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神のしもべを看護、で思案。
5.休息
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部屋に入り、俊哉はしのぎの枕のそばに静かに腰を下ろした。
すでに麻酔の投与は終わり、あとは醒めるのを待つばかりだ。
だがこれだけの深手だ。しばらくは相当な痛みが続くだろう。それを思うと胸が痛む。
(しのぎ。ありがとうな。おかけで助かった)
布団の下にある、無事な方の右手を探り当てて、俊哉はそっとその手を握った。
柔らかく小さな手は、まだ熱を取り戻せずひんやりと冷たい。
しのぎには助けられてばかりだ。
右も左もわからない世界にやって来て、しのぎがいなくてはなにも出来ないところから始まった。
母親にすがりつく子供のごとく、思えば情けないことこのうえない。
そして肝心の戦闘においても、命を救ってもらった。
本来なら、俊哉が守ってやらなければならないところなのに。
(まったく、不甲斐ない)
この汚名はどうすすげばいいのだろう。
この恩義はどう返したらいいのだろう。
薄暗く静かな部屋で、黙して考える俊哉だった。
どのくらい経っただろうか。
遠慮がちに部屋の戸を開ける者がいる。
紅乃だった。
彼はしのぎを気遣って、声をてたず、目だけで俊哉を誘った。
意を汲み、俊哉は静かに立ち上がった。しのぎの寝顔に心の中であいさつをし、外へ出る。
外はすでに真っ暗になっていた。
「紅乃、さっきはありがとう」
別室に移って座りながら、俊哉は礼を述べた。
「きみのおかげで、しのぎも助かった。本当に感謝のしようもない」
「いえ、そんな、自分ごときが」
紅乃はしきりに恐縮している。無理もない。
だが、もっと誇っていい、と俊哉は思っている。
「村に帰ったら、もっと医術について話したいものだな。おれはまだこの世界の医術をよく知らないし、逆におれの知識が役に立つこともあると思う」
「そう、ですね」
考えながら紅乃が答える。
「道具を渡す役なんて初めてやりましたけど、今思い返すと、なるほど理にかなっていますね。御使いさまの医術は、とてもおもしろいです」
紅乃が笑い、俊哉も笑い返す。
お互い協力して目の前の大仕事を終えたという達成感。
同じ思いを共有して、少しの間満足にひたる。
「……さて、ひと段落ついたのは確かだが、まだ事は終わっていない」
俊哉の言葉に、紅乃も居住まいを正して向き直る。
「もう日も暮れてしまった。今日はここに宿を借りよう」
突然押しかけたうえに勝手に医務所を使い、さらに一夜の宿まで借りようとは厚かましいにもほどがあるが、重傷の怪我人もいるし、今晩は身動きがとれない。いや、しのぎの容態次第では、何日か逗留せざるを得ないかも知れない。
俊哉は後悔していた。しのぎを救うことにばかり意識が向いていて、その間供の連中のことをすっかり失念していたのだ。
手術に入る前に簡単でいいからなにがしかの指示をだしておけば、今頃もっと状況が明確になっていただろうに。だが過ぎたことは仕方がない。
まずはみなをねぎらってやろう。多勢に無勢の無理な戦闘、闘争、そして手術と、大変な一日だった。みな疲れているだろう。ゆっくりさせてやらなければ。
とりあえず寝るところ。そして腹ごしらえだ。
「ここの主に話をしてくるよ。それからちょっと出てくる」
「これからですか?」
紅乃が驚いて訊いてきた。
「どちらへ行かれるのですか?」
「すっかり時間を無駄にしてしまったからな。せめて情勢だけでもつかんでおきたいんだ」
「そんな。もう夜です。馬などとても無理ですよ」
「うーん……」
反論しようとして、言葉を失う。
確かにいまさら動くのは遅い。真っ暗な夜道、ましてや馬など、俊哉の技量では無茶もいいところだ。
「……そうだな。すまない。気ばかりあせっていた」
「いえ、ぼくの方こそ、すみません」
「今夜は落ち着いて、明日以降の方針を話し合おう」
その方が効率的だろう。敵もこんな夜中に、やみくもに動くとも考えにくい。
(今日のところは、ひとまず休戦だな)
すでに麻酔の投与は終わり、あとは醒めるのを待つばかりだ。
だがこれだけの深手だ。しばらくは相当な痛みが続くだろう。それを思うと胸が痛む。
(しのぎ。ありがとうな。おかけで助かった)
布団の下にある、無事な方の右手を探り当てて、俊哉はそっとその手を握った。
柔らかく小さな手は、まだ熱を取り戻せずひんやりと冷たい。
しのぎには助けられてばかりだ。
右も左もわからない世界にやって来て、しのぎがいなくてはなにも出来ないところから始まった。
母親にすがりつく子供のごとく、思えば情けないことこのうえない。
そして肝心の戦闘においても、命を救ってもらった。
本来なら、俊哉が守ってやらなければならないところなのに。
(まったく、不甲斐ない)
この汚名はどうすすげばいいのだろう。
この恩義はどう返したらいいのだろう。
薄暗く静かな部屋で、黙して考える俊哉だった。
どのくらい経っただろうか。
遠慮がちに部屋の戸を開ける者がいる。
紅乃だった。
彼はしのぎを気遣って、声をてたず、目だけで俊哉を誘った。
意を汲み、俊哉は静かに立ち上がった。しのぎの寝顔に心の中であいさつをし、外へ出る。
外はすでに真っ暗になっていた。
「紅乃、さっきはありがとう」
別室に移って座りながら、俊哉は礼を述べた。
「きみのおかげで、しのぎも助かった。本当に感謝のしようもない」
「いえ、そんな、自分ごときが」
紅乃はしきりに恐縮している。無理もない。
だが、もっと誇っていい、と俊哉は思っている。
「村に帰ったら、もっと医術について話したいものだな。おれはまだこの世界の医術をよく知らないし、逆におれの知識が役に立つこともあると思う」
「そう、ですね」
考えながら紅乃が答える。
「道具を渡す役なんて初めてやりましたけど、今思い返すと、なるほど理にかなっていますね。御使いさまの医術は、とてもおもしろいです」
紅乃が笑い、俊哉も笑い返す。
お互い協力して目の前の大仕事を終えたという達成感。
同じ思いを共有して、少しの間満足にひたる。
「……さて、ひと段落ついたのは確かだが、まだ事は終わっていない」
俊哉の言葉に、紅乃も居住まいを正して向き直る。
「もう日も暮れてしまった。今日はここに宿を借りよう」
突然押しかけたうえに勝手に医務所を使い、さらに一夜の宿まで借りようとは厚かましいにもほどがあるが、重傷の怪我人もいるし、今晩は身動きがとれない。いや、しのぎの容態次第では、何日か逗留せざるを得ないかも知れない。
俊哉は後悔していた。しのぎを救うことにばかり意識が向いていて、その間供の連中のことをすっかり失念していたのだ。
手術に入る前に簡単でいいからなにがしかの指示をだしておけば、今頃もっと状況が明確になっていただろうに。だが過ぎたことは仕方がない。
まずはみなをねぎらってやろう。多勢に無勢の無理な戦闘、闘争、そして手術と、大変な一日だった。みな疲れているだろう。ゆっくりさせてやらなければ。
とりあえず寝るところ。そして腹ごしらえだ。
「ここの主に話をしてくるよ。それからちょっと出てくる」
「これからですか?」
紅乃が驚いて訊いてきた。
「どちらへ行かれるのですか?」
「すっかり時間を無駄にしてしまったからな。せめて情勢だけでもつかんでおきたいんだ」
「そんな。もう夜です。馬などとても無理ですよ」
「うーん……」
反論しようとして、言葉を失う。
確かにいまさら動くのは遅い。真っ暗な夜道、ましてや馬など、俊哉の技量では無茶もいいところだ。
「……そうだな。すまない。気ばかりあせっていた」
「いえ、ぼくの方こそ、すみません」
「今夜は落ち着いて、明日以降の方針を話し合おう」
その方が効率的だろう。敵もこんな夜中に、やみくもに動くとも考えにくい。
(今日のところは、ひとまず休戦だな)
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