【完結】恋は、友とビールとおいしい料理と

桜井涼

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第1章 香奈子編「私があなたに惹かれた理由」

9.突然の春雷

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車を走らせて着いたのは、若者向けのショップだった。

「Honeys…?」
「若者向けの洋服っていうと、ここしかなくて」
「そうなんですね、じゃあ急いで買ってきますからここで待っていてもらえますか?」
「わかりました」

車を降りると、サッと店に入った。
しかし、自分が普段着ているような服とはテイストが若すぎて…。店内をうろうろしながらシンプルで動きやすいものを探した。
私が選んだのは、黒のスキニージーンズと袖がふんわりとした水色のトップス。履いていたスニーカーもヒールに変えようかと思ったけど。観光するのに歩けないと困ると思ってやめた。

試着室で着替えて「このまま着ていきたいので…」と話しお金を払って店を出ようとした。
紙袋を受け取って、店の外に目をやると、待ちきれないのか車の外に出て、こちらを見ている若だんなの姿が見えた。その姿がなんともかわいくて、「子どもか…」そう思って笑ってしまった。店を出てきた私を見ていた若だんなは、口をぽかんと開けていた。それなのに目だけが大きく見開いていてキラキラさせていた。

「お待たせしました。時間をもらってすみません」
「いえいえ、すごく似合ってますよ!観光にぴったりというか、香奈子さんっぽいっていうか、あの、すごく似合ってます!」
「ありがとうございます」
「じゃ、あの、行きましょうか。どうぞ」

車のドアを開けてくれた若だんなは、コーヒー店を出たときとはまるで違って、私をお姫様でも扱うかのようで。なんかうれしくもありちょっと不安でもあった。
エンジンをかけた若だんなの横顔を見ていると、照れたような表情をしていたのに、急にきりっとした顔になった。

「あの、オレの顔になんかついてます?」
「いえ、出会った時と比べて、涼太郎さんが優しいなぁって思って。」
「オレはいつでも優しいですよ」
「そうかもしれませんけど、私が泊まることになった時と対応が別人だなぁって思って。さっき、新しい服を着て出てきたときは子犬みたいな顔してましたよ」

クスクス笑いながら言ってみた。
若だんなは少し照れたような困ったような横顔で。まっすぐ前だけをみて運転しながら言った。

「オレ…人見知りなんですよ。こう見えても」
「そうなんですか!全然そんな風には見えませんけど」
「それはみんなに言われます。でも、お客さん相手の商売なのでがんばっているだけで。素の表情は隠しているんですよ」
「そうなんですね…。でも、その気持ちわかります。大人になって社会に出ると、無理にでも笑顔で接しなければなかったり、付き合わなければならなかったりしますからね」
「……」
「私は素の表情の若だんな、最初は怖かったし嫌な感じだなって思ってましたけど、今は…何というか……」
「自分にだけ見せてくれる特別な顔とでも思っています?」
「えっ…いや…」
「そうですよ、香奈子さんだけです。自分でもなんでかわからないんですけど、香奈子さんには素直に自分を出せるっていうか。もちろん、お客さんだからその辺はわきまえてますけど。あ~~、なんでこんなこと話してんだろうオレ…!」

髪をくしゃって掴んだ若だんなの照れた表情がかわいくて、いい人なんだなぁって。本心を話してくれたことがうれしかった。

「じゃあ、この話はもうおしまいにしましょう。これからどこに連れて行ってくいれるんですか?」
「えっ、あの金山です。あの山見えます?」
「はい、え?あれ?割れてません?」
「そうなんです。昔はひとつの山だったのに、金を掘り過ぎて割れてしまったんですよ」
「え~初めて見ました。金を掘り出し過ぎて山を割るって欲深なんですね人間って(笑)」
「そんなこと言う人、初めてです」
「え~、でもそう思いません?」
「ハハハ、でも金山の中に入ったらその考えは少し変わるかもしれませんよ。今は当時の穴を活かして中が歩けるようになっているんです。」
「わぁ~楽しみです!」

今は観光の時期と少しずれているようで入口近くの駐車場に停めることができた。車を降りると、山の緑がすごくきれいで、あちこちの山の風景を見渡した。海の景色もよかったけど、山もすごくいい。新緑が目にまぶしくてなんかデートでもしているような気分になってしまった。

「香奈子さん、行きましょう」
「あ、はい」

入場券を買おうと売り場に向かって歩き出した。バッグからお財布を出して声をかけた。

「入場券を買うので待ってください」
「もうありますよ。さぁ行きましょう」
「私の分も買ったんですか?ありがとうございます。いくらでした?」
「忘れました」
「は?自分の分は払いますから」
「じゃあ後でもらいます」

私の横で何気ない顔してチケットを渡してくれた。思わず受け取ってしまったけど、毎回お金を出してもらうのは居心地が悪い。ただの観光客の1人なのに。

「じゃあ出たらちゃんと受け取ってくださいね」
「わかりました」

入場券を渡して中に入ると、階段だった。降りていくと下からスーッと冷気がきて、肌寒さを感じた。長袖でも上着があった方がよかったかなと思う程度なのでけれど…。

「香奈子さん寒くないですか?」
「大丈夫です」

先を歩いていた若だんなが振り返って聞いてきた。少し寒いけど歩いているうちにおさまるだろうと思って大丈夫と答えた。しかし階段の手すりを掴んで降りているのを見た若だんなは手をこちらに向けて差し出してきた。

「手すりは冷たいですし、滑ると危ないのでつかまってください」
「いえ、大丈夫ですよ」
「いいから」

「本当に大丈夫ですって…」と言いかけた途端、滑って足がグラついた。とっさに若だんなが私を支えてくれた。ふわっと若だんなの香りがした。

「ほら、今みたいなことがあるんで。二列になって歩けますからオレを頼ってください」

そう言うと、私の手を優しく握ってくれた。思っていた以上に温かい。繋がれたのは手なのに抱きしめられているかのような感覚に陥っていた。
私、どうしたんだろう。
あんなに悲しい気持ちでこの島に来たのに、ちょっと優しくされたら前の恋をこんなにも簡単に忘れられそうになっている。若だんなは失恋した経験から私に優しくしてくれているはず。今感じているこの気持ちは若だんなの気遣い。この島を離れたら、時間が経ったらこの気持ちは?

いろいろ話をしてくれる若だんなには悪いけど、今は繋がれたこの手が気になって話に集中できない。笑顔で話を聞いているふりをするのが精一杯だった。
ふと、握られた右手の甲をさすられていることに気づいた。若だんなが親指で私の手の甲を撫でている。慌てて若だんなの方を見た。

「!」
「大丈夫ですよ、暗いのはここで終わりでもうすぐ上に出られます。不安なのももうすぐ終わりますよ」
「…、はい」

私の不安を感じ取ったのか、聞いているふりがバレていたのか。それはわからないけど、なだめてくれる気持ちがすごくうれしかった。

外に出ると冷気が止んですごく温かく感じた。と同時に空腹にも気がついた。目の前にある和食レストランだろうか、いい匂いがしてきている。

「お腹すきませんか?」
「すきました、ご飯食べましょう。あ、でもその前にチケットのお金、受け取ってくださいね」
「いくらだったか忘れたので、お昼ごはんをお願いしてもいいですか?」
「もちろんです!」

店に入ろうとすると、若だんなはいつもドアを開けてくれる。そのとき、つながれていた手が優しく離れた。
少しだけ淋しい気持ちになっている自分に気がついた。私はきっと、この人を好きになりかけている。


食事をするときもそんな気持ちがあるなんてことを無視して、さっきの金山の中で視覚に入ってきたことを話し、若だんなの指摘を受け、おいしいランチを食べて。そうやって時間を埋めた。
店を出る頃には、自分の気持ちを立て直して、恋しているなんて気持ちをなくすことができると思っていた。しかし、若だんなの笑顔や優しい口調は容赦なくて私の心をつかんで離さない。

「さぁ、次に行きましょうか」
「はい、次はどこに連れて行ってくれるんですか?」
「どこにしようかなと悩んだんですけど…」

店を出てすぐ。
プルルルル。
私のスマホが鳴った。

「!」
「どうしたんですか?でないんですか?」

若だんなが心配そうに私の顔をのぞいて聞いてきた。でも、私は急に現実に引き戻されて、凍りついた。
スマホに表示された名前が篤志だったから…。
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