令嬢は闇の執事と結婚したい!

yukimi

文字の大きさ
6 / 35

第4話 執事は使用人

しおりを挟む

「シドは……使用人…………シドは……使用人…………シドは……使用人…………」

 自室の籐椅子にぐったりと座りこんだフィリアはカラクリ人形のようだった。上ずった声で円い刺繍枠へひと針入れるごとに呟かれる自分へのお知らせは酷く不気味にて……傍らでそれを聞いていた侍女のミーナも変な汗をかいた。

 しかしミーナはこれで良いとも思った。あのまま只の執事に心を注ぎ込んでしまったら、フィリアが大きく傷つく未来が待っていることは間違いないのだから。

 世の中には叶えられない恋がある。傷が浅いうちに気付くことができたならそれに越したことはない。

 しばらく何も言わずに控えていると、突然、フィリアが「ああ……っ」と悲壮な叫び声をあげてすくっと立ち上がった。

「大変なことをしてしまったわ……っ」

 そしてヘナヘナと床に崩れ落ちた。ミーナが慌てて両肩を支える。

「お、お嬢様、大丈夫ですか。どうなさいました?」
「しまったわ、もう夢が叶わないと言ったシドにお説教をしてしまったのよ。夢を諦めるなって……でも、彼は切なそうに笑って……あれはバゼルのことよ。なぜ気付かなかったのかしら、バゼルが生きていなくちゃできない何かをするのが夢だったのよ。あああ……」

 世の中には叶えられない夢がある。

 フィリアはそんなことさえ思い至れなかった自分が恥ずかしくなった。シドはこんな自分をどう思っただろうか。生意気なことを言ってしまったから嫌われたかもしれない。もう努力しても好きになってくれないかもしれない。というか、そうじゃなくて。

「シドは使用人…………」

 ただの使用人……。

 運命の三人はシドじゃなくて別にいるのだ……あの占いが当たっているとすればだけれど。フィリアは次に書庫へ行った時に謝ろうと思いながら再び床へさめざめと泣き伏した。


 幼い頃から城の中で蝶よ花よと育てられてきた彼女の生活は至極退屈だった。
 社交デビューから四年が過ぎ、行き遅れぎみの彼女は大抵自分の部屋におり、やむなくダンスなどの習い事や勉強、そして裁縫の修行をしている。暴漢に襲われてからは偶の外出さえ許されなくなった。
 しかしこんなことは序の口だ。生まれてよりずっと、これが普通の毎日なのだから。

 幼い頃、つまらなそうに空ばかり眺めていたフィリアを一番に心配してくれたのは、すでに壮齢を過ぎていた執事のバゼルだった。

 彼は書庫から星座のいわれや簡単な占い方が載っている本を一冊借りてきてくれた。それが転機となり、星占いから花占い、タロットから易経まで、様々な占いを研究し始めたのだ。

 古代の大占星術師ボッサロ卿の文献によると、占いは風の笑みや空気の旋律、星のにおいや音を交えて直感で行う物なのだそうだ。

 その辺の感覚はこの時代の人々にはもう掴みにくくなっているものだ。つまり誰にでもできるわけでなく、それなりの知識とセンスが必要になる。
 フィリアの幼い頃は今よりずっとそういった感覚が鋭かったように思う。星占いで星の数を数えれば、よく分からないままなんとなく感じ取れた“答え”が結果として当たることがよくあったのだ。

 例えば、今日のお昼ご飯には大嫌いなパプリカが入っているとか、明日は来客が遅刻して来るとか、そんな簡単なものだったけれど、当たる度に両親や使用人達はいつも「すごいね」と褒めてくれた。

 しかしそれは子供のうちだけで――どんどんのめり込んで行く内に、周囲からの反応は暗雲立ち込めるようになって行った。特に、運命の三人を本気で待ち焦がれ、中庭で日がな一日とり憑かれたようにマーガレットの花びらをブチブチ抜いている内に庭木の後ろのネズミモチを見間違えて「黒髪の騎士が迎えに来てくれた!」と騒ぐレベルに達した辺りからは、もうずっと両親も良い顔をしてくれない。

 そして十五歳で社交デビューして以来、母から決まって言われるのはこのセリフだ。

「占いなんか当たるわけないでしょう。いつまでも夢を見てるんじゃありません」

 悲しいことだ。肉親である母がそう思っていたなら、きっと本当は誰もフィリアの占いなんか信じてはいなかったのだ。
 だから否定されればされるほど、絶対に占いを叶えてみせると、やっきになってしまう。
 両親は大好きだが、その辺の事情により最近はもう食事時にしか顔を合わせなくなってしまった。


 十日ほど過ぎた頃、忙しい両親と久しぶりに夕食を共にする機会がやって来た。
 いつもは父親の秘書官や来客者なども交えることの多い夕食だが、最近は家族が揃うとプライベートの話ばかりになるから三人だけになる。

 フィリアが広い食堂へ行った時には、中央に白クロスの敷かれた長方形のテーブルが置かれ、すでに三人分のワイングラスとカトラリーが用意されていた。部屋の四隅にはペチュニアが華々しく飾られて空間を明るく彩っている。

 自分の席で待っていると、すぐ後から両親も現れ、それぞれ上座とフィリアの対面に腰掛けた。

 父、オリーズ候ウィズヴィオ・オーウェンは今でこそ聖人君子と誉れ高い領主であるが、元々騎士団上がりの猛者であり、侯爵家の三男でありながら武勲によって爵位を継いだとされる武勇伝を持つ。
 フィリアと同じ白銀のざんばら髪と口の周りに髭を蓄え、威圧感のある彫りの深い顔立ちに、貴族だけに許された伝統的なアーチャ模様の刺繍入りジャケットを羽織って一朝一夕ではない威厳に満ちている。

 妻のソレシアの方は元々隣国から嫁いできた姫君で、落ち着いたベージュのドレスを纏い、後ろに長く結わえられた髪こそグレーだが、フィリアと同じ琥珀色の瞳が気弱げで人の目を引く。


「そ、それでねフィリア、この間の続きだけれど、マーナル伯爵家のブリュリーズさんなんてどうかしらと思うのよ」
「どうかしらって何。お母様」
「だから……ねぇ、あなた」

 初っ端からフィリアと侯爵家の将来を案じて焦りまくっている母の、腫れ物を触るような結婚候補者紹介が始まった。

 何せフィリアはもう十九歳。婚期を逃せば目ぼしい貴人はどんどん他家令嬢に奪われ、かわいい娘は売れ残り、城の跡取りは現れず、孫も抱けず――という不安が母の中にあるらしい。

 いきなり話を振られた父が顎鬚を触りながら困り顔で口を開く。野太い声だがフィリアの前では威圧感は消えてしまっている。

「そうなんだよ、マーナル伯の方から随分推されていえてねぇ。ブリュリーズは次男だから、うちの跡取りにして欲しいと言うんだ。二十八歳だというし、確かに年齢的には合ってると思うんだがねぇ。会ったことあるだろう?」
「……知らない」
「嘘よぉ、舞踏会で何度もお会いしたことあるでしょう。細身で右目の下にほくろがあって、髪色がアッシュグレーのあの方よ。肌が絹のように白いから周囲から白サギの貴公子と呼ばれているの。いつお会いしても高貴で美しい方よ。今は王都で騎士だったか何かをしているんですって」

 フィリアはつむじを曲げた表情をしながら、本当は覚えているその人の顔を思い浮かべた。白サギというよりは鮭みたいな顔として記憶されている。

「いやよ、私そんな人」
「ど、どうして? ほら、ブリュリーズさんなら、フィリアの言っていた運命の人に近いじゃないの、なんだったかしら、黒髪の……」
「違うわ全然!」
「どうして、黒っぽいじゃないの、髪が」
「我侭だなぁ、フィリアが護衛騎士のサプラスが金髪で嫌だというからそっちにしようかと言ってるのに」
「そういうことじゃないのよ!」

 黒い髪の騎士でありゃ誰でも良いというわけじゃない。これは内なる神秘的直感の問題だ。ブリュリーズの髪は確かにアッシュグレーで黒っぽかったけれども、性格が合いそうもなかったし、シドを初めて見た時のようなドキドキは感じられなかった。サプラスも性格があまり好きじゃない。そもそも、早急に結婚させたいからって黒っぽい髪の騎士っぽい人を探してくるのはやめていただきたい。

 フィリアは俯いてぼそりと呟いた。

「私は別に……運命と思えた人であれば、騎士じゃなくても良いのよ……」
「そんなこと言ったって、他の占い結果は酷いもんだったじゃないか、なんだったか、使用人もどきと、あと、偽の王子だったか……? そんな怪しい人間を許すわけにはいかないからねぇ。騎士でなくていいなら、他の貴族にしておきなさい」
「なによお父様、約束が違うわ、占い通りならどんな男でも許すって言ってたじゃない」
「それはお前が子供の頃の話じゃないか……。まさかその歳になっても約束を履行させられるなどと誰が思うものか。さすがに騎士以外は許さないよ。例え騎士でも骨のない男なら許さんし、それ以外の男が良いというなら身分のある者を探しなさい」
「酷いわそんなの! お父様は嘘をつかない聖人君子なんでしょう!?」

 丁度その時、出入り口からコロコロと台車が運ばれてくる音が聞こえた。

 父が深く溜息を付く。

「しかしねぇ、そろそろ決めてもらわないと私たちも困るのだよ。申し出ている者達をこれ以上待たせるわけにもいかないからね。こればかりはもうお前の我が侭は通らないよ」

 フィリアが不満気な顔をしたまま言葉を詰まらせた。
 これまでに何度も結婚相手を紹介されてきたが、その多くがフィリアに求婚を申し出ている貴族だという。本来ならもうとっくに決まっているはずだし、政略結婚のせいで勝手に決められてしまうような他家の令嬢に比べれば、我が侭と言われても文句は言えないけれど……。

 前傾だと前髪で時折青藍の瞳が隠れてしまう執事がテーブルの脇に台車を停め、候爵の側から順に前菜の載った白地の皿を並べ始めた。今日は料理長お得意のトマトのファルシ、ブルーチーズ添えのようだ。普段なら胸躍らせるところだが、今はそれどころではなかった。この我が侭だけは通さねばならない。

「嫌よ、約束は二十歳の誕生日――今年の十二月までだったはずよ。それまでに必ず運命の人を見つけてみせるわ」
「この子ったら、いつまでも夢みたいなこと言って……早く決めておしまいなさい。これを逃したら、良いお相手がいなくなってしまうかもしれないのですよ」
「かまうもんですか! 私は……」

 正面に座っている母親の前に皿が置かれる。ほんの一瞬だけ、一瞥したら執事と目が合った気がした。

「わ、私は、自分が好きになった人じゃなきゃ嫌よ」

 二十歳の誕生日まで、あと半年もない。
 そんな短期間で、運命の人に出会って恋をして婚約をしなくてはならない。自由の制限されたフィリアにとって、恐らくそんなことは不可能だ。でも、向こうから迎えに来てくれるなら話は別だと思う。
 心のどこかでまだ、そんな夢を見ていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

処理中です...