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3 殲滅
朝礼台
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「何なんですかあれ?」
俺は窓の外を指差して隣に立つ担任の別所先生に聞いた。
それは金属製のテーブルのような形状の物体で、校庭を前にした校舎寄りの位置にあった。高さは1メートルほどで、その上に立てば学校敷地と外側の森を隔てるフェンスまで校庭全体を一望できるようになっている。それまで俺はそんなものを見たこともなかった。
「あれ? あれは朝礼台だよ」
「チョウレイダイ?」
「聖往にはないの?」
「初めて見ました」
別所さんは「へえー、そういうもんかね」と言って目を大きく開け、大袈裟に驚いて見せた。
「持ち運び可能なやつが市販されてるけど、うちのあれはあの位置にコンクリートの台座があってボルトで固定されてる。運動部が校庭使うのに邪魔だから撤去してくれって要望が何度出ても、そのたびに却下されてるらしい。噂じゃ、県教育委員会が直々にストップかけてるなんて話もある」
「何に使うんですか」
「教師があの上に立って、朝礼とか体育の授業なんかの時に生徒に号令を掛けるっていうのを、昔はやってたのかな? 僕もここの生徒だったけど、そんなの見たこともない」
「何かで必要になる時を考えて残してあるんですかね」
「どうだろう。必要性云々より、設置したことの正当性を主張するためじゃないかな。それがお役所の本能っていうかね。まあ、それはいいとして」
別所先生は窓から顔を背け、いくらかうつむき加減になった。
「教育委員会の方針も決まったよ。この学校が完全に外界から閉ざされたら、公式にも敷地を封鎖するそうだ。校舎を建て替えるって名目で立ち入り禁止にするんだと」
「ほんとに建て替えるんですか」
ふざけ半分で聞くと、別所さんは「まさか」と鼻で笑った。
「中がどうなるかしばらく様子見だろう。で、君の考えだとどう? 学校の施設は残るのかね」
「僕にも分からないです。こんなケースは初めてなんで」
「ああそう」
「多分、野原だけになるんじゃないですかね」
もちろん当て推量だ。恐らく親父に聞いても分からないだろう。
「巨大な野原が出現するわけね……。それなら更地にする手間も省けるかな。とりあえず日輪高校の名前は残すからよその学校に代替校舎を間借りするらしいけど、どれだけ生徒が集まるかだな」
別所さんは含み笑いを漏らし、「それじゃ、健闘を祈るよ」と言い残して教室を出て行った。
6時間目が終わり、間もなく下校時のゲートが閉じる。俺が見下ろす先では、「お泊り」を避けて引き上げる教師たちが校門へと急いでいた。
夜明かしをするつもりの俺は、つい先ほど校長に今晩儀式を行う旨を伝え、校庭の使用許可も得ていた。
対症療法的な面は確かに否定できない。しかしゲートが完全に閉じるまで長くてあと一週間、早ければ2、3日中と予想される中で打開策が見つからない以上、他に手の打ちようがない。拙速だろうとやれることはやっておきたい。
三田村校長は俺の説明を聞いて、「君に任せる」とだけ言った。
その後オカルト研の部室へ行き、今晩決行する旨を可成谷さんに伝えると、「本気でやっちゃうの?」と真顔で聞かれた。既に校庭使用許可を貰っており、間もなく準備に入る旨を俺は淡々と説明した。
「それなら仕方ないね。私たちが何か手伝うことは?」
「他の皆さんにも言われましたけど、特にはありません」
可成谷さんは「そう」と言って目を伏せた。
「座光寺君は専門家だし、私なんかが口出しはできないよね。ただ、一つだけ」
「どうぞ」
「『あの人たち』がここへ押し寄せてきたのは、自分でどうにもできることじゃなかった。それを力で押さえ付けようとすることが正しいやり方なのかどうか。私が気になるのはそれだけ」
「……分かりました」
「じゃあ、頑張って」
部室を去り際、可成谷さんが見せた笑顔には少なからず影が差していた。
俺は窓の外を指差して隣に立つ担任の別所先生に聞いた。
それは金属製のテーブルのような形状の物体で、校庭を前にした校舎寄りの位置にあった。高さは1メートルほどで、その上に立てば学校敷地と外側の森を隔てるフェンスまで校庭全体を一望できるようになっている。それまで俺はそんなものを見たこともなかった。
「あれ? あれは朝礼台だよ」
「チョウレイダイ?」
「聖往にはないの?」
「初めて見ました」
別所さんは「へえー、そういうもんかね」と言って目を大きく開け、大袈裟に驚いて見せた。
「持ち運び可能なやつが市販されてるけど、うちのあれはあの位置にコンクリートの台座があってボルトで固定されてる。運動部が校庭使うのに邪魔だから撤去してくれって要望が何度出ても、そのたびに却下されてるらしい。噂じゃ、県教育委員会が直々にストップかけてるなんて話もある」
「何に使うんですか」
「教師があの上に立って、朝礼とか体育の授業なんかの時に生徒に号令を掛けるっていうのを、昔はやってたのかな? 僕もここの生徒だったけど、そんなの見たこともない」
「何かで必要になる時を考えて残してあるんですかね」
「どうだろう。必要性云々より、設置したことの正当性を主張するためじゃないかな。それがお役所の本能っていうかね。まあ、それはいいとして」
別所先生は窓から顔を背け、いくらかうつむき加減になった。
「教育委員会の方針も決まったよ。この学校が完全に外界から閉ざされたら、公式にも敷地を封鎖するそうだ。校舎を建て替えるって名目で立ち入り禁止にするんだと」
「ほんとに建て替えるんですか」
ふざけ半分で聞くと、別所さんは「まさか」と鼻で笑った。
「中がどうなるかしばらく様子見だろう。で、君の考えだとどう? 学校の施設は残るのかね」
「僕にも分からないです。こんなケースは初めてなんで」
「ああそう」
「多分、野原だけになるんじゃないですかね」
もちろん当て推量だ。恐らく親父に聞いても分からないだろう。
「巨大な野原が出現するわけね……。それなら更地にする手間も省けるかな。とりあえず日輪高校の名前は残すからよその学校に代替校舎を間借りするらしいけど、どれだけ生徒が集まるかだな」
別所さんは含み笑いを漏らし、「それじゃ、健闘を祈るよ」と言い残して教室を出て行った。
6時間目が終わり、間もなく下校時のゲートが閉じる。俺が見下ろす先では、「お泊り」を避けて引き上げる教師たちが校門へと急いでいた。
夜明かしをするつもりの俺は、つい先ほど校長に今晩儀式を行う旨を伝え、校庭の使用許可も得ていた。
対症療法的な面は確かに否定できない。しかしゲートが完全に閉じるまで長くてあと一週間、早ければ2、3日中と予想される中で打開策が見つからない以上、他に手の打ちようがない。拙速だろうとやれることはやっておきたい。
三田村校長は俺の説明を聞いて、「君に任せる」とだけ言った。
その後オカルト研の部室へ行き、今晩決行する旨を可成谷さんに伝えると、「本気でやっちゃうの?」と真顔で聞かれた。既に校庭使用許可を貰っており、間もなく準備に入る旨を俺は淡々と説明した。
「それなら仕方ないね。私たちが何か手伝うことは?」
「他の皆さんにも言われましたけど、特にはありません」
可成谷さんは「そう」と言って目を伏せた。
「座光寺君は専門家だし、私なんかが口出しはできないよね。ただ、一つだけ」
「どうぞ」
「『あの人たち』がここへ押し寄せてきたのは、自分でどうにもできることじゃなかった。それを力で押さえ付けようとすることが正しいやり方なのかどうか。私が気になるのはそれだけ」
「……分かりました」
「じゃあ、頑張って」
部室を去り際、可成谷さんが見せた笑顔には少なからず影が差していた。
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