葉はよく聞いてくださいます。
 きっと支え合い素敵なご夫婦になると思います。

 お手紙で失礼致します。敬具」

「「「「「なんじゃこりゃー!!!」」」」」


(なんて良い子なの、ベロニカ様は。
 私の方が楽しかったわ。
 ウィルデンガーのアホ、コホンッは、いくら教えても右から左に聞き流すから、教え甲斐はないし国王には詰られるしだったのよ。
 一緒に語りあえて幸福でした。
 ありがとう、幸せにおなりなさいね)

 王妃の分まで彼女を教育した王宮教師は、その手紙に歓喜していた。
 住所は明かせないから、友人に手紙を託したことを察しながら。



◇◇◇
 まあ、なるようになった訳で。
 結局ウィルデンガーとガーベラは、赤点だらけで卒業出来ず留年した。
 どちらにしろ結婚は出来なかったようだ。
 そんな状態では次期国王は無理であると判断され、国王と年が15才離れた王弟が王位を継いだ。

 王太子時代に公爵令嬢との婚約破棄をして、後ろ盾の少ない国王はあっさり退くことになったのだ。
 それに伴いウィルデンガーも王太子ではなくなった。

 前国王夫妻は公爵領の保養地に移り住むことになった。
 意外にも不満も言わず、逆に肩の荷が降りたように穏やかだった。
 ウィルデンガーの卒業後の爵位は、卒業時の成績次第となった。
 愚かな領主に治められる領民は不幸になるので、応じたものになるだろう。
 既に一度留年している彼は、ベロニカ不在で卒業出来るかも分からない。
 卒業出来ない時はガーベラの生家の男爵家に入り、政務を手伝うことになる。
 既にガーベラの兄がいるので、男爵家を継ぐことも出来ないのだ。


「俺は認めんぞ! 俺は王太子だ。次期国王だ!」
 なんて言っても誰も耳を貸さない。

「え~、私は王太子妃になれないの? じゃあ、もう別れたいです~。え、どうして無理なの? 
 婚約破棄をさせたから? 知らないわよ、そんなの。どうにかしてよ~」

「ガーベラ、俺を好きだと言ったのは嘘なのか? お前のせいで、俺は………。
 くそっ、うっ、酷いよ、うっ」


 打たれ弱い我が儘坊っちゃんは、これからが試練。
 ガーベラも逃げられない。

 婚約破棄と言うより、ベロニカの離籍により成り立たなくなったので無効だろうか? 
 まあ何れにしろ、慰謝料は発生しないことになった。
 本当ならば勝手に婚約をなくしたベロニカの有責かもしれないが、「ガーベラのことを窘めただろ」とウィルデンガーに逆に叱責されて注意も出来なくなったこと、幼い時からウィルデンガーの面倒を見て来たことで手打ちと王弟が決めたのだ。

「はぁ、なんてことだ。
 愚甥のせいで、優秀な人材を逃してしまったではないか。
 ウィルデンガーじゃなくても、高位貴族に嫁いで貰いたかったよ。
 でもまあベロニカのことだから今頃お茶でも飲んで、もうすっかり我らのことなど忘れているだろうな」

 王弟は楽しそうに、執務室から遠い空を眺めた。
 最近は特に、雲一つない快晴が続いている。
 彼には既に妻子が居り、最初から彼にベロニカが嫁ぐ選択肢はなかった。
 彼もまたいつもイキイキとしている、ちょっとズッコけた彼女ベロニカを妹のように思っていた。
 そんな彼だから、もう彼女を探しはしないのだ。

(自由に生きなさい、ベロニカ)

 国王として口には出せないが、彼もまた彼女を応援していた。
 ある意味、国王公認なのだった。


◇◇◇
 その後公爵のマクロンは、山積みの仕事を熟している間に愛欲に忠実な愛人に逃げられた。
 仕事は出来る男なので領地経営は何とかなったが、本邸には以前の使用人は居らずまるで他人の家のようで安らげない。
 妻である公爵夫人は戻って来ずに離婚。
 元々家政の仕事もベロニカにやらせ、後継者にも逃げられたことで慰謝料は僅かな金額のみだった。
 今までお金に不自由しなかった夫人だが、離婚後すぐに手持ちの貯蓄を使いきり贅沢が出来なくなった。
 両親は隠居することになり、爵位を継いだ兄夫妻からは邪険にされた。
 いつまでも我が物顔で居すわり、家のお金で散財すればそうなるだろう。
 せめて大人しくしていれば………。
 まあ、両親に溺愛された我が儘姫には無理な話であるが。
 それでも後妻先を探すが20は年上の老人ばかりであり、素行を知られればそれさえも断られていた。
 最後は隠居先の両親と細々と暮らしたらしい。

 ベロニカの求めた真実の愛は、誰にも貫けなかったようだ。


◇◇◇
 ちなみに。
 ベロニカの愛読書は、前国王が王太子だった時の公爵令嬢の実話(一部フィクション)であり、学生時代からの事業を大きくして隣国の隣国に渡ったのだ。
 ベロニカが宝石の職人に当てはめた休日体制も、その公爵令嬢が考案したものであったことは、誰も気づいていない。
 ベロニカは知らずと実話をなぞり、後を追いかけた形なのだ。

 本のジャンルは小説になっている。

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