#黒歴史消去しました

丹慈恵 りん

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第四話:知らない自分<前編>

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朝のチャイムが鳴る少し前。教室に入った瞬間、妙な空気を感じた。

視線が、散らばっていた。
けれど自分を見ているわけではない。
何かがあって、誰もが言葉を交わさず、それぞれのスマホに釘付けになっている。

(なんか、あった?)

席について、隣の席の真梨に「おはよ」と声をかけると、返事はすぐ返ってきた。
でも、視線はスマホから外れなかった。

「ねぇ、早織、これ……」

真梨がスマホの画面をそっと見せてきた。
アプリ内の広告だった。黒地に白文字、そして赤い枠のバナー。
そこには、女の子の横顔が映っていた。

赤く縁取られた文字が、冷たく問いかける。

> 『消したい? 写真も、記憶も。』

(あれ……これ…?)

女の子の輪郭が、どこかで見たことのあるものだった。
いや、それどころじゃない。

自分だ。
自分の輪郭、目元、唇。

普通の写真の色ではなく、アーティスティックに変色されていて
首から下がゴリラみたいな毛むくじゃらになっていて……
加工されたものだったけれど
間違いなく自分の顔だ。


「え、これ、早織じゃね?」

前の席の男子も振り返ってくる。その手にはスマホがあり、アプリの広告画面が表示されていた。

「えっ、でも私こんなの知らないし……」

「早織に似てるだけじゃない? フィルター強すぎてわかんないよ。ねぇ?」

真梨がフォローするように笑ったけれど、その笑顔は不自然に引きつっていた。

はっと顔を上げると、周囲のクラスメイトたち数人もこちらを見ていた。
それぞれのスマホを持ったまま。

否定の声を出す前に、自分の中でもうひとつの声が湧いた。

(こんな写真……私、見たことない)

(こんな表情、記憶にない。なのに、これ、私……?)


否定すればするほど、広告に使われている女の子の横顔が自分に重なる。

手のひらがじっとりと汗ばんでいく。

ざわざわと、教室の中がにわかに騒がしくなった。

「そういえば昨日、部活の帰りに先輩も言ってた気がする。自分に似た人がこのアプリの広告に出てたって」
「今朝見た広告、3組の上野に似てたよな」
「俺、例のアプリで、原口みたいなのも見た気がする」


例のアプリ――

黒歴史が消せるとか、それに関する記憶も消せるとか

「早織」

呼びかけられて振り向いた先に、教室の入口で手招きするミキがいた。
ミキの手にも、ミキのスマホがあって
そしてあのアプリの広告画面が表示されている。

「ミキ、それ…」

「これ、早織っぽいって思ったんだけど」

自分でも自分だと思う。
でも

「でも私、そんな写真撮った覚えないし、そんな画像だって知らないし」

言いかけて思い出す。

画像が消せるアプリだと、ミキから教えてもらった。
ダウンロードして、インストールして、
そして……

(私、何かを消した?)


とっさに自分のスマホを取り出した。

フォトフォルダ、ダウンロードフォルダを探してみるけれどそれらしき画像はない。

あのアプリで消したのなら、消えているのだろう。

でも、何を消したかさえ、消されてしまっている。

指先が震えだす。

自分の知らない自分が、みんなの前に晒されている。
私の知らない私を、みんなが見ている。


自分の知らない自分……、

消したはずの自分?


「どうしよう、ミキ、私……」

声も震えている、と思ったとき肩のミキの向こう側から声がした。



「川瀬」


すっとまっすぐに通ってきた声へと視線を上げる。


そこには松崎春翔が立っていた。







(第四話前編・了)

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