54 / 68
第三部 女王様の禁じられたよろこび
16
しおりを挟む
さらに私は腹に力を込め、部屋の隅まで届けと声を張り上げた。
「真朋揚三!」
漬物石がピクリと震えた。よく見ると、乱れた呼吸で背中がかすかに上下している。私が何の呪文を唱えたわけでもないのに、石に生命が宿ったということだろうか?
驚くのはまだ早かった。その漬物石から、声が発せられたのだ。
「あの……わたくしが」
「え?」
「わたくしが、その、真朋揚三で」
「……何か聞こえたような気がするんだけど」
「私が、真朋揚三でございます」
何という神秘! 糠漬けの上に乗って野菜を圧搾するしか役に立たぬデカい石が言葉を発したのか? しかし私は、良識を備え臣民の支持を集める者として、石が口をきくなどという与太話を認めるわけにはいかない、絶対に!
「そこにいるお前」
「はいっ!」
「今、言葉を発したのはお前か?」
「はいわたくしです!」
私は鞭を手に立ち上がる。世の中にはあってはならないことがある。どれほど世界に非常識が溢れようとも、支配者たる者は王国における決まりごとを明確にしなくてはならない!
「お前は漬物石じゃないか」
「つ……漬物?」
「私が捜してるのはブタなんだよ。確かにお前は、石ころのくせに臭いニオイを振り撒いてるが、漬物石は糠漬けの上に乗っかってるものだろ?」
少し間を置いた。必要な休符を数えて、再び声を張り上げる。
「糠味噌臭くなるならともかく、ブタ小屋のニオイがするのはなぜだ? お前、漬物石はお役御免になってブタ小屋に放置されてたとでもいうのか?」
「その通りでございます!」
「漬物石の役にも立たぬお前が、女王たる私の視界に入っている? それはどういうことだ?」
「意図せざる次第とは申せ、まことに申し訳無く」
最後まで言わせぬうちに、力の限り鞭を床に振り下ろした。
「『意図せざる』だと! もういっぺん言ってみろこの腐れ石が!」
「お許しください!」
私はその、デカいだけで何の役にも立たぬ石を見下ろす。ブタ小屋のニオイを放つ石ころの分際で、「意図せざる次第」などと、いっぱしの人間気取りな言葉を発したのだ。こんなことが許されて良いのだろうか。
ゆっくりと、辛抱強く私は言い含めた。
「私には理解できない。漬物石のくせになぜ、そうやって人間の言葉を語りたがる? 漬物石の存在理由は重みだけだ。蓋の上に乗って糠に漬けられた野菜を圧搾する、それ以外にはない、いや、あってはならない。そうだろう?」
説諭は通じたらしく、漬物石は物音を発しなくなった。これで良い。無機物は無機物として然るべき姿に立ち返り、私は危ういところで、世界がカオスの中へ融解するのを防いだのだ。
そして、石には石の属性というものがある。「転がる石に苔は生えない」という警句でも知られるあれだ。ただ、その属性を発動させるには特別な呪法を用いなければならない。
「そもそもお前は、なぜそんなところに鎮座している? そこを漬物桶の蓋の上だとでも思ってるのか!」
私はウォーターベッド上の、石ころがうずくまっているすぐ横に鞭を振り下ろした。水を吸った布団を打つような音がして、漬物石が激しく痙攣する。
「さっさと下りろ! いいか、石らしく転がって下りるんだぞ。汚らしい何かを出したり動かしたりしたらブタ小屋に千年放置してやるからな!」
漬物石は器用に転がって、ベッドの下に落ちた! よろしい、だてに川で揉まれて角が取れたわけじゃないのね、やればできるじゃないの!
でも、この漬物石は冷たいコンクリートの上に相変わらず同じ格好で静止している。そうやって私にどれだけ背骨や肩甲骨の陰翳を見せつけようとも、キョウの背中の美しさには比べるべくもない。ただ、たるんだ皮膚やあちこちに浮き出ているシミなど、ジジイなりの歳月がそこに刻まれていて、それが癪に障った。
お前。今までのくだらない人生で、これまたくだらない女に、いい気になってその背中を見せつけたことがあったのかい? 「綺麗だ」と言ってもらおうとしたのかい? この薄のろが!
そんなお前を、私は決して許しはしない。
さて。師匠でさえ舌を巻いた、私の責め言葉の妙を存分に味わってもらおうか。
「真朋揚三!」
漬物石がピクリと震えた。よく見ると、乱れた呼吸で背中がかすかに上下している。私が何の呪文を唱えたわけでもないのに、石に生命が宿ったということだろうか?
驚くのはまだ早かった。その漬物石から、声が発せられたのだ。
「あの……わたくしが」
「え?」
「わたくしが、その、真朋揚三で」
「……何か聞こえたような気がするんだけど」
「私が、真朋揚三でございます」
何という神秘! 糠漬けの上に乗って野菜を圧搾するしか役に立たぬデカい石が言葉を発したのか? しかし私は、良識を備え臣民の支持を集める者として、石が口をきくなどという与太話を認めるわけにはいかない、絶対に!
「そこにいるお前」
「はいっ!」
「今、言葉を発したのはお前か?」
「はいわたくしです!」
私は鞭を手に立ち上がる。世の中にはあってはならないことがある。どれほど世界に非常識が溢れようとも、支配者たる者は王国における決まりごとを明確にしなくてはならない!
「お前は漬物石じゃないか」
「つ……漬物?」
「私が捜してるのはブタなんだよ。確かにお前は、石ころのくせに臭いニオイを振り撒いてるが、漬物石は糠漬けの上に乗っかってるものだろ?」
少し間を置いた。必要な休符を数えて、再び声を張り上げる。
「糠味噌臭くなるならともかく、ブタ小屋のニオイがするのはなぜだ? お前、漬物石はお役御免になってブタ小屋に放置されてたとでもいうのか?」
「その通りでございます!」
「漬物石の役にも立たぬお前が、女王たる私の視界に入っている? それはどういうことだ?」
「意図せざる次第とは申せ、まことに申し訳無く」
最後まで言わせぬうちに、力の限り鞭を床に振り下ろした。
「『意図せざる』だと! もういっぺん言ってみろこの腐れ石が!」
「お許しください!」
私はその、デカいだけで何の役にも立たぬ石を見下ろす。ブタ小屋のニオイを放つ石ころの分際で、「意図せざる次第」などと、いっぱしの人間気取りな言葉を発したのだ。こんなことが許されて良いのだろうか。
ゆっくりと、辛抱強く私は言い含めた。
「私には理解できない。漬物石のくせになぜ、そうやって人間の言葉を語りたがる? 漬物石の存在理由は重みだけだ。蓋の上に乗って糠に漬けられた野菜を圧搾する、それ以外にはない、いや、あってはならない。そうだろう?」
説諭は通じたらしく、漬物石は物音を発しなくなった。これで良い。無機物は無機物として然るべき姿に立ち返り、私は危ういところで、世界がカオスの中へ融解するのを防いだのだ。
そして、石には石の属性というものがある。「転がる石に苔は生えない」という警句でも知られるあれだ。ただ、その属性を発動させるには特別な呪法を用いなければならない。
「そもそもお前は、なぜそんなところに鎮座している? そこを漬物桶の蓋の上だとでも思ってるのか!」
私はウォーターベッド上の、石ころがうずくまっているすぐ横に鞭を振り下ろした。水を吸った布団を打つような音がして、漬物石が激しく痙攣する。
「さっさと下りろ! いいか、石らしく転がって下りるんだぞ。汚らしい何かを出したり動かしたりしたらブタ小屋に千年放置してやるからな!」
漬物石は器用に転がって、ベッドの下に落ちた! よろしい、だてに川で揉まれて角が取れたわけじゃないのね、やればできるじゃないの!
でも、この漬物石は冷たいコンクリートの上に相変わらず同じ格好で静止している。そうやって私にどれだけ背骨や肩甲骨の陰翳を見せつけようとも、キョウの背中の美しさには比べるべくもない。ただ、たるんだ皮膚やあちこちに浮き出ているシミなど、ジジイなりの歳月がそこに刻まれていて、それが癪に障った。
お前。今までのくだらない人生で、これまたくだらない女に、いい気になってその背中を見せつけたことがあったのかい? 「綺麗だ」と言ってもらおうとしたのかい? この薄のろが!
そんなお前を、私は決して許しはしない。
さて。師匠でさえ舌を巻いた、私の責め言葉の妙を存分に味わってもらおうか。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる