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1章 出会いの町キャルト
STORY7 デート
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目覚めたばかりの視界に天井がうつる。
リアーナはゆっくりと上体を起こす。ベッドの上に寝かされていた。部屋には見覚えがある。キャルトの宿屋の客室だ。窓からは陽光が差し込んでいる。
(私、どうして?……)
ぼんやりとした頭で記憶をたどる。
「そうだ、ラギは!?」
記憶がはっきりと甦る。勝利を確信した一瞬の隙をつかれて首を絞められ、意識をなくしてしまったのだ。
では、どうして宿に戻っているのだろうか。
(もしかして、ウラボスが?)
頼れる仲間を探すため、寝台から抜け出して一階へと下りる。
「おっ、目が覚めたかい。昨夜はお疲れ」
リアーナの姿をいち早く見つけたウラボスが片手を挙げる。
「ごめん。また、迷惑かけちゃったみたいだね……」
「べつに迷惑だとは思っちゃいないさ」
落ち込むリアーナにウラボスは答える。
「うん、ありがとう。…それで、その、ラギはどうなったの?」
「捕まえたよ」
「そっか…。よかった! それじゃ、これ以上の犠牲は出ないね」
「ああ。ギルドへの報告と警備隊へのラギの引き渡しは済ませた。こいつは依頼達成の報酬だ。半分は俺がもらってるけどね」
ウラボスが封筒に入ったリアーナの取り分を手渡す。
「ありがと。でも、私が受け取ってもいいのかな…。事件を解決したのはウラボスなんだし……」
ウラボスはクスッと鼻で笑う。
「俺が駆けつけるまでの間、ラギの足止めをしてたじゃないか。正直、かなり危ないところだったけど」
「そう、それよ! どうして私とラギの居場所がわかったの?」
「それは…」
ウラボスはラギに話したのと同じ説明をリアーナに聞かせる。
「うっそぉ…。それって追跡糸魔術を使ったってことだよね? でも、あの魔術って対象とあまりに離れすぎると糸が消滅しちゃうはず……」
「糸の強度は術者によって違うもんさ。俺の場合、あれくらいの距離なら問題なし!」
(そりゃそうでしょうけど、あの距離で問題なしと言えるなんて普通じゃないよ?)
リアーナは底なしの実力を持つウラボスに言葉を失くしてしまう。
「ところで、俺から提案があるんだけど」
ウラボスが話題を変える。
「提案?」
「ああ。すぐに次の依頼を受けてもいいんだけど、今日は休まないか?」
「え? あっ、うん。それはかまわないんだけど…」
予想もしない言葉にリアーナは戸惑いを隠せない。
「よし、決まりだな!」
「何かしたい事でもあるの?」
リアーナは思いきって訊いてみる。
「いいや。特に予定はないよ。たぶん一日中寝てるんじゃないかな。そんなゆっくりした日もいいもんさ」
(やっぱり無理させちゃってるのかな…。だったら、絶対にゆっくりしてもらわなきゃ!)
「ねぇ! ウラボスにはいつも面倒かけちゃってるんだし、手料理をご馳走させてくれないかな!?」
リアーナが身を乗り出す。
(うーん。リアーナの気分転換になればと思ったんだけどなぁ……)
ウラボスの考えとは裏腹にリアーナはやる気満々である。
「せっかくの休日なんだから、リアーナもゆっくりしなよ」
「ううん、私なら大丈夫よ。それよりもウラボスに日頃のお礼がしたい!」
(まいったな…)
予想外の展開に苦笑するウラボス。
「だったらさ、二人でどこかに出掛けようよ。それならお互いに楽しめるだろ?」
(え?……それって、もしかしてデートのお誘い!?)
赤面しながら戸惑っている少女をウラボスは見つめる。
「……あ、うん。もちろんいいよ」
「なら、食事を済ませたら出掛けようか」
「うん!」
ウラボスとリアーナは食事を済ませて自室に戻り、支度を整えるのだった。
◎
「お待たせ!」
宿屋の前で待つウラボスにリアーナが声をかける。この時ばかりはレイピア、レザーアーマー、ガントレットといった装備は外している。
「それじゃ、どこに行こっか?」
「それなんだけどさ、市場を覗いてみないか?」
「うん。私はオッケーだよ。ウラボスは何か見たいものがあるの?」
「そういうわけじゃないんだけど、キャルトに来てから行ったことがなかっただろ? 武器屋ウェポンズは市場からは離れてるしね」
「そういえばそうね。私たち冒険者が立ち寄るようなお店って普通の市場とは離れてることが多いもんね」
納得するリアーナ。
「たまにはそんな普通の店を回ってみるのもいいだろ」
「うん、賛成! それじゃ行こう!」
目的地も決まり、ウラボスとリアーナは市場に向けて歩きだした。
◎
「お休みなのにウッドロッドを持ち歩くんだね」
キャルトの市場へとやってきた。リアーナは隣を歩くウラボスに話しかける。
「ああ。べつに理由はないんだけど、なんとなくね」
「ふーん。もしかして、ちょっぴりお気に入り?」
「アハハ…。ウェポンズの店主はユグドラシル・ロッドだとか言ってたからね。そりゃ大事にしなきゃ!」
リアーナも思い出して笑う。
「あの時は店主さんにちょっと同情しちゃった。だって、泣きそうになってたよ」
「まっ、あのおっさんも少しは懲りてあこぎな商売は控えるだろうさ。…いや、無理か」
「おっ、そこ行くご両人!」
会話を楽しみながら歩くリアーナとウラボスに露店商の男が声を掛けてきた。二人は顔を見合せて近づいていく。
「へへへへ。うちの自慢の商品を見てっておくれよ」
男は目の前に広げた商品を薦める。アクセサリー類、刀剣類や槍などの武具、はたまた衣類など実に多様な商品が所狭しと並べられている。
「どれどれ……」
リアーナは興味深げに商品を見る。
「何か気になる物でもあったかい?」
「うん、どれもかわいい…」
リアーナはアクセサリー系の商品に釘付けになっている。
「よし、一つだけプレゼントするよ」
「えっ!? そんなのしてもらう理由がないよ」
驚いて顔を上げるリアーナにウラボスは微笑む。
「いいじゃないか。俺がリアーナにプレゼントしたいんだ」
「うっ……」
赤面して俯いてしまうリアーナ。
「それとも、俺からの贈り物は嫌とか?」
「そんなことない!! ……でも、ほんとにいいの?」
確認するリアーナに頷くウラボス。
「エヘヘ」
リアーナは少し照れながらも嬉しそうな笑顔を見せて商品に視線を落とす。
「……うん、決めた! やっぱりこれが一番いい!!」
リアーナは商品を一通り見終えて、その中からペンダントを一つ手に取る。
「お目が高いね、お嬢さん。そいつは願いのペンダントといって、願いを込めて身に付けてれば、いつか叶うっていわれてるんだぜ」
「わぁ、素敵!」
露店商の話を聞いてますます気に入った様子のリアーナ。
「それじゃ、こいつをもらおうか」
「まいどあり!」
ウラボスは代金の支払いを済ませる。
「ありがと! 大切にするね!!」
「兄さん、ネックレスをお嬢さんにつけてあげなよ」
ウラボスは露店商の助言に従い、ネックレスをリアーナにつける。
「フフ…」
リアーナは微笑みを浮かべる。
「さて、それじゃ行こうか」
「うん!」
「また、よろしくお願いしまーす!」
露店商の男の元気な声を背中に二人は市場の散策を再開する。
◎
「ふぅ…。ちょっと疲れちゃったね」
市場に並ぶ商店や露店を回り、公園へと来たリアーナとウラボスはベンチに腰をおろす。
「そうだな。予想してたよりもずいぶんと歩いたからな」
「うん。…あっ、そうだ! ちょっと待っててね」
腰をおろして間もないというのにどこかへ駆け出すリアーナ。
(どうしたんだ?)
ウラボスは遠ざかっていく背中を無言で見送る。
(やれやれ。これで少しは元気が戻ったか。反省するのはいいんだけど、リアーナの場合は少しばかり引きずり過ぎる傾向にあるみたいだからな…)
頭上の青空を見上げる。
(ちょっと前まではこんな生活を送るなんて考えもしなかった。シークレット・パレスに居たころは退屈で孤独な毎日を繰り返すだけだったな)
ほんの数日前のことを思い出して笑む。
「お待たせ!」
戻ってきたリアーナの左右の手にはソフトクリームがあり、片方をウラボスに差し出す。
「ありがとう」
礼を言いつつソフトクリームを受け取る。
「わざわざ買ってきてくれたのか。…あっ、そうだ」
財布を取り出そうとするウラボスをリアーナが制止する。
「これは私の奢り。さっきのネックレスのお礼だよ」
「……それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
二人はソフトクリームを食べながら何気ない雑談に花を咲かせる。
突然、決心したようにウラボスを見るリアーナ。
「……ちょっと訊いてもいい?」
「ああ」
「ウラボスってさ、私と出会う前はどんなことをしてたの?」
ウラボスは無言になる。
「あっ、ごめんなさい! 言いたくなかったらそれでもいいの。なんていうか、ちょっと気になっただけだから。ほら、ウラボスってどう考えても村人って感じじゃないから……。もしかして、ものすごく高名な魔術師だったりして…とか。でも、そうだよね。やっぱり他人の過去を詮索するなんてダメだよね」
空気を悪くしてしまったかと焦って早口になるリアーナをウラボスは微笑みを浮かべて見る。
「俺の過去、か。自分でもよく憶えてないんだよなぁ」
「それって?」
「そのままの意味さ。いわゆる記憶喪失ってやつかな」
「ウラボスが…記憶喪失?」
リアーナの表情が固まる。
「けど、俺自身はあまり気にしてないんだ。過去なんかよりも今を楽しみたいと思ってる」
「…そうだったんだね……。それじゃ、スライムの群れに襲われた村にいたのって…」
ウラボスは頷く。
「ただの偶然さ。あの村の出身じゃない…と思う」
「そっか。でもね、私はあの村でウラボスと出会えて良かったって思ってるよ。あなたにどんな過去があったとしても、これからも一緒に冒険したい!」
「ああ。言われなくてもそのつもりさ。リアーナを勇者にしなくちゃな」
ニッと笑ってソフトクリームの最後の一口をたいらげる。
その笑顔に安心感を得たリアーナもまた笑顔を返す。
「あっ、あそこ!」
不意にリアーナが指をさし、ウラボスもそちらに視線を向ける。そこにはピンクの猫が1匹歩いていた。
「すごぉい! ピンクの猫ちゃんなんて珍しいね」
(あの猫は……)
リアーナは見たことも聞いたこともない猫を目撃して目を丸くしているが、ウラボスは別の意味でその猫が気になっていた。
やがて、二人の視線に気付いた猫はそのままどこかに走り去ってしまう。
「行っちゃった…。私、初めて見たよ」
「……いなくなったものはしかたないさ。それじゃ、もうすぐ昼飯の時間だし宿屋に戻るとしようか」
がっかりして名残惜しそうにしているリアーナを促し、帰路へとついた。
リアーナはゆっくりと上体を起こす。ベッドの上に寝かされていた。部屋には見覚えがある。キャルトの宿屋の客室だ。窓からは陽光が差し込んでいる。
(私、どうして?……)
ぼんやりとした頭で記憶をたどる。
「そうだ、ラギは!?」
記憶がはっきりと甦る。勝利を確信した一瞬の隙をつかれて首を絞められ、意識をなくしてしまったのだ。
では、どうして宿に戻っているのだろうか。
(もしかして、ウラボスが?)
頼れる仲間を探すため、寝台から抜け出して一階へと下りる。
「おっ、目が覚めたかい。昨夜はお疲れ」
リアーナの姿をいち早く見つけたウラボスが片手を挙げる。
「ごめん。また、迷惑かけちゃったみたいだね……」
「べつに迷惑だとは思っちゃいないさ」
落ち込むリアーナにウラボスは答える。
「うん、ありがとう。…それで、その、ラギはどうなったの?」
「捕まえたよ」
「そっか…。よかった! それじゃ、これ以上の犠牲は出ないね」
「ああ。ギルドへの報告と警備隊へのラギの引き渡しは済ませた。こいつは依頼達成の報酬だ。半分は俺がもらってるけどね」
ウラボスが封筒に入ったリアーナの取り分を手渡す。
「ありがと。でも、私が受け取ってもいいのかな…。事件を解決したのはウラボスなんだし……」
ウラボスはクスッと鼻で笑う。
「俺が駆けつけるまでの間、ラギの足止めをしてたじゃないか。正直、かなり危ないところだったけど」
「そう、それよ! どうして私とラギの居場所がわかったの?」
「それは…」
ウラボスはラギに話したのと同じ説明をリアーナに聞かせる。
「うっそぉ…。それって追跡糸魔術を使ったってことだよね? でも、あの魔術って対象とあまりに離れすぎると糸が消滅しちゃうはず……」
「糸の強度は術者によって違うもんさ。俺の場合、あれくらいの距離なら問題なし!」
(そりゃそうでしょうけど、あの距離で問題なしと言えるなんて普通じゃないよ?)
リアーナは底なしの実力を持つウラボスに言葉を失くしてしまう。
「ところで、俺から提案があるんだけど」
ウラボスが話題を変える。
「提案?」
「ああ。すぐに次の依頼を受けてもいいんだけど、今日は休まないか?」
「え? あっ、うん。それはかまわないんだけど…」
予想もしない言葉にリアーナは戸惑いを隠せない。
「よし、決まりだな!」
「何かしたい事でもあるの?」
リアーナは思いきって訊いてみる。
「いいや。特に予定はないよ。たぶん一日中寝てるんじゃないかな。そんなゆっくりした日もいいもんさ」
(やっぱり無理させちゃってるのかな…。だったら、絶対にゆっくりしてもらわなきゃ!)
「ねぇ! ウラボスにはいつも面倒かけちゃってるんだし、手料理をご馳走させてくれないかな!?」
リアーナが身を乗り出す。
(うーん。リアーナの気分転換になればと思ったんだけどなぁ……)
ウラボスの考えとは裏腹にリアーナはやる気満々である。
「せっかくの休日なんだから、リアーナもゆっくりしなよ」
「ううん、私なら大丈夫よ。それよりもウラボスに日頃のお礼がしたい!」
(まいったな…)
予想外の展開に苦笑するウラボス。
「だったらさ、二人でどこかに出掛けようよ。それならお互いに楽しめるだろ?」
(え?……それって、もしかしてデートのお誘い!?)
赤面しながら戸惑っている少女をウラボスは見つめる。
「……あ、うん。もちろんいいよ」
「なら、食事を済ませたら出掛けようか」
「うん!」
ウラボスとリアーナは食事を済ませて自室に戻り、支度を整えるのだった。
◎
「お待たせ!」
宿屋の前で待つウラボスにリアーナが声をかける。この時ばかりはレイピア、レザーアーマー、ガントレットといった装備は外している。
「それじゃ、どこに行こっか?」
「それなんだけどさ、市場を覗いてみないか?」
「うん。私はオッケーだよ。ウラボスは何か見たいものがあるの?」
「そういうわけじゃないんだけど、キャルトに来てから行ったことがなかっただろ? 武器屋ウェポンズは市場からは離れてるしね」
「そういえばそうね。私たち冒険者が立ち寄るようなお店って普通の市場とは離れてることが多いもんね」
納得するリアーナ。
「たまにはそんな普通の店を回ってみるのもいいだろ」
「うん、賛成! それじゃ行こう!」
目的地も決まり、ウラボスとリアーナは市場に向けて歩きだした。
◎
「お休みなのにウッドロッドを持ち歩くんだね」
キャルトの市場へとやってきた。リアーナは隣を歩くウラボスに話しかける。
「ああ。べつに理由はないんだけど、なんとなくね」
「ふーん。もしかして、ちょっぴりお気に入り?」
「アハハ…。ウェポンズの店主はユグドラシル・ロッドだとか言ってたからね。そりゃ大事にしなきゃ!」
リアーナも思い出して笑う。
「あの時は店主さんにちょっと同情しちゃった。だって、泣きそうになってたよ」
「まっ、あのおっさんも少しは懲りてあこぎな商売は控えるだろうさ。…いや、無理か」
「おっ、そこ行くご両人!」
会話を楽しみながら歩くリアーナとウラボスに露店商の男が声を掛けてきた。二人は顔を見合せて近づいていく。
「へへへへ。うちの自慢の商品を見てっておくれよ」
男は目の前に広げた商品を薦める。アクセサリー類、刀剣類や槍などの武具、はたまた衣類など実に多様な商品が所狭しと並べられている。
「どれどれ……」
リアーナは興味深げに商品を見る。
「何か気になる物でもあったかい?」
「うん、どれもかわいい…」
リアーナはアクセサリー系の商品に釘付けになっている。
「よし、一つだけプレゼントするよ」
「えっ!? そんなのしてもらう理由がないよ」
驚いて顔を上げるリアーナにウラボスは微笑む。
「いいじゃないか。俺がリアーナにプレゼントしたいんだ」
「うっ……」
赤面して俯いてしまうリアーナ。
「それとも、俺からの贈り物は嫌とか?」
「そんなことない!! ……でも、ほんとにいいの?」
確認するリアーナに頷くウラボス。
「エヘヘ」
リアーナは少し照れながらも嬉しそうな笑顔を見せて商品に視線を落とす。
「……うん、決めた! やっぱりこれが一番いい!!」
リアーナは商品を一通り見終えて、その中からペンダントを一つ手に取る。
「お目が高いね、お嬢さん。そいつは願いのペンダントといって、願いを込めて身に付けてれば、いつか叶うっていわれてるんだぜ」
「わぁ、素敵!」
露店商の話を聞いてますます気に入った様子のリアーナ。
「それじゃ、こいつをもらおうか」
「まいどあり!」
ウラボスは代金の支払いを済ませる。
「ありがと! 大切にするね!!」
「兄さん、ネックレスをお嬢さんにつけてあげなよ」
ウラボスは露店商の助言に従い、ネックレスをリアーナにつける。
「フフ…」
リアーナは微笑みを浮かべる。
「さて、それじゃ行こうか」
「うん!」
「また、よろしくお願いしまーす!」
露店商の男の元気な声を背中に二人は市場の散策を再開する。
◎
「ふぅ…。ちょっと疲れちゃったね」
市場に並ぶ商店や露店を回り、公園へと来たリアーナとウラボスはベンチに腰をおろす。
「そうだな。予想してたよりもずいぶんと歩いたからな」
「うん。…あっ、そうだ! ちょっと待っててね」
腰をおろして間もないというのにどこかへ駆け出すリアーナ。
(どうしたんだ?)
ウラボスは遠ざかっていく背中を無言で見送る。
(やれやれ。これで少しは元気が戻ったか。反省するのはいいんだけど、リアーナの場合は少しばかり引きずり過ぎる傾向にあるみたいだからな…)
頭上の青空を見上げる。
(ちょっと前まではこんな生活を送るなんて考えもしなかった。シークレット・パレスに居たころは退屈で孤独な毎日を繰り返すだけだったな)
ほんの数日前のことを思い出して笑む。
「お待たせ!」
戻ってきたリアーナの左右の手にはソフトクリームがあり、片方をウラボスに差し出す。
「ありがとう」
礼を言いつつソフトクリームを受け取る。
「わざわざ買ってきてくれたのか。…あっ、そうだ」
財布を取り出そうとするウラボスをリアーナが制止する。
「これは私の奢り。さっきのネックレスのお礼だよ」
「……それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
二人はソフトクリームを食べながら何気ない雑談に花を咲かせる。
突然、決心したようにウラボスを見るリアーナ。
「……ちょっと訊いてもいい?」
「ああ」
「ウラボスってさ、私と出会う前はどんなことをしてたの?」
ウラボスは無言になる。
「あっ、ごめんなさい! 言いたくなかったらそれでもいいの。なんていうか、ちょっと気になっただけだから。ほら、ウラボスってどう考えても村人って感じじゃないから……。もしかして、ものすごく高名な魔術師だったりして…とか。でも、そうだよね。やっぱり他人の過去を詮索するなんてダメだよね」
空気を悪くしてしまったかと焦って早口になるリアーナをウラボスは微笑みを浮かべて見る。
「俺の過去、か。自分でもよく憶えてないんだよなぁ」
「それって?」
「そのままの意味さ。いわゆる記憶喪失ってやつかな」
「ウラボスが…記憶喪失?」
リアーナの表情が固まる。
「けど、俺自身はあまり気にしてないんだ。過去なんかよりも今を楽しみたいと思ってる」
「…そうだったんだね……。それじゃ、スライムの群れに襲われた村にいたのって…」
ウラボスは頷く。
「ただの偶然さ。あの村の出身じゃない…と思う」
「そっか。でもね、私はあの村でウラボスと出会えて良かったって思ってるよ。あなたにどんな過去があったとしても、これからも一緒に冒険したい!」
「ああ。言われなくてもそのつもりさ。リアーナを勇者にしなくちゃな」
ニッと笑ってソフトクリームの最後の一口をたいらげる。
その笑顔に安心感を得たリアーナもまた笑顔を返す。
「あっ、あそこ!」
不意にリアーナが指をさし、ウラボスもそちらに視線を向ける。そこにはピンクの猫が1匹歩いていた。
「すごぉい! ピンクの猫ちゃんなんて珍しいね」
(あの猫は……)
リアーナは見たことも聞いたこともない猫を目撃して目を丸くしているが、ウラボスは別の意味でその猫が気になっていた。
やがて、二人の視線に気付いた猫はそのままどこかに走り去ってしまう。
「行っちゃった…。私、初めて見たよ」
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