令嬢は闇の執事と結婚したい!

yukimi

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第5話(1) 無礼な客人

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 それからしばらくして、城の一室には今日も籐椅子に座って窓からつまらなそうに外を眺めるフィリアの姿があった。

 探しても探しても、各所から送られてくる求婚状や紹介状の中にシドよりときめく人は見つからない。

 眼下には花々が咲き乱れる中庭の一部が広がっている。中央の小道を、作業服を着た年寄りの庭師と見習いらしき若い娘が歩いて行くのが見えた。

 フィリアの背後ではミーナが美しい白銀の髪にうっとりしながら櫛を入れている。

「本日はダンスのお稽古と、午後からお茶会のご予定が入っています。オーストロ家のご令嬢達がいらっしゃいますから、綺麗におめかししておきましょうね」
「うん……オーストロ家かぁ……どんな人たちだったかしら……」
「十年ぶりのご対面だそうですね。仲は良かったんですか?」
「うーん……全然覚えてない。あ、シドだわ!」

 弾んだ声に釣られてミーナがちらと窓の下を見遣ると、執事が庭師たちを呼び止めているところだった。何を話しているかは分からないが、これから作業する場所の指示でもしているのだろう。

 庭師の男がどこかへ立ち去り、残った若い娘がシドと会話を始めた。
 格好こそ白シャツに茶色の膝丈ズボンで地味だが、健康的で元気そうなニコニコの笑顔を散りばめて黒髪の執事を見つめている。執事もなんだか表情が緩んでいるように見える。

 フィリアはガバッと室内に隠れ、窓際スレスレの場所からその様子を覗き始めた。
 ミーナが半眼になりながら諌める。

「お嬢様……ちょっと、ダメな脇役の姫みたいになってますよ」
「だって……あんな、どこの、だれ」
「今日初めて来た庭師見習いですよ。城のお抱えじゃありませんから数日もすればいなくなるんじゃないですか。というか、シド様は毎日色んな女性と会話なさっていますし、誰と話そうがシド様の勝手でしょう」
「うそ……ミーナも会話してるの……?」

 眉間に皺を寄せて振り返った女主人に、侍女は当然といった顔で頷いた。

「もちろんです。というか、シド様は使用人一人ひとりの話や意見を丁寧に聞いてくださるんですよ。いきなり執事に抜擢されて大変でしょうに、従僕達に対する管理能力は驚くべき物があります。最初こそ元からいた従僕達に煙たがれていましたけど、お仕事も滞りなく遂行しておられますし、今ではすっかり見直されているんです。容姿も素敵ですから女中達の間ではもちろん大人気です。この間、街へお使いに行かれた際には使用人全員にベーグルパンを買ってきて下さいましたし。良い人ですよ、あの方は」
「はぁっ?」

 フィリアは驚愕の眼差しでミーナを見た。そんなことがあって良いのか。フィリアだって会話もろくにできず、パンの一切れだってプレゼントされたことなんかないのに……!
 などと、ダメな脇役の姫っぽいことは言うまいと、ぐっと堪えて籐椅子に腰掛けた。

 一つため息をついて再び窓の下を見遣る。

「……恋人とかいるのかしら……」
「さあ、執事は忙しいお仕事ですから、もしいないとすればこれから作るのは大変だと思いますが……というかお嬢様、シド様はただの使用人じゃなかったんですか……?」
「ぐっ……」

 フィリアは思わず下唇を噛んだ。

 そういえば、シドは運命の人じゃないんだった。


「やだわ、ルルアンナ姉様ったら、はしたないですわよ」
「だって本当のことなんだからしょうがないじゃない。シンダブル家のガブリオ様は髪を上げている時の私がお好きなのよ。男性って単純ですわよね。フィリア様」
「え……ええ……」

 今日の茶会は中庭の東屋にある円テーブルで開かれていた。
 テーブルには紅茶のセットと見事な手作りの茶菓子を乗せたスタンドが用意されている。

 招待客は、田舎屋敷へ休養に向かう途中で立ち寄ったオーストロ家の令嬢ルルアンナとピューレ――フィリアより二歳年下の双子姉妹――であった。

 二人の通されたこの東屋は、フィリアの私的な友人や血縁関係のある来客しか招待しないプライベートな場所だ。城に仕える者の中でも庭師以外でここへ入ることが許されているのは護衛騎士と上級使用人だけというくらい大事な場所である。

 約十年ぶりの再会とはいえ、オーストロ家の家長は高名な宮廷医師であり、フィリアとは遠縁にあたるため、彼女は令嬢たちをここへ通すのが妥当と判断したのだが――……。

 姉のルルアンナは気位の高い狐のような女性になっていた。赤いウェーブの長髪とワインレッドのドレス、そして首から提げたごてごての宝石が効いて、白クロスの敷かれた円テーブルで一番目立っている。

 一方、妹のピューレはといえば、気位の高い狸のような女性になっていた。ドレスこそ水色で地味ではあるが、こちらは頭の上に盛り上げた赤髪がヤドカリの宿に似て、少々どっしりした体がホストのフィリアより存在を主張する。

「何度も言うようだけど、ピューレだって顔は私に似ているのだから、もっと腰を細くしてしおらしくしていれば恋人の一人や二人簡単にできると思いましてよ」
「あら、姉さまったら、そういう言い方やめて下さる? そちらだってその左右で色が違う斬新な厚化粧と露出の多いファッションをやめれば、もう少し紳士的な男性と付き合えるんじゃないかしら」

 ムカッとした顔の姉がテーブルを両手で叩いて茶器がガチャンと音を鳴らす。

「なんですってぇ? あなた、努力もしてないくせによくこの私にそんなことが言えますわね。あなたに恋人ができないのは、見た目が原因じゃないわ。心よ。心に原因があるからよ!」
「なんですってぇ!? あなたに寄ってくる男なんてロクデナシばかりじゃない。シンダブル家のガブリオ様なんて隣街の人妻と愛を交わしてる最中、夫に見つかって裸で逃げ帰ったって専らの噂よ」

 負けじとテーブルを叩いた妹に、ルルアンナは目を見開いた。

「う、嘘でしょ!?」
「本当よ! そのせいで父親に勘当されて、家を継げなくなったから騎士を目指したのだけど三日で投げ出したんですって。町商人のボーンさんが言ってたわ。世の中怖いですわねぇ、フィリア様」
「え? ええ……そうね」

 まくし立てるような会話にフィリアは辟易していた。対応も食傷気味である。
 テーブルから少し離れた柱の側に笑みを消したシドが立っている。ちょうどフィリアの向かい側だからチラッと見ると目が合ったりする。それも気になるから尚更姉妹の会話はあまり耳に入ってこない。
 フィリアの背後の柱には侍女のミーナが控えているが、淑女にふさわしくない下品な会話が続いているから恐らく良い顔はしていないだろう。

 姉のルルアンナがテーブルのスタンドからスコーンを取りながら思い出したようにフィリアへ視線を向けた。

「ねえ、フィリア様はどうですの? 恋人……というか、もうご結婚をお決めになっている年齢でしょう? お相手はどんな方?」
「そうそう、私もお聞きしたかったの。フィリア様は一人っ子ですもの、お相手は次期侯爵家頭首となられるご立派な方なんでしょう。どんな方?」
「え、ええと……それが、まだ決まっていないのよ」
「「うそぉ! 行き遅れてらっしゃるの!?」」

 二人が同時に声をあげ、次いで二人揃って口に両手を当てた。意図せずシンクロしてしまい、姉のルルアンナが妹を制す。

「ご、ごめんなさい、変な意味じゃありませんの。ただ、フィリア様のようにお美しいご令嬢が、まだ決まっていないなんて意外でびっくりしましたわ。何か理由がありますの?」

 思わず苦笑してしまう。包み隠せない性格は面白いのだけれど。

「フフ、気になさらないで。私は運命の男性を探していますのよ。なかなか見つからないものだから、そのせいで遅れてしまって」

 すると姉妹は揃って細めの目を丸くした。ルルアンナが口を開く。

「運命! まぁ、いやだ、フィリア様ったら運命だなんて。理想が高すぎるからご結婚が遅れてらっしゃるのよ。私を御覧なさい。ビビッと来たら即進撃。これこそが運命でなくて何だというのでしょう」
「姉さまの男漁りはちょっとおかしいですわ。でも一理あると思いますわよ、フィリア様。もうお時間がないのでしょう。迷ってないでがむしゃらに行かなくっちゃ」
「やっぱり、そういうものかしら……」
「「そうですわ」」

 姉妹はパワフルにシンクロした。そう言われるとそんな気になってくるから不思議だ。
 再びルルアンナが口を開く。

「フィリア様はどんな男性がお好きなのかしら。三人で該当しそうな近郊の殿方をピックアップしてみましょうよ」
「それがいいわ。好きなタイプから妥協できるところで折り合いを付けて運命の人を決めてしまいましょう」
「そ、そんなこと……」
「あら、フィリア様ったらシャイなのね。恥ずかしがらないで。ほら、私達に男性の好みを教えて御覧なさい」
「えぇ……?」

 何を言い出すのかと、フィリアは眉を八の字にして口篭った。
 こんな所で好きな人の特徴なんて言える筈がない。
 慌てふためいてうっかりシドを一瞥してしまったのも失敗だった。ピンポイントでばっちり目が合って顔が真っ赤に染まってしまったから。

<つづく>
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