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1:たいへんだ・きいてくれ・そんなことⅠ
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エドワルドは他人と関わることがひどく苦手だ。無遠慮に嘗め回し勝手に推し量ってくる視線、悪意を虚構で覆い隠した言葉、仮面を付け替えるように張り付けては移ろう表情。そしてなにより、生温い、生を伝えてくる体温。何もかもが恐ろしく、悍ましい。
部屋中に並べられた人形たちをぐるりと見回す。この子たちの視線はただ真っ直ぐで、どれひとつとして自分を値踏みし、勝手な評価を押し付けてくるものはない。言葉は発しないし、表情だって変わらない。そして一番の魅力は体温がない。近くに座らせた一体の手を取る。ひんやりした温度が心地いい。社交など必要ない。自分にはこの子たちだけいればいい。
人形に擦り寄り、ほ、と、息をつく。今日はこの屋敷には何かとうるさい父も兄もいない。彼らは数日間ほどここを離れ、新たな権力者との繋がりを作りに行っている。ご苦労なことだ。しかして彼らのおかげで自分は今こうして好きなものに好きなだけ浸れているので感謝もしている。通常、生きるためには働かねばならないし、働くには生きた人間と関わらなければならない。が、この家の次男坊に産まれついたエドワルドは違う。父の働きのおかげで何不自由ない裕福な暮らしが送れるし、兄のおかげで家督を継ぐ必要もない。ああなんとありがたいことか。
人形の膝に頭を預け、自身の出自に感謝しながらまどろんでいると、部屋の扉が叩かれる音がした。なんだろう、気のせいかな。しかし、繰り返されたそれは気のせいでもなんでもなく、意思を持ったノックの音で。せっかく気持ちよく眠れそうなところだったのに。むっすりと唇をへの字に結んで扉を開ける。
「何」
明けた先、まさかエドワルドが返事より先に自ら開けると思っていなかったのか、廊下に佇んでいたメイドが驚いた顔で見上げてきていた。一対の目による視線。真っ直ぐエドワルドの顔を見つめて、驚愕一色。まあ、悪くない。嫌いではない。ふうと一つ溜息を落とし、もう一度問う。
「何」
「あっ、はい! あの、チェンバレン様がお見えになっておられまして……旦那様も大旦那様も留守である旨を伝えましたところ……」
「僕に出て来いと」
「はい」
はああ。特大の溜息。メイドは申し訳なさそうに眉を下げた。まあ、きみが悪いわけじゃない。とはいえフォローしてやる気もない。一応、メイドに怒っているわけではないという意思表示を込めて、エドワルドはふっと何もないところへ視線を落とした。ランドルフ・チェンバレン。この城下町の領主であり、城に住まう王の近衛騎士だ。
なんで近衛騎士様が領主なんか兼任してるんだって昔は疑問に思ったこともあったけれど、いつの頃からかそういうものだと納得するようになっていた。この家はそんな多忙の領主様に代わってこの地を統率するお役目を賜った家。それだけわかっていればいい。そしてそれがわかっているからこそ、家督を継がないとはいえこの家の子であるエドワルドは、ランドルフには逆らえなかった。
「仕方ない……応接室?」
「はい」
仕方ない。本当に、渋々だ。示された通りに応接間へ向かう途中、廊下の角の姿見で一応身なりを確認する。うん、まあ、ほどほど。悪くはない。ランドルフとてエドワルドが人嫌いの出不精なことはよく知っているし、その上でまあ人前に出てもそう悪くない身なりになっていれば文句も言われないだろうとまたひとつ溜息が零れた。
「さっきから溜息ばかり。幸せが逃げてしまうよ?」
不意に、聞こえた声に勢いよくそちらを振り返る。すらりと背の高い、豪奢な装束に身を包んだ男が経っていた。不思議な色を放つ光彩が、真っ直ぐにエドワルドを見つめて微笑んでいる。
「エリさん……なんで」
エリ。エリアン・キーパー。神の声が聞こえるという、その能力故に、この世界で最もといっていいほど尊い存在。何故だか昔からよくこの家に出入りしていて、エドワルドでも嫌悪無く対応できる数少ない相手ではあるのだが。それにしたって、その、神殿以外に似合う場所の無さそうなその装束で現れたところは初めて見た。その上、どこかそわそわしているようで珍しいことこの上ない。エドワルドは首を傾げる。
「何か、あったんですか」
「うん、まあ。ランディときみに聞いてほしいことがあって」
「その呼び方やめろって言ってんだろうが」
また、別の方向から別の声。エリアンと比べると上背こそないが、ラフな服の上からでもわかるほどの筋肉質な肉体のせいか身長より大きく見える男。ランドルフだった。その格好のあまりのラフさに、オフだったのかと更に首を傾げる。休日にわざわざ、なんの用だというのだろう。
そもそも、だ。エドワルドは今気が付いたのだが、このホールヒム家はランドルフの直属の部下、手足のようなものだ。それならば、今この屋敷に現当主も次期当主もいないことを、彼は知っているはずである。ならば、始めから彼はエドワルドに用があったということになる。これはもしや、厄介なことに巻き込まれるのでは。頭が痛くなってくる。
「じゃあ何? お兄ちゃん♡ とでも呼べばいい?」
「きっしょ」
「はー、落ち着くー。ランディだけだよ、私にそんなはっきりと言ってくれるの」
「罵倒されて喜んでねえよ気色悪ぃな」
「だってみんなかたっ苦しいんだもん。息してるだけで肩こっちゃうよ」
お互い、軽口を叩き合いながら近付いてきて、ついにエドワルドは二人の間に挟まれる形になった。ひとを挟んで会話しないでくれと切に願う。二人と比べてエドワルドの身長がずっと低ければ頭上で言葉が飛び交うだけで済んだのだろうが、実際はそうではない。悲しいかな、ちょうど二人の中間ほどだった。完全に挟まれている。通常の神経の持ち主でもなかなかに不快感募るその状況。人嫌いのエドワルドには到底耐えられず。
「とりあえず、離れてください……」
俯き、蚊の鳴くような声でそう絞り出すだけで精一杯だった。
部屋中に並べられた人形たちをぐるりと見回す。この子たちの視線はただ真っ直ぐで、どれひとつとして自分を値踏みし、勝手な評価を押し付けてくるものはない。言葉は発しないし、表情だって変わらない。そして一番の魅力は体温がない。近くに座らせた一体の手を取る。ひんやりした温度が心地いい。社交など必要ない。自分にはこの子たちだけいればいい。
人形に擦り寄り、ほ、と、息をつく。今日はこの屋敷には何かとうるさい父も兄もいない。彼らは数日間ほどここを離れ、新たな権力者との繋がりを作りに行っている。ご苦労なことだ。しかして彼らのおかげで自分は今こうして好きなものに好きなだけ浸れているので感謝もしている。通常、生きるためには働かねばならないし、働くには生きた人間と関わらなければならない。が、この家の次男坊に産まれついたエドワルドは違う。父の働きのおかげで何不自由ない裕福な暮らしが送れるし、兄のおかげで家督を継ぐ必要もない。ああなんとありがたいことか。
人形の膝に頭を預け、自身の出自に感謝しながらまどろんでいると、部屋の扉が叩かれる音がした。なんだろう、気のせいかな。しかし、繰り返されたそれは気のせいでもなんでもなく、意思を持ったノックの音で。せっかく気持ちよく眠れそうなところだったのに。むっすりと唇をへの字に結んで扉を開ける。
「何」
明けた先、まさかエドワルドが返事より先に自ら開けると思っていなかったのか、廊下に佇んでいたメイドが驚いた顔で見上げてきていた。一対の目による視線。真っ直ぐエドワルドの顔を見つめて、驚愕一色。まあ、悪くない。嫌いではない。ふうと一つ溜息を落とし、もう一度問う。
「何」
「あっ、はい! あの、チェンバレン様がお見えになっておられまして……旦那様も大旦那様も留守である旨を伝えましたところ……」
「僕に出て来いと」
「はい」
はああ。特大の溜息。メイドは申し訳なさそうに眉を下げた。まあ、きみが悪いわけじゃない。とはいえフォローしてやる気もない。一応、メイドに怒っているわけではないという意思表示を込めて、エドワルドはふっと何もないところへ視線を落とした。ランドルフ・チェンバレン。この城下町の領主であり、城に住まう王の近衛騎士だ。
なんで近衛騎士様が領主なんか兼任してるんだって昔は疑問に思ったこともあったけれど、いつの頃からかそういうものだと納得するようになっていた。この家はそんな多忙の領主様に代わってこの地を統率するお役目を賜った家。それだけわかっていればいい。そしてそれがわかっているからこそ、家督を継がないとはいえこの家の子であるエドワルドは、ランドルフには逆らえなかった。
「仕方ない……応接室?」
「はい」
仕方ない。本当に、渋々だ。示された通りに応接間へ向かう途中、廊下の角の姿見で一応身なりを確認する。うん、まあ、ほどほど。悪くはない。ランドルフとてエドワルドが人嫌いの出不精なことはよく知っているし、その上でまあ人前に出てもそう悪くない身なりになっていれば文句も言われないだろうとまたひとつ溜息が零れた。
「さっきから溜息ばかり。幸せが逃げてしまうよ?」
不意に、聞こえた声に勢いよくそちらを振り返る。すらりと背の高い、豪奢な装束に身を包んだ男が経っていた。不思議な色を放つ光彩が、真っ直ぐにエドワルドを見つめて微笑んでいる。
「エリさん……なんで」
エリ。エリアン・キーパー。神の声が聞こえるという、その能力故に、この世界で最もといっていいほど尊い存在。何故だか昔からよくこの家に出入りしていて、エドワルドでも嫌悪無く対応できる数少ない相手ではあるのだが。それにしたって、その、神殿以外に似合う場所の無さそうなその装束で現れたところは初めて見た。その上、どこかそわそわしているようで珍しいことこの上ない。エドワルドは首を傾げる。
「何か、あったんですか」
「うん、まあ。ランディときみに聞いてほしいことがあって」
「その呼び方やめろって言ってんだろうが」
また、別の方向から別の声。エリアンと比べると上背こそないが、ラフな服の上からでもわかるほどの筋肉質な肉体のせいか身長より大きく見える男。ランドルフだった。その格好のあまりのラフさに、オフだったのかと更に首を傾げる。休日にわざわざ、なんの用だというのだろう。
そもそも、だ。エドワルドは今気が付いたのだが、このホールヒム家はランドルフの直属の部下、手足のようなものだ。それならば、今この屋敷に現当主も次期当主もいないことを、彼は知っているはずである。ならば、始めから彼はエドワルドに用があったということになる。これはもしや、厄介なことに巻き込まれるのでは。頭が痛くなってくる。
「じゃあ何? お兄ちゃん♡ とでも呼べばいい?」
「きっしょ」
「はー、落ち着くー。ランディだけだよ、私にそんなはっきりと言ってくれるの」
「罵倒されて喜んでねえよ気色悪ぃな」
「だってみんなかたっ苦しいんだもん。息してるだけで肩こっちゃうよ」
お互い、軽口を叩き合いながら近付いてきて、ついにエドワルドは二人の間に挟まれる形になった。ひとを挟んで会話しないでくれと切に願う。二人と比べてエドワルドの身長がずっと低ければ頭上で言葉が飛び交うだけで済んだのだろうが、実際はそうではない。悲しいかな、ちょうど二人の中間ほどだった。完全に挟まれている。通常の神経の持ち主でもなかなかに不快感募るその状況。人嫌いのエドワルドには到底耐えられず。
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