77 / 111
73. バトンタッチとか出戻りとか
しおりを挟む
「――もしもし」
『獅子神さん……いや、岩下さんとお呼びしたほうが良いですか』
「どちらでも結構ですが……どうかされましたか? あなたから連絡があるなんて驚きましたよ」
『用件だけ言います。――俺はお嬢の世話係を降りることになりました』
「……えっ? 世話係を!?」
『色々と事情が変わりましてね。……で、お嬢を託すなら、あんたが一番マシだと思ってこうやってご連絡差し上げたんですよ。今後、お嬢のことは頼みます』
「頼むって、それは……志麻さんと僕の仲を認めるということですか?」
『……ただし、くれぐれも馬鹿な真似はしねえでくださいよ。特にオヤジにあんたの正体について何もかも話すなんて馬鹿の極みですから絶対にやめてください。もしどうしても我慢できないってんなら、斯波のアニキに相談して』
「ち、ちょっと待ってください。突然何故……」
『何か問題でも?』
「いや、問題というか……そもそも僕は、志麻さんにはキッパリとフラれているんですが」
『じゃあ、お嬢のことはあきらめたんですか』
「まさか!」
『なら何の問題もない。お嬢は甘えたがりで情にもろいですから、傍に居りゃすぐにほだされますよ』
「ええ、僕もそれを狙っていこうかと……いや、そうじゃない。世話係を降りるって、一体なぜ? それにあなた、いったい今どこにいるんですか。うちの上司があなたを探しているんです」
『どこだっていいでしょう。あんたの上司なんてもんに会うつもりもない』
「……あなた、志麻さんの傍から離れるんですか?」
『そう言っていたつもりですが』
「待ってください! それは志麻さんも了承済みなんですか? 彼女が承諾するとは思えない」
『うるせえな。あんたは黙ってお嬢の口説き方でも考えてろって言ってんだよ。用件はそれだけだ』
「待ってください! まだ話は終わってない」
『俺は終わった。あんたのツラを二度と拝まずに済むのだきゃせいせいするぜ――じゃあな』
「……という電話が昨晩、朱虎さんから兄にかかってきたそうだ」
「知ってる……蓮司さんから連絡きた……」
環の言葉に、あたしは机に突っ伏したままもごもごと答えた。
昨日の衝撃のせいで、今日の記憶がほとんどない。気が付いたら放課後になっていて、部室にいた。環と風間くんに全部吐き出した後は、虚脱状態で机から顔を上げる気力もなくなっている。
「すぐさまかけ直したが、全く繋がらなかったらしい」
「うん……斯波さんも朱虎に何度もかけてたけど、一度も出なかったって。メッセージ送っても未読のままだし……」
「マジ? 俺もかけてみよ」
風間くんがスマホを耳に当てる。その横で環は息を吐いた。
「しかし、まったく予想外の展開だな。あの朱虎さんが君の世話係をやめるとは……しかも、組まで抜けると言ったのか」
「うん……」
「私はヤクザのことに詳しくはないが、電話一本で抜けられるものなのか? 随分お手軽だが」
あたしは少しだけ身体を持ち上げると、ゆるゆると首を振った。
「そんなわけないよ。どうしても辞められないってことはないけど、やっぱり挨拶とか……ちゃんと筋は通さないと。……おじいちゃん、もうカンカンに怒ってて、叩き斬るって日本刀持ち出しちゃって」
「駄目だ、でねーや。……で、興奮しすぎて組長サン、病院に出戻りだって?」
スマホをくるくる回す風間くんに、あたしは頷いた。
「うん。庭で石灯篭を何個か壊した後、倒れちゃって……傷口が開いちゃったらしくて、またしばらく入院だって」
「石灯籠を……? すさまじいな」
「今は何とか落ち着いてるんだけど、朱虎の名前を聞くだけで怒り過ぎて血圧がすごく上がっちゃうの。だから、今はとにかく朱虎のことは保留っていうか……禁句になってる」
「ふむ。……朱虎さんを連れていった医者とは連絡がつかないのか?」
環の質問に、あたしは力なく首を振った。
「電話かけてみたんだけど、やっぱり出ないの。……向こうから連絡くれるとは言ってたんだけど」
バーにも行ってみたけれど、お医者さんの手掛かりは掴めなかった。病院と同じ『一柳慧介』っていう名前で働いてたけど、事件の日に無断欠勤してそのまま連絡が取れなくなっているらしい。
「あーもう……! あの時、やっぱり朱虎について行けばよかった!」
どうして傍を離れちゃったんだろう。
お医者さんにどこへ連れていかれて、そこで一体何があったんだろう。
あたしの傍を離れたくなるような「何か」があったんだろうか。
「アケトラ……いい名前ね、気に入った」
朱虎と同じ色の赤い髪が脳裏をよぎり、あたしは慌てて頭をぶんぶん振った。
いやいやいや。まさか、そんな。
「つか、朱虎サンに一目惚れした美少女がいたんだろ? それじゃね、心変わりの理由」
「ふぐっ!」
容赦ない風間くんの台詞に、あたしは胸を押さえた。
『獅子神さん……いや、岩下さんとお呼びしたほうが良いですか』
「どちらでも結構ですが……どうかされましたか? あなたから連絡があるなんて驚きましたよ」
『用件だけ言います。――俺はお嬢の世話係を降りることになりました』
「……えっ? 世話係を!?」
『色々と事情が変わりましてね。……で、お嬢を託すなら、あんたが一番マシだと思ってこうやってご連絡差し上げたんですよ。今後、お嬢のことは頼みます』
「頼むって、それは……志麻さんと僕の仲を認めるということですか?」
『……ただし、くれぐれも馬鹿な真似はしねえでくださいよ。特にオヤジにあんたの正体について何もかも話すなんて馬鹿の極みですから絶対にやめてください。もしどうしても我慢できないってんなら、斯波のアニキに相談して』
「ち、ちょっと待ってください。突然何故……」
『何か問題でも?』
「いや、問題というか……そもそも僕は、志麻さんにはキッパリとフラれているんですが」
『じゃあ、お嬢のことはあきらめたんですか』
「まさか!」
『なら何の問題もない。お嬢は甘えたがりで情にもろいですから、傍に居りゃすぐにほだされますよ』
「ええ、僕もそれを狙っていこうかと……いや、そうじゃない。世話係を降りるって、一体なぜ? それにあなた、いったい今どこにいるんですか。うちの上司があなたを探しているんです」
『どこだっていいでしょう。あんたの上司なんてもんに会うつもりもない』
「……あなた、志麻さんの傍から離れるんですか?」
『そう言っていたつもりですが』
「待ってください! それは志麻さんも了承済みなんですか? 彼女が承諾するとは思えない」
『うるせえな。あんたは黙ってお嬢の口説き方でも考えてろって言ってんだよ。用件はそれだけだ』
「待ってください! まだ話は終わってない」
『俺は終わった。あんたのツラを二度と拝まずに済むのだきゃせいせいするぜ――じゃあな』
「……という電話が昨晩、朱虎さんから兄にかかってきたそうだ」
「知ってる……蓮司さんから連絡きた……」
環の言葉に、あたしは机に突っ伏したままもごもごと答えた。
昨日の衝撃のせいで、今日の記憶がほとんどない。気が付いたら放課後になっていて、部室にいた。環と風間くんに全部吐き出した後は、虚脱状態で机から顔を上げる気力もなくなっている。
「すぐさまかけ直したが、全く繋がらなかったらしい」
「うん……斯波さんも朱虎に何度もかけてたけど、一度も出なかったって。メッセージ送っても未読のままだし……」
「マジ? 俺もかけてみよ」
風間くんがスマホを耳に当てる。その横で環は息を吐いた。
「しかし、まったく予想外の展開だな。あの朱虎さんが君の世話係をやめるとは……しかも、組まで抜けると言ったのか」
「うん……」
「私はヤクザのことに詳しくはないが、電話一本で抜けられるものなのか? 随分お手軽だが」
あたしは少しだけ身体を持ち上げると、ゆるゆると首を振った。
「そんなわけないよ。どうしても辞められないってことはないけど、やっぱり挨拶とか……ちゃんと筋は通さないと。……おじいちゃん、もうカンカンに怒ってて、叩き斬るって日本刀持ち出しちゃって」
「駄目だ、でねーや。……で、興奮しすぎて組長サン、病院に出戻りだって?」
スマホをくるくる回す風間くんに、あたしは頷いた。
「うん。庭で石灯篭を何個か壊した後、倒れちゃって……傷口が開いちゃったらしくて、またしばらく入院だって」
「石灯籠を……? すさまじいな」
「今は何とか落ち着いてるんだけど、朱虎の名前を聞くだけで怒り過ぎて血圧がすごく上がっちゃうの。だから、今はとにかく朱虎のことは保留っていうか……禁句になってる」
「ふむ。……朱虎さんを連れていった医者とは連絡がつかないのか?」
環の質問に、あたしは力なく首を振った。
「電話かけてみたんだけど、やっぱり出ないの。……向こうから連絡くれるとは言ってたんだけど」
バーにも行ってみたけれど、お医者さんの手掛かりは掴めなかった。病院と同じ『一柳慧介』っていう名前で働いてたけど、事件の日に無断欠勤してそのまま連絡が取れなくなっているらしい。
「あーもう……! あの時、やっぱり朱虎について行けばよかった!」
どうして傍を離れちゃったんだろう。
お医者さんにどこへ連れていかれて、そこで一体何があったんだろう。
あたしの傍を離れたくなるような「何か」があったんだろうか。
「アケトラ……いい名前ね、気に入った」
朱虎と同じ色の赤い髪が脳裏をよぎり、あたしは慌てて頭をぶんぶん振った。
いやいやいや。まさか、そんな。
「つか、朱虎サンに一目惚れした美少女がいたんだろ? それじゃね、心変わりの理由」
「ふぐっ!」
容赦ない風間くんの台詞に、あたしは胸を押さえた。
0
あなたにおすすめの小説
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
虚弱なヤクザの駆け込み寺
菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。
「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」
「脅してる場合ですか?」
ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。
※なろう、カクヨムでも投稿
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する
花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家
結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。
愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。
愛してやまないこの想いを
さとう涼
恋愛
ある日、恋人でない男性から結婚を申し込まれてしまった。
「覚悟して。断られても何度でもプロポーズするよ」
その日から、わたしの毎日は甘くとろけていく。
ライティングデザイン会社勤務の平凡なOLと建設会社勤務のやり手の設計課長のあまあまなストーリーです。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)
松丹子
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。
平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり……
恋愛、家族愛、友情、部活に進路……
緩やかでほんのり甘い青春模様。
*関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…)
★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。
*関連作品
『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点)
『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)
上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。
(以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる