上 下
29 / 74
2 移り来たる者たち

午後の「お化け屋敷」探訪

しおりを挟む
 美少女手作りのお菓子というプライスレスなお土産を懐に忍ばせ、2年2組に戻った時には、既に2時間目・現代文の授業が終わりに近づいていた。

 教室には可成谷さんを除く4人がいた。密集もせず点々と着席している様子がなおさら教室の閑散ぶりを際立たせ、同時に彼らの微妙な距離感を暗示しているようにも見える。教室に入るなり、西塔貢が笑顔で俺に右手を上げたのには拍子抜けがした。星野という40過ぎの男性教師は遅刻してきた俺に「おはよう」と声を掛け、そのまま授業を続けた。

 授業が終わり、雑談になった。俺が可成谷さんに呼ばれていたのは知れ渡っていたが、4人とも大して関心がないらしいのが妙に不自然に思えた。

「今じゃここにいる全員がオカルト研究部員だよ。まさに幽霊部員だけどな」

 見るからにオカルト方面と無縁そうな漆原蓮さんはそう言って一笑に付した。彼によると、残った生徒が一つの教室に集められた際「これも何かの縁だから」と全員が入部させられたのだという。

 転校初日に俺が教室に入った時、楔型のような着席で出迎えたのも可成谷さんの発案だったそうだ。ただ、4人のやり取りを聞いていても、「残留組」の中で彼女が特段浮いているようには思えない。彼女はなぜ「4人に気を許すな」と、警告めいたことを俺に告げたのか。そして、ことさら西塔貢を名指しした理由は?

 案外、遠回しに「私だけに気を許して!」と言ったのかも? ……いや、彼女がそういうキャラでないのは十分に確かめたはずだ。

 しっかりしろ俺。


 その日も「ゲスト」は放課後まで入れ代わり立ち代わり現れたが、2日目とあって俺も鼻で笑う程度には耐性が付いていた。第一、仮にも滅霊師の看板を背負っているのだ。たやすく精神的外傷を負うようでは話にならない。

 可成谷さんは結局、その日は最後まで教室に姿を現さなかった。というより、西塔を含む5人全員が午後には何も告げずどこかへ姿を消した。状況が状況だけに、俺はさっそくのけ者扱いの疑心暗鬼と心細さに悩まされた。5時間目の地理を受け持つ島崎という30前後の男性教師は、俺しかいない教室に入るなり肩を落とし「自習でいいね? じゃ座光寺君よろしく」と告げて出て行った。


 6時間目も自習となった。現れた男子「3体」のうち1体はゴソゴソ音を立てながら床を四つん這いで這い回り、1体は俺の前の席に座って俺の顔を見ながら無言でにやにや笑っていた。もう1体はズボンとパンツを膝まで下ろして黒板にはりつけになり、何を真似たつもりやら、目をかっと見開いて苦悶の表情を浮かべていた。

 そいつらの相手も飽きたので廊下に出ると、頭があるべき位置に腕の生えたジャージ姿の個体が天井の直下に浮遊していた。

 首から生えた腕が真っ直ぐに伸びて、教室を出たばかりの俺を指差している。骨ばった手の作りからみて男のようだった。催眠術でもかけようとしているのか、俺の鼻先に向けられた指がゆっくりと輪を描くように動いていた。

 俺はそいつの足の下を通って4階に上がった。床を芋虫のように這い回る男女の間を注意しながら足を運び、来客用応接室や音楽室を巡回した。

 音楽室の横を通ると、唱歌が始まった。曲名は分からないが、男女混声のなかなかに達者な歌声だったので足を止めると、同時に歌声も消える。ドアの窓から中を覗くと、キャベツ畑みたいに床一面に生えた無数の頭が口だけ動かしていた。

「スピーカーの故障かな?」

 誰が聞くわけでもない独り言を残して、俺はその場を離れた。

 こんな具合に、趣味の悪い前衛芸術というか、オブジェの宝庫と化しているのが、異界化しつつある日輪高校の日常なのだった。

 結局、どこへ足を向けても級友の姿は見当たらなかった。やがて6時間目も終わり、俺は教員室へ挨拶をして校舎を出た。校門を抜けてから、その日は財部から連絡がなかったのでLINEを送ってみると即座に返事が来た。生徒会に転校を打診してその場で水際さんに拒絶されたとのことだった。

 「気を使わせてすまん」と返信すると、俺が妙に他人行儀だと思ったのか「どうしたよ?」と聞いてきた。

「特にどうもしないよ」
「言いたいことあるなら言えよ」
「そうだな……お化け屋敷も一日中いると飽きるのが分かったってことかな」

 スマホを手にたわいもない会話を続けるうち、閑散とした歩道沿いに立つバス停の看板が見えてきた。


 その晩、幸いなことに出張中の親父が家に電話を掛けてきた。

 電話に出た俺は滅霊のため急きょ転校を命じられたことと、初日からいきなり「無理ゲー」を強いられている状況を説明した。

「……というわけでさ。正直まいってるよ」

 親父が電話の向こうから「ふーん、そりゃ大変だな」と鼻で笑うような声を返すのを聞いて、頭に血が上った俺は「あの2体使わせてもらうからな!」と声を荒げた。親父は「うん、好きなようにやりなさい」と答えた。

 やるべきことは決まった。日輪高校に跳梁跋扈する怨霊をすべて俺の前に呼び出し、殲滅する。

しおりを挟む

処理中です...