海の向こう側

杠葉 縞

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02.神社

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 笛や太鼓で奏でられた祭囃子が、俺の耳に適度な音量で響いてくる。
 今日は、年に一度の網姫祭。網島の北に位置する網木神社の敷地内で、たこ焼き、海鮮焼きそば、鮎の塩焼き、などの屋台がギュウギュウに並んでいた。家族に「夕飯はいらない」と言ってきたし、どうせ彼らも網姫祭に来ているだろうし、俺も屋台で腹を膨らませるとしよう。
「カエデー!」
 神社に足を踏み入れたとき、後ろから女の声が聞こえてきた。俺は振り返って声の主を探した。こんな風に甲高い声で俺の名前を呼びながら駆け寄ってくる奴は、この島では一人しかいない。
「サクラか。今日は浴衣か」
 俺の目の前には、赤い花が描かれた白地の浴衣を着た、おかっぱ頭の女が立っていた。頭には浴衣の柄によく似た、赤い花のかんざしを挿している。
「って、お前。その浴衣、右前になっているじゃないか」
「あ、本当だ。一人で着たの、初めてだったから」
 サクラは俺より一つ年上であるにも関わらず、年上の威厳を全く感じさせない女だった。幼馴染だし、今さら威厳も何も感じないけどな。
「ねえカエデ、あそこで三枝のおじさんが、タコ焼きを売っているよ」
 サクラが指差した方向に顔を向けると、写真と見紛うほどリアルなタコの絵が描かれた看板が見えた。その下で頭に手ぬぐいを巻いて「網姫祭」と白文字で書かれた青いTシャツを着た四十代の男がタコ焼きをひっくり返しているのが見えた。
 あのタコの絵、三枝さんが描いたのか。何て無駄な才能だ。今からでも美大を受験したらどうだ。年齢制限は無かった気がするし。
「ねえカエデ。せっかくだから買ってきてよ」
「そんなこと言ってお前……食べられないって言って、あとで半べそをかくんじゃないのか」
 俺はサクラが高校一年生のとき、焼き芋を食べたいのに熱くて食べられないと言って、半べそをかいていたのを思い出した。彼女は目の前に食べたいものがあるのに食べられないとき、半べそをかく癖がある。この食いしん坊め。
「別に食べられなかったとしても、カエデのお金だから気にしないよ」
「おい待て」
 男が払って当然という態度の女は嫌われるぞ。あらゆる恋愛指南書に書いてあるぞ。とりあえず財布を出すフリだけはした方がいいぞ。まあ、屋台のたこ焼きの金額程度でガタガタ言う男も嫌われると、あらゆる恋愛指南書に書いてあるけどな。
「仕方ねえな。とりあえず買ってくるわ。そこで待っていろよ」
 俺はサクラを置いて、タコ焼き屋の前に立った。前に並んでいた小学生くらいの子供がタコ焼きを受け取った直後だった。
「いらっしゃい。お、望月さんとこのカエデ君じゃないか。大きくなったな。今いくつだ?」
「今年で二十二歳っすよ」
 ここまで育ちすぎた大人にまで「大きくなったな」なんて言わなくてもいい。小さい頃を知っている大人にとって、俺はいつまでも子供のままなんだろう。でもそれなら子供料金で売ってくれ。
「で、何十パック、買ってくんだ?」
「いやいや。一パックっすよ。そもそも何十パック分も、在庫がないでしょ」
 俺はポケットの中から五百円玉を取り出し、三枝さんに手渡した。三枝さんは慣れた手つきで、タコ焼き八個をパック詰めして俺に手渡した。一個くらいオマケしてくれないかと淡い期待をしたけれど、余分なタコ焼きは一個たりとも入れてくれなかった。
「カエデ、神社の本殿の裏で食べようよ。きっとそこなら空いているよ」
 俺とサクラは二人で本殿の裏に行ってみた。サクラの予想通り、そこには誰もいなかった。それもそのはず。本殿の裏は墓地になっているのだ。まともな人間なら誰もが、ここで食事にありつきたいとは思わないだろう。
 とりあえず俺たちは腰を落ち着かせて、タコ焼きにありついた。
「あつ……って。これタコ入っていないぞ!」
 俺が最初に口に入れたタコ焼きは、ただの粉物でしかなかった。三枝のおっさんめ。口コミサイトで悪い評価をつけてやる!
「カエデ。私はやっぱりダメみたい」
 案の定、サクラは食べられなくて、半べそをかいている。それ見たことか。俺はそんな彼女の横顔を見ながら「本当に、昔といろいろと変わっていないな」と、心の中で呟いた。
 サクラとこの島で出会い、俺たちは今日までずっと、同じ時間を過ごしてきた。俺たちはこれからもずっと、変わらずこの島で、同じ時間を過ごせるだろうか。それともいつか、この時間が終わりを迎える日が来るのだろうか。
「ちょっと、そこのあなた」
「え?」
 俺がしんみりした気分に浸っているときだった。目の前に、赤と黒のヒラヒラしたドレスに身を包んだ女が現れた。年齢は俺と同じくらいだと思う。彼女は黒い髪を大ぶりの巻き毛にして赤いリボンを結んでいた。そして雨が降っている訳でも日が差している訳でも(夜だから当然だが)ないのに、黒いレースの傘を広げていた。
 こんな網島にも網姫祭にも似つかわしくない格好をしているやつは、この島では一人しかいない。
「クリス。お前、せっかくの網姫祭なのに、相変わらずのゴスロリ姿なんだな」
 クリスは、正月だろうが盆だろうが晴れだろうが雨だろうが、絶対にゴスロリ服しか着ないことで有名だ。ちなみに彼女は「クリス」と呼ばれているし、目は緑色だが、別に外国人というわけではない。彼女の本名は、栗栖八重子。顔立ちは日本人。緑色の目は、カラーコンタクトを入れているだけ。日によって赤になったり青になったり黄色になったりする。
「クリスちゃん。私たちに、何か用があるの?」
 サクラは相変わらずのクリスに苦笑いをしながらも、そう訊ねた。絶対にいろいろと合わなそうな彼女たちだが、この二人は案外、会えばよく話をするのだ。ほとんどが天気の話とか、たわいもない話ばかりみたいだが。
「今、用事があるのは、そっちのあなたよ」
「え、俺?」
 クリスは緑色の目で、俺をジッと見つめていた。ひょっとしてこれは……愛の告白か!?
 もちろん悪い気はしないけれど、でもこんな田舎の島で常にゴスロリ姿の女、俺は付き合う気になれないな。
「クリス、お前の気持ちは嬉しいが、他を当たってくれ。これはお前が悪い訳じゃない。俺の好みの問題だ」
「何の話よ?」
 何だ。愛の告白じゃないのか。そこでクリスは、愛ではない、別の告白をしてくれた。
「あなた、もうすぐ死ぬわよ。網姫があなたを攫って行くわ」
「は?」
 どういう意味だ? そう聞こうとしたけれど、クリスはすぐに俺たちに背中を向けて立ち去っていった。彼女を追いかけて話を聞くこともできただろうが、俺もサクラも呆然とするだけで、彼女を見送ってしまった。
「ちょっとビックリしちゃった。クリスちゃん、相変わらず、変わった子だよね」
「本当だよな」
 クリスは外見どころか、中身もだいぶ変わっている。誰もいないはずの場所に人が立っていると言ったり、自分の前世は中東のお姫様だと言ったり、吸血鬼が(美女の)自分を狙っていると騒いだり。良く言えば不思議ちゃん、悪く言えば厨二病、といったところか。そんな訳で、さっきのような発言も、珍しくないことなのだ。
 クリスは元々、網島の住人ではなかったが、数年前から網島のすぐ隣の姫島(地図にも載っていないような小島)の洋館に、島の管理がてら一人で住んでいる。数年前に大怪我をして療養のためにこの島に来たが、そのときの手術で三途の川を見たせいか、おかしな発言とファッションをするようになった、という定説がある。根拠のない噂でしかないが。
『網姫があなたを攫って行くわ』
 いつもならクリスがどんなおかしな発言をしたって、苦笑いして数秒後には忘れているのに。なぜか今日はその言葉が、いつまでも俺の頭の片隅に残ったままだった。
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