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夕食を摂り、湯あみを終えて、
トゥールはひとり、部屋の中で待機していた。
「少しだけ待っていてほしい」そう言われたままにしているのだ。
(リュヌは何をしているのでしょう……?)
青を基調とした内装が、いかにも高貴な感じだった。
トゥールに詳しいことはわからないが、家具や調度品のセンスも良く、
異国のものだろうアートが美しかった。
「お待たせしてすみません」
カチャ、と静かな開錠音がして、リュヌが現れる。
「リュヌ!」
彼女が駆け寄ると、リュヌが腕を広げ、二人は抱き締め合う。
トゥールは、また、あの溶け合うような感覚に襲われた。
「私のプリンセス」
「ふふっ、リュヌってば……昔はそんなこと一度も言ったことがなかったのに」
広い胸元へ甘えるよう頭を擦り付けながら、くすぐったそうにトゥールが呟く。
「……。姫を連れ出せないような能なしの王子では、
手を取っていただけませんか?」
返ってきたのは、皮肉と自嘲の混じった言葉だった。
彼がそうした言い回しをすること、
そしてそれを引き出したのが自分であることがトゥールを動じさせる。
「そっ、そんなこと……!」
咄嗟に声を上げ、それから、しいて落ち着くよう息を整える。
「そんなことは、ないのです」
最初の言葉こそ反射的なものだったが、気持ちに嘘はない。
彼は優しくて、穏やかで。温かい。
自分が姫かどうかは置いておいて、
そういう人ならたしかに「王子様」なのかもしれない。
いや、たとえそうでなくても……。
「リュヌはやさしいのです」
昔から、同世代の男子と比べると柔らかい口調ではあったが、
比喩的な言い回しをする趣味はなかったはずだ。
彼の甘い言葉を聞くと、過ぎ去った時間を意識してしまい切なくなる。
それでも、嫌なわけではなかった。
彼の趣味に合わせたい、という気持ちもあった。
「……お、王子様、です」
自分の発した口慣れない言葉に、トゥールの頬が紅潮する。
二人の視線が自然と交わる。
リュヌの瞳にはトゥールが映っている。
その逆も同じだ。
「……トゥール」
唇が合わさる。
レスペやエペたちの、乱暴で、欲望を満たすためのキスとはまるで違う。
ただ触れ合い、互いをくすぐるような優しい口づけ。
それはどんなに強い快楽を流し込まれるよりも、トゥールを熱くさせる。
もっと欲しい。
その気持ちはリュヌも同じなのだろうか。
求めあうように唇を押し当て、
どちらともなく身体を寄せ、更に口づけの深さを増していく。
じん、と芯が熱くなる。
ベッドへ連れられ、自然と押し倒される。
「……トゥール?」
確認するような声色に、トゥールはもじもじとしながら答える。
「う、うん……」
リュヌの手が肩紐を外していき、彼女の肌を露わにさせる。
半身が外気に晒されると、彼が息を呑み込んだのが聞こえた。
優しい手つきが、脱がせたものから腰を、足を抜く。
少しずつ彼に肌を露わにされていくたびに、トゥールは高まり……同時に、不安を覚える。
「トゥール……? ごめんなさい、まだ、嫌でしたか……?」
彼女の不安を悟ったよう、リュヌが手を止めて問う。
「いえ、そんなこと……! ただ……」
隠すものがほとんどなくなった身体を庇うよう、トゥールは身を捩らせる。
「私の身体は、綺麗じゃありません、リュヌ……」
目に見える傷跡だけではない。
自分の身体はもう、彼らの欲望を幾度となく受け入れてきたのだ。
好きな相手に見せるには、あまりにも穢れすぎた……。
ふいにリュヌが自身の衣服に手を掛け、躊躇うことなく脱ぎ捨てる。
彫刻のような身体が、彼女の薄い身体を包み込む。
「……美しい、あなたは、美しい」
温かい……いや、熱い。
「あ……っ」
体温よりもずっと高い熱が伝わり、トゥールの素肌を侵食していく。
「……わかりますか?」
言葉数は少なかったが、問いの意味を考えるまでもなく、理解できた。
鼓動だ。
彼の心臓は驚くほど速く、力強く脈打っている。
その生命の脈動に驚きながら……
彼女の心臓も、速く、力強く、たしかに脈動を刻む。
まるで共鳴しているかのようだった。
「わかり、ます……リュヌの……」
続けるべきは「心」だろうか、「気持ち」だろうか。
彼は言葉で、行動で、それらを越えた直感で、
自分の穢れを否定して、受け入れてくれた……。
流れ込んできたのは「全て」だ。
「心」でも「気持ち」でもない。
彼女は唇を閉じ、それから、新たに紡ぎなおす。
「私、リュヌの、ことが……好きです……」
抱き締め合ったまま、二人は互いを求めあう。
唇を合わせ、息を塞ぐほど深く交わる。
それは単なる接吻と違い、互いの存在を確認するかのようで、
離れ離れになれば、焦がれる吐息が漏れる。
その渇きを満たすために、また深く、深く、キスを繰り返す。
「……愛しています、トゥール」
視界に広がる濃紺の天井が原因か、身体を包む浮遊感が原因か、
トゥールは暗い宙にひとり浮かんでいるようだった。
けれでも、リュヌがトゥールをひとりにはしない。
「わ、私も……です、愛して、います、リュヌ……」
まじまじと見つめながらストレートに言ってくるものだから、
流石のトゥールでも恥ずかしくなっていた。
拙い愛の言葉に優しく笑み、頬に軽く口づけると、
リュヌはトゥールの身体を撫でる。
「っ、……」
大きく、温かな掌に触れられて、トゥールは、ピクン、と反応を示す。
リュヌが胸に、腰に、触れていき、
そのたびに小さく、甘い吐息が漏れる。
「……あ、ぅ……っ!?」
指先が秘所に触れた途端、電気のような快楽が走り、
自分自身でも信じられないような声を上げていた。
胸の先も、陰核も、硬くなっている。
感度の増したそれらが空気に触れるだけで疼く。
それどころか、全身が、彼を求めるよう疼いている。
(っは……はしたない……!)
恥ずかしいと思う気持ちがあるのに、わななく細胞が止まらない。
ぐっ、と唇を噛んでいる姿が苦しげに映ったのか、
リュヌが心配そうに問う。
「……私は上手にできているでしょうか、トゥール」
頭が蕩け、彼の声もどこか遠い感じに聞こえるが、
トゥールは途切れ途切れの声で答える。
「りゅ、ぬに……されると、きもちいい、です……」
心配そうだったリュヌの目が、一瞬、驚きに見開かれる。
……何か妙なことを言ったのだろうか。
「ん、っ!?」
ふわ、と浮遊感を覚えたあと、トゥールは得も言われぬ感覚で満たされる。
リュヌに接吻されているのだ、と脳が追いつくよりも先に、
彼の舌が舌へからみついてくる。
腰が浮き、身体が自然と逃げてしまう。
それを追うよう抱きすくめられ、より情熱的に求められる。
理解が追いつかないまま、身体に流し込まれているのはエペたちと同じなのに、
リュヌから与えられるものには、恐怖も嫌悪感もない。
ただ気持ちがよく、満たされていく。
「……っぁ、っぬ……リュヌ……?」
リュヌが唇を離す。
自分の身体を襲ったものが性感である、とやっと理解できたが、
トゥールの表情はきょとん、としている。
焦ったようにリュヌが言う。
「……ご、ごめんなさい……っ!
こ、堪えている、つもりだったのですが……」
彼の頬は紅潮しており、珍しくうろたえている様子だった。
トゥールはきゅう、と胸の奥を擽られた。
「りゅ、リュヌ……我慢、しないで……」
彼女から離され、彷徨うようにしている手を取り、
そっと、自分の身体の上に戻す。
「それは……」
それ以上の言葉は野暮だと悟ったのか、リュヌは口を閉じ、
手を下へ滑らせる。
指が秘所に触れ、つぷ、と先が沈んでいく。
「……っ、ぅ……」
痛みがある……そう予想していたが、トゥールをゾク、ゾク、とした甘美が貫く。
そこは既に十分すぎるほどに濡れており、
濡れた隘路を掻き分け、指が、ぐ、ぐ、と奥へと進んでいく。
「ぁ、ぁ……」
熱い。
彼のしなやかで、けれども男のものである指が入ると、
トゥールの中が少しずつその形に広がっていく。
彼の存在を感じ、そのことに喜ぶよう膣壁が勝手に吸い付いてしまう。
「痛みはありませんか?」
頷くと、指が、ゆっくりと動き始める。
「……っ、ま、待ってください、リュヌ……」
「……? どうしました?」
今しがた頷いたにもかかわらず、急に制止してきたのだ。
リュヌは少し驚いた反応をしている。
「あ、ぁっ……、痛いとか、苦しっ、とかじゃ、っ……ないのです……、
つ、つづけて……ぇ、っ、んぁ……っ」
当人が言っている以上、続けるしかないと感じたのか、
リュヌの指がまた動き始める。
少しずつ、少しずつ動かされる、緊張ごと解かすかのような愛撫だった。
(な、なんで……っ?)
繊細な抽送だけで、腰が砕けそうだった。
微細な動きにまるで神経を擽られているかのようだ。
(なんで、こんなに……っ、!)
レスペやエペたちと数え切れないほど重ねてきた行為とはまるで違う。
畢竟、彼との行為が、彼らのものと同等の苦行だったとしても、
トゥールは受け入れていただろう。
だが、違うのだ。
彼との行為は苦痛がない。
あまりにも気持ちが良く、「自分」が押し流されてしまいそうになる。
「り、リュヌ……、こわい、です……」
「怖い……?」
また曇る顔へ、トゥールはふるふると首を横に振る。
……してほしい、と求めたのは自分だ。
「ん、ぁ……ち、ちが、います……」
それに、リュヌと一つになる行為を止めてしまうのは彼女だって嫌だった。
しかし自我を塗り替えてしまうような快感へ、
本能的な制止が口を突いてしまう。
「あ……ぁ、っ……とめ、ないで……っ」
トゥールはこく、こくと頷き、縋るように胸元に身体を寄せる。
リュヌは意図を察したよう、今度は愛撫を止めない。
「あ、あ……ッ!? あ、っ、りゅ、ぬ……っ、リュヌ……っ」
彼女の声はどんどん甘くなり、艶を帯びていく。
腹が、ピン、と伸びた脚が、ガクガクと痙攣を繰り返す。
身体が、彼を受け入れるために仕上がっていく。
リュヌの指先が、ざらついた天井を捉える。
様子を見ながら抽送を続けていた指先が、くい、くいと天井を押し込む。
「ん、ぁあ……、っ、あ……!」
ピクン、と身体を震わせ、トゥールはベッドを軋ませる。
「ん、っく……ぁ、あ、ぁ……っ、あ、ぅ……っ、やぁ……っ」
弾けた快楽が全身に広がり、脳天にまで昇る。
それは彼女の頭を真っ白に染め上げても、いつまで経っても治まらない。
それどころか頭の中でも広がり続け、更なる快楽を生み出す。
怯える彼女を抱き寄せ、リュヌが背中を撫でる。
「……トゥール、トゥール、私の……トゥール」
「き、もち、いい……、きもちいい、です……っ、リュヌ……っ」
優しく腕に抱かれ、囁かれ、激しい快楽が甘やかなものに変わっていく。
(……きもち、いい……)
絶頂が治まり、緊張していた表情がとろんすると、
リュヌは何度もキスを落とす。
「りゅ、リュヌ……」
「トゥール」
トゥールがくったりとした身体を動かし、彼に寄りかかると、
リュヌが頬に手を添え、今度は熱烈な口づけをする。
もう、受け入れる準備ができていた。
脚衣が解かれ、リュヌのものが露わになる。
「っ……」
それを見せられても、トゥールに嫌がる気持ちや恐怖はない。
しかし反り返ったそれは大きく、長く、逞しい。
男性の象徴ではあるのだ。
それも、幼馴染の……。
(リュヌも……男の人なんだ……)
自分も脚を開き、女性のそこを見せている。
トゥールは急に気恥ずかしさを覚えた。
だが、もう決めたことだ。
恥じらいながらも、膝を閉じることはしない。
あわあわとしているうちに、彼女は、
リュヌも頬を赤らめていることに気が付いた。
……彼も、恥じらっているのだ。
「リュヌ、こ、こっちに……きて」
誘惑、というには拙い仕草で、トゥールが誘うと、
リュヌが彼女へ覆い被さる。
彼の耳から、長い金の髪が一房、さらり、と落ちる。
房の先に肌を擽られ、
トゥールは彼と一糸纏わない姿で重なりあっていることを意識する。
「リュヌのが、ほしい……です……」
やはりたどたどしさのある誘いに、
彼が息を呑む音さえ、聞こえてしまう。
「いっしょに……なりたいです」
「あなたと……ひとつに」
熱に浮かされたような呟きのあと、
亀頭が当てがわれ、トゥールの中へ、彼が入ってくる。
「あ、あっ、ぁ……っ、や……っ、んっ、ぁ……っ!」
指とは比べ物にならない太さ、長さのものが、
小柄な身体に呑み込まれる。
内側から押し上げられるような圧迫感はあったが、
痛みはなかった。
二つに分かれていた方が不思議なくらいに、
互いのパーツはぴったりと寄り添いあっている。
「うごいて、うごいて、ください……っ、リュヌが、ほしい、です」
胎の中が熱く、彼のもので掻き乱してほしくてたまらない。
トゥールが衝動のままに求めると、
リュヌは箍が外れたように彼女を強く抱き締め、腰を振る。
「っ、ほしい、あなたが……! 、の……ッ、私だけの姫……!」
互いの肌がぶつかり合い、肉が音を立てる。
その動きは普段の彼からは考えられないほど激しい。
陰茎の快楽を貪るかのように、腰を退き、最奥まで一気に穿つ。
リュヌの全霊の一突きが、トゥールを痺れさせる。
「はぁ……っ、ん、ん、ぁあ……あっ、あぅ……ぁあ!
すき、です、すきです、りゅぬ……リュヌの、ことが、すき……っ」
一度達するごとに、絶頂と絶頂の間が狭まり、
ついには間さえなくなってしまう。
連続の果てがまるで永遠に快楽を続けるかのように、
トゥールをわななかせる。
トゥールは「自分」がわからなくなっていく。
身体も、心も、感覚も、ただ彼だけに満たされる。
彼の半身であることが、嬉しくてたまらない。
「っ、トゥール……! 私も、愛しています……っ、だから」
重なった身体がブルリ、と震え、ピストンの激しさが増す。
「私を、受け入れてください……!」
喉骨が動き、絞り出すような声が叫ぶ。
「私を、受け入れて……ッ、愛して……!」
トゥールの中で彼のものが脈動して、勢いよく、精を放つ――
トゥールは、深い果てに染め上げられていた。
†
真白のシーツに横たわり、トゥールは未だ熱の残った吐息を立てる。
隣からは同じように吐息が聞こえ、彼の重みがベッドを軋ませる。
自分の隣には、今、人がいる。
「リュヌ……」
身体は肌掛けで隠したまま、トゥールは彼の手に指を絡める。
「……トゥール」
天井を眺めていた瞳にハッ、と意識が戻る。
リュヌは彼女の頭をそっと抱き寄せ、髪にキスを落とす。
そのままリュヌの腕の中に抱かれていると、
彼が開けてくれた窓から柔らかい風が入り、火照った肌を優しく撫でた。
窓の外では満天の星空が広がっており、星たちが物言わずに瞬いている。
世界が二人だけのものになったかのようだ。
トゥールの身体が少し起き上がると、リュヌが腕を差し出す。
その腕に頭を乗せると、二人の視線の高さが合わさる。
トゥールは自分のものとは少し違う金色を愛でるよう、彼の髪へと触れる。
「リュヌは……昔から、私を守ってくれました」
遠き日の出来事が鮮明に蘇り、肩の古傷が痛んだ。
それ以上の痛みを彼に背負わせてしまったのだと思うと苦しかった。
「本当に?」
返ってきた問いに、トゥールの胸が締め付けられる。
『姫を連れ出せないような能なしの王子では、
手を取っていただけませんか?』
頭の中で彼の言葉が響き渡った。
皮肉と自嘲の混じった、悲しい言葉……。
トゥールはしいて呼吸を落ち着かせ、彼の心へ届くよう伝える。
「リュヌは、私の、王子様です……。
いえ、たとえ王子様でなくても……」
首元にかかるほど伸ばされた彼の髪を払い、素肌を撫でる。
感触が、指先に伝わる。
彼が、ここにいる。
「王子様」でなくてもいい。
優しくて、温かくて、だいすきなリュヌは、ここにいる。
彼が優しい人間である証が、
「ほら、ここに……」
……首元の傷が、ない。
「ん……どうしたのですか、トゥール」
呆然としている彼女を、リュヌがきょとんとした顔で見つめ返す。
「え、ああ……」
トゥールの脳裏で、あの日見た血の赤が蘇る。
大枝に切り裂かれた肌がぱっくりと口を開けて、
おびただしい量の鮮血を流していた。
彼より浅い傷だった自分ですら跡が残っている。
リュヌの傷が、簡単に塞がるはずない。
「あ、あの……リュヌ、傷は?」
「傷……?」
彼は、本当にそれが何であるのか理解できていないのだ。
トゥールはひとり、部屋の中で待機していた。
「少しだけ待っていてほしい」そう言われたままにしているのだ。
(リュヌは何をしているのでしょう……?)
青を基調とした内装が、いかにも高貴な感じだった。
トゥールに詳しいことはわからないが、家具や調度品のセンスも良く、
異国のものだろうアートが美しかった。
「お待たせしてすみません」
カチャ、と静かな開錠音がして、リュヌが現れる。
「リュヌ!」
彼女が駆け寄ると、リュヌが腕を広げ、二人は抱き締め合う。
トゥールは、また、あの溶け合うような感覚に襲われた。
「私のプリンセス」
「ふふっ、リュヌってば……昔はそんなこと一度も言ったことがなかったのに」
広い胸元へ甘えるよう頭を擦り付けながら、くすぐったそうにトゥールが呟く。
「……。姫を連れ出せないような能なしの王子では、
手を取っていただけませんか?」
返ってきたのは、皮肉と自嘲の混じった言葉だった。
彼がそうした言い回しをすること、
そしてそれを引き出したのが自分であることがトゥールを動じさせる。
「そっ、そんなこと……!」
咄嗟に声を上げ、それから、しいて落ち着くよう息を整える。
「そんなことは、ないのです」
最初の言葉こそ反射的なものだったが、気持ちに嘘はない。
彼は優しくて、穏やかで。温かい。
自分が姫かどうかは置いておいて、
そういう人ならたしかに「王子様」なのかもしれない。
いや、たとえそうでなくても……。
「リュヌはやさしいのです」
昔から、同世代の男子と比べると柔らかい口調ではあったが、
比喩的な言い回しをする趣味はなかったはずだ。
彼の甘い言葉を聞くと、過ぎ去った時間を意識してしまい切なくなる。
それでも、嫌なわけではなかった。
彼の趣味に合わせたい、という気持ちもあった。
「……お、王子様、です」
自分の発した口慣れない言葉に、トゥールの頬が紅潮する。
二人の視線が自然と交わる。
リュヌの瞳にはトゥールが映っている。
その逆も同じだ。
「……トゥール」
唇が合わさる。
レスペやエペたちの、乱暴で、欲望を満たすためのキスとはまるで違う。
ただ触れ合い、互いをくすぐるような優しい口づけ。
それはどんなに強い快楽を流し込まれるよりも、トゥールを熱くさせる。
もっと欲しい。
その気持ちはリュヌも同じなのだろうか。
求めあうように唇を押し当て、
どちらともなく身体を寄せ、更に口づけの深さを増していく。
じん、と芯が熱くなる。
ベッドへ連れられ、自然と押し倒される。
「……トゥール?」
確認するような声色に、トゥールはもじもじとしながら答える。
「う、うん……」
リュヌの手が肩紐を外していき、彼女の肌を露わにさせる。
半身が外気に晒されると、彼が息を呑み込んだのが聞こえた。
優しい手つきが、脱がせたものから腰を、足を抜く。
少しずつ彼に肌を露わにされていくたびに、トゥールは高まり……同時に、不安を覚える。
「トゥール……? ごめんなさい、まだ、嫌でしたか……?」
彼女の不安を悟ったよう、リュヌが手を止めて問う。
「いえ、そんなこと……! ただ……」
隠すものがほとんどなくなった身体を庇うよう、トゥールは身を捩らせる。
「私の身体は、綺麗じゃありません、リュヌ……」
目に見える傷跡だけではない。
自分の身体はもう、彼らの欲望を幾度となく受け入れてきたのだ。
好きな相手に見せるには、あまりにも穢れすぎた……。
ふいにリュヌが自身の衣服に手を掛け、躊躇うことなく脱ぎ捨てる。
彫刻のような身体が、彼女の薄い身体を包み込む。
「……美しい、あなたは、美しい」
温かい……いや、熱い。
「あ……っ」
体温よりもずっと高い熱が伝わり、トゥールの素肌を侵食していく。
「……わかりますか?」
言葉数は少なかったが、問いの意味を考えるまでもなく、理解できた。
鼓動だ。
彼の心臓は驚くほど速く、力強く脈打っている。
その生命の脈動に驚きながら……
彼女の心臓も、速く、力強く、たしかに脈動を刻む。
まるで共鳴しているかのようだった。
「わかり、ます……リュヌの……」
続けるべきは「心」だろうか、「気持ち」だろうか。
彼は言葉で、行動で、それらを越えた直感で、
自分の穢れを否定して、受け入れてくれた……。
流れ込んできたのは「全て」だ。
「心」でも「気持ち」でもない。
彼女は唇を閉じ、それから、新たに紡ぎなおす。
「私、リュヌの、ことが……好きです……」
抱き締め合ったまま、二人は互いを求めあう。
唇を合わせ、息を塞ぐほど深く交わる。
それは単なる接吻と違い、互いの存在を確認するかのようで、
離れ離れになれば、焦がれる吐息が漏れる。
その渇きを満たすために、また深く、深く、キスを繰り返す。
「……愛しています、トゥール」
視界に広がる濃紺の天井が原因か、身体を包む浮遊感が原因か、
トゥールは暗い宙にひとり浮かんでいるようだった。
けれでも、リュヌがトゥールをひとりにはしない。
「わ、私も……です、愛して、います、リュヌ……」
まじまじと見つめながらストレートに言ってくるものだから、
流石のトゥールでも恥ずかしくなっていた。
拙い愛の言葉に優しく笑み、頬に軽く口づけると、
リュヌはトゥールの身体を撫でる。
「っ、……」
大きく、温かな掌に触れられて、トゥールは、ピクン、と反応を示す。
リュヌが胸に、腰に、触れていき、
そのたびに小さく、甘い吐息が漏れる。
「……あ、ぅ……っ!?」
指先が秘所に触れた途端、電気のような快楽が走り、
自分自身でも信じられないような声を上げていた。
胸の先も、陰核も、硬くなっている。
感度の増したそれらが空気に触れるだけで疼く。
それどころか、全身が、彼を求めるよう疼いている。
(っは……はしたない……!)
恥ずかしいと思う気持ちがあるのに、わななく細胞が止まらない。
ぐっ、と唇を噛んでいる姿が苦しげに映ったのか、
リュヌが心配そうに問う。
「……私は上手にできているでしょうか、トゥール」
頭が蕩け、彼の声もどこか遠い感じに聞こえるが、
トゥールは途切れ途切れの声で答える。
「りゅ、ぬに……されると、きもちいい、です……」
心配そうだったリュヌの目が、一瞬、驚きに見開かれる。
……何か妙なことを言ったのだろうか。
「ん、っ!?」
ふわ、と浮遊感を覚えたあと、トゥールは得も言われぬ感覚で満たされる。
リュヌに接吻されているのだ、と脳が追いつくよりも先に、
彼の舌が舌へからみついてくる。
腰が浮き、身体が自然と逃げてしまう。
それを追うよう抱きすくめられ、より情熱的に求められる。
理解が追いつかないまま、身体に流し込まれているのはエペたちと同じなのに、
リュヌから与えられるものには、恐怖も嫌悪感もない。
ただ気持ちがよく、満たされていく。
「……っぁ、っぬ……リュヌ……?」
リュヌが唇を離す。
自分の身体を襲ったものが性感である、とやっと理解できたが、
トゥールの表情はきょとん、としている。
焦ったようにリュヌが言う。
「……ご、ごめんなさい……っ!
こ、堪えている、つもりだったのですが……」
彼の頬は紅潮しており、珍しくうろたえている様子だった。
トゥールはきゅう、と胸の奥を擽られた。
「りゅ、リュヌ……我慢、しないで……」
彼女から離され、彷徨うようにしている手を取り、
そっと、自分の身体の上に戻す。
「それは……」
それ以上の言葉は野暮だと悟ったのか、リュヌは口を閉じ、
手を下へ滑らせる。
指が秘所に触れ、つぷ、と先が沈んでいく。
「……っ、ぅ……」
痛みがある……そう予想していたが、トゥールをゾク、ゾク、とした甘美が貫く。
そこは既に十分すぎるほどに濡れており、
濡れた隘路を掻き分け、指が、ぐ、ぐ、と奥へと進んでいく。
「ぁ、ぁ……」
熱い。
彼のしなやかで、けれども男のものである指が入ると、
トゥールの中が少しずつその形に広がっていく。
彼の存在を感じ、そのことに喜ぶよう膣壁が勝手に吸い付いてしまう。
「痛みはありませんか?」
頷くと、指が、ゆっくりと動き始める。
「……っ、ま、待ってください、リュヌ……」
「……? どうしました?」
今しがた頷いたにもかかわらず、急に制止してきたのだ。
リュヌは少し驚いた反応をしている。
「あ、ぁっ……、痛いとか、苦しっ、とかじゃ、っ……ないのです……、
つ、つづけて……ぇ、っ、んぁ……っ」
当人が言っている以上、続けるしかないと感じたのか、
リュヌの指がまた動き始める。
少しずつ、少しずつ動かされる、緊張ごと解かすかのような愛撫だった。
(な、なんで……っ?)
繊細な抽送だけで、腰が砕けそうだった。
微細な動きにまるで神経を擽られているかのようだ。
(なんで、こんなに……っ、!)
レスペやエペたちと数え切れないほど重ねてきた行為とはまるで違う。
畢竟、彼との行為が、彼らのものと同等の苦行だったとしても、
トゥールは受け入れていただろう。
だが、違うのだ。
彼との行為は苦痛がない。
あまりにも気持ちが良く、「自分」が押し流されてしまいそうになる。
「り、リュヌ……、こわい、です……」
「怖い……?」
また曇る顔へ、トゥールはふるふると首を横に振る。
……してほしい、と求めたのは自分だ。
「ん、ぁ……ち、ちが、います……」
それに、リュヌと一つになる行為を止めてしまうのは彼女だって嫌だった。
しかし自我を塗り替えてしまうような快感へ、
本能的な制止が口を突いてしまう。
「あ……ぁ、っ……とめ、ないで……っ」
トゥールはこく、こくと頷き、縋るように胸元に身体を寄せる。
リュヌは意図を察したよう、今度は愛撫を止めない。
「あ、あ……ッ!? あ、っ、りゅ、ぬ……っ、リュヌ……っ」
彼女の声はどんどん甘くなり、艶を帯びていく。
腹が、ピン、と伸びた脚が、ガクガクと痙攣を繰り返す。
身体が、彼を受け入れるために仕上がっていく。
リュヌの指先が、ざらついた天井を捉える。
様子を見ながら抽送を続けていた指先が、くい、くいと天井を押し込む。
「ん、ぁあ……、っ、あ……!」
ピクン、と身体を震わせ、トゥールはベッドを軋ませる。
「ん、っく……ぁ、あ、ぁ……っ、あ、ぅ……っ、やぁ……っ」
弾けた快楽が全身に広がり、脳天にまで昇る。
それは彼女の頭を真っ白に染め上げても、いつまで経っても治まらない。
それどころか頭の中でも広がり続け、更なる快楽を生み出す。
怯える彼女を抱き寄せ、リュヌが背中を撫でる。
「……トゥール、トゥール、私の……トゥール」
「き、もち、いい……、きもちいい、です……っ、リュヌ……っ」
優しく腕に抱かれ、囁かれ、激しい快楽が甘やかなものに変わっていく。
(……きもち、いい……)
絶頂が治まり、緊張していた表情がとろんすると、
リュヌは何度もキスを落とす。
「りゅ、リュヌ……」
「トゥール」
トゥールがくったりとした身体を動かし、彼に寄りかかると、
リュヌが頬に手を添え、今度は熱烈な口づけをする。
もう、受け入れる準備ができていた。
脚衣が解かれ、リュヌのものが露わになる。
「っ……」
それを見せられても、トゥールに嫌がる気持ちや恐怖はない。
しかし反り返ったそれは大きく、長く、逞しい。
男性の象徴ではあるのだ。
それも、幼馴染の……。
(リュヌも……男の人なんだ……)
自分も脚を開き、女性のそこを見せている。
トゥールは急に気恥ずかしさを覚えた。
だが、もう決めたことだ。
恥じらいながらも、膝を閉じることはしない。
あわあわとしているうちに、彼女は、
リュヌも頬を赤らめていることに気が付いた。
……彼も、恥じらっているのだ。
「リュヌ、こ、こっちに……きて」
誘惑、というには拙い仕草で、トゥールが誘うと、
リュヌが彼女へ覆い被さる。
彼の耳から、長い金の髪が一房、さらり、と落ちる。
房の先に肌を擽られ、
トゥールは彼と一糸纏わない姿で重なりあっていることを意識する。
「リュヌのが、ほしい……です……」
やはりたどたどしさのある誘いに、
彼が息を呑む音さえ、聞こえてしまう。
「いっしょに……なりたいです」
「あなたと……ひとつに」
熱に浮かされたような呟きのあと、
亀頭が当てがわれ、トゥールの中へ、彼が入ってくる。
「あ、あっ、ぁ……っ、や……っ、んっ、ぁ……っ!」
指とは比べ物にならない太さ、長さのものが、
小柄な身体に呑み込まれる。
内側から押し上げられるような圧迫感はあったが、
痛みはなかった。
二つに分かれていた方が不思議なくらいに、
互いのパーツはぴったりと寄り添いあっている。
「うごいて、うごいて、ください……っ、リュヌが、ほしい、です」
胎の中が熱く、彼のもので掻き乱してほしくてたまらない。
トゥールが衝動のままに求めると、
リュヌは箍が外れたように彼女を強く抱き締め、腰を振る。
「っ、ほしい、あなたが……! 、の……ッ、私だけの姫……!」
互いの肌がぶつかり合い、肉が音を立てる。
その動きは普段の彼からは考えられないほど激しい。
陰茎の快楽を貪るかのように、腰を退き、最奥まで一気に穿つ。
リュヌの全霊の一突きが、トゥールを痺れさせる。
「はぁ……っ、ん、ん、ぁあ……あっ、あぅ……ぁあ!
すき、です、すきです、りゅぬ……リュヌの、ことが、すき……っ」
一度達するごとに、絶頂と絶頂の間が狭まり、
ついには間さえなくなってしまう。
連続の果てがまるで永遠に快楽を続けるかのように、
トゥールをわななかせる。
トゥールは「自分」がわからなくなっていく。
身体も、心も、感覚も、ただ彼だけに満たされる。
彼の半身であることが、嬉しくてたまらない。
「っ、トゥール……! 私も、愛しています……っ、だから」
重なった身体がブルリ、と震え、ピストンの激しさが増す。
「私を、受け入れてください……!」
喉骨が動き、絞り出すような声が叫ぶ。
「私を、受け入れて……ッ、愛して……!」
トゥールの中で彼のものが脈動して、勢いよく、精を放つ――
トゥールは、深い果てに染め上げられていた。
†
真白のシーツに横たわり、トゥールは未だ熱の残った吐息を立てる。
隣からは同じように吐息が聞こえ、彼の重みがベッドを軋ませる。
自分の隣には、今、人がいる。
「リュヌ……」
身体は肌掛けで隠したまま、トゥールは彼の手に指を絡める。
「……トゥール」
天井を眺めていた瞳にハッ、と意識が戻る。
リュヌは彼女の頭をそっと抱き寄せ、髪にキスを落とす。
そのままリュヌの腕の中に抱かれていると、
彼が開けてくれた窓から柔らかい風が入り、火照った肌を優しく撫でた。
窓の外では満天の星空が広がっており、星たちが物言わずに瞬いている。
世界が二人だけのものになったかのようだ。
トゥールの身体が少し起き上がると、リュヌが腕を差し出す。
その腕に頭を乗せると、二人の視線の高さが合わさる。
トゥールは自分のものとは少し違う金色を愛でるよう、彼の髪へと触れる。
「リュヌは……昔から、私を守ってくれました」
遠き日の出来事が鮮明に蘇り、肩の古傷が痛んだ。
それ以上の痛みを彼に背負わせてしまったのだと思うと苦しかった。
「本当に?」
返ってきた問いに、トゥールの胸が締め付けられる。
『姫を連れ出せないような能なしの王子では、
手を取っていただけませんか?』
頭の中で彼の言葉が響き渡った。
皮肉と自嘲の混じった、悲しい言葉……。
トゥールはしいて呼吸を落ち着かせ、彼の心へ届くよう伝える。
「リュヌは、私の、王子様です……。
いえ、たとえ王子様でなくても……」
首元にかかるほど伸ばされた彼の髪を払い、素肌を撫でる。
感触が、指先に伝わる。
彼が、ここにいる。
「王子様」でなくてもいい。
優しくて、温かくて、だいすきなリュヌは、ここにいる。
彼が優しい人間である証が、
「ほら、ここに……」
……首元の傷が、ない。
「ん……どうしたのですか、トゥール」
呆然としている彼女を、リュヌがきょとんとした顔で見つめ返す。
「え、ああ……」
トゥールの脳裏で、あの日見た血の赤が蘇る。
大枝に切り裂かれた肌がぱっくりと口を開けて、
おびただしい量の鮮血を流していた。
彼より浅い傷だった自分ですら跡が残っている。
リュヌの傷が、簡単に塞がるはずない。
「あ、あの……リュヌ、傷は?」
「傷……?」
彼は、本当にそれが何であるのか理解できていないのだ。
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