2 / 4
1
1-2
しおりを挟む
揺れる馬車の革張りの座面に体を沈めながら、俺は窓の外に流れる風景をぼんやりと眺めていた。
けれど、目に入っているはずの景色は、何ひとつ頭に残らない。
(……さっき、何が起きた?)
頬の奥が、まだじんじんと痛む。
アラン兄に殴られた衝撃が、現実だけは確かにここにあると主張していた。
なのに、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
いや、ぐちゃぐちゃなんてもんじゃない。
嵐の中に放り込まれたみたいだった。
——あの声。
——娘の顔。
——私、死んだんやろ?
胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。
(……あかん)
考え始めた途端、涙が込み上げてきそうになる。
泣いたらあかっ……だめだ。
今の俺は……レオンだ。
必死に自分を抑え込む。
深く息を吸って、吐いて、頭の中を整理しようとする。
(事故……そうだ。夜だった。車、信号、クラクション……あの衝撃)
思い出すだけで、胃の奥がひっくり返りそうになる。
全身を貫いた痛みと、意識が遠のいていく感覚。
気づいたら、赤ん坊だった。
……いや、赤ん坊の頃の記憶なんて、ほとんどない。
ただ、はっきり分かるのは今日のことだ。
アラン兄に殴られた、その瞬間。
あの一撃で、目が覚めたみたいだった。
(そして俺は、レオン。侯爵家の三男、十九歳)
父はアルヴェリック侯爵であり、王国騎士団団長。
兄が二人。長兄リュシアン、次兄アラン。
名前をひとつひとつ並べると、胸にずしりと重みが乗る。
こっちの人生は、ちゃんとある。
十九年分の記憶も、感情も、積み重ねてきた日々も。
それでも——
娘の顔が、どうしても消えてくれない。
(もうすぐ大学だったのに……ひとりで、大丈夫なんだろうか)
胸が痛む。
前世で、一番大事だった存在だ。
考えたら泣いてしまう。
でも、泣いたら戻れなくなる気がして、必死に堪える。
(……けど、戻れへんのは、もう確定だ)
私は死んだ。
あの世界での人生は、終わった。
今ここにいるのは、レオンだ。
侯爵家の三男として、責任も立場も背負って生きる存在。
……そうだ。
ここで生きなきゃいけない。
「ママ」だった私は、もういない。
ここにいるのは、レオン・セラフ・アルヴェリック。
代々、王国騎士団団長を輩出してきた、騎士の家系の三男だ。
そう、きっぱりと言い聞かせたら、
ほんの少しだけ、呼吸が楽になった。
それでも胸の奥で、誰かが小さく泣いている気がする。
聞こえないふりをして、俺は窓の外へ視線を向けた。
沈みかけた夕陽が、遠くで少しだけ赤く滲んでいた。
けれど、目に入っているはずの景色は、何ひとつ頭に残らない。
(……さっき、何が起きた?)
頬の奥が、まだじんじんと痛む。
アラン兄に殴られた衝撃が、現実だけは確かにここにあると主張していた。
なのに、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
いや、ぐちゃぐちゃなんてもんじゃない。
嵐の中に放り込まれたみたいだった。
——あの声。
——娘の顔。
——私、死んだんやろ?
胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。
(……あかん)
考え始めた途端、涙が込み上げてきそうになる。
泣いたらあかっ……だめだ。
今の俺は……レオンだ。
必死に自分を抑え込む。
深く息を吸って、吐いて、頭の中を整理しようとする。
(事故……そうだ。夜だった。車、信号、クラクション……あの衝撃)
思い出すだけで、胃の奥がひっくり返りそうになる。
全身を貫いた痛みと、意識が遠のいていく感覚。
気づいたら、赤ん坊だった。
……いや、赤ん坊の頃の記憶なんて、ほとんどない。
ただ、はっきり分かるのは今日のことだ。
アラン兄に殴られた、その瞬間。
あの一撃で、目が覚めたみたいだった。
(そして俺は、レオン。侯爵家の三男、十九歳)
父はアルヴェリック侯爵であり、王国騎士団団長。
兄が二人。長兄リュシアン、次兄アラン。
名前をひとつひとつ並べると、胸にずしりと重みが乗る。
こっちの人生は、ちゃんとある。
十九年分の記憶も、感情も、積み重ねてきた日々も。
それでも——
娘の顔が、どうしても消えてくれない。
(もうすぐ大学だったのに……ひとりで、大丈夫なんだろうか)
胸が痛む。
前世で、一番大事だった存在だ。
考えたら泣いてしまう。
でも、泣いたら戻れなくなる気がして、必死に堪える。
(……けど、戻れへんのは、もう確定だ)
私は死んだ。
あの世界での人生は、終わった。
今ここにいるのは、レオンだ。
侯爵家の三男として、責任も立場も背負って生きる存在。
……そうだ。
ここで生きなきゃいけない。
「ママ」だった私は、もういない。
ここにいるのは、レオン・セラフ・アルヴェリック。
代々、王国騎士団団長を輩出してきた、騎士の家系の三男だ。
そう、きっぱりと言い聞かせたら、
ほんの少しだけ、呼吸が楽になった。
それでも胸の奥で、誰かが小さく泣いている気がする。
聞こえないふりをして、俺は窓の外へ視線を向けた。
沈みかけた夕陽が、遠くで少しだけ赤く滲んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
狼の護衛騎士は、今日も心配が尽きない
結衣可
BL
戦の傷跡が癒えた共生都市ルーヴェン。
人族と獣人族が共に暮らすその街で、文官ユリス・アルヴィンは、穏やかな日々の中に、いつも自分を見守る“優しい視線”の存在を感じていた。
その正体は、狼族の戦士長出身の護衛騎士、ガルド・ルヴァーン。
無口で不器用だが、誠実で優しい彼は、いつしかユリスを守ることが日課になっていた。
モフモフ好きなユリスと、心配性すぎるガルド。
灰銀の狼と金灰の文官――
異種族の二人の関係がルーヴェンの風のようにやさしく、日々の中で少しずつ変わっていく。
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
牙を以て牙を制す
makase
BL
王位継承権すら持てず、孤独に生きてきた王子はある日兄の罪を擦り付けられ、一人異国である牙の国に貢物として献上されてしまう。ところが贈り先でさえ受け取りを拒否され、途方に暮れた彼は宮廷で下働きを始めることに。一方、なにも知らずに日夜執務に追われる牙の国の王太子は、夜食を求め宮廷厨房へと足を運んでいた――
【完結】元勇者の俺に、死んだ使い魔が美少年になって帰ってきた話
ずー子
BL
1年前くらいに書いた、ほのぼの話です。
魔王討伐で疲れた勇者のスローライフにかつて自分を庇って死んだ使い魔くんが生まれ変わって遊びに来てくれました!だけどその姿は人間の美少年で…
明るいほのぼのラブコメです。銀狐の美少年くんが可愛く感じて貰えたらとっても嬉しいです!
攻→勇者エラン
受→使い魔ミウ
一旦完結しました!冒険編も思いついたら書きたいなと思っています。応援ありがとうございました!
【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった
ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。
生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。
本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。
だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか…
どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。
大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる