最強避妊薬で昇天乱舞

井之四花 頂

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第三部 女王様の禁じられたよろこび

10*

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 6月で22歳になる私は、どんな人生をたどってきたか。

 12歳で訪れた初潮にはほとんど感慨もなかった。踏み潰されたカエルを眺めている程度の印象だった。何よりも大きな意味があったのは、男との交わりだ。男女の生殖器を接合させて行う、この上もなくグロテスクな通過儀礼。秘密を知ってしまった10代前半の私は、来たるべき「その日」に向けて悲壮な覚悟で身構えていた。

 中学1年の頃から急に背が伸び、体のあちこちが痛かった。当時の私は、勉強もスポーツもできるがどちらかといえば大人しい少女として見られていたと思う。ただ、共同幻想的な願望に支えられた妙な虚像が独り歩きしていたらしかった。クラスメートから「観月さんて神秘的なオーラが漂ってるよね」と言われた時には、冗談じゃないと思った。

 神秘もクソもない。私の正体は、一日も早く本当の「大人」になりたいと願っているただの俗物。

 とっくに子供ではないのに、「思春期」を演じさせられる羞恥プレイには辟易していた。同い年の女の子たちとは上辺だけの付き合いをするようになり、親しかった友達もいつの間にか私の周辺から離れていった。

 かたや、教室の中で時折ぎらついた視線を男子から向けられるのは十分に意識していた。中3の夏、そんな男子たちの一人で、内気だが外見はまあまあのクラスメートに私は自分から声をかけ、母親が留守の日に家に呼んだ。

 そして私の部屋で、互いに初めてだった行為を一通り終えた。

 人生であれ以上の失敗をすることを、私は金輪際自分に許したくはない。最低中の最低とは、ああいうイベントを言うのだ。あの男は心ならずも最前線に配置された迫撃砲装填手のようなせわしなさでむき出しの陰茎を私のヴァギナに突き立て、二こすりもせぬうちに、私の中に射精した。避妊具をつけることも忘れて、この私の中に!

 いまだに私は、若さゆえの過ち、ほろ苦い思春期の1ページと笑い飛ばせるほどには老熟していない。それは1分、いや1秒でも早く忘れたい体験だった。この、忌まわしい「初・体・験」を葬り去るために私は何をしたか。

 辻に立ったのだ。江戸時代の夜鷹さながらに。


 
 古い絵草子に描かれているように頬被りした手拭の端を口に咥えていたわけではないが、私は中学校指定のセーラー服姿のまま、繁華街の一角に立った。そして経験豊富そうで納得のいく容姿の男を物色し、自分から声をかけた。

「私と遊びませんか?」

 最初に声をかけた相手は私をまじまじと見てから、背中を向けて去った。

 そして二人目。

 男は周囲を素早く見回し、私の手をつかんだ。私は反射的にその手をふりほどき、走った。後は全力疾走。駆け足には自信があったし、男が背後から追いすがってくる気配もなかった。私は陳腐な青春映画のヒロインのように泣きながら走った。その涙の理由は何かと自分を問い詰めることもしなかった。多分、泣きながら逃げる自分に酔っていたのではないかと思う。

 そんな愚かなかわい子ちゃんを抜け出すべく、私は勇気を振り絞った。3人目の男は背を向けもせず手を握りもしなかった。黙ってコートを脱いで私に着せ、「付いておいで」と言った。私は、交番に連れて行かれるわけではない方に賭けた。私たちはそのままホテルに入った。

 「初めてか」と聞かれ、私は首を左右に振った。それでも男は、目の前の相手に応じた配慮を怠らず、堅く縮こまっている私の体を辛抱強く解きほぐした。そんな男の配慮が、砂漠に染み込む水のように体に染みた。そうやって私は、相手に身を委ねる過程をわずかずつ学んでいった。

 華奢な外見からは意外なほどに男はタフだった。4回の性交を重ねる間、私は少女から女に変わった。オルガスムスを初めて知った。からだじゅうの血が蜜のように甘くなり、いっせいに沸き立つ感覚。彼が私の、最初の「男」になった。だがもちろん、彼にとって私が最初の女だったはずはない。

 妻子持ちの彼と会うために、私たちは携帯で連絡を取り合うことは避け、あらかじめ場所と時間を決めておくようにした。申し分ない容姿を持った30歳の男に私は溺れた。

 何食わぬ顔で授業を受けている間も、男のことが頭から離れなくなる。秋の公園に置き忘れられた一輪車のように、永久に放置されてしまうことへの怖れ。それに取りつかれると教師の声も耳に入らない。

 休み時間に突如錯乱に襲われ、トイレに駆け込んで自慰をするような真似までした。そうやっていっときの熱が醒めると、自分は一体何をしているのかと考える。自慰の後、自分の性器から立ちのぼる嫌な匂い。これから先、こんなものと格闘していかなくてはいけないのか。彼と会うひとときが、自分の汚らしさを浄化する儀式のようなものに変わっていった。


 そして溺れているのは自分だけだと思い込むのに十分なほど、私は幼く愚かだった。体を重ねて、申し分ない雌のあえぎを聞かせていたつもりなのに、交わっている相手の内面について想像力を働かせようとしなかった。年齢相応の教師ぐらいにしか感じていなかったのだろう。

 ある日男は言った。妻が薄々感づいている。暗い表情で打ち明ける横顔を見て、もう遊びではなくなっているのを悟った。
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