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部屋へ足を踏み入れた瞬間、空気の重さに胸がひやりとした。
アルヴェリック侯爵である父上。
完璧すぎる笑顔で、怒っているのが丸わかりな母上。
そして長兄リュシアン、次兄アランの二人までもが揃っていた。
(……うわ。これ、絶対に良い話じゃないやつだ)
四人とも背筋を伸ばし、普段の家族の柔らかさはない。
ただ、冷ややかな沈黙が場を支配していた。
「レオン。お前の行いは、もはや看過できん」
低く太い父の声が胸に落ちる。
その瞬間、背筋がびくりと強張った。
「……な、何のことでしょうか?」
できるだけ穏やかに微笑んでみせたが、すぐに兄の視線に射抜かれる。
常に冷静で感情を表に出さないアラン兄が、珍しく眉間に皺を寄せていた。
アラン兄が手にした魔法球を発動させる。
光の中に──舞踏会館の“控え室”で、令嬢と肩を寄せ合う俺の姿が映し出された。
扉の隙間から撮られた映像だ。
薄暗い控え室で、俺が令嬢の肩を抱き、顔を寄せている──そう見える。
「相手はローレンス伯爵家のご令嬢だ。
彼女は“親しげに話していただけ”と言っているが……それが信用されると思うか?」
アラン兄の声は冷え冷えとしていた。
「令嬢の婚約者である侯爵家の息子が激昂し、王宮にある私の執務室まで押しかけてきた。
王宮での出来事だ。噂は広まり、陛下の耳にも入った。
……家の名を汚したのだ、レオン!」
父の瞳には、怒りよりも深い──失望が揺れていた。
母は扇子で口元を隠し、感情を押し殺した瞳でこちらを見つめている。
俺は女の子が好きだ。
綺麗な子も、可愛い子も、笑ってくれればそれで嬉しかった。
女の子に優しくして、望みを叶えてあげれば──“俺を認めてくれる”から。
剣はダメ。
家系の火魔法も使えない。
家族の中で自分だけが出来損ないで、誰より俺自身がそれを理解していた。
だからせめて女の子には……
「レオン様って素敵」って言ってもらえる時間だけが、俺の心を支えてくれていた。
「でも、今までだっ──」
「婚約者がいる女性に手を出したからだ!」
「……別に、大したことじゃ──」
乾いた音が響いた。
アラン兄の拳が、俺の頬に叩き込まれる。
骨にまで響く衝撃。視界が白く弾け、床が一瞬遠のいた。
その瞬間──
——鼻にツンとくる、消毒液の匂い。
——手を握って泣いてる、女子高生。
(……は? うちの子やん。なんで泣いてんの? てか私……寝てる?)
娘の顔。声。呼ばれる“私”の名前。
信号。
クラクション。
黒い影。
全身を砕くような痛み。
——そうや。あの日……事故で……私は……死んだ……。
「レオン!」
リュシー兄の声で、現実に引き戻された。
気づけば床に手をつき、肩で息をしている。
汗が頬を伝い、指先が震えていた。
「……大丈夫、です」
どうにか声を絞り出したが、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
(私? 俺? ここどこ? ……死んだんちゃうん?)
「領地での謹慎を命ずる。期間は状況を見て判断する。
自分の行いをよく考えるんだ」
父の声は変わらず重かった。
侍従たちが慌ただしく動き出す。
頬に触れると、じんじんと痛む。
言葉も出ないまま部屋を辞し、自室に戻った。
頭は混乱したまま、見えるものを片っ端から鞄に放り込んでいく。
壁に立てかけた弓を手に取り、弦を確かめる。
短剣を腰に差し、鏡を見た。
頬の赤みが、自分の幼さをさらに際立たせていた。
玄関前には父以外の家族が揃っていた。
母は厳しい表情のまま、そっと手を握ってくる。
リュシー兄は拳を軽く合わせてきた。
アラン兄は視線を逸らし、吐き捨てるように言う。
「……馬鹿はするな」
その声は、ほんの少し震えている気がした。
「……分かってる」
石段を降り、馬車に乗り込む。
屋敷が遠ざかっていく。御者の掛け声と、流れていく影。
門を抜けるその瞬間、耳の奥でかすかな声が響いた。
——ママ。
目を閉じ、息を整える。
まだ何も整理できない。
ただ胸の奥で、何かが軋むのを、黙って受け止めるしかなかった。
アルヴェリック侯爵である父上。
完璧すぎる笑顔で、怒っているのが丸わかりな母上。
そして長兄リュシアン、次兄アランの二人までもが揃っていた。
(……うわ。これ、絶対に良い話じゃないやつだ)
四人とも背筋を伸ばし、普段の家族の柔らかさはない。
ただ、冷ややかな沈黙が場を支配していた。
「レオン。お前の行いは、もはや看過できん」
低く太い父の声が胸に落ちる。
その瞬間、背筋がびくりと強張った。
「……な、何のことでしょうか?」
できるだけ穏やかに微笑んでみせたが、すぐに兄の視線に射抜かれる。
常に冷静で感情を表に出さないアラン兄が、珍しく眉間に皺を寄せていた。
アラン兄が手にした魔法球を発動させる。
光の中に──舞踏会館の“控え室”で、令嬢と肩を寄せ合う俺の姿が映し出された。
扉の隙間から撮られた映像だ。
薄暗い控え室で、俺が令嬢の肩を抱き、顔を寄せている──そう見える。
「相手はローレンス伯爵家のご令嬢だ。
彼女は“親しげに話していただけ”と言っているが……それが信用されると思うか?」
アラン兄の声は冷え冷えとしていた。
「令嬢の婚約者である侯爵家の息子が激昂し、王宮にある私の執務室まで押しかけてきた。
王宮での出来事だ。噂は広まり、陛下の耳にも入った。
……家の名を汚したのだ、レオン!」
父の瞳には、怒りよりも深い──失望が揺れていた。
母は扇子で口元を隠し、感情を押し殺した瞳でこちらを見つめている。
俺は女の子が好きだ。
綺麗な子も、可愛い子も、笑ってくれればそれで嬉しかった。
女の子に優しくして、望みを叶えてあげれば──“俺を認めてくれる”から。
剣はダメ。
家系の火魔法も使えない。
家族の中で自分だけが出来損ないで、誰より俺自身がそれを理解していた。
だからせめて女の子には……
「レオン様って素敵」って言ってもらえる時間だけが、俺の心を支えてくれていた。
「でも、今までだっ──」
「婚約者がいる女性に手を出したからだ!」
「……別に、大したことじゃ──」
乾いた音が響いた。
アラン兄の拳が、俺の頬に叩き込まれる。
骨にまで響く衝撃。視界が白く弾け、床が一瞬遠のいた。
その瞬間──
——鼻にツンとくる、消毒液の匂い。
——手を握って泣いてる、女子高生。
(……は? うちの子やん。なんで泣いてんの? てか私……寝てる?)
娘の顔。声。呼ばれる“私”の名前。
信号。
クラクション。
黒い影。
全身を砕くような痛み。
——そうや。あの日……事故で……私は……死んだ……。
「レオン!」
リュシー兄の声で、現実に引き戻された。
気づけば床に手をつき、肩で息をしている。
汗が頬を伝い、指先が震えていた。
「……大丈夫、です」
どうにか声を絞り出したが、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
(私? 俺? ここどこ? ……死んだんちゃうん?)
「領地での謹慎を命ずる。期間は状況を見て判断する。
自分の行いをよく考えるんだ」
父の声は変わらず重かった。
侍従たちが慌ただしく動き出す。
頬に触れると、じんじんと痛む。
言葉も出ないまま部屋を辞し、自室に戻った。
頭は混乱したまま、見えるものを片っ端から鞄に放り込んでいく。
壁に立てかけた弓を手に取り、弦を確かめる。
短剣を腰に差し、鏡を見た。
頬の赤みが、自分の幼さをさらに際立たせていた。
玄関前には父以外の家族が揃っていた。
母は厳しい表情のまま、そっと手を握ってくる。
リュシー兄は拳を軽く合わせてきた。
アラン兄は視線を逸らし、吐き捨てるように言う。
「……馬鹿はするな」
その声は、ほんの少し震えている気がした。
「……分かってる」
石段を降り、馬車に乗り込む。
屋敷が遠ざかっていく。御者の掛け声と、流れていく影。
門を抜けるその瞬間、耳の奥でかすかな声が響いた。
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