ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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73. バトンタッチとか出戻りとか

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「――もしもし」
『獅子神さん……いや、岩下さんとお呼びしたほうが良いですか』
「どちらでも結構ですが……どうかされましたか? あなたから連絡があるなんて驚きましたよ」
『用件だけ言います。――俺はお嬢の世話係を降りることになりました』
「……えっ? 世話係を!?」
『色々と事情が変わりましてね。……で、お嬢を託すなら、あんたが一番マシだと思ってこうやってご連絡差し上げたんですよ。今後、お嬢のことは頼みます』
「頼むって、それは……志麻さんと僕の仲を認めるということですか?」
『……ただし、くれぐれも馬鹿な真似はしねえでくださいよ。特にオヤジにあんたの正体について何もかも話すなんて馬鹿の極みですから絶対にやめてください。もしどうしても我慢できないってんなら、斯波のアニキに相談して』
「ち、ちょっと待ってください。突然何故……」
『何か問題でも?』
「いや、問題というか……そもそも僕は、志麻さんにはキッパリとフラれているんですが」
『じゃあ、お嬢のことはあきらめたんですか』
「まさか!」
『なら何の問題もない。お嬢は甘えたがりで情にもろいですから、傍に居りゃすぐにほだされますよ』
「ええ、僕もそれを狙っていこうかと……いや、そうじゃない。世話係を降りるって、一体なぜ? それにあなた、いったい今どこにいるんですか。うちの上司があなたを探しているんです」
『どこだっていいでしょう。あんたの上司なんてもんに会うつもりもない』
「……あなた、志麻さんの傍から離れるんですか?」
『そう言っていたつもりですが』
「待ってください! それは志麻さんも了承済みなんですか? 彼女が承諾するとは思えない」
『うるせえな。あんたは黙ってお嬢の口説き方でも考えてろって言ってんだよ。用件はそれだけだ』
「待ってください! まだ話は終わってない」
『俺は終わった。あんたのツラを二度と拝まずに済むのだきゃせいせいするぜ――じゃあな』





「……という電話が昨晩、朱虎さんから兄にかかってきたそうだ」
「知ってる……蓮司さんから連絡きた……」

 環の言葉に、あたしは机に突っ伏したままもごもごと答えた。
 昨日の衝撃のせいで、今日の記憶がほとんどない。気が付いたら放課後になっていて、部室にいた。環と風間くんに全部吐き出した後は、虚脱状態で机から顔を上げる気力もなくなっている。

「すぐさまかけ直したが、全く繋がらなかったらしい」
「うん……斯波さんも朱虎に何度もかけてたけど、一度も出なかったって。メッセージ送っても未読のままだし……」
「マジ? 俺もかけてみよ」

 風間くんがスマホを耳に当てる。その横で環は息を吐いた。

「しかし、まったく予想外の展開だな。あの朱虎さんが君の世話係をやめるとは……しかも、組まで抜けると言ったのか」
「うん……」
「私はヤクザのことに詳しくはないが、電話一本で抜けられるものなのか? 随分お手軽だが」

 あたしは少しだけ身体を持ち上げると、ゆるゆると首を振った。

「そんなわけないよ。どうしても辞められないってことはないけど、やっぱり挨拶とか……ちゃんと筋は通さないと。……おじいちゃん、もうカンカンに怒ってて、叩き斬るって日本刀持ち出しちゃって」
「駄目だ、でねーや。……で、興奮しすぎて組長サン、病院に出戻りだって?」

 スマホをくるくる回す風間くんに、あたしは頷いた。

「うん。庭で石灯篭を何個か壊した後、倒れちゃって……傷口が開いちゃったらしくて、またしばらく入院だって」
「石灯籠を……? すさまじいな」
「今は何とか落ち着いてるんだけど、朱虎の名前を聞くだけで怒り過ぎて血圧がすごく上がっちゃうの。だから、今はとにかく朱虎のことは保留っていうか……禁句になってる」
「ふむ。……朱虎さんを連れていった医者とは連絡がつかないのか?」

 環の質問に、あたしは力なく首を振った。

「電話かけてみたんだけど、やっぱり出ないの。……向こうから連絡くれるとは言ってたんだけど」

 バーにも行ってみたけれど、お医者さんの手掛かりは掴めなかった。病院と同じ『一柳慧介』っていう名前で働いてたけど、事件の日に無断欠勤してそのまま連絡が取れなくなっているらしい。

「あーもう……! あの時、やっぱり朱虎について行けばよかった!」

 どうして傍を離れちゃったんだろう。
 お医者さんにどこへ連れていかれて、そこで一体何があったんだろう。
 あたしの傍を離れたくなるような「何か」があったんだろうか。
 
「アケトラ……いい名前ね、気に入った」
 
 朱虎と同じ色の赤い髪が脳裏をよぎり、あたしは慌てて頭をぶんぶん振った。
 いやいやいや。まさか、そんな。

「つか、朱虎サンに一目惚れした美少女がいたんだろ? それじゃね、心変わりの理由」
「ふぐっ!」

 容赦ない風間くんの台詞に、あたしは胸を押さえた。
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