俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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お前、誰だ?!

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昼休み、学食へ向かう途中の廊下で後ろから声がかかる。

「佐久間君。ちょっといいかな…?」

振り返る。目の前というより下の方に男が立っている。

《誰だ?知らない奴だ…》

俺を見上げるその顔が赤い。

《やっぱ、知らねぇ…。誰だお前?顔が赤いが熱でもあるのか?》

「あの…、佐久間…君。」

「何だ?」

「えぇと…、俺、分かる?」

「いや、悪い。誰だっけ?」

「あ、あぁ…そうだよね。俺、2年5組の相澤…。相澤 克己。…よ、よろしく。」

「相澤?あぁ、ヨロシク。」

《何なんだ?》

目がデカイ。何だかキラキラしている。こういう目つきはよく見るような気がする。柔らかそうな髪の毛が少しクルッとして額にかかる。

《弘人の髪の毛はもっと黒くて堅めだな》

「あ、あの…。………。」

「え…?何…?」

《声小さいな。聞こえない》

そいつは下口唇を何度も噛み締めている。キツく噛み締めて真っ赤だ。

《何なんだ?》

手を伸ばす。そいつの下口唇に軽く親指で触れる。

「そんなに噛んだら切れるぜ?」

《口唇を噛みしめる…。弘人、色っぽかったっよな…って、何考えてんだ俺…》

口元が軽く笑ってしまった。俺は元々ニヤケた顔をしているらしい。意識はしていないが、子供の頃からそう言われている。そんな事は別にどうでも良い。

基本的に人当たりは良い方だ。弘人以外に深い関心は無い。知らない奴は尚更だ。男の顔は殴った事しかない。こんな風に触れる事は殆ど無いが、別に深い意味も無い。ただ、弘人に惚れ込んでからはかなり丸くなった気がする。

「え…?!あっ、あ、あ…あの…?!」

そいつは驚いたように顔を引いた。真っ赤になって俯向いた。

《俺、何か変な事したか…?》

弘人以外はニンジンやカボチャにしか見えない。増してや知らない奴は特にだ。

「あぁ、悪い。…で?何か用?」

ちなみに、俺の喋り方は軽いらしい。ノリが良いと良く言われる。昔からの性格だけどな。

「あ、えぇ…と。今日の放課後、時間あるかな…?」

「放課後は部活だけど?」

「じゃあ…、部活の後は?」

「今じゃ、ダメか?」

部活が終われば弘人と帰る。俺の憩いの時間だ。

「あの…、ここでは話せない。別の場所で…。……2人きりで…話したい。」

真っ赤な顔をして戸惑いながら言っている。最後の方は声が小さく聞き取りにくい。

《何なんだ?お前、誰?話って何だ?2人きりだと?意味不明だな…》

「え…?何の話だ…?」

「あっ!と、とにかく…。部活が終わるの待ってるね!」

そいつは顔を上げて勢い込んで言う。そのまま俺の横を通り過ぎて立ち去ろうとする。

「ちょっと待て。」

軽く腕を伸ばして引き止める。俺の手がそいつの胸の辺りに当たった。ここは教室から近い。人の姿もある。少し屈んで小声で言う。そいつの髪の毛の上辺り。

《弘人より小さいな…》

「悪いな。部活が終わったら帰るんだけど?どんな内容?」

「うん、分かってる。葉山君とだろ?駅で待ってるから…少しだけ。お願い。」

そいつは俯向いたまま早口で答える。その身体が震えている。

《顔は赤いし身体も震えてる…やっぱ、熱でもあるんじゃねえ?》

そいつは俺の腕から逃げるように走り去って行った。

《何だ?弘人の知り合いか?!でも、あんな顔は見た事ねぇ…。一体、何なんだ?!》

呆気にとられて振り返る。全くもって意味不明だ。首を捻りながら学食へ向かう。

俺と弘人を知っている。一緒に帰っている事も、駅で別れる事も。同じ駅を利用しているのだろうか…?話とは一体何だ…?



いつもの帰り道、弘人と並んで歩く。

「なぁ、弘人?」

「何だよ?」

「お前、相澤って知ってるか?」

「誰だ?それ?」

「さぁ…?俺も知らねぇ。」

「はぁ?!何だそりゃ~?!」

弘人がアハハと笑う。俺も笑う。全く意味不明な会話に終わる。弘人が知らないなら話す必要も無いので話題を切り替える。

「それより、明後日の日曜日。映画観に行こうぜ!」

「あっ!少林寺のリメイク版!俺、楽しみにしてたんだよな~!行く行く!」

弘人が嬉しそうに笑って飛び跳ねた。

《可愛すぎるだろ~!》

弘人はアクション映画が大好きだ。特にカンフーには目がない。身体を鍛えているのもそのせいだろうか?その逞しくなりつつある身体を想像して顔が緩んでしまう。日曜日が楽しみでならない。

駅に着く。ベンチに座っている高校生がこちらを見た。同じ制服だ。誰かを待っているらしい。だが、俺には関係ない。

「じゃあな!また、明日な~!」

弘人が元気いっぱいの笑顔で言う。その嬉しそうな顔。俺は幸せを噛みしめる。

「ああ、気を付けて帰れよ。またな!」

弘人が改札口を抜けて振り返る。俺に手を振って駆け出して行く。それを見届けてから踵を返してバス停に向かう。

「佐久間君!」

誰かが俺の前に飛び出した。

《何だお前?……あぁ、昼間の奴だ。マジで待ってたのかよ?!》

「おっと!…相澤…?だったよな。」

俺が見下ろす。やはり、そいつは背が低い。160cmに少し足したぐらいだろう。弘人の身長は167cmだ。

《こうやって見ると、弘人もなかなか背が高いのかも…?》

今の俺は気分が良い。自然と口元に微笑みが浮かんでいる。そいつは顔を上げてニッコリ微笑んだ。まだ顔が赤い。

「熱、あるんじゃねぇ?大丈夫か?」

手を伸ばす。人差し指の背で軽く前髪をかき上げるように額に触れてみた。そいつはビクンと首をすくめる。大きな目が俺を見上げている。その目が少し潤んで見える。

《目までウルウルしてやがる。やっぱ、風邪か?》

「待ってたんだ。少し時間ある?」

「あぁ、話があるって言ってたな?」

「葉山君…帰ったよね。」

「……葉山の知り合いか?」

「いや、そうじゃないけど…。俺が知ってるだけ…?かな。」

「ふ~ん。」

《やっぱ、知らねぇ奴。意味不明だ》

「で…?話って何?」

俺はバス停の方に目をやりながら問いかける。もう数分もすればバスが来るはずだ。

「あの…、突然でごめんなさい!」

そいつは唐突に頭を下げた。通りすがりの人がこちらを見ている。

《だから何なんだよ?!お前…》

「おい、頭上げろよ。」

そう言って手を伸ばす。同時にそいつが頭を上げる。俺の手がそいつの髪の毛に触れて頭を撫でるように滑った。

《やっぱ、弘人の髪の毛とは違うな》

俺は単純にそう思っただけだった。顔を上げたそいつは、更に真っ赤になった。俺の手が触れた髪の毛を手櫛で何度もとかしている。

「あ、悪い。」

「ううん。」

そいつは首をブンブン横に振る。その仕草が男らしくない事に気付く。

《女みてぇ…。何だこいつ?》

俺を見上げるその顔は、大きなパッチリとした二重の目、ピンク色をした口唇、そして白い肌、柔らかそうな癖っ毛の髪は少し茶色がかっている。

《弘人とは違うタイプだな》

そいつは頬を赤らめたまま俺を見上げて話しかけてきた。

「こうして話すのは初めてだね。やっぱり、思った通り…優しい。」

「はぁ?何だ?急に…どうした?」

「佐久間君、俺の事…やっぱり分からない?」

「え…?相澤だろ。名前は覚えたぜ。」

《全く記憶に無いけど…?》

「そうか…。そうだよね。俺は、前から知ってるけど…。いつも、見てたから…。」

「悪いな。同じクラスになってたら覚えてるけど、学年の人数多すぎだからな~。」

俺は軽く笑って言う。普通科は10クラスもあるのだ。小・中学時代とは違う。接点が無い限り顔も名前も知らずに終わる面々の方が多いだろう。

そうこうしている内にバスが到着。待っていた数人の乗客が乗り込んでゆく。

《もう、間に合わねぇ…。まぁ、仕方ない》

次のバスは1時間後だ。俺は自販機で缶コーヒーを買う。

「相澤、何がいい?」

「え…?あ、自分で買うよ。」

そいつは慌てて鞄を探る。

「いいから、言えよ。何にする?」

「あ、じゃあ…俺も、佐久間君と同じので。」

【ガタン】

取り出し口に手を突っ込む。温かい缶コーヒーを手に取ると、自分の手が冷たい事に気付く。今年の夏は暑すぎた。10月になっても暑さが残っていた。11月になって急激に肌寒くなって来た気がする。

《もう11月か…早いな。弘人と一緒に居られるのも、残り1年と5ヶ月か…》

俺は、県外の大学に進学する。受かればの話だが…必ず、受からなければならない。それなりの勉強はしている。弘人と結ばれた今…俺の決心は固まった。以前のような不安は無い。心の乱れはなくなっている。

「ほらよ。」

相澤の手元に缶コーヒーを差し出す。俺の手に触れた指先はかなり冷たい。

「ありがとう。」

相澤は嬉しそうにニッコリ笑う。缶コーヒーを大事そうに両手で包み込む。

《マジ…女みてぇ。》

「駅の中に入るか?」

「あ、待って!誰も居ない所がいい。」

相澤が俺の上着の裾を摘んで引っ張った。

《寒いだろ?風邪ひいてんじゃねえのかよ?》

「お前…、風邪は?」

「うん、大丈夫!ありがとう!」

またまた、嬉しそうにニッコリ笑う。

《あっそ。まぁ、別にいいけど》

相澤が先に歩き出す。その後をゆっくりと着いて行く。駅前から少し歩くと商店街の入口が見える。その脇にある小さな公園。日が暮れて辺りは薄暗い。街灯がチカチカと点滅しながら点灯する。駅前からのんびり歩いて10分程の距離だ。誰も居ない公園のベンチに腰かける。

「相澤ってこの近くに住んでんのか?」

「いや、家は反対方向だよ。」

「ふ~ん、この辺、詳しいのか?」

「うん、まぁ…ね。……フフッ。」

俺達が利用している駅は学校から歩いて15分以上はかかる。商店街はあっても昔ながらの小さな店舗が連なっただけのものだ。次々に大型スーパー等が立ち並ぶようになってからは客足も減って閑散としている。家が反対方向にありながら、わざわざこの辺りまで足を運ぶ意味は無いはずだ。

《変な奴。まぁ、他の理由があるのかもな…?どうでもいいけど》

「部活、何やってんだ?」

「え…?ああ…、俺は、帰宅部。運動とか苦手なんだ。」

《帰宅部?こんな時間まで何やってたんだ?家も反対方向だろ?何でここに居るんだ?やっぱ、見た事もないはずだ…マジで意味不明だな…》

俺は缶コーヒーを開けて口をつける。熱くて苦いブラックコーヒーが身体に染み渡る。その熱さがくせになりググッと飲む。相澤が俺を見ている。

「何だよ?飲まねえのか?これからの時期はホットだよな~。染みるぜ~。」

「あ、ありがとう。頂きます。」

そう言ってプルタブに指先を引っ掛けるが上手く開けられないらしい。その手が震えている。

《お前は女かよ?!…って、体調悪いのか?手、震えてる。悪寒か…?》

俺は左手を伸ばして指先だけでプルタブを引いてやる。プシュッと軽い音がした。

「あっ…!」

飛び跳ねたコーヒーが手にかかる。

「わっ!だ、大丈夫?!」

相澤の手が触れてくる。かなり冷たい指先。

「ああ、大丈夫だ。こぼれてないか?」

「うん、大丈夫!それより、ヤケドしてない?!」

慌てた様子で俺の手をグッと掴んできた。

「お前、手ぇ冷たいな。寒気か?」

「え?!あっ、ああ…、大丈夫!」

相澤が慌てて手を引っ込めた。

「熱…、あるんじゃないか?」

何気なく左手の甲を軽く額に当ててみる。街灯はあるが薄暗くて顔色まではよく見えない。何となく顔が火照っているように熱い気がする。

《やっぱ、風邪だろ?》

「冷えるから帰るか?」

「いや、大丈夫!!」

相澤が大きな声でハッキリと断言した。

《何だ?デカイ声、出るんだな。モゾモゾ言うから聞き取りにくいんだよな》

「ごめん。もう少し…話したい。」

そう言われて、立ち上がろうと浮かせた腰をドカッと戻す。ベンチの背もたれに身体をあずけて空を見上げる。薄暗かった空はあっと言う間に闇の色に染まり、チラチラと星が瞬き始めている。

「星、綺麗だな…。」

単なる俺の独り言だ。

「うん、ホント!キレイ…だね。」

相澤の声が答える。

俺は目を閉じる。

《後、1年と5ヶ月…。弘人にはいつ話そうか…。あいつ、どんな顔するんだろ…?寂しがるかな…?泣いたり…するかな?》

ぼんやりと思いを巡らせる。
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