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1章 出会いの町キャルト

STORY5 暁の渡り鳥 初仕事

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 「パーティー名は暁の渡り鳥…。リーダーはリアーナさんでクラスは冒険者…と。それから、メンバーは村人ウラボス? あのぅ、失礼ですが、なんらかのクラスのライセンスを取得されておられないのでしょうか?」

 冒険者ギルドで受付を担当している女性が訊く。

 この世界において、勇者や騎士、戦士、冒険者などのクラスを得るには試験に合格し、ライセンスを取得する必要がある。それを持たない者は村人や町民などと呼ばれていた。悪く言えばモブだ。

 「ああ」

 「ただの村人がいきなり冒険者の仕事をするのは危険すぎますね」

 受付嬢は語気をやや強める。

 「仰りたいことはわかります。でも、彼の実力は間違いなく私よりも遥かに上なんです」

 「しかし、その、失礼ですが…。リアーナさんもそれほどご活躍されていないようですねぇ……」

 受付嬢は魔道通信機のディスプレイを見ながら言う。たしかに、リアーナはこれまでの実績はないに等しかった。スライム討伐を成功させることができたのもウラボスがいたからである。そんな彼女が太鼓判を押したところで説得力には欠けていた。

 「うぅ……それは……」

 リアーナは言葉を詰まらせる。

 「そんじゃあさ、俺たちが今すぐできそうな仕事を斡旋してくれないか」

 今度はウラボスが話を持ちかける。受付嬢はため息を洩らしながらも、登録されている依頼の中からなるべく安全で簡単なものを探す。

 「……これなどいかがでしょうか」

 受付嬢が一枚の依頼書を机の上に置く。

 「この町に住んでおられる資産家ケルアンさんからの依頼です。内容は屋敷の補修及び清掃、あとは庭の手入れとペットの散歩ですね。屋敷も大きく、庭も広いので依頼完了までの期間は3日となります」

 説明を受けてウラボスの口元に笑みがこぼれる。

 「よし、これを受けるとしよう。それからさ、ひとつ訊きたいんだけど、この施設は24時間体制なんだよね?」

 「そうですが……」

 「そうか。それじゃ、君はいつまでここに?」

 ウラボスの質問の意図がつかめずに受付嬢は眉をひそめる。

 「…17時ですが、それがなにか?」

 「だったら、依頼をそれまでに完了してみせるよ」

 「はぁ!?」

 突拍子もないことを言い出すウラボスに受付嬢は驚愕した。リアーナも同様の反応だ。

 「バカなことを仰らないで下さい! 先ほども申し上げたように、庭は広くて屋敷は大きいんです。それを踏まえた上での期間が3日間なんですよ!?」

 「大丈夫、大丈夫。俺とリアーナならできるさ。そしたら、少しは俺たちのことを信用できるだろ?」

 ウラボスは自信たっぷりだった。



 資産家ケルアンの屋敷はキャルトの郊外に建てられていた。

 「なるほどねぇ。けっこうなボロ屋敷だ。資産家の家とは思えないな」

 ケルアン邸の門扉の前に立ち、鉄柵の向こう側に見える荒れ果てた庭とあちこち傷んだ邸宅を見てウラボスが率直な感想を声に出す。

 「ちょっと! 失礼だよ」

 その横でリアーナがいさめる。

 「それじゃあ、何も知らされてなかったとして、ここが資産家の家だと思うか?」

 ウラボスはどこか悪戯っぽい笑みで訊く。

 「それは……」

 口ごもるリアーナを見て、ウラボスは愉快そうに笑う。

 「もう……」

 リアーナは頬を膨らませてそっぽを向く。

 「さぁて、さっさと入ろうぜ」

 ウラボスは門扉を開けて中に入る。リアーナがその後に続く。

 コンコン

 玄関のドアをノックする。

 「そういえば、メイドがいるんだっけか」

 扉が開けられるまでの間、ウラボスが思い出したように言う。

 「うん。ギルドの人がそんなことを言ってたね」

 リアーナが言うと、ウラボスは期待にニンマリとして扉が開く瞬間を待つ。

 果たしてその時がやってきた。扉が開き、姿を現したのはメイド服に身を包んだ老女だった。途端にウラボスが失望したようにガックリと肩を落とす。その様子にリアーナが苦笑している。

 「なんだ、婆さ……」

 ウラボスが最後まで言い終わる前にリアーナによって後頭部を叩かれてしまう。

 「おやまぁ、どちら様でしょうか?」

 老メイドが訊く。

 「私たちは冒険者ギルドに出された依頼を見て来ました。私がリアーナ、こっちがウラボスといいます」

 「それはまぁ! ご苦労様。では、まずは旦那様に会っていただくとしましょう。こちらへどうぞ」

 老メイドはウラボスとリアーナを応接室へと案内すべく先に立って歩いていく。



 通された応接室には多数の高価そうな調度品が並んでいた。

 老メイドがケルアンを呼ぶために退出する。

 「うわぁ…高そうな物ばっかり……。こういうとこはさすがに資産家って感じがするね」

 周りを見回しながらリアーナがしみじみと話す。側ではウラボスがソファーに腰を沈め、期待はずれの老メイドのことを考えてため息をついている。



 「お待たせしました。当家の主ケルアン様がお見えになられました」

 再び現れた老メイドの後ろには白髪頭の男の姿があった。リアーナが一礼するとケルアンは片手を上げて応える。

 「よく来たな。既に承知だとは思うが、あんたらには3日の間に屋敷の雑用を終えてもらう。いいな?」

 「生憎だけどさ、俺たちはそんなに時間をかけるつもりはないんだ」

 ウラボスの言葉に対してケルアンは鼻で笑う。

 「大した自信じゃないか。だがな、それが口だけなんてことはないんだろうな?」

 「やってみればわかるさ。まずは俺たちがやる仕事を全部書き出してもらおうか」

 「いいだろう。後で吠え面をかいてもしらんぞ」

 ケルアンはペンと紙を用意し、仕事内容を書き出す。

 庭の手入れ、屋敷の補修及び清掃、愛犬の散歩、料理

 ウラボスとリアーナは渡された紙に書かれていた要項を一読する。

 (料理? ギルドで確認した依頼書にはそんなことは書いていなかったはずだ。ちっ、このジジイめ……)

 ウラボスの心の内を見抜いてかケルアンはニタリと笑っている。

 「ねぇ、どうしよう……。ここの敷地の広さからいって、今日一日じゃ終わらないよ…」

 隣のリアーナが不安げな声を漏らす。

 「リアーナ、料理はできるか?」

 「へ? あっ……うん。料理ならなんとかできると思うけど……。ほかはどうするの?」

 「なら料理は任せた。ほかのは俺が引き受ける」

 ウラボスは自信ありげに口角をあげる。

 「さて、と。じゃあ早速始めるとするか!」

 ウラボスはソファーから立ち上がると窓辺に向かう。それからおもむろに窓を開けると外へと飛び出す。

 「ちょ、ちょっと!」

 リアーナは慌てて窓辺へと駆け寄り、身を乗り出す。

 ウラボスは空中に浮いていた。飛行魔術フライングだ。そのまま屋根の上まで浮上すると眼下の庭を一望する。

 「真空刃魔術ウインド・カッター

 ウラボスの魔力によって発生した真空の刃が庭一面の雑草をみるみる刈っていく。しかも、驚くことに植えられている樹木や屋敷の壁などは一切傷つけていない。よほど魔力の扱いに長けた者でなければ到底真似できない神業である。

 「な、なんと……」

 ケルアンも驚きを隠せないでいた。ウラボスが並外れた実力を持つ魔術師であると認識していたはずのリアーナでさえも言葉をなくしていた。

 数分後には庭の雑草はきれいに刈り終えられていた。

 「ほい。庭の草刈りは終了…と」

 ウラボスは屋根から応接室に戻ってくる。

 「な…なかなかやりおるな。だが、この屋敷の修復と掃除はどうする?」

 ケルアンは意地の悪い笑みを浮かべてウラボスを見やる。

 「問題ない。じいさん、修復箇所のメモをもらおうか」

 「くっ、この減らず口が…」

 ケルアンは余裕をなくさないウラボスを忌々しげに見ながら、屋敷の修復箇所を書いたメモを渡す。

 「分身魔術コピー・ドール

 ウラボスは魔術により自らの分身を10体作り出した。

 「ばかな!? 一気に10体など制御しきれんぞ!」

 ケルアンは底知れぬ実力を見せる青年に目を見張らずにはいられない。だが、目の前にいる青年は涼しい顔でやってのけ、本体と10体の分身は散開し、各所で作業を開始しているではないか。

 (私も頑張らなきゃ!! ウラボスなら本当に時間までに全部終わらせられそう。私だって負けてられない!)

 リアーナもすぐさま行動する。

 「あの、キッチンはどちらですか?」

 「ご案内しますので、ついてきてくださいな」

 老メイドは微笑むとキッチンに向けて歩き出す。そのあとをリアーナがついていき、応接室にはケルアンだけが残された。



 「フフフフ……」

 キッチンで調理を開始するリアーナの横で、老メイドは手伝いながら静かに笑んでいる。

 「…あの、どうかしましたか?」

 リアーナが訊くと老メイドは目を細める。

 「あら、ごめんなさいね。リアーナさんはウラボスさんとは付き合いが長いのかしら?」

 「いえ、実は最近知り合ったばかりなんです」

 「まぁ! ずいぶんと仲がよかったように思えたものだから、てっきり……」

 「私、彼には頼りっぱなしで……。なんだか情けないです……」

 「でも、ウラボスさんはリアーナさんの側にいるじゃない。それはただの気まぐれかもしれない。だけど、あなたのことを気に入ってなければ離れているんじゃなくて?」

 「それは…」

 「フフフ。リアーナさんはもう少しご自分に自信を持たれたほうがよろしいですね」

 優しく語りかける老メイドにリアーナは自然と笑みがこぼれる。



 「お疲れ様」

 料理を全て完成させたリアーナの労をねぎらう老メイド。

 「いえ。ケルアンさんのお口に合えばいいんですが」

 「これならバッチリですよ」

 「ありがとうございます」

 「それにしても、リアーナさんはお料理が上手なのね。きっと、いいお嫁さんになれるわね」

 老メイドはリアーナの調理の際の手際のよさに感心する。

 「いえ、そんな……」

 リアーナは、面と向かって褒められ、気恥ずかしさから目をふせてしまう。



 10体もの分身とともにケルアン邸の修繕と清掃を終え、ウラボスはケルアンの愛犬バングの元へとやってきた。

 「グルルルル…」

 見知らぬ人間に警戒心を露にするバングを前に、ウラボスは僅かも怯まない。

 「そう怒るなよ。散歩に行こうってだけじゃないか」

 一歩近づくウラボスに対してバングは前傾姿勢になり、今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。

 「まったく……。こんなのを放し飼いにしてるとはね」

 「ワッハッハ。バングは無闇に他人に襲いかかりはせんさ。じゃがな、あまり近づき過ぎると責任はもたんぞ」

 様子を見に来たケルアンが愉快げに高笑いをする。依頼人の飼い犬に手を出すわけにはいかない以上、バングを散歩させるのは不可能だと確信しているのが見て取れる。

 (はぁ……。どこまでひねくれたじいさんなんだか。まぁ、いいや。こいつの散歩もさっさと終わらせるか)

 ウラボスは猛烈な威嚇を続けるバングにかまわず、さらに近づいていく。

 「ガウッ!」

 遂にバングがウラボスに飛び掛かる。が、ウラボスはあっさりと攻撃をかわす。

 着地したバングは再び前傾姿勢になり、次の攻撃体勢をとる。

 「いい加減におとなしくしろよ、ワン公」

 ウラボスはバングを睨めつける。その異様なまでの威圧感にバングはこれまでに感じたこともない恐怖におそわれた。そして、生存本能が「こいつには逆らうな」と告げているのを感じる。恐怖心からあっさりと降伏し、ウラボスに服従する。

 「よしよし、いい子だ。散歩なんぞさっさと終わらせるぞ」

 「ワン」

 すっかりおとなしくなったバングはウラボスについて歩き出す。その光景をケルアンは愕然と見送るのだった。



 バングは今や忠実なるしもべとなり、ウラボスの少し前を「ご主人様のお通りだ!」とばかりに闊歩している。

 「さて。俺の仕事はこれで終わりなんだけど、リアーナのほうは大丈夫なのかね……」

 ウラボスは一抹の不安を独り言で呟く。

 「ワンワンワンワン!」

 とある民家の前を通りかかった時、軒先に鎖で繋がれていた犬がバングの姿を見るなり吠えたててきた。バングは立ち止まって相手の犬に向かって牙をむき出しにする。

 「おいおい。お前たちのケンカになんか付き合ってられないぞ」

 と言ったところで、2匹のケンカはおさまるはずもなく、吠え合いはますますヒートアップしていく。

 「おい、そこの鎖で繋がれてるほうのワン公。今日は黙って通してくれないか? んで、バングはさっさと歩く。オーケー?」

 熱くヒートアップしていた2匹だったが、ウラボスの底知れぬ威圧感に圧倒されて一瞬にしてクールダウンする。鎖で繋がれた犬は頭から犬小屋へ突っ込んで身震いし、バングは何事もなかったかのように歩を進めた。 



 「お疲れさま!」

 バングの散歩からケルアン邸に戻ったウラボスをリアーナが出迎える。

 「お疲れ。もう片付いたのか?」

 「うん!」

 「そっか。それじゃ、じいさんの所へいこうか」

 ケルアンが提示した依頼内容を完了したウラボスはリアーナとともにケルアンの自室へと向かう。



 「まさか、本当に今日中に終わらせてしまうとは……。おまえ、何者だ?」

 ケルアンは信じられないといった面持ちでウラボスを見ながら訊く。

 「何者でもないよ。ただの村人さ」

 「ただの村人じゃと? ふん、あれほどの実力を見せつけておいてよくもぬけぬけと!」

 ケルアンはウラボスの正体を探るように視線を送る。

 「ただいま、お祖父様!」

 突然、部屋の扉が開き、幼い少女が飛び込んできた。

 「……おお! カルリちゃん!!」

 現れた少女をケルアンは満面の笑みで迎える。

 「カルリちゃんや、どうしたんじゃ!? 到着は明後日じゃったのにずいぶんと早かったんじゃのぅ。報せてくれればよかったのにぃ……」

 「エヘヘ…。お祖父様とお婆様に早く会いたかったからきちゃったの」

 「嬉しいこと言ってくれるのぉ!」

 ケルアンはデレデレとした顔で少女をハグして頬擦りする。もはや先ほどまでとは別人としか思えないほどである。

 (このジジイ。変わり過ぎだろ)

 ウラボスはケルアンの豹変ぶりに半ば呆れている。

 「おやまあ、いらっしゃい! 早かったのねぇ」

 カルリの声を聞きつけてやって来た老メイドが少女の頭を優しくなでる。

 「お婆様!」

 カルリはケルアンから離れると、今度は老メイドに抱きつく。

 「お、お婆様!?」

 驚いて声をあげたのはリアーナだった。

 「フフフ…。騙すようなことをしてごめんなさいね。私はケルアンの妻ラミーナと申します」

 改めて名乗った老メイドはウラボスとリアーナに深々と頭を下げる。

 「でも、どうして奥様がメイド服を?」

 「フフ…。私、昔は本当にこのお屋敷に仕えるメイドだったのよ。あなた方が来る少し前にお掃除を始めようとしてたの。そしたら、昔着ていたこの服を見つけて、懐かしくなって着てみたのよ。そんな時、ウラボスさんとリアーナさんが来て下さって、ついそのままの格好で出てしまったというわけ」

 「この人たちはだぁれ?」

 カルリは見知らぬ客人たちのことをケルアンとラミーナに訊ねる。

 「この方たちは冒険者ギルドから来てくれた人たちよ」

 「ふーん。ねぇ、モンスターと戦ったりするの!?」

 カルリが興味津々といった口調で訊ねる。

 「うん、そういうお仕事もあるわよ」

 「へぇ、そうなんだぁ! やっぱりモンスターと戦う時って怖いの?」

 「そうね。とっても怖いわ」

 「だったら、怖い思いをしてまで戦うのはどうして?」

 改めて訊かれて、リアーナは少し考える。

 「私は憧れてる人がいるの。その人みたいになるためには逃げてばかりじゃダメなんだと思う。だから、怖くても戦えるのかな」

 「そっか。お姉ちゃんはがんばり屋さんなんだね!」

 「私なんてまだまだなんだけど……。ありがと」

 リアーナは笑む。

 「さあ、仕事が済んだならさっさと行くがいい」

 和やかの雰囲気を打ち消すようにケルアンが言う。

 「あなた!」

 ラミーナがいさめるも聞く耳を持たないようである。

 「珍しく意見が一致したな。俺としても早いところギルドに戻って完了報告したいものだ」

 「んもぅ、ウラボスったら…。でも、私たちはこれで失礼します」

 「なんだか、主人が失礼なことばかり言って申し訳なかったわね」

 「いえいえ。お気になさらないでください。それでは失礼します」

 頭を下げるラミーナに逆に恐縮してしまうリアーナだったが、ケルアンたちに一礼するとウラボスとともにケルアン邸を出て、夕暮れの町へと消えていった。
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