前世オカンな俺、謹慎先で最強騎士に恋をする

静子と葵

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領地への道のりも2日目に入る頃には、頭の中の整理もだいぶついてきた。
前世を思い出したことで、複数の令嬢にうつつを抜かし続けていた自分の行いが、どれほど父上や兄さんたち、そして家門に迷惑をかけていたのかも、ようやく理解できた。
この謹慎で、どう挽回するか。
真剣に考えたい――
……のに。
『いやぁ、馬車がこんなに揺れて、しんどいとは思わへんかった~』
と、《オカンな前世の俺》が、時々話しかけてくる。
そう――頭の中で。
前世の記憶なのに、なんだかもう一人、自分の中に《関西のオカン》がいる感覚だ。
前世の俺で、魂……みたいなものなのだろう。根本は同じでも、《俺》と《おかん》は違う人格として存在している。そんな感じで、普通に話しかけてくる。
まるで前世で言う、解離性同一障害に少し似ている気もした。
(それな! おれも知りたくなかったわ! 2000年代の乗り物事情! 知らんままやったら、今まで通り快適やったのに……)
俺の実家は代々、王国騎士団団長を輩出してきた家柄だ。それなりに裕福で、父上も家族には甘い。
今乗っている馬車も、座席のクッションなどは疲れが出ないよう良いものが使われている。
……それでも。
(車のサスペンションの有り難み……)
『ほんまに、それやわ……』
こんな調子で、《おかん》と俺は心の中で時々会話をする。
前世を思い出して増えた変化は、この《おかん》の存在と、前世で生きていた世界の知識。
ただしそれは、異世界転生物語に出てくるようなチートな専門知識じゃない。
一般的な生活知識と、浅く広い雑学。それから、介護の技術と知識。
イグノーベル賞で「猫は液体である」という研究が賞を取った、なんていう――
知っていても話の種にしかならないようなものばかりだ。
介護の知識も技術も、無双できるような代物じゃない。
……せっかくなら、もう少し夢のある知識が欲しかった。
領地へ向かう謹慎の旅。
御者台には御者と護衛の騎士が一人。馬車の中は、俺一人。
考えるべきことは山ほどあるはずなのに、森の中の代わり映えしない景色が続くこの旅路は、《おかん》が時々話しかけてくれるおかげで、不思議と退屈しなかった。
――ヒヒヒィーン!
馬が大きく嘶いた。
「どうした⁉」
次の瞬間、馬車が急停車し、俺は座席から半分ずり落ちそうになる。
外から護衛の怒鳴り声が飛んだ。
「何者だッ!?」
剣が抜かれる音。
続いて、森の影から低い笑い声が響く。
「へぇ~、上物の馬車じゃねぇか。いいモン積んでんだろ?」
……盗賊だ。
護衛が応戦する音が聞こえる。金属がぶつかる甲高い音。
数は……6人。しかも、この動き、素人じゃない。
(くそっ、武器……)
馬車の床に置いていた革ケースを引き寄せ、蓋を開ける。
中身は――俺の弓と矢。
家門の恥さらしな俺は、剣はからっきしだ。
でも弓なら使える。ここは森の中。見えるのは護衛と御者、そして倒すべき盗賊だけ。
窓を開けて外を覗くと、護衛が一人で必死に剣を振るっている。
6人相手に、俺たちを庇いながらだ。……まずい。
(迷ってる暇はない!)
矢を一本つがえ、森の影にいる一人を狙う。
呼吸を整え――放った。
「ぐっ……!」
肩口に命中し、盗賊がのけぞって倒れ込む。
「やりやがったな、コラァ!」
怒声と同時に、2人が馬車へ向かって走り出した。
(まずい……!)
もう一本、矢をつがえた瞬間――
――空気が凍った。
風が、止まった。
そう錯覚するほどの静寂。
視界の端で、白銀の何かがきらりと光る。
スパァン!
盗賊の腕が剣ごと宙を舞い、遅れて血が噴き出す。
……が、その血は地面に落ちる前に、鮮やかな氷の結晶となって砕け散った。
「……え?」
黒馬に跨り、長いマントを翻す男。
剣を片手に、馬上からこちらを見下ろす――底の見えない、深い蒼の瞳。
「おい、無事か」
低く、よく通る声。
冷たいわけじゃないのに、妙に背筋に響く。
「……あ、ああ……」
情けない返事しか出なかった。
だって、今のは……速すぎる。
男が一歩踏み出す。
「邪魔だ」
その瞬間、俺の目では追えない速度で、残りの盗賊たちが吹雪に呑まれるように散った。
氷の破片が舞い、そこだけ冬が訪れたみたいだった。
「……なに、今の……」
呟く俺に、男は氷をまとった剣を払う。
結晶を指で砕き、返り血一つ浴びていない。
「怪我は?」
「な、ない……たぶん」
「そうか」
それだけ言って、男は馬車に視線を向ける。
「護衛は?」
「一人だけど……」
目線をやると、護衛は左腕を押さえながらも立っていた。
「……大丈夫か?」
男の問いに、護衛は御者に手当をされながら頷く。
「は、はい……!」
それを確認して、男は再び俺を見る。
深い蒼の瞳。
見透かされるような感覚に、背筋がひやりとした。
「街まで、まだ半日はかかる。ここで足を止めるのは危険だ。同行する」
「……あなたも?」
「護衛を兼ねる。問題が?」
「い、いや! ない!」
声が裏返る。
何者だよ、この人。
普通じゃない。人間かどうかすら怪しい。
水と氷を自在に操るなんて、聞いたことがない。
剣先から、まだ氷の欠片がはらりと落ちている。
「……あの、名前を聞いても?」
気づけば、口が勝手に動いていた。
男はわずかに目を細め――
「……セド」
短く、それだけ。
「セド……さん」
彼は何も答えず、馬を返す。
「行くぞ。遅れるな」
背中越しの声に、慌てて頷いた。
(なんなんだ、この人……)
好奇心と畏怖と、得体の知れないざわめき。
全部が胸の奥で絡み合い、息がしづらい。
――そのとき、頭の中で声がした。
『……あんた、顔赤なってんで』
(うるさい!)
心の中で怒鳴り返し、俺は馬車に飛び乗った。
セドの背中は、相変わらず真っ直ぐで揺るぎない。
軋む車輪の音と、馬の蹄の響きだけが道に溶けていく。
セドは護衛を兼ねると言った通り、黒馬を操り馬車の横を駆けていた。
風を切る音と、陽を受けて光る黒馬のたてがみを見るたび、胸の奥が妙にざわつく。
「……改めて、助かったよ」
何度目かの礼に、セドはほんの一瞬こちらを見た。
「礼はいい。無事で何よりだ」
それだけ。
冷たくない。けれど、距離は近づかない。
底の見えない湖みたいに静かで、怖いのに安心する――そんな矛盾した感覚。
『ふふ、カッコいいなぁ。って思ったやろ?』
(うるさいって!)
その後は、お互い何も喋らず前を見ていた。
不思議と気まずくはない。
ただ、馬車の窓から流れ込む風が少しだけ冷たく感じるのは――
たぶん、セドの馬上で揺れる氷の雫のせいだ。
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