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19.教会
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ペンションに戻った。真っ先にリビングに向かったが、そこにはソファに寝かされている新田しかいなかった。
「あいつら、どこに行ったんだ」
そのとき、キッチンの方から話し声が聞こえた。キッチンを覗くと、皆が何事もなかったかのように、平和そうに朝食のおにぎりを食べていた。新田に毒殺疑惑がかかっているのに、このおにぎりに毒が入っているかもしれないとは思わないのだろうか。とは思いつつも、俺も腹が減ったため、おにぎりをいただいた。
「おい。これ、何も入っていないじゃないか」
三枝さんの焼いたタコ焼きよりひどい。梅干しとか、おかかとか、食べるまで何が入っているか分からないのが、おにぎりの醍醐味なのに。塩すら入っていないとは。
「新田さんのことがあったから、皆、食事に毒が入っていないか心配でしょう。味が変だったらすぐに吐き出せるように、味が濃いものを何も入れていないのよ」
文句があるなら返しなさいよ、とクリスが黄色い目で睨みつけてきた。
「なるほど」
クリスなりの配慮だったのか。食事にケチつけて、申し訳なかった。
いや、こんなことをしている場合じゃない。俺は皆に仁美の首吊り死体が見つかったことを告げた。全員が一瞬、疑わしげな表情をした。しかしすでに二人が亡くなっている状況だ。意外とすんなりと信じてくれた。
状況が状況なだけに、全員がその場をあとにして教会に行ってみることになった。女性陣は誰か残るかな、と思ったが、クリスもサクラも立ち上がった。ウィルも楽しそうについてきた。これは散歩じゃないんだぞ。
「そういえば、仁美のこともだけど、もう一つ、報告することがあるんだ」
俺は教会に向かうがてら、ボートが二艘とも浜辺にたどり着いていたこと、しかしどちらも鍵が差さっていなかったこと、を報告した。
「大西。お前、ボートの鍵を抜いたか?」
「いえ、抜いていませんよ。俺がいつも差しっぱなしにしていること、望月さん、ご存知じゃないですか」
大西は、蛍光オレンジのオーバーオールのポケットに両手を突っ込みながら答えた。先輩に対する礼儀以前に、その格好で走ると転ぶぞ。
「そうか。それじゃクリス、お前はボートの鍵を抜いたのか?」
「私がいつも差しっぱなしなの、あなたも知っているでしょう」
クリスがフリフリした日傘を差しながらそう答えた。風の抵抗を受けて走りにくくないか。
とりあえず、誰かが故意に鍵を抜いたボートを二艘とも沖に流したことは分かった。磯野の死を外部に漏らしたくない誰かが……。
往復三十分ほどで教会に戻ってきた。仁美は竹川によって、無事に教会の床に降ろされたようだ。そういえば教会の脇に、屋上に行けそうな高さの脚立が立て掛けてあったな。改めて死体を確認してみたが、首元のロープの跡が生々しかった。
そのとき突然クリスが、仁美の腰の紐をほどき、勢いよくバスローブをはだけさせた。
「おい、クリス。何をやっているんだ!」
男性陣は全員、顔をあさっての方に向けるか、両手で両目をふさいだ。そしてチラッと見てしまったが、仁美のやつ、下着を上も下もつけていなかった。
「両腕と両足首に縛られたような跡があるわ。あと口は一度、ガムテープで塞がれているようね。ペンションの押入れにあったものを使っているのかしら。それから頭も一度、殴られているみたい。ほら、ここ。少しふくらみがあるでしょう」
ほら、って言われても。俺たちは見られないのだが。サクラと稲島さんは恐る恐るではあるが、興味ありげに覗いている。二人とも遺体を見るの、怖くないのだろうか。
「まあでも、他に外傷はないようね。ロープの跡が二重になっているし、首を絞められて殺された、で間違いなさそう。両腕と両足首を縛っていたのも、同じロープのようね」
クリスがバスローブを元に戻してくれたので、野郎どもも仁美の遺体を確認することができた。彼女の言う通りよく見ると、首のロープの跡は二重になっているし、両腕と両足首に縛られたような跡もある。そして後頭部にふくらみがあった。これが殴られた跡ということか。
「最初に後頭部を殴って気絶させて、抵抗できないように両腕両足首を縛ってから、改めて首を絞めて殺した、ってとこかしら」
「何でわざわざ、両腕両足首を縛ったんだ? 抵抗できないように、っていっても、すでに気絶しているんだろ。それなら、どちらにしても抵抗できないじゃないか」
「さあ。念には念を、ってところかしら」
ずいぶん念入りな犯人だな。犯人は女性だろうか。いやこれだけの大がかりな工作をしたんだから、男性である可能性の方が高そうだが。
「ひどいことを。いったい誰が、こんなことを……」
稲島さんが、犯人を責めるように呟いた。ここにいる誰もが、同じことを思っているだろう。そして第三者が姫島に潜んでいることはないと判断した以上、一つだけ言えることがある。
「ね、ねえ。葉山さんが殺されたってことは、さ……」
「とりあえず、この中に人殺しがいるってことね」
サクラが恐る恐る口に出したことを、クリスがハッキリと言い切った。みんなが途端に、顔をしかめる。しかし残念ながら、この場にいる全員が思っていたことだろう。それでもまだ疑いの段階だったから、口に出さなかった。戦いの火蓋は切って落とされた。犯人はこの中にいる。
「それにもし新田さんの死が殺人だとしたら、二つの殺人事件は同一人物による可能性もあるわ。そうすると犯人は、二人もの人間を殺していることになるわ」
「いや、ちょっと待って」
クリスのおそろしい仮説に、稲島さんの「待った」が入った。
「この中に犯人がいるとは限らないわ。皆、葉山さんの死体に気を取られて、忘れていないでしょう?」
そうだ。まだ一人、居場所どころか、生存さえ確認できていないやつがいた。
「アーヤか」
アーヤは一体、どこに行ったのだろう。そもそも昨日の昼間から、姿を見ていないんだが。
「でもあの二人、小学校のときから、すごく仲が良かったぞ。同じ大学に進学するくらいだし」
それに浮気性の新田に対して、仁美は本気で怒っていた。これこそ仲が良い証拠じゃないか。
「それもそうだよね。二人で手をつないで一緒に登下校しているの、私、何度か見たことあるし」
サクラ、それは別の事情を想像させるから今はやめろ。あとで詳しく教えてくれ。
「そんなの分からないわよ。女の友情なんて、男が絡んだ瞬間、吹っ飛ぶものよ」
稲島さん、その見事なプロポーションを張るかのように、腰に手を当てて断言した。もしかして、そういう経験があるんですか。そのときの相手は、磯野や三枝さんだったりするんですか。
「例えば、新田くんが葉山さんと浮気をしていたから、それに怒った瀬戸さんが憎しみに任せて二人を殺した、とかどうかしら?」
稲島さん、それ前期の月九のドラマの内容じゃないですか。
「なかなか面白いと思いますけど。でも違うと思いますよ。昨晩の仁美の話だと、アーヤは新田の度重なる浮気に嫌気が差して……最近、新しい男を作っていたようですし。それに仁美は新田のこと、実はあんまり好きじゃないみたいでしたし」
だから新田の浮気に嫌気が差したなら、さっさと別れてその新しい男と正式に付き合えばいいだけ。そもそも、女性のものとはいえ遺体を吊るすのって、なかなか大変だと思うぞ。同じ女性であるアーヤに、そんなことできるだろうか。できるかできないかでいえば、できなくもないだろうが、ただそこまでして死体を吊るす理由があったのだろうか。
「えっ。新田くん、本当に浮気していたの?」
稲島さん、自分のシナリオがすでに現実のものだったことに驚きつつも、喜んでもいるようだった。自分と確執のあるアーヤの不幸に酔いしれているのかもしれない。とか考えている俺、性格が悪いな。
「それにしても、瀬戸さん、どこに行ったんでしょう。望月さんと竹川がこれだけ探して見つからないなんて。まさか海に身を投げたりしていないですよね?」
「いやいや、大西。さすがにそれはないだろう」
ひょっとして大西、稲島さんのシナリオを信じているのか。さてはこいつも、前期の月九、見ていたな。
「あのさ、カエデ。竹川くんと姫島中を探してくれたけど、まだ一つ、確認できていない場所があるんじゃない?」
サクラが、先生が生徒にヒントを与えるように問いを投げてきた。これはクイズ番組じゃないんだぞ。ヒントなんて出さないで、早く答えをくれ。
「そうか、ペンションだ。アーヤはペンションの中に隠れているのかもしれない」
「え。でも玄関に、靴はなかったんですよ」
俺と一緒にアーヤの靴が玄関にないことを確認した竹川が、そう反論してきた。
「靴なんてどこかに隠しておけばいい。アーヤは外に出ていない。ペンションを探そう」
空き部屋だっていくつかあったし、磯野や新田の部屋だってそのままにしてある。アーヤはペンションのどこかにいるに違いない。方針は決まった。とりあえずペンションに戻ろう。網島を探すのはもう飽きた。
「あの、葉山さんって、ここに置いていきますか?」
教会のドアに向かう俺の背中に、大西が疑問を投げてきた。
「まあ、そう……だな」
俺は竹川に視線を送りながら、そう答えるしかなかった。彼はどう思うだろう。連れて帰りたいよな。しかも磯野の死体と同じ場所に置いてかれるなんて、仁美だって嫌だよな。
「勝手に動かしたら、警察の捜査の邪魔をすることになるし。置いていきましょう」
そう思うなら、吊るしたままの方が良かったんじゃないか。なんて、目元を真っ赤に染めた竹川に言えるわけがない。
俺たちは教会をあとにした。扉を閉めて鍵をかける直前、もう一度だけ扉を少しだけ開けて、中で横たわる仁美の遺体に、最後のさよならをした。
教会をあとにしてから、俺たちは二つのグループに分かれて行動することになった。俺、サクラ、クリス、ウィルが、ペンションに戻ってアーヤを探す。稲島さん、竹川、大西が、姫島をもう一度、探索する。
竹川だけは朝食を口にしていないんだし、ペンション探索がてら朝食のおにぎりを食べることを提案したが、食欲がないからと遠慮された。三人も死んだ状態だし、食欲が沸かないのも無理はない。しかもそのうちの一人は、初恋の人だったわけだし。
ダイコンを見ると、そろそろ十時だ。稲島さんグループと相談して、何も見つからなくても十二時にはペンションに集まることにした。俺たちは足早にペンションを目指す。
俺はペンションに向かう途中、仁美の死に関する様々な疑問をずっと考えていた。まず、首吊りに使われていたロープのことだ。これの出所は予想がつく。
「なあクリス、この姫島に、ボートの停留に使うもの以外に、ロープはあるのか?」
「浜辺の物置小屋に置いてあるわ。ほら前にフィンが破けたとき、ロープを糸の代わりにして、縫って修理したことがあったじゃない」
そういえばそうだった。クマノミダイイングクラブが改めてケチだと認識した。というわけでロープは浜辺の物置小屋に置いてあったものを使ったのだろう。
しかし、他にも疑問は残る。何で仁美の遺体は、吊るされていたんだ。床にでも寝そべらせておけばいいじゃないか。わざわざ風見鶏に括り付けて、天窓からロープを垂らしてまで吊るす必要があったのだろうか。犯人が男性だとしても、遺体を吊るすという作業は、なかなかしんどい。だからきっと、吊るすことに理由があったはずだ。
例えば、網姫伝説に沿って、とか。そうだ、網姫伝説によると、網姫は、毒殺、絞殺、刺殺、溺死、で殺された。磯野はこの中だと溺死、新田は毒殺だろう。そして仁美は、絞殺。だから死体を吊るしたのか。いやでもやはり吊るす必要はないんじゃないか。ロープで絞殺したあと、その辺に転がしておけばいい。
細かい疑問なら、他にもある。仁美が下着をつけていなかった、その理由は何だ? まさか犯人におかしなことをされたんじゃないだろうな。それとも彼女はいつも下着をつけずに寝ているのか。この辺りは、俺は女じゃないから分からないが。
それから仁美が吊るされていた場所に、教会が選ばれた理由は何だ? 人を吊るしておく場所なんて、ペンションやペンションの裏の納屋、浜辺の物置小屋など、教会以外にもいくらでもある。あえて教会を選んだ理由は何だ。磯野の遺体のそばに置く必要があったとか。
そこまで考えて、俺は一つの理由に気付いた。よってこれ以上、考えるのを止めた。
「あいつら、どこに行ったんだ」
そのとき、キッチンの方から話し声が聞こえた。キッチンを覗くと、皆が何事もなかったかのように、平和そうに朝食のおにぎりを食べていた。新田に毒殺疑惑がかかっているのに、このおにぎりに毒が入っているかもしれないとは思わないのだろうか。とは思いつつも、俺も腹が減ったため、おにぎりをいただいた。
「おい。これ、何も入っていないじゃないか」
三枝さんの焼いたタコ焼きよりひどい。梅干しとか、おかかとか、食べるまで何が入っているか分からないのが、おにぎりの醍醐味なのに。塩すら入っていないとは。
「新田さんのことがあったから、皆、食事に毒が入っていないか心配でしょう。味が変だったらすぐに吐き出せるように、味が濃いものを何も入れていないのよ」
文句があるなら返しなさいよ、とクリスが黄色い目で睨みつけてきた。
「なるほど」
クリスなりの配慮だったのか。食事にケチつけて、申し訳なかった。
いや、こんなことをしている場合じゃない。俺は皆に仁美の首吊り死体が見つかったことを告げた。全員が一瞬、疑わしげな表情をした。しかしすでに二人が亡くなっている状況だ。意外とすんなりと信じてくれた。
状況が状況なだけに、全員がその場をあとにして教会に行ってみることになった。女性陣は誰か残るかな、と思ったが、クリスもサクラも立ち上がった。ウィルも楽しそうについてきた。これは散歩じゃないんだぞ。
「そういえば、仁美のこともだけど、もう一つ、報告することがあるんだ」
俺は教会に向かうがてら、ボートが二艘とも浜辺にたどり着いていたこと、しかしどちらも鍵が差さっていなかったこと、を報告した。
「大西。お前、ボートの鍵を抜いたか?」
「いえ、抜いていませんよ。俺がいつも差しっぱなしにしていること、望月さん、ご存知じゃないですか」
大西は、蛍光オレンジのオーバーオールのポケットに両手を突っ込みながら答えた。先輩に対する礼儀以前に、その格好で走ると転ぶぞ。
「そうか。それじゃクリス、お前はボートの鍵を抜いたのか?」
「私がいつも差しっぱなしなの、あなたも知っているでしょう」
クリスがフリフリした日傘を差しながらそう答えた。風の抵抗を受けて走りにくくないか。
とりあえず、誰かが故意に鍵を抜いたボートを二艘とも沖に流したことは分かった。磯野の死を外部に漏らしたくない誰かが……。
往復三十分ほどで教会に戻ってきた。仁美は竹川によって、無事に教会の床に降ろされたようだ。そういえば教会の脇に、屋上に行けそうな高さの脚立が立て掛けてあったな。改めて死体を確認してみたが、首元のロープの跡が生々しかった。
そのとき突然クリスが、仁美の腰の紐をほどき、勢いよくバスローブをはだけさせた。
「おい、クリス。何をやっているんだ!」
男性陣は全員、顔をあさっての方に向けるか、両手で両目をふさいだ。そしてチラッと見てしまったが、仁美のやつ、下着を上も下もつけていなかった。
「両腕と両足首に縛られたような跡があるわ。あと口は一度、ガムテープで塞がれているようね。ペンションの押入れにあったものを使っているのかしら。それから頭も一度、殴られているみたい。ほら、ここ。少しふくらみがあるでしょう」
ほら、って言われても。俺たちは見られないのだが。サクラと稲島さんは恐る恐るではあるが、興味ありげに覗いている。二人とも遺体を見るの、怖くないのだろうか。
「まあでも、他に外傷はないようね。ロープの跡が二重になっているし、首を絞められて殺された、で間違いなさそう。両腕と両足首を縛っていたのも、同じロープのようね」
クリスがバスローブを元に戻してくれたので、野郎どもも仁美の遺体を確認することができた。彼女の言う通りよく見ると、首のロープの跡は二重になっているし、両腕と両足首に縛られたような跡もある。そして後頭部にふくらみがあった。これが殴られた跡ということか。
「最初に後頭部を殴って気絶させて、抵抗できないように両腕両足首を縛ってから、改めて首を絞めて殺した、ってとこかしら」
「何でわざわざ、両腕両足首を縛ったんだ? 抵抗できないように、っていっても、すでに気絶しているんだろ。それなら、どちらにしても抵抗できないじゃないか」
「さあ。念には念を、ってところかしら」
ずいぶん念入りな犯人だな。犯人は女性だろうか。いやこれだけの大がかりな工作をしたんだから、男性である可能性の方が高そうだが。
「ひどいことを。いったい誰が、こんなことを……」
稲島さんが、犯人を責めるように呟いた。ここにいる誰もが、同じことを思っているだろう。そして第三者が姫島に潜んでいることはないと判断した以上、一つだけ言えることがある。
「ね、ねえ。葉山さんが殺されたってことは、さ……」
「とりあえず、この中に人殺しがいるってことね」
サクラが恐る恐る口に出したことを、クリスがハッキリと言い切った。みんなが途端に、顔をしかめる。しかし残念ながら、この場にいる全員が思っていたことだろう。それでもまだ疑いの段階だったから、口に出さなかった。戦いの火蓋は切って落とされた。犯人はこの中にいる。
「それにもし新田さんの死が殺人だとしたら、二つの殺人事件は同一人物による可能性もあるわ。そうすると犯人は、二人もの人間を殺していることになるわ」
「いや、ちょっと待って」
クリスのおそろしい仮説に、稲島さんの「待った」が入った。
「この中に犯人がいるとは限らないわ。皆、葉山さんの死体に気を取られて、忘れていないでしょう?」
そうだ。まだ一人、居場所どころか、生存さえ確認できていないやつがいた。
「アーヤか」
アーヤは一体、どこに行ったのだろう。そもそも昨日の昼間から、姿を見ていないんだが。
「でもあの二人、小学校のときから、すごく仲が良かったぞ。同じ大学に進学するくらいだし」
それに浮気性の新田に対して、仁美は本気で怒っていた。これこそ仲が良い証拠じゃないか。
「それもそうだよね。二人で手をつないで一緒に登下校しているの、私、何度か見たことあるし」
サクラ、それは別の事情を想像させるから今はやめろ。あとで詳しく教えてくれ。
「そんなの分からないわよ。女の友情なんて、男が絡んだ瞬間、吹っ飛ぶものよ」
稲島さん、その見事なプロポーションを張るかのように、腰に手を当てて断言した。もしかして、そういう経験があるんですか。そのときの相手は、磯野や三枝さんだったりするんですか。
「例えば、新田くんが葉山さんと浮気をしていたから、それに怒った瀬戸さんが憎しみに任せて二人を殺した、とかどうかしら?」
稲島さん、それ前期の月九のドラマの内容じゃないですか。
「なかなか面白いと思いますけど。でも違うと思いますよ。昨晩の仁美の話だと、アーヤは新田の度重なる浮気に嫌気が差して……最近、新しい男を作っていたようですし。それに仁美は新田のこと、実はあんまり好きじゃないみたいでしたし」
だから新田の浮気に嫌気が差したなら、さっさと別れてその新しい男と正式に付き合えばいいだけ。そもそも、女性のものとはいえ遺体を吊るすのって、なかなか大変だと思うぞ。同じ女性であるアーヤに、そんなことできるだろうか。できるかできないかでいえば、できなくもないだろうが、ただそこまでして死体を吊るす理由があったのだろうか。
「えっ。新田くん、本当に浮気していたの?」
稲島さん、自分のシナリオがすでに現実のものだったことに驚きつつも、喜んでもいるようだった。自分と確執のあるアーヤの不幸に酔いしれているのかもしれない。とか考えている俺、性格が悪いな。
「それにしても、瀬戸さん、どこに行ったんでしょう。望月さんと竹川がこれだけ探して見つからないなんて。まさか海に身を投げたりしていないですよね?」
「いやいや、大西。さすがにそれはないだろう」
ひょっとして大西、稲島さんのシナリオを信じているのか。さてはこいつも、前期の月九、見ていたな。
「あのさ、カエデ。竹川くんと姫島中を探してくれたけど、まだ一つ、確認できていない場所があるんじゃない?」
サクラが、先生が生徒にヒントを与えるように問いを投げてきた。これはクイズ番組じゃないんだぞ。ヒントなんて出さないで、早く答えをくれ。
「そうか、ペンションだ。アーヤはペンションの中に隠れているのかもしれない」
「え。でも玄関に、靴はなかったんですよ」
俺と一緒にアーヤの靴が玄関にないことを確認した竹川が、そう反論してきた。
「靴なんてどこかに隠しておけばいい。アーヤは外に出ていない。ペンションを探そう」
空き部屋だっていくつかあったし、磯野や新田の部屋だってそのままにしてある。アーヤはペンションのどこかにいるに違いない。方針は決まった。とりあえずペンションに戻ろう。網島を探すのはもう飽きた。
「あの、葉山さんって、ここに置いていきますか?」
教会のドアに向かう俺の背中に、大西が疑問を投げてきた。
「まあ、そう……だな」
俺は竹川に視線を送りながら、そう答えるしかなかった。彼はどう思うだろう。連れて帰りたいよな。しかも磯野の死体と同じ場所に置いてかれるなんて、仁美だって嫌だよな。
「勝手に動かしたら、警察の捜査の邪魔をすることになるし。置いていきましょう」
そう思うなら、吊るしたままの方が良かったんじゃないか。なんて、目元を真っ赤に染めた竹川に言えるわけがない。
俺たちは教会をあとにした。扉を閉めて鍵をかける直前、もう一度だけ扉を少しだけ開けて、中で横たわる仁美の遺体に、最後のさよならをした。
教会をあとにしてから、俺たちは二つのグループに分かれて行動することになった。俺、サクラ、クリス、ウィルが、ペンションに戻ってアーヤを探す。稲島さん、竹川、大西が、姫島をもう一度、探索する。
竹川だけは朝食を口にしていないんだし、ペンション探索がてら朝食のおにぎりを食べることを提案したが、食欲がないからと遠慮された。三人も死んだ状態だし、食欲が沸かないのも無理はない。しかもそのうちの一人は、初恋の人だったわけだし。
ダイコンを見ると、そろそろ十時だ。稲島さんグループと相談して、何も見つからなくても十二時にはペンションに集まることにした。俺たちは足早にペンションを目指す。
俺はペンションに向かう途中、仁美の死に関する様々な疑問をずっと考えていた。まず、首吊りに使われていたロープのことだ。これの出所は予想がつく。
「なあクリス、この姫島に、ボートの停留に使うもの以外に、ロープはあるのか?」
「浜辺の物置小屋に置いてあるわ。ほら前にフィンが破けたとき、ロープを糸の代わりにして、縫って修理したことがあったじゃない」
そういえばそうだった。クマノミダイイングクラブが改めてケチだと認識した。というわけでロープは浜辺の物置小屋に置いてあったものを使ったのだろう。
しかし、他にも疑問は残る。何で仁美の遺体は、吊るされていたんだ。床にでも寝そべらせておけばいいじゃないか。わざわざ風見鶏に括り付けて、天窓からロープを垂らしてまで吊るす必要があったのだろうか。犯人が男性だとしても、遺体を吊るすという作業は、なかなかしんどい。だからきっと、吊るすことに理由があったはずだ。
例えば、網姫伝説に沿って、とか。そうだ、網姫伝説によると、網姫は、毒殺、絞殺、刺殺、溺死、で殺された。磯野はこの中だと溺死、新田は毒殺だろう。そして仁美は、絞殺。だから死体を吊るしたのか。いやでもやはり吊るす必要はないんじゃないか。ロープで絞殺したあと、その辺に転がしておけばいい。
細かい疑問なら、他にもある。仁美が下着をつけていなかった、その理由は何だ? まさか犯人におかしなことをされたんじゃないだろうな。それとも彼女はいつも下着をつけずに寝ているのか。この辺りは、俺は女じゃないから分からないが。
それから仁美が吊るされていた場所に、教会が選ばれた理由は何だ? 人を吊るしておく場所なんて、ペンションやペンションの裏の納屋、浜辺の物置小屋など、教会以外にもいくらでもある。あえて教会を選んだ理由は何だ。磯野の遺体のそばに置く必要があったとか。
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