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《過去》 コロネへの気持ち(ミカヌレ) その2
ミカヌレは、このまま無事に過ごせると思うほど、楽観的に考えてはいなかった。
(何れ私は、ミズーレン伯爵から役立たずで用なしと判断されるだろう。幸いにしてコロネはスライストの子供だから、きっと守られるはずだ。私が傍にいない方が良い時期が、近々来る。今のままスライストが私にベタ惚れなら、私の身柄を人質のようにして、要求をのませようとする可能性は十分にあるのだから。
そんなことになるくらいなら、私から身を隠そう。コロネにはその前に、できるだけ生きる術を伝えなければ)
ミカヌレ以外はこの結婚自体が、ワッサンモフ公爵家にダメージを負わせるものだと分かっていた。それなのに彼女だけがそれを知らず、いつも怯えて暮らしていた。
いつまでも幸せ過ぎる環境は、彼女に不安を与えたのだ。
「もしコロネやこの公爵家が、私のせいで不幸になるようなことがあれば自分を許せない。そして最悪の場合、私のせいでコロネがここを追われることも考えて行動しよう。一人でも生きていけるように」
一度懐に入れた者を理不尽に手放すことは、ワッサンモフ公爵家の家訓には存在しない。昔から、そんな団結の元に生きてきたからだ。
若いメイドや侍従達は遠縁に当たる者が集められており、家令や侍女長に認められて徐々に側近になる。
だからこそ上が認めたことに逆らうことはない。また許されないことも理解している。
スライストの子であるコロネは害されないし、スライストの妻であるミカヌレも守られる対象である。
側近達は何もかも理解した上で母子に接することになり、彼らを害そうとした使用人は他家の諜報だと疑い、泳がせて処すことになるだろう。
ワッサンモフ公爵家は、そんな家だった。
◇◇◇
「何も悪くないのに、私のせいで生まれる前からその存在を疑われた可哀想なコロネ。でも貴女には何があっても生き抜いて欲しいの。たとえここを悲しく追い出されても、誇りを捨てない方法で生きて欲しい。身分に拘らなければ、教育を受けた貴女なら、きっとどこででも生きていけるはずだから」
そう願うミカヌレは、子を愛す母であった。
彼女は隠密の経験とこの公爵家で学んだことを、娘に伝え残そうと頑張った。
最初にしたことは、まだ幼くて字も理解できないコロネに、手書きで絵にした食べられる植物と食べられない植物を教えることだった。
それは自らが体験した、教育と言う名の餓死対策だった。
満足に食事が与えられない幼少期は、いつも空腹を抱えていた。伯爵家に引き取られた(本当は買われた)彼らは、思えばそこから洗脳されていたのかもしれない。
「生きたければ、食べたければ、逆らわずに言うことを聞くように」と。
言うことを聞いても空腹は辛く、生き残れない者も多かった。裕福な大人達は命を使い捨てることに躊躇がない。時に面白がってさえいた。
そんな子供達に手を差し伸べるのは、同じ境遇で生き延びた孤児の先輩達だけだ。
自らが食して大丈夫だった木の実やきのこと草、木や花の甘い樹液、美味しそうな果物に見える山の果物も毒を含むものがあることを、教えてくれたのだ。
何の知識もない幼子にとって、彼ら先輩こそ兄や姉、親代わりだった。そんな彼らでさえ、任務により命を落として帰らなくなるのだ。そんな日々をミカヌレは、何度も体験してきた。
決して甘いだけではないが、親身になってくれる大人は先輩だけ。幼い仲間達は、まだ泣くことしか出来なかった。明日生きているのかもしれない、凍えるほどの薄氷の上に存在していた。
(何れ私は、ミズーレン伯爵から役立たずで用なしと判断されるだろう。幸いにしてコロネはスライストの子供だから、きっと守られるはずだ。私が傍にいない方が良い時期が、近々来る。今のままスライストが私にベタ惚れなら、私の身柄を人質のようにして、要求をのませようとする可能性は十分にあるのだから。
そんなことになるくらいなら、私から身を隠そう。コロネにはその前に、できるだけ生きる術を伝えなければ)
ミカヌレ以外はこの結婚自体が、ワッサンモフ公爵家にダメージを負わせるものだと分かっていた。それなのに彼女だけがそれを知らず、いつも怯えて暮らしていた。
いつまでも幸せ過ぎる環境は、彼女に不安を与えたのだ。
「もしコロネやこの公爵家が、私のせいで不幸になるようなことがあれば自分を許せない。そして最悪の場合、私のせいでコロネがここを追われることも考えて行動しよう。一人でも生きていけるように」
一度懐に入れた者を理不尽に手放すことは、ワッサンモフ公爵家の家訓には存在しない。昔から、そんな団結の元に生きてきたからだ。
若いメイドや侍従達は遠縁に当たる者が集められており、家令や侍女長に認められて徐々に側近になる。
だからこそ上が認めたことに逆らうことはない。また許されないことも理解している。
スライストの子であるコロネは害されないし、スライストの妻であるミカヌレも守られる対象である。
側近達は何もかも理解した上で母子に接することになり、彼らを害そうとした使用人は他家の諜報だと疑い、泳がせて処すことになるだろう。
ワッサンモフ公爵家は、そんな家だった。
◇◇◇
「何も悪くないのに、私のせいで生まれる前からその存在を疑われた可哀想なコロネ。でも貴女には何があっても生き抜いて欲しいの。たとえここを悲しく追い出されても、誇りを捨てない方法で生きて欲しい。身分に拘らなければ、教育を受けた貴女なら、きっとどこででも生きていけるはずだから」
そう願うミカヌレは、子を愛す母であった。
彼女は隠密の経験とこの公爵家で学んだことを、娘に伝え残そうと頑張った。
最初にしたことは、まだ幼くて字も理解できないコロネに、手書きで絵にした食べられる植物と食べられない植物を教えることだった。
それは自らが体験した、教育と言う名の餓死対策だった。
満足に食事が与えられない幼少期は、いつも空腹を抱えていた。伯爵家に引き取られた(本当は買われた)彼らは、思えばそこから洗脳されていたのかもしれない。
「生きたければ、食べたければ、逆らわずに言うことを聞くように」と。
言うことを聞いても空腹は辛く、生き残れない者も多かった。裕福な大人達は命を使い捨てることに躊躇がない。時に面白がってさえいた。
そんな子供達に手を差し伸べるのは、同じ境遇で生き延びた孤児の先輩達だけだ。
自らが食して大丈夫だった木の実やきのこと草、木や花の甘い樹液、美味しそうな果物に見える山の果物も毒を含むものがあることを、教えてくれたのだ。
何の知識もない幼子にとって、彼ら先輩こそ兄や姉、親代わりだった。そんな彼らでさえ、任務により命を落として帰らなくなるのだ。そんな日々をミカヌレは、何度も体験してきた。
決して甘いだけではないが、親身になってくれる大人は先輩だけ。幼い仲間達は、まだ泣くことしか出来なかった。明日生きているのかもしれない、凍えるほどの薄氷の上に存在していた。
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※タイトルを変更しました(旧題:「どうせ私は妾の子だから」と呑気にしていたら、何故か公爵家次期当主として据えられることになりました。)