後の祭り

ねこまんまときみどりのことり

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母を亡くした娘

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 ナズナは幼い時にランダス子爵家に引き取られ、養女として育った。

 義母となるラナンキュはナズナに冷たく当たり、義妹ガーベラはいつも見下してきた。

「平民の癖に馴れ馴れしい。私達と同じ立場だと思わないで頂戴」
「お義姉様はいつも変な臭いね。下町のドブ川近くに住んでいたから、臭いが染み着いたのね。一生このままなら、なんて惨めなんでしょう?」

 何もせずとも、厳しい言葉が投げつけられる毎日。
 辛くて街に戻りたいと、いつも一人で泣いていたナズナ。

 ただ一人、義父のフレシアンだけが静かに彼女へ語りかける。 
「可愛いナズナ、泣かないでおくれ。大きくなったら、お前は望まれて結婚することになる。そうしたら贅沢して暮らせるからな」

「っ……そうなの? じゃあ、もう泣かないわ」

 
 本当はそんなこと信じてはいないけれど、この家で唯一優しい人に迷惑をかけるのも辛くて、泣かないと約束した。


 その後も北の日当たりの悪い部屋で暮らす彼女に、義妹のおさがりのドレスと不要になった玩具、古くなったり欠けた文房具が投げ与えられた。
 
「こんな物でも平民には手が届かないものばかりよ。這いつくばって感謝なさい」

「私、捨てようと思ったのだけど、お母様が駄目だって言うの。だから恵んであげるわ、お義姉様・・・・。うふっ」

「……ありがとうございます。奥様、お嬢様」

「フンッ、可愛げのない」
「あらっ、泣かないのね。面白くないわ」

 わざわざナズナの部屋まで足を運び、散々見下して踵を返す母子。義母の蔑みと義妹の嘲笑は、半年経っても彼女を傷つけた。義母達の前で泣けば死んだお母さんの事まで持ち出される為、一人声を殺して泣くことを覚えた。


「うえ~ん。お母さん、寂しいよ。こんなところに居たくないよ」

 お母さんと二人、狭い借家で暮らしていた時は幸せだった。貰い物の野菜で料理をし、安い硬パンとスープだけの食事。夜は一つの布団で抱き合って眠っていた。

 お母さんは商家で働き、休みの日は私に読み書きを教えてくれた。贅沢をしないのは、私に貯金をしてくれていたからだった。いつか学校へ通えるようにと。

 そんなお母さんは、馬車に轢かれて死んでしまった。
 私一人なら葬儀も出来なかった。
 きっと泣いて泣いて、そのまま私も死んでいたかもしれない。
 馬車に乗っていた貴族の男の人が降りてきて、責任を取って私を育ててくれると言ってきた。馭者は平民の私になんか謝りたくない顔をしていたが、主人が謝罪しているから逆らえなくて、渋々頭を下げていた。



 義父になった人は血塗れのお母さんを抱き上げて、一緒に泣いてくれたから、もしかしたらお母さんの知り合いだったのかもしれない。

「一緒に暮らそう。リンドウが心配しないように」
「……うん」

 義父はお母さんの名前を知っていた。お母さんが天国へ行けるように、心配をかけないようにしよう。まずは生きてみようと思い、私は涙を拭いた。


 後から聞いたことだが、この時の馭者はクビになり、邸から居なくなったらしい。



◇◇◇
 ナズナには新しい物は与えられなかったが、ガーベラと共に家庭教師の授業を受ける機会が与えられた。

 平民なのに読み書きと計算が出来たので、始めは苦労したが次第に授業へついていけるようになった。

 邸内で顔を合わせるのも義母に嫌がられ、部屋にばかり籠っていたので、学ぶことはとても新鮮だった。
 ガーベラがあくびをして余所見をしている間に、課題を一つ二つ解いていくナズナ。
 彼女の真摯な言動は、ベテラン教師ユリの好感度を上げていく。

(子爵の生ませた庶子だと聞いたけれど、優秀な子だわ。きっと読み書きも、亡くなった母親が教えていたのでしょうね)

 平民は愚かだろうと侮っていた貴族のユリだったが、ナズナを見て考えを改めていた。
(生まれは関係ないわ。機会を生かすことが出来れば、貴族の子息子女より伸び代はあるかもしれない。少なくとも今のガーベラ様よりかは)

 そしてナズナは亜麻色の髪と青い瞳と、人を惹きつける美貌を持っていた。ある意味邸から出ないことで、守られていると言っても過言ではなかった。


 平民だった時ならば縁のなかった学びを今、ナズナは楽しそうに吸収していく。当たり前ではないから余計に新鮮だったのかもしれない。

 子爵家の使用人は関わりこそ少なかったが、意地悪ではなかった。いつも苛立ちの強い子爵夫人に怯える自分達とナズナを重ね、幼い子に援助も出来ないことを気に病んでいるくらいで。
 情が移らぬように、必要な事以外の会話さえ禁止されていた。


◇◇◇
 そんなある日。
 いつもは廊下に出ている台に、無言で食事を配膳していく使用人から、突然声がかけられた。
「今日は肉厚の良い茄子が手に入ったから、蒸して味噌タレをかけたそうですよ。私もこれが大好きなんです」

 驚きで目を瞬かせるナズナに、「あれっ? 茄子お嫌いですか?」と、スイセンと名乗る男性の使用人が尋ねた。

「い、いいえ。好き嫌いはないです。茄子も好きよ」

 慌てて答えるナズナに、スイセンは微笑んだ。

 その後に少し話をする。
 スイセンはナズナの2つ上の15歳で、そしてユリ教師せんせいの親戚だそうだ。黒髪で黒目のまだ幼さが残る可愛らしい容姿だった。

(ユリ教師せんせいの親戚なら、貴族じゃないのかな? もしかしたら親が貴族で、兄弟が家を継いでから平民になったのかな?)

 ナズナは会話に飢えていたので、嫌われないように詮索を避けた。また話をして貰えるようにと願いながら。



◇◇◇
 ラナンキュ、ガーベラ、フレシアンが不在の時、スイセンは時々現れてナズナと会話するようになった。
 
 世間の噂やこの家ランダス子爵家の評判、美味しいお菓子や流行りのドレスのことなど。淀みない饒舌な会話は、ナズナの好奇心をくすぐった。

「舞踏会で婚約を破棄した、貴族がいたらしいですよ。全く笑えないですよね?」
「そうね、そんなの嫌だわ。女の子が可哀想だもの」

 そして必ず最後には、美味しいお菓子で締め括り。
「今日はナズナの好きなものですよ。見つかる前に食べて下さいね」
「ええ、ありがとう。これが王室御用達のマカロンなのね。綺麗な色ね。う~ん、美味しい」

「だろっ! 私も好きなんだ」
「うんうん、分かる。きっと嫌いな人はいないわね」

「プハッ、そんなに真剣な顔で言うことかよ?」
「ふふふっ、良いじゃない。私マカロンが、大好きなんだもの」

 奇跡の出会いに感謝し「ユリ教師せんせいにもお礼を言いたいな」と思うものの、スイセンがサボっていると思われるのも嫌なので内緒にしていた。

 そんな些細な幸福の中で、ナズナは成長していった。



◇◇◇
 その日スイセンは、日が登る前にナズナの部屋に訪れた。そして真剣な顔で彼女に囁く。

「急いでこの邸から離れるぞ。君は借金の形に、金貸しの因業爺に売られるらしい」

「借金? どうして私が?」
「君は子爵様から、望まれて嫁ぐと言われたのだろう? 望むの意味が花嫁ではなく、慰み者の愛人だと知っていたか?」
 
「慰み者? そもそも愛人? 義父は人買いだったのね。私売られたくないよ!」
「当たり前だ。でもここに居れば、騙されたまま爺に引き渡される筈だ」

「私、嫌だよ。どうしよう?」
「だから私と逃げるんだ。大事な物を持ったら、すぐ行くぞ」

「でも、ユリ教師せんせいに迷惑がかかるのじゃない? 貴方の親戚なのでしょ?」
「え、関係ないぞ、何で?」 
「だって最初に会った時に、そう言ってたわよ」

「ああ、すっかり忘れてたよ。信用して貰えるように、適当に言ったんだった」
「本当に!? もう、良いけどさ」


 そんな感じで二人は、ランダス子爵家から姿を消した。
 けれど子爵家で居なくなったと騒がれたのはナズナだけで、スイセンと言う使用人のことは誰からも語られなかった。

 それもその筈で、スイセンは使用人でも何でもなく、ナズナの母方の祖父から雇われた冒険者ギルドの者だった。ナズナの母リンドウは隣国の大商人の娘で、フレシアンとの結婚を反対されて駆け落ちしていた。

 フレシアンは貴族と言えど、没落気味の伯爵子息の三男だったから、伯爵家から追っ手が来ることはなかったらしい。放って置かれたと言う方が正解だろう。

 そんなフレシアンは貴族籍を抜くことなく、リンドウと籍を入れずにいた。この国周辺では他国からの簒奪行為を防ぐ為、身元の怪しい平民と高位貴族の結婚が許されていなかったのだ。

 もっぱらリンドウだけが懸命に働いて生計を支えるものの、フレシアンはのらりくらりと働かずにいつもフラフラしていた。それでもリンドウは歯を食いしばり、「いつかは彼も現実を受け止めて働き、愛のある人生を歩んでいける」のだと信じていた。


 だが顔だけは良いフレシアンは、子爵令嬢のラナンキュに迫られて結婚した。
 夢ばかり追って駆け落ちしたまでは良かったが、他国での貧しい暮らしが嫌になり逃げ道を探していたのだ。幸い貴族籍は残っており、リンドウと籍も入っていないので婿養子として子息家に転がり込むことになった。

 いつまで経っても帰って来ず、心配して近所を探しながら帰りを待つリンドウ。彼女がフレシアンの結婚を知った頃に妊娠が分かったが、既に堕胎できる期間は過ぎていた。悲しみを乗り越えてリンドウは、ナズナを出産。
 生まれた子は天使のようで、フレシアンのことなど忘れて生きていた。
 駆け落ちしたことで両親にも頼れず、一人で子育てと仕事をして生きていたリンドウだが、いつも幸福で満ちていたのだ。

 その幸せを奪ったのが、後にリンドウの存在を知ったラナンキュだった。籍は入っていないが内縁と言われる関係に、生活を脅かされると思い暗殺ギルドに依頼。

 馭者に扮した暗殺者が、歩行中のリンドウを引き殺したのだ。確実にフレシアンに分かるよう、フレシアンを乗せている時に事故を起こさせた。


 予想外だったのは、フレシアンがナズナを子爵家に連れて来たことだ。黙って孤児院にでも入れれば、見逃すつもりだったのに。
 すっかりドアマットに堕ちたナズナに、さすがに殺意までは芽生えなかったラナンキュ。


 顔しか取り柄がなく事務能力の低いフレシアンは、子爵家の仕事をすることもなく、愛人を作って外出していく。
 彼女が暗殺ギルドを知っていたのは、侯爵である父親の影響だった。最初は愛娘に力を貸していた父侯爵だが、次期侯爵の兄に散財のことを知られ援助が停止されてしまう。

「くだらないことで、侯爵家の資金を減らすな! お前はもう、子爵家の当主なんだぞ」

 兄の言い分は当然のことだった。
 暗殺ギルドの依頼料はそのくらい高額なのだから。
 この時点で彼女は、生家に頼れなくなってしまう。

 それでも悋気に任せ、暗殺ギルドに依頼しまくるラナンキュは、子爵家の資産を減らしていく。

 そして滔々破産寸前となり、フレシアンに話すラナンキュ。彼は爵位を失って貧しい生活に堕ちることを恐れ、美しく育ったナズナを嗜虐癖のあるアサガオ伯爵の愛人にすることで、借金を肩代わりしてくれる約束を取り付けた。

 ラナンキュは借金もなくなり、憎き女の子がいなくなるこの方法に歓喜した。「フレシアンが愛しているのは、やっぱり私達なのだ」と喜色満面になった。
 フレシアン似のガーベラより美しい娘に、いつも苛つきを覚えていたから。


 けれど肝心なナズナは逃げて、娘を迎えに来た伯爵は怒りを隠せない。

「庶子の娘がいないなら、この家の娘で良い。庶子の娘より器量は落ちるが我慢してやる。ゲヘヘッ、それで手打ちだ」

 太った腹を揺らしながら、イヤらしい目付きでガーベラを舐めるように値踏みするアサガオは譲らなかった。爵位も上で誓約書もある為、逆らえばラナンキュ達は詐欺罪で捕まってしまう。

「嘘っ、イヤよ。助けてお母様、お父様。私はもうすぐ愛するアガパンサス様に嫁ぐのよ。こんなの駄目よ、離してよ!!!」

 貴族として磨かれた美しい髪と肌、フレシアンの面影を持つ美貌を持ったガーベラは、アサガオの欲望の琴線に触れたようだ。

「くくっ、気位の高い傲慢な娘は良いのぉ。嫌がって抵抗するのが今から楽しみだ。もう諦めろ、娘。お前は私に買われたんだ」
「イヤよ、イヤ。私が可愛くないの? お母様、どうして助けてくれないの? 嫌、いやあぁぁぁ!!!」

 侯爵を護衛する屈強な男達に引き摺られ、馬車に乗せられるガーベラは泣いて泣いて窓から手を伸ばした。けれどラナンキュもフレシアンも、その手を掴めず地に膝を突けて俯いていた。

「あ、嘘、何でよ……………………」

「っ………ぐすっ」
「………………」

 顔を見なくとも、ガーベラが絶望したことは痛いほど分かっていた。


「ガラン、ガラン」と車輪の音だけが虚しく響き渡り、ラナンキュは嗚咽する。

「私の可愛いあの子が、うっ、連れて行かれた、ぐずっ、うわあぁぁ」

  狂ったように泣き喚く妻を見て、今さらながら正気に戻ったフレシアン。彼も自分の行いのせいだとやっと自覚したのだ。

「ああぁ、ガーベラ。私の娘が……。ごめん、ごめんよぉ」


 二人は泣いて、その場から動けなかった。



 自分達の欲望ばかりを追求し、後先を考えず振る舞った結果だった。


 フレシアンは仕事もせず、精神が成長しないまま大人になった。愛してくれる女性に依存し、責任を取ることもせずに。

 リンドウとは確かに恋愛はしていたが、その後の生活を考えもしない状態で駆け落ちをしてしまった。
 挙げ句の果てに籍を入れることもなく妊娠させて、リンドウを捨てた。

 ラナンキュとは貴族の暮らしに戻りたくて結婚。そんな彼女の愛情は重く、気軽で楽な愛人を作り商売女にすら手を出していた。惚れられた強みで気ままに暮らし、仕事さえしない日々を過ごして。

 ラナンキュは、一目惚れしたフレシアンに執着し過ぎた。一途過ぎてまわりが見えず、全てを失ってしまった。いつも傍にいた、愛する娘さえも。元々は内気な性格で、婚約者さえ作らなかったことが裏目に出た。


 ナズナをアサガオに引き渡す方法など取らず、父侯爵に土下座をしてでも、宝石や美術品などの金目の物を売り払うなどしても、資金を作るべきだった。

 平民であるナズナの将来など、どうでも良いと思ったからこその結果だ。
 この後に父侯爵に頼み込んで、アサガオの元からガーベラを引き取ったとしても、彼女の心身の傷は治ることはなく、ラナンキュは後悔して生きていくことに。母親の借金の原因が父親にあることを聞かされれば、フレシアンはきっと許されない。

 母親を真似てナズナを蔑んだガーベラは、ある時使用人達の間で彼女ナズナがこの家の庶子ではないかとの噂話を偶然に聞いた。その時は一笑に付したが。
 両親からはナズナが血縁のある異母妹だとは知らされておらず、最初は事故で平民の母親を死なせた責任感で、その娘を引き取っただけだと思っていた。けれど年々美しくなり父親に似てくるナズナを見て、使用人の話が真実だと知り、そして彼女を憎んだ。

「分かってるわ。あの子は悪くないってことくらい。でもあの父に似た容姿は、私と母の心を蝕んでしまった。取り返しがつかないほどに。これは理不尽に貴女を虐げた報いなのかしらね」




 平民を見下して侮って利用しようとした貴族達は、自分達もその権力で逆らえなくされた。
 ただ借金がなくなったことで子爵家は存続した。今後傷を負ったガーベラを支える為に、ラナンキュとフレシアンが頑張れるかは彼ら次第だ。たとえ許されなくても。

 ガーベラの貴族令嬢としての未来だけは、もう開かれることはない。



◇◇◇
 その頃のナズナは。

 無事に母国に戻り、リンドウの両親である、祖父母に会うことができた。
 祖父シクラメンと祖母ボタンは、ナズナを抱きしめて泣いた。

「ごめんなぁ、ナズナ。すぐに迎えに行けば、お前の母も死なせずに済んだのに」

「お母さんは下町のみんなと仲良しで、いつも幸せそうでしたよ。たぶん迎えに来ても帰らなかったと思います」

「それでも……。あの子が事故にあった後、お前だけは引き取りたかった。あんな男に引き取られる前に…」


 そう言葉を発した時、スイセンが「ゴホン」と咳をした。それが合図のように、シクラメンは言葉を切り上げた。

「まずは休みなさい。部屋に案内しよう」
「じゃあ、案内は私がしますわ。良いかしら、ナズナちゃん」
「はい、お婆ちゃん。よろしくお願いします」

 孫の笑顔に更に涙腺が緩む。
「お婆ちゃんね、ずっと会いに行きたかったの。でも遠くて、仕事もあって無理だったわ。でも会えなくなるなんて思ってなかった。手紙だけはやり取りしていたから、生きていればいつか会えるとくらいしかね。馬鹿なお婆ちゃんでしょ? 今頃になって後悔ばかりよ」

 手紙が突然途絶えた為に、冒険者ギルドに調査依頼して、リンドウが亡くなったことを知るボタン達。暗殺者が絡んでいることは、知るよしもなかった。
 その後は子爵家の使用人の中にギルド職員を潜り込ませて情報収集を行い、さらに年齢の合うスイセンの指導が完了し、ナズナとの接触が結構されたのだ。



「私は嬉しいことばかりです。お母さんしかいないと思っていたのに、家族が増えて」
「まあ、ありがとう。嬉しいのは私の方よ。これからはずっと一緒よ」

「はい、一緒です。うっ、うえ~ん」
「本当よ、うっ、もう離さない、ぐすっ」


 危機から逃れたナズナは、漸く心安らぐ場所に辿り着いたのだった。



◇◇◇
「余計なことを言っちゃ駄目ですよ、シクラメン様。ナズナはフレシアンのことを人買いだと思ってるんですから」
「そうなのか? まあ、リンドウを拐った憎い奴ではあるが、気付いてないならその方が良い」

「そうそう。父親は病気で死んだことにしときましょ。どうせ、会うこともないんですから」 
「そうだな。あんな者はナズナの人生にはいらん。ただ今後は隠れて護衛を付けんとな。窮屈じゃないようにコッソリと」

「あ、そのことだけど、俺が婚約者候補として守るのはどうかな? 腕は立つし、頭も良い方だぞ。絶対にナズナを守る自信もあるし」

「う~ん、そうだな。仮なら良いか。あの子はリンドウとクソ男の美しさを継いで、女神みたいだからな。給金を出すから絶対に裏切るなよ」

「了解です。絶対好きになって貰いたいから、今後も紳士な態度で関わるよ」
「なるほどな。だからあの子の前ではなんて気色悪く言ってたのか? まあそれなら頑張ると良い。それでも振られたら諦めろよ」

「冷たいなぁ、シクラメン様は。まあでも、苦労したナズナが幸せになれれば良いよ。酷い6年だったからな」

「もう、17歳か。あっと言う間だな。フレシアンには何度もナズナを引き取ると手紙を出したが、却下されていたんだ。それでも調べて見れば戸籍は元の平民のままで、リンドウだけの子になっていた。取り戻しに来ても、今度こそ法で訴えてやるわい」

「本当に酷いな。あいつは何の為にナズナを引き取ったんだか? 子爵家で声をかけることなんて、殆どなかったし。政略結婚でもさせる気だったのかな?」

「籍も入れておらんのにか? たぶん、リンドウを捨てた罪悪感か、やっすい偽善くらいだろ? 本当の父親とも教えてないのだろうし。いつも、行き当たりばったりで」

「子爵家のことは、俺の仲間に今後も探らせよう。料金は弾んでくれよ」
「任せておけ。金ならいくらでもあるんだ。フレシアンが平民になれば、リンドウと裕福に暮らせたものを。あの馬鹿が!」

「仕方ないよ。あいつは貴族を捨てられなかったんだ。それにしても、リンドウはあいつの何処を好いたんだろうな?」
「顔だろ、まずは。後は優しいとかくだらない理由だけだ。アホだし、優柔不断の女好きだし」


 二人は大きく溜め息を吐いた。
「ナズナはアホに似ないと良いな」
「孫のことはワシらが守る。リンドウの二の舞にはさせん」


 二人は心配するも、苦難の中で生きたナズナは堅実に育った。甘えることなど許されなかったからだ。

 だから心配無用なのだが、みんなはいつも見守っている。これからの人生を幸せに暮らして貰う為に。



 貴族家で学びを得たナズナは、他国で育つ作物や名産品、輸送経路も頭に入っている。真剣に授業を聞いていたナズナはユリの教師魂に火をつけて、様々な雑学も教えられていたからだ。


 近い未来。
 その知識がシクラメンに伝わり彼が知らない知識を使うことで、一時的に無双状態になり国一番の大金持ちになっていく。
 ナズナが商会長補佐に就いた際、教師だったユリが参謀として協力し、ますます商会が発展していくことになる。その傍らでは商会の試験にトップ合格し、貴族籍を捨てたガーベラが加入してくるのだった。勿論確執なんて捨てて。


 スイセンとどうなるかはまだ分からないけれど、ナズナは彼が嫌いではない。寧ろあの生活では希望の光だったことで、かなり好感を持っている。

「行くぞ、ナズナ。今日は隣国だぜ」
「待ってよ、スイセン。フフッ。もう、子供みたいね」

 猫かぶりを捨てたスイセンは、いつも彼女の隣で守り続けている。








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