おはよう・おやすみ・おやすみなさい

宵不明

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2:こまった・きょうき・おねがいだⅡ

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 地上を分かつ四つの国のひとつ、火の国。そこはいくつかの小さな火山島からなる国で、空は常に暗雲に覆われている。雷は多いものの、雨はそこまでではないこの国は、古物商を営み、ひどい蒐集癖を持つフランクリン・マーチャントには居心地のいい土地だった。火山地帯であるゆえに暑さこそ厳しいが、それさえ遮れてしまえば集めた品々を苛む湿気も直射日光もない。まさに彼にとって理想の地といえた。
 難点と言えば食料の調達が少々億劫なことだろうか。複数の島々からなる上、火山活動の関係で人間の住める土地は極めて狭い。その狭い地に少数の民が住み、そういった集落がいくつにも分かれている。フランクリンはその中でも殊更外れに居を構えているため、近くの集落へ食料を買い付けに行くだけでまあまあな大仕事になってしまう。
 だからといって、近くに引っ越すつもりもないのだが。各集落には噴火に際する地震や溶岩から人間たちを守るために、最低ひとりは魔族の飼育員が一緒になって暮らしている。彼らに今のフランクリンの生活を見られれば、面倒で鬱陶しい口出しをされかねない。そんなものは御免だった。
 それに、今のままのほうがいいこともある。とかく、不思議で珍しいものが向こうからやってくるのだ。ここに棲みついて長くなればなるほど彼の噂は広まり、各地から奇妙なものを持った客が集まって来るのだ。それは大抵公な売買のルートに流すには躊躇われるような品々が多く、珍しいものを求めるフランクリンの欲を満たすのに事欠かなかった。
 古物商とは名ばかりで、曰く付きの品を買い取るばかりばかりのフランクリンの金の出所は至って単純、闇オークションである。それもこの国の、もっと外れで行われており、今のところ偉ぶった魔族殿たちからはなんのお咎めも受けていない。そちらへ流せばとかく大きい額のつくものもあって、その金でまた珍しいものを買い付けているのだ。
 さすがに初めのうちはなかなかに苦心し、わかりやすい犯罪にも手を染めたりしたものだったが、物流が軌道に乗ってしまえばもう何も憂いはない。ただ、美しいものと珍しいものに囲まれ、悠々自適の生活を送るだけである。
「失礼、ミスター。鑑定してほしいものがあるのだが」
 最近手に入れた珍しく美しい鉱石をぼうと眺めていると、店の入り口のほうから声がかけられた。
「ん、はいはい。ちょいとお待ちを~」
 のんびりした声で応え、鉱石を丁寧に仕舞い込んでからカウンターに顔を出す。待合用の椅子に腰かけていた男は、もう幾度も見た顔だった。
「おや、スターリングさんでしたか。ご無事なようで何よりですゥ~」
 営業用の笑顔を張り付けてそう言ってやれば、まあな。と素っ気ない言葉と共に客人は立ち上がり、カウンター越しに向かい合った。目の前のこの、薄汚れた男。トレジャーハンターを生業にする人間であり、今まで幾度かここへ珍しいものを持ち込んでいる顧客であった。故郷はたしか、地の国と言っていただろうか。その風貌からして、今回は故郷に帰ることなく、どこぞかを旅してきたその足で直接ここを訪れたのだろう。
「それで、今回はどちらへ?」
「風の国だ」
「へェ! それはまた、よくぞご無事で」
 風の国。そこは美しい外観とは裏腹に、空の国といい勝負なのではというほど管理の厳しい国であり、トレジャーハンターの狙いたくなるような遺跡も数多く存在すれど、乗り込むことが非常に難しいとされている国だった。乗り込めたとしても、大陸の外側は深いジャングルとなっており、地元のガイド無しでは迷い込んだきり出られなくなることも多いと聞く。
 そんな場所からの生還者の持ち込んだもの。フランクリンの興味をそそらないわけがなかった。目を輝かせて早く出せとせがむと、大きなバックパックからいくつかの物が取り出され、カウンターに並べられた。フランクリンも手袋を嵌め直し、査定の姿勢に入る。
 遺跡の柱から取ったのだという欠片。それは空の国にいた頃に見た建造物のものとほとんど相違なく、まだあのあたりに魔族が普通に生活していた頃の名残であることが窺える。元々空の国で生まれ育ったフランクリンとしてはさして興味をそそる物ではないが、売ればいい金額がつきそうだ。買取決定。次。
 同じく遺跡の、こちらは床の欠片。これは文献でしか見たことのない古い意匠のように見える。これは面白い。先の柱の欠片とセットにすれば売値は跳ね上がることだろう。こっちも買取決定。次。
 珍しい輝きを表面に散りばめた石の欠片。同じものを今までいくつか見たことがある。この地上を、今の形に変える原因となったと言われている隕石の欠片だ。これによって、元々ひとつの大きな大陸だったものが分断され、そのうちの小さいほうが今の風の国になったし、元より小さな陸地でしかなかった土地はばらばらにされて今の火の国を形成するの諸島となった。
 陸地の分断に関してはフランクリンも文献でしか知らないので実際のところは定かではないのだが、隕石の墜落自体は事実のようで、各地に飛び散ったらしいその欠片が今までにもいくつもここへ持ち込まれていた。しかしその中でもこれは、飛び切り状態がいいと言える。不可侵の遺跡の中にあったためだろうか。とかくそれはフランクリンの蒐集癖を擽った。たまらなく欲しい。買取決定。次。
 古びた、一冊の本。嫌な気配を感じる。スターリング曰く、遺跡の奥に安置されていたのだという。中は、汚い字で書き殴られた汚い字の羅列であったが、見たことのない文字で書かれていたため持ってきたと。スターリングもこれには嫌なものを感じたのか、早々に手放したくて一度郷里へ帰るよりも先に、ここを訪れたのだ、とも言った。
「……!」
 ぱらりとめくり、フランクリンは言葉を失う。フランクリンは――ネロは、この字を知っていた。魔族の使っていた古代文字であった。集めた文献のいくつかもこの文字で書かれていたし、それらの解読も終わっている彼には、難なく読めてしまったのだ。読めなければよかったと思ってももう遅い。それは、遠い昔。とある人物によって書かれた予言書であった。
 書かれた当時からみて未来の、天災や人災が記された一冊の本。今となってはほとんどが過去の出来事であり、いやいや、誰かが書いた偽物だろうと自分に言い聞かせながら飛ばし飛ばし読み進めた。所々に後から書き足された文字が点在していて、そのインクと元のインクとの差から、原文はひどく古いものであることがわかってしまう。本物なわけないと否定するほど、本物であるという証拠が次々に浮かび上がってくる。
 ――なにより、この本の放つ陰気で強大な魔力が、それが本物であると始めから告げていたのだ。
 いくら権限を奪われたと言っても、ネロが魔族であることに変わりはない。しかも術師としては優秀なほうであった。だからその本の魔力にも、始めから気が付いていたのだ。しかし、信じたくなくて、理解したくなくて。偽物だと笑い飛ばそうとしたが、結局失敗に終わった。当然だ、こんなもの、どうやったって覆せない。
 嫌だ、嗚呼嫌だ。関わりたくない、こんなもの。ネロは知っている。これに関わった者たちがどうなったのかを。物欲だけに留まらず、知識欲にも貪欲なネロは嫌というほど知っていた。
 これは、書いたことが現実になる本。それだけ聞けば、誰だって喉から手が出るほど欲しいだろう。事実、原文より少しだけ新しいであろうインクで書かれた文字で、極個人的と思われる研究の成就が記されていた。その研究における実験は成功を収め、書き手は大きく称賛を浴びた。が、それから数日。その研究者は干からびた状態で研究室の床に転がっているのが発見された。
 書かれた歴史をどうにか捻じ曲げようと書き足された文字。結局、新たな書かれた事象と、元から書かれていた事象の両方が起きてしまい、実験は失敗。その上、新たな文字を書き足した物は、干からびた状態で道に転がっていたのが発見された。
 ここに書かれたことは真実になり、そして、一度書かれたものは取り消せない。その事実が立証され、我先にと好き勝手書かれたページ。すべてが文献に残されていたわけではないが、恐らくこれはすべて現実になり、そして、書いた者たちは干からびて死んだのだろう。
 詳しいことはわからない。ただ、書かれた事象を現実にするには、書いた本人の膨大な魔力が必要だったのではないか、と、仮定した者がいた。それが真実であれ空論であれ、ともかく予言書に手を出すものは居なくなった。噂が独り歩きした結果、触れることすら忌避されるようになったそれは、残りの予言が他の本に書き写され、現物はいつの間にか行方を眩ませていた……と。そこまでがネロの知る話だ。
 そんなものが、風の国の遺跡――もとい、人間の飼育場でしかない地上に眠っているなんて、誰が想像しただろう。そして、そんなものが自らの手に、しかも魔族との関係をほぼ絶った今になって巡ってくることがあるなんて、ネロは当然、想像なんかしたことがなかった。
「ミスター、どうかしたのか」
 スターリングに問われてハッとする。
「あ、いえいえ、なァんにも?」
「それならいいが」
「あは。心配してくださるんです? 大丈夫ですよォ。ただちょっとね、見たことある文字な気がしたもので、集中しちゃいました。お客様の前だっていうのにスミマセンね」
 嘘八百。よくもまあこんなにすらすらと。自身でも驚くような舌の軽快さでもって、フランクリンとしての顔を取り戻す。
「それで、今回は」
「ええ、ええ。全部、買い取らせていただきますよ、はい。金額は、そう……こんなところですかね」
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