俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤と速水〈10〉怒りシステム

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マニュアル化された俺の脳内は自動的に物事を処理する習慣がある。当然、怒りも同じだ。

理由を考える必要もない怒りは感覚的なものが殆どだ。種類によって分類されパターン化されている。軽いものはレベル1で、強いものはレベル5になる。俺の中にある「怒りメーター」が瞬時に反応する強さだ。その時の内容や状況によっても異なるが、日常的な怒りはレベルの低いものが多い。気にするだけ無駄な事もあれば、苛立ちが残る場合もある。積もり積もれば「怒りゲージ」がMAXになる時もある。いくら目を伏せて見ないようにしていても、俺の周りにはありとあらゆる怒りが散在している。いちいち取り上げる事はしなくてもジワジワと溜まって行くものがある。

「意味もなく腹が立つ」とはこの事だろう。不意に腹の中から込み上げてくる強い怒りは「感情」というよりも「現象」に近い。感覚的には、ジリジリとしたものが「いきなり沸き立つ」「沸騰する」という感じだ。それは定期的に起こる。要は、溜め込む怒りにも限界があるという事だ。

……その時は復讐すれば良いだけだ!

長年に渡って繰り返される日々の中、「怒り」も「復讐」もここまでマンネリ化すると究極だろう。今では「怒りシステム」のように完成されている。何事も極めるのは難しいものだが、俺は自分で自分を褒め称えたいぐらいだ。
周囲への怒りを抱きながらも自分で自分をコントロールする。怒りを鎮める方法も、怒りを原動力にする方法も知っている。自分を操り、不要な揉め事を避け、混乱した世の中を渡り、敵に屈する事も無い。戦場の中で孤独に戦い、ひたすらに自分を護り、自分が傷付く事も無い。そうやって編み出した怒りのコントロールは「究極の世渡り術」でもあった。

《ハァ……。俺が何したって言うんだよ…?!何処か間違ってるとでも言いたいのか…?》

やるせない苛立ちと気怠さに溜め息を連発する。何度も気分を鎮めるように息を吐く。肺の中の空気が無くなりそうな勢いだ。それでも、胸の中の重苦しいモヤモヤを吐き出せるのなら全部吐き出してしまいたい気分だ。

《……大体、何でこうなったんだ…?》

グルグルと巡る思考の中で、俺は少しずつ核心へと向かって行く。

今では当たり前のようになっている「怒り」と「復讐」には切っても切れない関係性がある。世の中への不満や周りの人間に対する怒りが復讐の引き金となり、復讐をする事で溜まりに溜まった怒りを発散させている。
これは、もう止めようがない一連の流れの波のようなものだ。怒りと復讐の「強烈連鎖」は解ける事がない。強く捻れて絡み付いた鉄の鎖を断ち切る事が出来ないように、俺の中で頑丈に絡んだ因果関係が「執念の鎖」のように長々と蜷局を巻いている。今となっては何が始まりなのかも分からない。

ただ、一言だけ言っておくなら「味噌も糞も一緒」という訳ではない。味噌と糞の違いぐらい分かる。俺にも分別はある。「フンベツ」であって「ブンベツ」ではない。何故、同じ漢字でありながら読み方と意味が違うのだろうか…?味噌は発酵食品で糞はクソだ。付け加えるなら、俺はそれほど腐ったクソ人間ではない。誰彼構わず無闇やたらに怒りをぶちまけるような事はしない。そこにも俺なりの理由がある。

無駄に他人を傷付ける事はせず、下手に争いを大きくする事もない。戦場での戦いにおいては、群がるザコ共を相手にしている暇など無いからだ。敵陣の中で孤独に戦うには頭脳戦が重要なカギとなる。常日頃から防御で身を固め、ある程度の攻撃はやり過ごす。そして、敵の動向をジックリと観察する。
俺が狙うのは敵将クラスだ。敵陣の中で目立っている奴、周りの注目を集めて中央でのさばっている奴だ。そういう自惚れた勘違い野郎をターゲットにする。そこから俺の駆け引きは始まっている。

ターゲット自ら攻撃を仕掛けて来る場合もあれば、俺から接近して行く場合もある。だが、どんな場合であっても迂闊な行動は取らない。慎重に周囲を探り、計画通りに事を進める。あくまでも、対決は1対1だ。当然、相手も周囲に知られたくないだけに密かに行動する。それが、男相手にセックスをする狙いでもある。相手の闇を引きずり出し、谷底へ蹴落とし、全てを闇の中へと葬り去る。
復讐を終えると清々して気分が良くなる。そうなると怒りゲージは一気に下がる。その後、暫くは怒りが溜まる事もない。ほとぼりが冷めるのを待つ期間も必要だ。

そうやって、俺は怒りと復讐を上手くコントロールしている。

一旦は収まりがついたとしても、俺の怒りは定期的に沸騰する。何事も無く行き過ぎる日々が延々に続くはずもない。平和で穏やかな日常が訪れる事もない。実際には、一時的な気晴らしと目障りな敵が1人消えるだけの話だ。結局、俺の人生は暗黒のままで何も変わる事がない。そして、また新たな敵将を視界に捉えつつ予防線を張り巡らせる。

ターゲットが俺に目を付ければ簡単に落とせるが、時には異なる場合もある。誰もが俺の身体を狙って来るとは限らない。中には、そういう可能性の無いターゲットも出て来る。いくら自惚れ野郎でも男相手に興奮しない奴も居る。どちらかと言えば、その方が普通だろう。俺もそこまで愚かで向こう見ずなチャレンジャーではない。ある程度までなら落とせる自信はあるが、危険な橋は渡らない。復讐以外の対決では勝ち目が無い事は分かっている。軽く接触すれば判断が付くので無駄な勝負は挑まない。しつこいようだが、俺は何かと勘が鋭い。多くの目に晒されて来た結果「特殊な感覚」が身に付いたのだと理解している。普段は嫌悪を感じたり危険を察知する能力だが、それを逆利用すれば敵を見誤る事はない。
そして、怒りのゲージが上がれば復讐へと転じる。そうなると、復讐に燃える自分が顔を出す。普段とは違う別の人格だ。俺が作り上げた「偽りの結集」「最強の姿」へと変わる。

俺は多重人格者ではないが、自分の中には様々な自分が存在している。その殆どを閉じ込めてある。時には不意に顔を出すこともあるが、それは俺の中だけで起こる一時的な気の迷いのようなものだ。弱いままでは生き残れない。弱い自分では世の中を渡れない。その繰り返しが今の俺を形作っている。表向きにはパターン化された自分が定期的に入れ替わるようなものだ。そのどれもが偽りで、本当の自分は何処にも存在しない。

……弱い俺など必要ない!

……弱い自分は引っ込んでろ!

……俺は強く生きてやる!

……誰にも邪魔はさせない!

……今こそ反撃の時だ!向かって来る奴は片っ端から成敗してやる!

そうやって定期的に復讐を成し遂げては自分の中の怒りを爆発させる。これは八つ当たりでも何でもない。下心丸出しで向かって来るターゲットを返り討ちにするだけの話だ。敵陣の中でも際立った奴を狙う事にも意味がある。敵将クラスのターゲットを討ち破れば、周りに群がるザコ共まで一掃した気分になれるからだ。そして、その基準は俺の中にある。全ては俺の中だけで成り立つ「法則」のようなものだ。その時に自分が納得出来ればそれで良い。それ以上の事は必要ない。

《俺は間違ってないはずだ…無駄な事はやってない…!》

この先、いくら考えようとも出て来る答えは同じだろう。俺の中では完全に出来上がったものがある。

ここまで到達するだけでも生半可ではなかった。今では振り返る事さえしたくないほどの深い闇がある。歩んで来た道のりはドス黒い闇の中だ。迫り来る魔の手から逃れようとして、自ら闇へと足を踏み入れた。闇を恐れる心も棄て去った。今では罪悪感すら感じない。
いや、罪悪感を感じるべきは周りの奴等の方だろう。俺は恐れる事をしなくなっただけだ。強く生きる為に、弱い自分も嫌な過去も全て棄て去った。生きた心地はしないながらも、生きる苦しみからは逃れられている。

《……速水だ…!やっぱり…速水のせいだ…!》

そんな俺の日常を掻き乱し、頭の中を混乱させ、胸の中までグジャグジャと引っ掻き回すのが速水の存在だ。

《ああぁ~~!やっぱり速水のせいだ!アイツが悪い!全部アイツのせいだ~~!》

そして、ここまで深く絡み付いて来るとは想像もしていなかった。細かな経緯は抜きにしても「一時的な事」で済むものだと思っていた。その考えの甘さに気付きつつも、認めたくない気持ちが強くなる。

強く在ろうとするだけに、弱い自分が許せない。速水の前で惨めな姿を曝したくない。負けを認めたくない。この勝負には何としても勝ちたい。そんな気持ちばかりが先に立ち冷静さを見失った結果なのだろう。
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