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第3話 王宮の中心で
しおりを挟む王宮の中心地は、いつ来ても落ち着かない。
人の行き交う量も、空気の張りつめ方も、外縁とはまるで違う。
リリナは腕に抱えた箱を落とさぬよう、足取りを慎重にしながら回廊を進んでいた。中身は書類と装飾品の混在した荷物で、王子の私室に届けるよう指示されている。雑務係の仕事としては、珍しくもない。
中心部は、王族と重臣の動線が重なる場所だ。
通り過ぎる貴族や官吏たちの視線が、自然と集まる。雑務係に向けられるそれは、好奇でも敵意でもない。ただの確認だ。
「そこ、通るぞ」
声に促され、道を空ける。
視線の先では、王子アレクが数名の官僚に囲まれて歩いていた。
私室に向かう途中だろうか、と一瞬考えたが、すぐに違うと分かる。彼の足取りは早く、表情は硬い。
「次の会議は十分後だ。資料は揃っているか」
「はい。ベルグラン家の件も含めて、すべてこちらに」
王子は一度だけ書類に目を通し、短く頷いた。
「よし。進めよう」
それだけで、周囲が動く。
誰もが彼の判断を待ち、従う空気があった。
リリナは立ち止まり、通路の端で頭を下げる。
目が合うことはなかった。だが、すれ違う瞬間、王子の歩みがわずかに緩んだ。
「……後で」
それだけ、低く落とされる。
返事をする暇もなく、王子は再び前を向いた。
官僚たちは誰一人として気づいた様子もなく、彼に続いていく。
私語に等しい一言だった。
反射的に自分に向けられたものだと思ってしまったが、「後で」という言葉は、仕事の合間に投げられることも多い。
そもそも誰にも向けられていなかったのかもしれない。
どちらにせよ、深く考える必要はない。
私室の前で荷物を近衛兵に引き渡し、必要事項を記録する。
仕事は、それで終わりだ。
中心地に漂う緊張感の中で、リリナは一度だけ振り返った。
王子の姿は、もう見えなかった。
忙しいのだろう。
王子なのだから、それが当然だ。
それでも、茶室での姿と、今の姿が重なって、わずかな違和感が残る。
王宮の中心で働く王子と、
王宮の隅で邪魔をしてくる王子。
どちらが本当かなど、考える必要はない。
雑務係は、仕事をするだけだ。
リリナは箱のなくなった腕を下ろし、再び人の流れの中へと戻っていった。
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