みんな同じ顔 (一話読みきりの短編集)

ねこまんまときみどりのことり

文字の大きさ
11 / 11

愛か呪いか?

しおりを挟む
「ああ、直樹。ごめんね、元気に生んであげられなくて」
「……僕は大丈夫だよ。謝ったりしないで」


 直樹は生まれつき心臓が悪く、入退院を繰り返していた。
 彼の母、未菜は治療費を稼ぐ為に、朝から晩まで働く。
 彼ももうそれを分かる年齢になっていた。

「僕のせいで母さんが。ごめんよ、母さん」

 暗くなった病室から帰宅する母の後ろ姿を、窓からずっと見送っていた。済まないと強く思いながら。

 一時は彼も母を責めた。
「どうして他の子と違うの? 妹は元気なのにどうして?」
「うっ、ごめんね直樹。ごめんね」

 確かに妹、秋穂は元気に走り回り、学校に行き、友人と楽しく遊ぶ。それに比べて彼は少し動くと息切れしている。

 父である輝士も、彼を哀れに思い何でも買い与えていた。
 未菜の献身は、年を経る度に増していった。

 家事はするが娘にも夫にもあまり関わることがなくなり、常に直樹の傍にいる。病気である直樹も、それが当たり前だと思っていた。

「なあ、未菜。直樹が大事なのは分かるけど、秋穂のことも構ってやってくれ。俺は仕事で遅いし、父親には話しにくいこともあるだろう。頼むよ」

 それを聞く未菜は、笑顔でそれに応じる。

「分かったわ。出来る範囲で努力しますね」



  輝士は安堵し良かったと呟いて、互いに眠りに就いた。



◇◇◇
 しかしその後も未菜の態度は変わることはなく、決定的な問題が起きた。

 女の子ならば遅早はあっても訪れる初潮。
 秋穂は保健体育でそれを知っていたが、生理ナプキンを買って欲しいと言えなかった。

 母はいつも兄の傍にいるから。
 兄に聞かれるのが恥ずかしくて。

 それでティッシュを丸めて凌いでいたが、とうとう漏れが生じて衣類が汚れることがあったのだ。

 それを周囲に知られ、暫く引きこもることになってしまった。それでも未菜は娘に寄り添わなかった。

「まあ若い時は、そう言うこともあるわよね。私は無理して学校に行けなんて言わないからね」

 そう言っていつも通りに部屋の掃除をしたり、食事を作ったりしていた。いつもニコニコと、悩みなんかないように。


「どうして……どうしてお母さん。私、困ってるのよ。何で学校に行かないか聞かないの? 私のこと嫌いなの? うっ、うっ」

「ごめんなさいね、秋穂。貴女のことが嫌いな訳じゃないのよ。その、ね、イジメとかかなって思っちゃって。話すのが辛いかと思ってね。違ったのね、ごめんね。お母さんが子供の時に、そう言うことがあったから。ごめんね、秋穂」


 泣きながら訴える娘に、悩みがあれば今後こそ聞かせて欲しいのと優しく囁く未菜。話を聞いた後、未菜は娘を抱きしめていた。娘もその温もりに声をあげて泣いた。すぐ生理ナプキンをたくさん購入し、その後も積極的に話を聞いてあげるようにした。

 その後再び秋穂は、学校に通うようになったのだ。
 
 けれど輝士に対しては素っ気ない日々が続き、彼が浮気からの本気となり結婚生活は破綻した。


 輝士は済まないと謝りながら、未菜と離婚。
 彼女は直樹を引き取り、秋穂は輝士の元に残った。

 秋穂は父に対し思うところはあったが、病気の兄と一緒に母の世話にはなれないと我慢したようだ。

 近々再婚するそうなので、不安は尽きない。


 未菜はその後、日中は直樹の世話をして、夜間にデータ入力の仕事に出掛けるようになった。それに加え、家にいる時は造花作りのアルバイトをする。

 直樹からすれば、いつも働いている母しか見ていない。不在な時は仕事に行っているのだから。

 直樹は自分のことは自分で行い、母が帰るのを食事を作って待つようになった。

「わあ。ありがとう、直樹。私はなんて幸せなのかしら」

  涙ぐむ母に直樹は照れて、「こんなことくらい秒で出来るから」と誤魔化した。

 未菜はその気持ちが嬉しいのよと、さらに泣きじゃくるのだった。母にありがとうと抱き締められる直樹は、照れ臭いけれど幸せだった。



◇◇◇
 その後も直樹の病気は一進一退で、度々入院することが続いた。彼は心臓移植の機会をずっと待っていたが、なかなかその順番は回ってこなかった。

「心臓が良くなれば、母さんを楽にしてあげられるのに。移植を受けられたら良いなぁ」

 病室の窓から、行き交う人々を見ると切なくなる。
 学校や会社の行き帰りや、友人、恋人、家族で歩く人々は、いろんな世界を知っているのだろう。自分には経験できない様々な喜怒哀楽を。

 テレビドラマで見るとそれは大変そうだけど、自分には叶わぬ体験だと思うと、空想が膨らむ。
 もし自分ならこうしたかも、ああしたかもと。

 そんな空想と自分に尽くしてくれる母を思い、彼の生涯は幕を閉じた。
(ごめんね、母さん。今までありがとう。でも、これからは自由に生きて…………)

 穏やかな死に顔の直樹と対照的に、未菜は激しく泣いて取り乱していた。

「ああぁ、直樹、直樹ぃ。うっ、酷いわ。また・・私を置いて行くのね。ひぐっ、絶対一人にはさせないから!」

 鬼気迫る母の様子に、秋穂は涙した。
(お母さんは兄さんが病弱なのは、自分のせいだといつも言っていたわ。ずっと寄り添っていたのだもの、納得出来ないのでしょうね)

 秋穂は母に暫く寄り添い、葬式や告別式の段取りも全てを手配した。未菜もそれに感謝し、憔悴する顔をしながらもずっと直樹に寄り添うのだった。

 そして初七日が終わった後、未菜は自室で睡眠薬を多量に服用し亡くなっていた。
 連絡が取れなくなった秋穂が訪れたのは、死後3日後だった。

「うっ、お母さん、なんでよ。一言相談してくれたら良かったのに、ひっく、えぐっ、うわ~ん」

 その死に顔も穏やかで、まるで眠っているようだった。ただ手や指はかなり荒れていて、一緒に暮らしていた時とは違うと感じた。

「苦労したのね。お母さん………………」

 秋穂は母の一生を思い、切なさに胸を焦がした。




◇◇◇
 けれどその後に、信じられない事実が発覚した。
 未菜は輝士から貰った生活費や慰謝料に殆ど手を付けず、自ら労働した収入で生活を支えていた。

 輝士有責の離婚だから、かなりの慰謝料を得たのにも関わらずだ。だから輝士は、生活面での心配等をしていなかった。

 秋穂もそれは同感だった。
 だって輝士は大型デパートの社長で、かなりの資産家だったから、その慰謝料は莫大だった。

 本来は(離婚前は)家事だとてお手伝いさんを雇っていたのに、自分の作ったものを食べさせたいと言って、ワザワザ辞めて貰い、未菜が全てを行っていたのだ。

 離婚後も働かずとも一生生活できるほど資産はあった。未菜の生家だとて資産家の部類に入る名家だ。彼女が働く理由などなかったのだ。

 そしてさらに驚くのは、直樹の心臓移植についての書類だった。幼い時から心臓が悪い彼だから、申し込みから十数年が経ち順番が来ていた。
 それなのに未菜はその順番を蹴って、移植を受けないことにしていたのだ。

 外国での移植の為、資金不足ならまだ話は分かる。けれど先述のしたように、資金で困ることはない。もし不足しても輝士や未菜の両親に、頼ることも出来たはずなのだ。

 結局未菜の貯金は残された遺言状から、全額が秋穂のものとなった。遺書には「構ってあげなくてごめんなさい」と、謝罪の言葉が書かれていた。

「ひっく、どうして……。お母さんは最期まで、誰にも頼らなかったんだね。なんでそこまで頑なだったの? ねえ、お母さんっ、うっ」

 秋穂は今でも、その理由が分からなかった。
 よっぽど裏切った父のお金を使いたくなかったのか、それとも他に理由があったのか?


 彼女秋穂は母親になった今、子供の話をよく聞き、夫とも良好な関係を築いている。そして子供に心臓等の病気もなく、元気いっぱいだ。

(私も子供が弱かったら、自分を責めていたのだろうか? 子育ては大変だわ。病気がなくてもてんてこ舞いなのに、もし病気があったなら……。私も病んでいたかもしれない)

 そう思うようになっていた。
 きっと母は、精神的に病んでいたのかもしれない。
 それを隠して生きていたのなら、きっと辛かったと思う秋穂だ。

「安らかに眠ってね。誰もお母さんを責めてないよ。だからさ、もう、自分を許してあげて…………」

 墓参りで祈る秋穂は、そう呟くのだった。



◇◇◇
「ああ、もう。あの人は先に転生したのかしら? 神様私はまた、あの人と一緒に生きたいのです。お願いします!」

 猪突猛進で天国の受け付けに来たのは、元は未菜だった魂だ。息子だった直樹は前世では彼女の夫で、先に死んだ彼女は転生前に祈ったのだ。また一緒にいたいと。夫だった彼は大層な浮気者で、彼女は惚れ抜いて妻になった為、嫉妬で身を焦がすような状態だった。
 生まれ変わり息子になったことで、結婚は出来ないが一生傍に居られると喜んだ彼女。
 何故か彼が生まれた途端、前世の気持ちが蘇ったのだ。


 その思いは前世と同じで、彼に執着した彼女だから、今世の夫や娘は寂しかったことだろう。浮気されても仕方ない状態だったし、浮気されても彼女にダメージはなかったくらいだ。

 それにだ。
 息子に心配されたくて執着して欲しくて働き続け、治療すれば治ったかもしれない彼の心臓移植も受けさせなかった。彼を間接的に殺したような可能性さえある。
 それが何故かと言えば、治ってしまい世界を広げれば、彼女から離れていくと思ったからである。

 何とも自分勝手な理論に、さすがにこの世界の神様も困惑した。那由多なゆたとも言える転生の中でも、悪質と判断したのである。

「この女とこの男は、今後接触禁止じゃ!」
「いやぁ~。何でもしますから、それだけは許して下さい。きゃあー、墜ちる、まだ話している途中なのにーーーーーーー」


 天国では珍しい接触禁止令が発動され、彼女は彼の居ない場所へ即転生させられた。


 その為彼女は、この先彼とは会えないのである。
 でも前世を思い出すことも封じられたので、彼女が気づかないのは救いだった。

 彼も勿論気づかない。

 
 彼と彼女は結び付きの強い魂だったから、何処かで寂しさを感じるかもしれない。けれどどちらが幸せかは、正直分からない。
 現役の神様が引退し、次代になればどうなるかは分からない。それこそ神のみぞ知るである。


 現在は彼も彼女も、激しくはないが穏やかな愛のある生活を送っている。
 胸を焦がす恋、眠れないほど、全てが欲しいほど、殺して自分のものにしたくなるほどの恋が、幸福に繋がるかは分からない。年々恋が冷める、執着がなくなると言うのは、実は平和に繋がっているのかもしれない。

 今回の彼女のように生まれ変わっても熱すぎる思いは、相手も自分も疲弊させるようだから。

 ――――――でも、それを生きていると感じる者もいるのかもしれない。


 取りあえず後2千年は、彼の平安は続く予定なのだ。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...