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神のしもべを看護、で思案。
3.手術
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傷口の消毒。止血。縫合。
外科というより整形外科の作業だ。俊哉にとっては専門外だが、このくらいなら何の問題もない。
だが傷口の再生が難しい。刃物ですっと切られたきれいな傷口なら接合するのも楽だが、重量物が当たったために傷口が潰れている。
再生不能と思われる部分を切除し、血管を結紮し、傷口を縫い合わせる。
俊哉の手つきは流れるようによどみなく動いていた。迷いを感じさせない手さばきだった。
向かいの主は何も言わなかったが、感心したように眺めている。
隣の紅乃は、あれやこれやと差し出しながら、熱心な視線を俊哉に注いでいた。
俊哉の技量は素晴らしい。
だがその技量をもってしても、きれいに傷を消してしまうことは無理だった。
この世界にはまだ形成外科の技術も材料もない。
きれいな肌に大きく傷あとが残るのは気の毒に思うが、今はできる最善を尽くすしかない。
「体調、落ちています。呼吸が早い」
看取人が注意を促す発言をし、俊哉ははっと我に返った。
手を止めてしのぎを見る。
顔色の悪さは変わらないが、呼吸が浅い。
「脈拍は?」
「早くなっています」
「血圧はわかるか?」
「やはり下がっています」
出血が多すぎたか。俊哉は少し迷って、隣の紅乃に小声で訊いた。
「この世界には、輸血……他人の血を移す技はあるのか?」
「あります。移血ですね。けど……用意がないのではないかと」
それはそうだ。
血液を保存するのは、かなり難しい。まして、なんの準備もなく飛び込んできた急患だ。用意がある方がむしろ驚く。
俊哉は向かいの主に声をかけた。
「移血の準備をお願いできないだろうか。術後に必要になると思う」
「それはかまわぬが、今はどうする?」
主の問いももっともだ。今無事に手術を終えなければ、輸血の準備も意味がない。
「……生食でやってみよう。ぬるま湯と塩を用意してくれないか」
生理食塩水。体液と同じ0.9パーセントの食塩水だ。
場合によっては血液の代用にもなる。ただし、本当に急場しのぎだ。
「それを点滴……ええと、ゆっくり落として身体の中に入れてくれ。移血の要領で」
「注管でいいのですか?」
看取人が訊いてくる。
「今はそれしかないな。なるべくゆっくり、頼む」
「はい」
「それから強心剤、うーっと、心の臓を助ける薬はあるか?」
「強拍薬ですか? あります」
薬婦が明快に答える。
「じゃ、それを。それからブドウ糖……糖分だ。それも合わせて落とし込んでくれ」
「落とすとは、不思議な言い方ですね」
「おれの世界じゃそうだったんだ。理屈は後で説明するよ。ひょっとすると、この世界の医術に革命が起こせるかもな」
口当てで見えないが、俊哉の軽口に薬婦は笑ったようだった。
その間、薬婦も看取人も俊哉の注文に答えるべく、きびきびと動いている。
なんでもない風を装っていたが、内心俊哉ははらはらし通しだった。
(これで間違っていないはずだ。持ち直せるか?)
効果が現れるにはしばらくかかる。その間俊哉は止血にいそしんでいた。失血は極力抑えなければならない。
(それにしても……脱脂綿がほしい)
作業をしながら、俊哉はそんなことを考えた。血をふき取るのに、布しかない。もちろん丁寧に消毒されてはいるが、使い勝手では脱脂綿に及ばない。
(これも今後の課題か)
俊哉は笑いそうになった。
問題だらけと現状を嘆くべきか。この世界の医療に革命をもたらせると前向きに考えるべきか。
「何事も自分の考え方ひとつ、か」
無理に肩肘張っているのがなんだかばかばかしくなって、俊哉は手を止めてひと息ついた。
(大丈夫だ)
信じることが結果を引き寄せる。今は無理にそう考えよう。
「持ち直しました。血圧も戻りつつあります」
看取人と薬婦の根気強い点滴の効果が現れたようだ。俊哉は心底ほっとした。
(よく頑張ったな。えらいぞ)
少し血色の戻ったしのぎの顔に向けて、俊哉は心の中でねぎらった。
「さあ、もう少しだ。みんな頼むよ」
急場はしのげたとはいえ、急ぐことには変わりない。
全員が位置に就き直し、俊哉は再び手を動かす。
外科というより整形外科の作業だ。俊哉にとっては専門外だが、このくらいなら何の問題もない。
だが傷口の再生が難しい。刃物ですっと切られたきれいな傷口なら接合するのも楽だが、重量物が当たったために傷口が潰れている。
再生不能と思われる部分を切除し、血管を結紮し、傷口を縫い合わせる。
俊哉の手つきは流れるようによどみなく動いていた。迷いを感じさせない手さばきだった。
向かいの主は何も言わなかったが、感心したように眺めている。
隣の紅乃は、あれやこれやと差し出しながら、熱心な視線を俊哉に注いでいた。
俊哉の技量は素晴らしい。
だがその技量をもってしても、きれいに傷を消してしまうことは無理だった。
この世界にはまだ形成外科の技術も材料もない。
きれいな肌に大きく傷あとが残るのは気の毒に思うが、今はできる最善を尽くすしかない。
「体調、落ちています。呼吸が早い」
看取人が注意を促す発言をし、俊哉ははっと我に返った。
手を止めてしのぎを見る。
顔色の悪さは変わらないが、呼吸が浅い。
「脈拍は?」
「早くなっています」
「血圧はわかるか?」
「やはり下がっています」
出血が多すぎたか。俊哉は少し迷って、隣の紅乃に小声で訊いた。
「この世界には、輸血……他人の血を移す技はあるのか?」
「あります。移血ですね。けど……用意がないのではないかと」
それはそうだ。
血液を保存するのは、かなり難しい。まして、なんの準備もなく飛び込んできた急患だ。用意がある方がむしろ驚く。
俊哉は向かいの主に声をかけた。
「移血の準備をお願いできないだろうか。術後に必要になると思う」
「それはかまわぬが、今はどうする?」
主の問いももっともだ。今無事に手術を終えなければ、輸血の準備も意味がない。
「……生食でやってみよう。ぬるま湯と塩を用意してくれないか」
生理食塩水。体液と同じ0.9パーセントの食塩水だ。
場合によっては血液の代用にもなる。ただし、本当に急場しのぎだ。
「それを点滴……ええと、ゆっくり落として身体の中に入れてくれ。移血の要領で」
「注管でいいのですか?」
看取人が訊いてくる。
「今はそれしかないな。なるべくゆっくり、頼む」
「はい」
「それから強心剤、うーっと、心の臓を助ける薬はあるか?」
「強拍薬ですか? あります」
薬婦が明快に答える。
「じゃ、それを。それからブドウ糖……糖分だ。それも合わせて落とし込んでくれ」
「落とすとは、不思議な言い方ですね」
「おれの世界じゃそうだったんだ。理屈は後で説明するよ。ひょっとすると、この世界の医術に革命が起こせるかもな」
口当てで見えないが、俊哉の軽口に薬婦は笑ったようだった。
その間、薬婦も看取人も俊哉の注文に答えるべく、きびきびと動いている。
なんでもない風を装っていたが、内心俊哉ははらはらし通しだった。
(これで間違っていないはずだ。持ち直せるか?)
効果が現れるにはしばらくかかる。その間俊哉は止血にいそしんでいた。失血は極力抑えなければならない。
(それにしても……脱脂綿がほしい)
作業をしながら、俊哉はそんなことを考えた。血をふき取るのに、布しかない。もちろん丁寧に消毒されてはいるが、使い勝手では脱脂綿に及ばない。
(これも今後の課題か)
俊哉は笑いそうになった。
問題だらけと現状を嘆くべきか。この世界の医療に革命をもたらせると前向きに考えるべきか。
「何事も自分の考え方ひとつ、か」
無理に肩肘張っているのがなんだかばかばかしくなって、俊哉は手を止めてひと息ついた。
(大丈夫だ)
信じることが結果を引き寄せる。今は無理にそう考えよう。
「持ち直しました。血圧も戻りつつあります」
看取人と薬婦の根気強い点滴の効果が現れたようだ。俊哉は心底ほっとした。
(よく頑張ったな。えらいぞ)
少し血色の戻ったしのぎの顔に向けて、俊哉は心の中でねぎらった。
「さあ、もう少しだ。みんな頼むよ」
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全員が位置に就き直し、俊哉は再び手を動かす。
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