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7・依頼人⑦向井絢斗

もてなす予定だったんですね

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結城さんの上半身は『もや』に包まれていた。

結婚式があったのは11月16日。この日『もや』は視えなかった。
今日は12月28日なので、約1ヶ月半の間に『もや』の発動条件が揃ったことになる。
ナンバリングできる案件だ。

電話を切ったあと、ケントさんはしばらく考えこんでいた。
俺はバッグからコドアラノートを出し、依頼人⑦と書いた。
そして、別のページに記入した『もや』発現者一覧を開く。

1番最初は、河野裕太。
この人は関わりはなかったものの、事件を起こしてニュースになったので名前がわかった。

2人目、3人目は視えただけで名前はわからない。カラオケに行った時、街で見かけた。

そうやって俺はカメラアイをフル活用し、今までに視えた人間をこのページに書いていっていた。この作業で頭痛に見舞われ、体調が悪い日もあったが、必要な作業だった。涼くんにナンバリングのことを聞かれ、早く確定して話したいと思ったからだ。入院してしまったせいで、のんびりとしている時間がなかった。
このページに⒂と書いたところで、ズキンとこめかみが響いた。

今日も頭痛がする。

そういえば、夜中に夕食を食べたきり、何も飲み食いしていない。

最近涼くんや瑛二、ケントさんにも色々してもらってるせいで、俺はすっかり怠けグセがついたようだ。

ボディーバッグから一口サイズのチョコを取り出して頬張る。

「ケントさぁん、お茶もらっていい?」

「ああ」

「キッチン入るよー?」

「冷蔵庫に軽食も入ってる」

「ありがと」

リビングから見える位置のキッチンへ行き、棚からコップを取る際、俺は小さいため息をついた。
気を取り直して冷蔵庫を開け、お茶のペットボトルとラップのかけた皿を取り出す。

「うわ、なにこれ♡」

「あ、そっち取ったか。カプレーゼ」

「食べて良いんですか!」

「いいよ、他にもあるから、早めの夕食にするか」

「……結城さんのこと話すの、食べながらで大丈夫?」

「そっちの方が気が滅入らずすみそう」

ケントさんはキッチンへ赴き、冷蔵庫の上から他の皿も取り出した。ファミリー向けの大きな冷蔵庫には、ごちそうがたくさん入っていた。

キッチン横にあるテーブルに皿を並べると、それだけでワクワクした。すべて俺の好きなものである。

「あー、パスタ茹でてないわ。お湯だけ沸かして先に乾杯しよう」

「うれしい、ケントさん」
俺はケントさんに後ろから抱きついた。

「俺の好きなものばかり、よくわかりましたね」

「ビュッフェ行った時見てたからな」

なるほど~と、納得する。ケントさんはもてなすつもりで、色々用意してくれてたんだ。よりによって、あの喜多嶋先輩に会ってしまったせいでグダグダになったけど……

「俺、さっきのケントさん許します」

「それはありがたい」

ケントさんはフッ、と笑って蛇口をひねり、水を鍋に入れた。

乾杯をすると、テーブルに並べられたごちそうを早速取り分け、ぱくっと頬張る。

「おいしい~♡」

「やっぱなー。あまねそういうの好きなんだな」

「好き。寮では揚げ物多くて、食べれない時ある」

トマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ、サーモンのマリネ、生ハムのクリームチーズ巻き、お野菜たっぷりバーニャカウダ。
ローストビーフに、パエリア。玉子のサンドイッチ。




「ケントさん、結城さんのこと教えてもらえますか?  結婚式のときには『もや』視えなかったけど、ここ半年くらいの話がいいな」

「ああ。直哉は、青海市役所に勤めてるんだが、最近仕事のことで悩んでいたみたいなんだ。詳しくは聞いてないが、前に東雲病院のケースワーカーについて聞かれたことがある」

「ケントさんが働いてたからですね」
ケントさんは以前、東雲病院にて新藤凪として当直のバイトをしていたことがある。

「そう。あそこ精神科だろ?  直哉が勤めているのが障がい福祉課という部署で、退院支援を担当している東雲病院のケースワーカーとつながりがあるらしい」

「ふむふむ」
俺は適度に相づちをうつ。

「このケースワーカーが、どうも不正をしていたらしく、どんな様子か聞かれたんだ」

「不正の内容は聞いてないんですね?」

「不正、とも言わなかったからな。今思えば、という話。もう1つは、昔離婚した父親に会うって話があった」

「どこに住んでるんですか?」

「このF県に住んでる」

「あー、じゃあそれでK県からわざわざF県の大学選んだんですね、縁があったんだ」

「ちなみにオレはなんの縁もないのに、直哉について来てしまった」

「はは」
ケントさんって昔からストーカー気質というか、粘着系なのかな。自分の彼氏と言えどちょっとひいちゃう。

「この2つに関わることが、有力候補だな」

「わかりました、ありがとうございます」

「……あまねさ、最初自分が殺されると思っただろ?」

ドキッとした。ケントさんするどい。

「オレは直哉のこと好きだったが、直哉の方はオレのことなんも思ってないからな。嫉妬はない」

「タイミング的に思ったんですよ。ケントさんかっこいいし……俺なんか不釣り合いだ、ってお怒りかなーと。男だし……」

はむはむと食べながら、いじいじしてしまった。

「自信がつくのはいつになるかな?  あ、あさり」

「……あさり?」

「パスタ忘れてた。ちょっと待ってろ」

ケントさんは椅子から立ち上がり、冷蔵庫からあさりと玉ねぎ、ニンニクを取り出して手際よく調理を始めた。
俺はカウンター越しに、料理をするケントさんを眺める。

「……ケントさん、料理できたんですね」

オリーブオイルでニンニクがほどよく炒められて良い薫りが漂うと、あさりと細かく切った玉ねぎを加える。白ワインをジューっと入れ、蓋をするのを見ると、この人本当に料理するんだと確信した。

「作るの好きだからな。そこに出てるのも、ほぼ作ったやつだよ」



なんでもできるハイスペック彼氏、幸せを感じる一方で、俺にはもったいないんじゃないかと、とめどなく不安が押し寄せた。
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