みんな同じ顔 (一話読みきりの短編集)

ねこまんまときみどりのことり

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愛か呪いか?

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「ああ、直樹。ごめんね、元気に生んであげられなくて」
「……僕は大丈夫だよ。謝ったりしないで」


 直樹は生まれつき心臓が悪く、入退院を繰り返していた。
 彼の母、未菜は治療費を稼ぐ為に、朝から晩まで働く。
 彼ももうそれを分かる年齢になっていた。

「僕のせいで母さんが。ごめんよ、母さん」

 暗くなった病室から帰宅する母の後ろ姿を、窓からずっと見送っていた。済まないと強く思いながら。

 一時は彼も母を責めた。
「どうして他の子と違うの? 妹は元気なのにどうして?」
「うっ、ごめんね直樹。ごめんね」

 確かに妹、秋穂は元気に走り回り、学校に行き、友人と楽しく遊ぶ。それに比べて彼は少し動くと息切れしている。

 父である輝士も、彼を哀れに思い何でも買い与えていた。
 未菜の献身は、年を経る度に増していった。

 家事はするが娘にも夫にもあまり関わることがなくなり、常に直樹の傍にいる。病気である直樹も、それが当たり前だと思っていた。

「なあ、未菜。直樹が大事なのは分かるけど、秋穂のことも構ってやってくれ。俺は仕事で遅いし、父親には話しにくいこともあるだろう。頼むよ」

 それを聞く未菜は、笑顔でそれに応じる。

「分かったわ。出来る範囲で努力しますね」



  輝士は安堵し良かったと呟いて、互いに眠りに就いた。



◇◇◇
 しかしその後も未菜の態度は変わることはなく、決定的な問題が起きた。

 女の子ならば遅早はあっても訪れる初潮。
 秋穂は保健体育でそれを知っていたが、生理ナプキンを買って欲しいと言えなかった。

 母はいつも兄の傍にいるから。
 兄に聞かれるのが恥ずかしくて。

 それでティッシュを丸めて凌いでいたが、とうとう漏れが生じて衣類が汚れることがあったのだ。

 それを周囲に知られ、暫く引きこもることになってしまった。それでも未菜は娘に寄り添わなかった。

「まあ若い時は、そう言うこともあるわよね。私は無理して学校に行けなんて言わないからね」

 そう言っていつも通りに部屋の掃除をしたり、食事を作ったりしていた。いつもニコニコと、悩みなんかないように。


「どうして……どうしてお母さん。私、困ってるのよ。何で学校に行かないか聞かないの? 私のこと嫌いなの? うっ、うっ」

「ごめんなさいね、秋穂。貴女のことが嫌いな訳じゃないのよ。その、ね、イジメとかかなって思っちゃって。話すのが辛いかと思ってね。違ったのね、ごめんね。お母さんが子供の時に、そう言うことがあったから。ごめんね、秋穂」


 泣きながら訴える娘に、悩みがあれば今後こそ聞かせて欲しいのと優しく囁く未菜。話を聞いた後、未菜は娘を抱きしめていた。娘もその温もりに声をあげて泣いた。すぐ生理ナプキンをたくさん購入し、その後も積極的に話を聞いてあげるようにした。

 その後再び秋穂は、学校に通うようになったのだ。
 
 けれど輝士に対しては素っ気ない日々が続き、彼が浮気からの本気となり結婚生活は破綻した。


 輝士は済まないと謝りながら、未菜と離婚。
 彼女は直樹を引き取り、秋穂は輝士の元に残った。

 秋穂は父に対し思うところはあったが、病気の兄と一緒に母の世話にはなれないと我慢したようだ。

 近々再婚するそうなので、不安は尽きない。


 未菜はその後、日中は直樹の世話をして、夜間にデータ入力の仕事に出掛けるようになった。それに加え、家にいる時は造花作りのアルバイトをする。

 直樹からすれば、いつも働いている母しか見ていない。不在な時は仕事に行っているのだから。

 直樹は自分のことは自分で行い、母が帰るのを食事を作って待つようになった。

「わあ。ありがとう、直樹。私はなんて幸せなのかしら」

  涙ぐむ母に直樹は照れて、「こんなことくらい秒で出来るから」と誤魔化した。

 未菜はその気持ちが嬉しいのよと、さらに泣きじゃくるのだった。母にありがとうと抱き締められる直樹は、照れ臭いけれど幸せだった。



◇◇◇
 その後も直樹の病気は一進一退で、度々入院することが続いた。彼は心臓移植の機会をずっと待っていたが、なかなかその順番は回ってこなかった。

「心臓が良くなれば、母さんを楽にしてあげられるのに。移植を受けられたら良いなぁ」

 病室の窓から、行き交う人々を見ると切なくなる。
 学校や会社の行き帰りや、友人、恋人、家族で歩く人々は、いろんな世界を知っているのだろう。自分には経験できない様々な喜怒哀楽を。

 テレビドラマで見るとそれは大変そうだけど、自分には叶わぬ体験だと思うと、空想が膨らむ。
 もし自分ならこうしたかも、ああしたかもと。

 そんな空想と自分に尽くしてくれる母を思い、彼の生涯は幕を閉じた。
(ごめんね、母さん。今までありがとう。でも、これからは自由に生きて…………)

 穏やかな死に顔の直樹と対照的に、未菜は激しく泣いて取り乱していた。

「ああぁ、直樹、直樹ぃ。うっ、酷いわ。また・・私を置いて行くのね。ひぐっ、絶対一人にはさせないから!」

 鬼気迫る母の様子に、秋穂は涙した。
(お母さんは兄さんが病弱なのは、自分のせいだといつも言っていたわ。ずっと寄り添っていたのだもの、納得出来ないのでしょうね)

 秋穂は母に暫く寄り添い、葬式や告別式の段取りも全てを手配した。未菜もそれに感謝し、憔悴する顔をしながらもずっと直樹に寄り添うのだった。

 そして初七日が終わった後、未菜は自室で睡眠薬を多量に服用し亡くなっていた。
 連絡が取れなくなった秋穂が訪れたのは、死後3日後だった。

「うっ、お母さん、なんでよ。一言相談してくれたら良かったのに、ひっく、えぐっ、うわ~ん」

 その死に顔も穏やかで、まるで眠っているようだった。ただ手や指はかなり荒れていて、一緒に暮らしていた時とは違うと感じた。

「苦労したのね。お母さん………………」

 秋穂は母の一生を思い、切なさに胸を焦がした。




◇◇◇
 けれどその後に、信じられない事実が発覚した。
 未菜は輝士から貰った生活費や慰謝料に殆ど手を付けず、自ら労働した収入で生活を支えていた。

 輝士有責の離婚だから、かなりの慰謝料を得たのにも関わらずだ。だから輝士は、生活面での心配等をしていなかった。

 秋穂もそれは同感だった。
 だって輝士は大型デパートの社長で、かなりの資産家だったから、その慰謝料は莫大だった。

 本来は(離婚前は)家事だとてお手伝いさんを雇っていたのに、自分の作ったものを食べさせたいと言って、ワザワザ辞めて貰い、未菜が全てを行っていたのだ。

 離婚後も働かずとも一生生活できるほど資産はあった。未菜の生家だとて資産家の部類に入る名家だ。彼女が働く理由などなかったのだ。

 そしてさらに驚くのは、直樹の心臓移植についての書類だった。幼い時から心臓が悪い彼だから、申し込みから十数年が経ち順番が来ていた。
 それなのに未菜はその順番を蹴って、移植を受けないことにしていたのだ。

 外国での移植の為、資金不足ならまだ話は分かる。けれど先述のしたように、資金で困ることはない。もし不足しても輝士や未菜の両親に、頼ることも出来たはずなのだ。

 結局未菜の貯金は残された遺言状から、全額が秋穂のものとなった。遺書には「構ってあげなくてごめんなさい」と、謝罪の言葉が書かれていた。

「ひっく、どうして……。お母さんは最期まで、誰にも頼らなかったんだね。なんでそこまで頑なだったの? ねえ、お母さんっ、うっ」

 秋穂は今でも、その理由が分からなかった。
 よっぽど裏切った父のお金を使いたくなかったのか、それとも他に理由があったのか?


 彼女秋穂は母親になった今、子供の話をよく聞き、夫とも良好な関係を築いている。そして子供に心臓等の病気もなく、元気いっぱいだ。

(私も子供が弱かったら、自分を責めていたのだろうか? 子育ては大変だわ。病気がなくてもてんてこ舞いなのに、もし病気があったなら……。私も病んでいたかもしれない)

 そう思うようになっていた。
 きっと母は、精神的に病んでいたのかもしれない。
 それを隠して生きていたのなら、きっと辛かったと思う秋穂だ。

「安らかに眠ってね。誰もお母さんを責めてないよ。だからさ、もう、自分を許してあげて…………」

 墓参りで祈る秋穂は、そう呟くのだった。



◇◇◇
「ああ、もう。あの人は先に転生したのかしら? 神様私はまた、あの人と一緒に生きたいのです。お願いします!」

 猪突猛進で天国の受け付けに来たのは、元は未菜だった魂だ。息子だった直樹は前世では彼女の夫で、先に死んだ彼女は転生前に祈ったのだ。また一緒にいたいと。夫だった彼は大層な浮気者で、彼女は惚れ抜いて妻になった為、嫉妬で身を焦がすような状態だった。
 生まれ変わり息子になったことで、結婚は出来ないが一生傍に居られると喜んだ彼女。
 何故か彼が生まれた途端、前世の気持ちが蘇ったのだ。


 その思いは前世と同じで、彼に執着した彼女だから、今世の夫や娘は寂しかったことだろう。浮気されても仕方ない状態だったし、浮気されても彼女にダメージはなかったくらいだ。

 それにだ。
 息子に心配されたくて執着して欲しくて働き続け、治療すれば治ったかもしれない彼の心臓移植も受けさせなかった。彼を間接的に殺したような可能性さえある。
 それが何故かと言えば、治ってしまい世界を広げれば、彼女から離れていくと思ったからである。

 何とも自分勝手な理論に、さすがにこの世界の神様も困惑した。那由多なゆたとも言える転生の中でも、悪質と判断したのである。

「この女とこの男は、今後接触禁止じゃ!」
「いやぁ~。何でもしますから、それだけは許して下さい。きゃあー、墜ちる、まだ話している途中なのにーーーーーーー」


 天国では珍しい接触禁止令が発動され、彼女は彼の居ない場所へ即転生させられた。


 その為彼女は、この先彼とは会えないのである。
 でも前世を思い出すことも封じられたので、彼女が気づかないのは救いだった。

 彼も勿論気づかない。

 
 彼と彼女は結び付きの強い魂だったから、何処かで寂しさを感じるかもしれない。けれどどちらが幸せかは、正直分からない。
 現役の神様が引退し、次代になればどうなるかは分からない。それこそ神のみぞ知るである。


 現在は彼も彼女も、激しくはないが穏やかな愛のある生活を送っている。
 胸を焦がす恋、眠れないほど、全てが欲しいほど、殺して自分のものにしたくなるほどの恋が、幸福に繋がるかは分からない。年々恋が冷める、執着がなくなると言うのは、実は平和に繋がっているのかもしれない。

 今回の彼女のように生まれ変わっても熱すぎる思いは、相手も自分も疲弊させるようだから。

 ――――――でも、それを生きていると感じる者もいるのかもしれない。


 取りあえず後2千年は、彼の平安は続く予定なのだ。

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