おはよう・おやすみ・おやすみなさい

宵不明

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2:こまった・きょうき・おねがいだⅢ

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 さて、買い取ったはいいが、困ったことになった。気味の悪い書物を換金することで無事手放したしたスターリングが足取り軽く店を出ていったあと、他の品は仕舞い込んだものの、予言書だけはカウンターに置いたままで持て余していた。
 だったら買い取らなければよかっただろうと言われても、そのせいで自分のことでも書かれてみろ。絶対にひどい目に合う。スターリングは気味悪く思えどこれの使い道はわからなかったようだし、そうなると尚更。フランクリンの知らないところでどんな面倒な輩の手に渡るかわかったものじゃない。そう思ったら突き返すことなんて到底できなかった。
 とはいえ関わりたくないものは関わりたくない、と、フランクリンはカウンターに突っ伏した。そもそも、元はと言えばスターリングが、あの男がこんなもの見つけたりしなければ、見つけたとて持って帰って来なければよかったのだ。
 ……なんて、恨み言を言ってみても仕方がない。わかっている。換金できる可能性のあるものはなんでも持ち帰るのがトレジャーハンターであるし、ジャンル問わず価値さえあるものならなんでも買い取るのがフランクリン・マーチャントだ。こんなものが管理すべき者の手を離れておかしなところに存在する以上、どうしようもなかったのだ。
「そうだ! そもそもちゃんと管理してない奴が悪い!」
 がばりと起き上がって叫びを上げる。別に誰が聞いているわけでもない。ただ、わだかまる感情を吐き出してしまいたかっただけだった。
「び、っくりした……」
 しかして、ちょうどよく、いや、悪く。店の戸を開け、顔を覗かせた客人がひとり、そこにはいたのであった。
「あッ」
「珍しいな、きみがそんな大声出すなんて」
 珍しいどころか初めて聞いたんじゃないか? 客人はそこらからてきとうな椅子を引きずってきてカウンターの前に置くと、当たり前のようにそこに腰かけながらそう言って笑う。それ、商品なのだけど。思ったけれど、こいつに言ってもどうせ聞きやしないのだから時間の無駄だと諦めて、フランクリンは深く溜息を零すに落ち着いた。
「なんの用です、ビンセントさん」
 一応多少は取り繕って問いかける。こんなんでも一応は重要な取引相手だ。ビンセント・ホワイト。常々世話になっている闇オークションを取り仕切る男である。
「何って、きみが呼んだんじゃないか」
「あれ、今日でしたっけ」
 確かに、そろそろ売り払ってしまいたい品が溜まってきたしと彼を呼びつけた覚えはある。しかし、指定した日付がいつだったかが思い出せなかった。そもそも、日付を指定したかどうかすら怪しいくらいだ。
「老化かな?」
「失礼な。アナタよりずっと若いですよ」
「きみこそ失礼だな。きみの老いに私の歳は関係ないだろう」
 ごもっとも。返す言葉もなくてつんと横を向く。そう、ビンセントは、数少ないフランクリンの魔族の知り合いでもあった。
「ま、いいけどさ。で、今回はどれくらい溜め込んだのかな」
「あ、えェと、ちょいとお待ちを」
 言い置いて、奥へと引っ込む。コレクションとも店頭に並べる物とも別に保管していた棚を開けながら作り置きしていたゴーレムを起動し、それらに持たせて品を表に運ばせる。このゴーレムも、フランクリンがこの火の国に定住する理由のひとつであった。ここの土は彼にとって非常に扱いやすく、その上頑丈で理想の素材だった。
「んーと、ま、こんなもんでしょう」
 最後のひとつをせっせと往復するゴーレムの頭に乗せ、自分は手ぶらでカウンターへ戻る。そこではビンセントが他の品々に目もくれず、カウンターに置きっぱなしになっていた予言書を一心に見つめていた。その瞳に映る熱量に、フランクリンは嫌なものを感じる。
「あの、ビンセントさん?」
「ん、ああ。すまない。この本は」
「それは、先程売りに来られた方がいて……」
「きみのコレクションに?」
「いえ、オークションに出してもらおうかと」
 フランクリンの言葉に、ビンセントの視線がまた、じっと予言書に注がれる。これはこのひとの物にしてはいけない気がする。何か悪いことが起こるに違いない。フランクリンの第六感がそう叫んでいた。
「私が、個人的に買い取っても?」
「あァ、えェと……おいくらで?」
 問いに、沈黙。そう易々と値の付けられるものではないことは、フランクリンとて重々承知だ。だからこそそう問うた。そして、なんと答えられても彼にこれを売るつもりはない。預けることすら少々不安に感じるほどの狂気が滲んで見えて、どうしたものかと考える。
「……きみの、欲しいだけ出そう」
「それなら、オークションでどれほどの値が付くか見てみたいものですね」
 フランクリンを見るビンセントの視線に、剣呑な色が混じる。けれどフランクリンも引くわけにいかなかった。正直、これを使ったビンセントがどうなろうとフランクリンの知ったことではない。しかし、だ。あまりおかしなことを書かれると自分にまで被害が及ぶかもしれない。ビンセントはそう疑いたくなるところのある男だ。それだけはどうしても避けたかった。
 自らの欲のために魔族の権限を褫奪されたフランクリン同様、ビンセントもまた、彼自身の欲のために母国を追われている。そんな背景に加えて、先の予言書を見つめるあの目。何かよくないことを企んでいるに違いなかった。
「私、物の市場価値は正確に把握しておきたい質なので」
 そう言葉を足してやると、ビンセントはようやく折れてくれたようで、息を深く吐き出して肩を竦める。
「きみはそういうヤツだったな。わかったよ、ちゃんと出すさ。きっと、次のオークションの目玉になるぞ」
「それはそれは、楽しみにしておきます」
 努めて慇懃な態度で礼をして見せれば、これはちょろまかすことを許されないと向こうも悟ったのだろう。今度こそ本当に諦めたような表情をしたのが見て取れた。ひとまずはこれで一安心。あとはこのまま無事に自分の手を離れ、自分のことなど知らない『人間』の手に渡り、勝手に自滅してくれることを願うばかりである。そしてできることなら、そのままそのひとと共に葬られてほしい。
「開催日は追って連絡するよ」
「お待ちしてます」
 そう言って、数体のゴーレムを引き連れて馬車で帰っていくビンセントを見送りながら、願った通りになるように書き足しておけばよかったなあとなどという考えが頭をよぎった。が、すぐにハッと我に返る。そんなこと書いてみろ、現実になった暁には自分は死ぬ。おそらく、いや、絶対に。
 危ないところだったと溜息をつく。あのまま持っていたら書いてしまっていたに違いないと、何故だか疑いなくそう思えた。あれはそういうものだ。あれ自体がきっと、そこらの魔族では手に負えたものじゃない魔物なのだ。
 早々に手放せて本当によかったと思うと同時、やはり、傲慢さの塊のような旧知になんて預けるものではなったかのではないかと早速後悔もしていた。どうか、あのひとが自分に関わるような妙なことを、書き足したりしませんように。フランクリンには、そう、信じてもいない神に願うことしかできなかった。
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