ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

文字の大きさ
7 / 111

7. 余命宣告とかお見合いとか

しおりを挟む
「おじいちゃん、愛人さん多すぎ。サイテー」

 クーパーの助手席で、あたしはようかいねこをもちもちしながら言った。
 何だかまだ色っぽい化粧の匂いがまとわりついている気がする。

「独り身が長いですからね、オヤジも」
「でもさあ、あんなに何人もと付き合う必要なくない?」
「別に誰とも本気じゃありませんよ、オヤジは。相手も承知の上です」

 ハンドルをさばきながらさらりと朱虎が言った。

「オヤジが大事なのはお嬢だけです」
「その流れで大事って言われても全然嬉しくないんだけど」

 オトナって感じだけど、分かりたくない。

「それに比べて斯波さんって絶対女遊びとかしなさそう、おじいちゃんと違って」
「……まあ、斯波の兄貴はしないですね」
「朱虎は何人彼女がいるの?」

 がくんと車が跳ねた。

「ひゃっ!?」
「すみません」

 朱虎は何気ない仕草でサングラスをかけた。

「え、何で今サングラスかけるの」
「陽が眩しくて。――女なんざいませんよ」

 怪しい。

「嘘だ、絶対いるよ。三人? 五人? いっそ十人?」
「朝から晩までお嬢のお守りしてるのにそんな暇ァありません。んなことより、そろそろ学校に着きますよ」

 話題を強引に断ち切って、朱虎は腕時計を見た。

「この時間なら二時限目には間に合います。確か、数学でしたね」
「うえっ」

 あたしは顔をしかめた。

「間に合わなくていいよ……今日はもう帰っちゃおうかな、ねえ朱虎」
「駄目です」
「ええ~……ケチ。朱虎のイジワル」

 ブーイングはあっさり黙殺された。 
 近づく学校を眺めながら、あたしはふとおじいちゃんのことを考えた。
 そういえば結局、何が原因で倒れたのか聞きそびれたな。

「まあいいか……大したことなさそうだったし。明日聞こうっと」

           〇●〇

「もって三か月だそうだ」
「……は?」

 次の日。
 昨日と同じくベッドの傍の椅子に座ったあたしはぽかんとした。
 朱虎は外に出ていて、広い病室にはあたしとおじいちゃんだけだ。

「残された時間ってヤツだ。手の施しようがねェらしい」

 おじいちゃんはベッドのなかで体を起こして、窓の外を眺めながら言った。その姿は昨日と打って変わって、いかにも弱々しい。

「何言ってんの、そんな病人みたいな……」

 いや待て、ここは病院でおじいちゃんは昨日ここに運び込まれたんだっけ。
 それで、もって三か月?
 残された時間?

「……はあああっ!? そ、それってまさか……余命宣告!?」
「おっ、難しい言葉知ってンな」
「う、嘘でしょ!? 何でそんなことになってんの!?」

 頭の中が大パニックだ。

「すまねェな、志麻。俺はもうダメだ……」
「いや昨日はあんなに元気だったじゃん! 愛人さんたちがたくさん集まって」
「ううっ、ゲホゲホゲホッ!!」

 いきなりおじいちゃんが勢いよく咳き込んだ。

「お、おじいちゃん!?」
「ハア……ハア……大丈夫だ」

 慌てて背をさすると、おじいちゃんはふっと微笑んだ。

「俺もざまァねぇな……だがよ、俺ァお前ェの花嫁姿を見るまではくたばらねぇ。いつもそう言ってただろ」
「そ、そうだよ!」

 あたしはおじいちゃんの手をぎゅっと握りしめた。じわりと涙がこみ上げる。

「しっかりして、おじいちゃん。あたしの結婚式に出るって約束でしょ」
「ああ。だからよ、志麻」
「うん」
「お前ェ、見合いしろ」
「見合いね、わかっ……は!? 見合い!?」

 完全に予想外の単語に頭が一瞬真っ白になった。

「え、見合い? 見合いって言った今?」
「おう」
「な、何で!?」

 あたしが混乱しきっていると、おじいちゃんがベッドの上にあぐらをかいてあたしに向き直った。

「言ったろ、俺にはあと三か月しかねェんだって」
「う、うん、聞いた」
「で、俺ァくたばる前にお前ェの花嫁姿を見るって決めてんだよ」
「それも聞いた」
「だから見合いしろ」
「待ってそこで話が飛んでる! 何で!?」
「ああ? 俺の時間がねェならお前ェの嫁入り早めるしかねェだろうが」

 おじいちゃんは眉を上げて当然のように言い放った。
 あたしはくらくらしてきた頭を押さえた。

「いやおかしいでしょ! あれ!? な、なんか筋が通ってるような気がしてきた。怖っ……」
「心配すんな、式場はもう手配したぞ。ちゃんと大安吉日だ」
「嘘でしょ!?」
「俺と志野が祝言上げた神社でよ。ちと古臭ェが良いところだぞ。神主の野郎、半年先まで予約が埋まってるとかほざきやがったが、フカシこくんじゃねェ貧乏神社がっつって空けさせたぜ。カッカッカ」
「ヒドい! てか、そういう問題じゃない!」
「なんだ、お前ェ洋式がいいのか。まあ披露宴でドレスでもなんでも好きなだけ着替えろや、二回でも三回でもいいぞ」
「結婚式の話から離れろ! じゃなくて、あたしの心の問題!!」

 あたしはシーツをバシバシ叩いた。

「いくら何でも急すぎでしょ!? あたしまだ十七だよ!?」

 あたしの必死の訴えに、おじいちゃんは片眉を上げただけだった。

「別に早くて困るってこともねェだろ。お前ェも俺の孫なら覚悟決めろや」
「超困るんですけど!? ……っていうか、やっぱり元気に見えるんだけど、おじいちゃん」

 あたしはおじいちゃんの顔を覗き込んだ。

「だいたい、どこが悪いの? あたし、ちゃんと聞いてない……」
「ぐわっ!」

 いきなりおじいちゃんがシーツに突っ伏した。身体を丸めて唸り声をあげる。

「えっ? ど、どうしたの!?」
「くっ、また痛みが……畜生っ」

 見る見るうちに額に脂汗が浮かぶ。シーツを掴んで苦しむ様子に、あたしは慌てた。

「た、大変! 看護婦さん呼んでくる!」
「待て、志麻」

 おじいちゃんは顔を上げると、あたしの手を握りしめた。

「頼む志麻。見合いを……後生の頼みだ、でねえと俺ァ死んでも死にきれねえ」

 弱々しい声と必死なまなざしに、引っ込んでいた涙がまたじわりとこみ上げる。

「一目で良い、お前ェの花嫁姿が拝みたいだけなんだ……ううっ」
「分かった、分かったから! お見合いでも何でもするからしっかりして、おじいちゃん!」
「そうか、してくれるか!」

 ぱっと顔を輝かせたおじいちゃんは、あたしの手を離すといそいそと封筒を取り出した。

「ほれ、これが見合いの相手だ」
「えっ、もう手配してるの!?」
「おう。見合いは三日後だぞ」
「は!? ちょっと、早すぎ……!」
「めかし込んで行けよ、いいな」

 封筒を押し付けられたあたしはじとっとおじいちゃんを見た。

「おじいちゃん……ホントのホントに病気なんだよね?」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

愛してやまないこの想いを

さとう涼
恋愛
ある日、恋人でない男性から結婚を申し込まれてしまった。 「覚悟して。断られても何度でもプロポーズするよ」 その日から、わたしの毎日は甘くとろけていく。 ライティングデザイン会社勤務の平凡なOLと建設会社勤務のやり手の設計課長のあまあまなストーリーです。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松丹子
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。 平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり…… 恋愛、家族愛、友情、部活に進路…… 緩やかでほんのり甘い青春模様。 *関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…) ★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。 *関連作品 『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)  上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。 (以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)

処理中です...