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1章 出会いの町キャルト
STORY8 サイクロプス襲来!?
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今日もウラボスとリアーナは宿屋にて朝食の真っ最中である。
「昨日はありがと。おかげで楽しかった」
リアーナが向かいの席で焼きたてのパンを頬張る青年に話しかける。
「いやいや。俺のほうこそ楽しませてもらったよ」
ウラボスはニコリと笑って答える。
「どうぞ」
宿屋の給仕係の少女がテーブルに卵焼きが盛り付けられた皿を置く。
「あの、注文してないですけど?」
「お店からのサービスです」
遠慮がちなリアーナに少女は答えた。
「えっ、そうなんですか? でも、どうして?」
「そりゃ、あんたらが強盗ラギを取っ捕まえてくれたからさ!」
少女に代わって、店の奥から出てきた小太りの女性が答える。暁の渡り鳥が滞在している、この宿屋兼酒場の女将だ。
「それは…」
言いかけるリアーナを制して女将が続ける。
「あんたらにとっては仕事をしただけなんだろうさ。けどね、あたしらにとっちゃラギが捕まったことでどれだけ救われるか。ラギといえば、押し入った家の人間を皆殺しにするような残虐非道な強盗だろ。そんなやつがうろついてたんじゃ、いつ自分が襲われるかかわったもんじゃない。警備隊の連中も手を焼いてたみたいだしさ。だからね、あたしからの気持ちだと思って食べとくれよ!」
「でも…」
「だいたい警備隊も頼りないんだよねぇ。それに、こんな田舎町のギルドじゃ腕利きの冒険者はなかなか来ちゃくれないんだよ。いやぁ、あんたらが来てくれて本当によかったよ。でなきゃ、あたしだってそのうち被害に遭ってたかもしれないからね」
「…あの?…」
「もしもうちに押し入られたら、宿泊してくれてるお客さんだって危ないじゃないかい。あたしゃ、そんなこと考えるともう怖くて怖くてねぇ! それにしても、あんたらは大したもんだよ。まだ若いのにこんな手柄を立てちまうなんて将来有望だねぇ。もしかしたら伝説の冒険パーティーなんて呼ばれる日がく……」
「わぁ、嬉しいなぁ!! こんな美味しそうな卵焼きをもらえるなんてラッキー! さぁ、冷めないうちに食べようか!」
女将の終わりがみえないマシンガントークを遮るように声高に言い、ウラボスは卵焼きを一つ食べる。
「あらやだ。あたしったら……。ごめんねぇ。ついつい話し込んじゃって。それじゃ、ごゆっくり!」
女将はすまなそうに頭を下げると、給仕係の少女を連れて仕事に戻る。
「なんだか、すごかったね……」
リアーナはてきぱきと仕事をこなしている女将を見ながら苦笑した。
◎
バーン!
「大変です!」
朝食を食べ終えた直後、宿屋の入り口の扉を乱暴に開けてギルドの受付嬢が飛び込んできた。
「ど、どうしたんですか!?」
顔見知りの人物が突然に訪問したことに驚くリアーナ。
「あっ、リアーナさん! それにウラボスさんも!!」
二人の姿を見つけたギルドの受付嬢が駆け寄ってくる。
「大変なんです! 今すぐ力を貸してください!!」
いつもの落ち着きなど微塵もない。なんらかの緊急事態が起きているのは明らかだ。
「まずは何が起きたのか落ち着いて話してくれないか?」
あくまでも冷静さを失わず、受付嬢に椅子を勧めるウラボス。
バンッ!
受付嬢は椅子には座らずテーブルに両手を勢いよくつく。
「ウラボスさんは事態を知らないから落ち着いてられるんです!」
ウラボスはため息をつく。
「だから、何があったのかを訊いてるんだけど?」
食後のお茶をすすりながら改めて訊く。
「いい! 落ち着いて聞いてください。決して取り乱さないように!!」
(あんたが言うか……)
その場にいた全員がほぼ同じようなことを思うが、それを言葉に出す者はいない。
「今、この町に向かってサイクロプスが近づいてきてるんです!!」
「な、なんだってぇぇ!!」
「サイクロプスっていやぁ、魔族のなかでも有数の怪力を持つ種族じゃないか!! そんな化け物がどうして!?」
「おいおいおい! 今すぐ避難したほうがいいんじゃねぇのかよ!?」
「終わりだ…。こんな田舎町のギルドにサイクロプスを倒せる冒険者なんているわけがねぇよ……」
受付嬢がもたらした情報にフロア中が騒然となる。
「と、とにかく! すぐに現場に向かわないと!!」
リアーナが席を立つ。
「ターゲットは町の北門を抜けた街道にいます。他の冒険者たちも集まって防衛に備えてます。気をつけて。敵は完全武装してるそうです!」
リアーナは頷き、ウラボスを見る。
「ウラボス、いこう!!」
「そうだな。とりあえず行ってみなきゃ始まらないか」
リアーナに促され、ウラボスもようやく腰を上げた。
◎
「状況はどうなってますか!?」
キャルトの北門に到着した暁の渡り鳥。リアーナは警備隊員に訊く。
「誰だ、君たちは?」
「俺たちは暁の渡り鳥だ。ギルドからの依頼で応援にきた」
「おお、君たちたちがあのラギを捕らえたというパーティーか!」
警備隊員の表情がパッと明るくなる。
「それで?」
リアーナが改めて訊く。
「まだ交戦には至っていない。が、こちらにどんどん近づいてきているのは間違いない。町にいる腕利きの冒険者たちは既にこの北門を抜けて迎撃に向かっている。間もなく交戦するころだろう」
「敵の数は?」
続いてウラボスが訊く。
「サイクロプスが1体だ。しかし、完全武装している。決して侮れない相手だ」
(完全武装したサイクロプスとなると、今までこの町で見かけた冒険者たちではおそらく勝機はない。当然だけど、リアーナも戦えば勝てないよな。さて、どうしたものか……)
「どうかしたの?」
黙ったまま何かを考えているウラボスの顔をリアーナが覗き込む。
「いや、なんでもない。ここにいるわけにもいかない。俺たちも現場に向かうとしよう」
「うん!」
「よし、それじゃ開門するからすぐに出発してくれ!」
暁の渡り鳥はキャルトの北門をくぐり、サイクロプス迎撃戦に向かうのだった。
◎
キャルトの北、街道に陣取っていた冒険者たちは一様に緊張の面持ちでその時を待ち受けている。
魔術を得意とする者が多い魔族にあって、サイクロプスは魔術を苦手としていた。しかし、驚異的や怪力と体力はそれを補って余りある。そのサイクロプスが完全武装しているとなると、人間にとっては脅威でしかない。
「くそっ! なんだってサイクロプスなんて化け物に狙われなきゃならんのだ!?」
冒険者の一人が顔をしかめる。
「言ってもしょうがねぇだろうが! サイクロプスだろうが何だろうが殺らなきゃキャルトが壊滅しちまうかもしれねぇんだぞ!!」
別の冒険者が叱責する。
「じゃあ、てめぇは怖くねぇのかよ!?」
「それでもやるしかねぇんだよ、腰抜けが!」
「なんだとぉ!!」
二人の冒険者は遂に互いの襟首を掴みかかり、今にも殴り合いが勃発しそうな雰囲気となる。
その時だった。望遠鏡で警戒にあたっていた冒険者が遠くにサイクロプスの姿をとらえた。
「サ、サイクロプスだぁ!!」
大声で周りの仲間たちに強敵の接近を報せる。
その場にいた全員にただならぬ緊張がはしった。各々が武具を構えて臨戦態勢をとる。
◎
「矢を射てぇぇい!!」
姿を現したサイクロプスが射程距離に入った瞬間、矢が一斉に放たれた。
「こんなものぉ!」
単眼の巨人サイクロプスは左手の盾と右手の槍を駆使して飛来する矢を防ぐ。
「くそったれ! だが、やつは一人だ! かまわず射ち続けろ!!」
まとめ役の冒険者が指示を飛ばす。
「うぉぉぉぉ!」
サイクロプスは頭部を守るように盾を構えると冒険者たちの陣地へと駆け出した。
雨あられの如く降り注いだ矢は、サイクロプスの全身を覆うプレート・メイルと左手の盾により弾かれて地面に落ちる。
「くっ、こうなれば全員で仕留めるぞ! かかれ!!」
サイクロプスを接近させてしまった冒険者たちは巨人の周りを取り囲む。
「僕はあなた方と争いにきたわけではありません。連れ去られたケットシーの子供を返してほしいだけなんです!」
「黙れ! 貴様ら魔族がほざく戯れ言など聞いてられるものか!」
「……だったら、僕だって容赦しません!」
サイクロプスは槍と盾を構え、周囲の冒険者たちの動きに気を配る。
「うぉりゃあ!」
サイクロプスの背後からバトルアックスを持った冒険者が襲いかかる。
「あまいです!」
サイクロプスはその巨躯からは想像もできないほどの身のこなしで冒険者の攻撃を回避する。
空振りしてバランスを崩した冒険者の首が宙を舞い、やがて地面に転がった。サイクロプスの振ったパルチザンが冒険者の首をはねたのだ。
「でやぁ!」
冒険者たちの攻撃は止まない。サイクロプスの横腹をハンマーで殴り付けた。だが、分厚いプレート・メイルに弾かれてしまう。
「なんだ! あの異常なまでに分厚いプレート・メイルは!?……ひぃっ」
攻撃を弾かれた拍子にハンマーを落としてしまった冒険者の頭に、サイクロプスの槍が振り下ろされ、一撃のもとに絶命する。
「ひ、怯むな、殺れぇぇい!!」
リーダー格の男の掛け声を合図として、取り囲んでいた冒険者たちが四方八方から襲いかかる。
しかし、強固なプレート・メイルと盾、それからサイクロプスの並外れた身体能力によって、冒険者たちは手も足もでないままに全滅してしまった。
それに対してサイクロプスは無傷である。
「…戦いたくなかったのに……。どうして……」
サイクロプスは哀しげな瞳で冒険者たちの亡骸を見下ろす。
◎
「みんな!?」
一足遅く駆けつけたリアーナが悲痛な声をあげる。
「ひどい!」
リアーナはサイクロプスを睨み付けてレイピアを鞘から抜き放つ。
「待て」
サイクロプスに向かって飛びかかろうとするリアーナを、ウラボスが呼び止めた。
「そいつはリアーナの手におえる相手じゃない。俺がやる」
「でも、一人じゃ危険よ!」
「大丈夫だ、問題ない。それよりも他人の戦いを見るのも修行のうちだぞ」
「……うん、わかった!」
ウラボスに言われ、リアーナは引き下がる。
「ということで、俺と一騎討ちをしてもらうぜ」
サイクロプスを前にしても全く緊張した様子を見せることなく、ウラボスはウッドロッドを手に構える。
(この人、すごく強い!)
一方、サイクロプスのほうはウラボスの底知れぬ強さを感じていた。
◎
(そういえば、私、ウラボスが直接戦う姿を見るのは初めてかも…)
サイクロプスと対峙する青年の後ろ姿を固唾を呑んで見守る。
(完全武装というだけあって、通常よりも分厚いプレート・メイルに、右手に槍、左手に盾、腰には戦斧か)
ウラボスはサイクロプスの装備を確認する。
「いきます!」
サイクロプスが動く。右手の槍を横に薙ぐ。
ウラボスはしゃがんでかわし、ウッドロッドの先端でサイクロプスの胴体を突いて反撃する。
「うっ」
短く声をあげて数歩後退するサイクロプス。
(あれはただのウッドロッドのはずなのに、このプレート・メイルの上から突かれただけでこれほどの衝撃なんて!?)
「ほほぉ。思ってたよりは強固な鎧だな。あの程度の攻撃を加えればへこませるくらいはできると思ったんだけどなぁ」
ウラボスはウッドロッドを引っ込めて感心する。
(ち、ちょっと待って! ……ウラボスが半端じゃないくらい強いのは知ってたつもりだけど、ただのウッドロッドであの分厚いプレート・メイルに衝撃を与えて、サイクロプスをよろめかせるなんてあり得ないでしょ!?)
観戦していたリアーナは想像を絶するウラボスの強さに絶句するしかない。
「やぁぁぁ!」
サイクロプスは槍を縦横無尽に閃かせ、ウラボスを攻撃する。が、ウラボスは涼しい顔で全てを避けてみせる。
(くっ…強い! 強すぎる!!)
サイクロプスは一度飛び退いて間合いをとる。
「ふむふむ。少しは攻撃もできるようだね。それじゃ、今度は俺のターンだな」
ウラボスはウッドロッドを回転させる。
(くる!!)
サイクロプスはウラボスの攻撃に備えて盾を構える。
(なっ、消え……)
サイクロプスの単眼がウラボスの姿を見失う。
ガンッ!!
ウラボスの攻撃にサイクロプスは無意識に反応し、盾でウッドロッドを受け止める。
「ほぉ…」
予想以上の反応に口角をあげるウラボス。
「では、これでどうかな?」
ウラボスによる怒涛のような連続攻撃がサイクロプスに炸裂する。これには反応しきれず、あらゆる角度から打撃をくらう。
「僕は…敗けません!」
槍を真横に一閃する。軽く跳躍してかわしたウラボスはサイクロプスから離れた位置にフワリと着地した。
「うむうむ。さすがはサイクロプスだな。打たれ強いじゃないか」
ウッドロッドを右手で回しながらウラボスが言う。本気で戦っていないのは明白だ。
(なんて強さだ! 今の僕じゃ勝負にもならないよ……。でも、諦めるわけには!)
サイクロプスは意を決して盾を手放し、腰の戦斧を左手に持つ。
(防御を捨てて攻撃に特化させたか)
「僕は絶対に敗けられないんです!」
サイクロプスの猛攻が始まった。戦斧と槍による凄まじい攻撃が連続で繰り出される。
(す、すごい!)
リアーナは圧倒されていた。いったいどうすればあの巨躯をあんなにも素早く動かせるのか。
それよりも驚嘆すべきはウラボスだ。あれほどの攻撃をウッドロッド1本で苦もなくさばいている。
(ダメだ。やっぱり奥の手をださなきゃ勝てない……。やるしかないのか…)
攻撃が通じないと悟ったサイクロプスはウラボスから距離をとる。
(何かする気だな。おもしろそうだ。やらせてみるか!)
ウラボスは興味からサイクロプスの次なる行動を待つ。
(勝つんだ、勝つんだ、勝つんだ、勝つんだ、勝つんだ、勝つんだ……)
サイクロプスは単眼の瞼を閉じて一心不乱に心の中で念じる。
(ん? なにか様子がおかしい…というより、雰囲気が変わってきたのか?)
ウラボスはサイクロプスの動きに注視する。
サイクロプスの瞼が開かれ、血走った単眼が現れた瞬間、溢れだした闘気が激しく渦巻く。
(おいおい、まさかサイクロプスがバーサーカー化するとはねぇ…)
「うおぉぉぉぉぉっ!!!」
サイクロプスが咆哮をあげる。一帯の空気が激しく振動した。
サイクロプスは攻撃に備えて身構えるウラボスの眼前まで一瞬のうちに移動する。槍と戦斧による苛烈な攻撃が放たれた。その一撃の威力は先ほどまでの比ではない。
「うぉっと」
強烈な一撃にウラボスは吹き飛ばされる。
「ウラボス!」
リアーナが叫ぶ。が、心配は無用だった。空中で体勢を立て直し無事に着地する。
「ぬがぁっ!」
サイクロプスはターゲットをウラボスより近くにいたリアーナに切り替えて襲いかかる。恐怖からその場を動けなくなっていたリアーナは瞼を固く閉じる。
ガッ!
「あっぶねぇ……。なんとか間に合ったか!」
戦斧がリアーナに届くより若干早く駆けつけたウラボスがウッドロッドで受け止める。
「ふんっ!」
ウラボスは戦斧を弾き返し、プレート・メイルの胸部に蹴りを入れる。
「ぬがっ!」
サイクロプスは数歩さがるものの大したダメージは受けていないようだ。
すぐに槍と戦斧による反撃を矢継ぎ早に繰り出してくる。
ウッドロッドを使ってそれらを受け流し、隙を見つけて反撃するが、分厚いプレート・メイルが邪魔をして大きなダメージは与えられない。
(うそ…。ウラボスがこんなに苦戦しているなんて!)
出会って日が浅いとはいえウラボスの強さを十分に理解していたつもりだ。しかし、そのウラボスでさえ目の前にいる巨人を相手に攻めあぐねている。リアーナにとっては予想もしなかった光景だった。
今、目の前ではウラボスとサイクロプスの一進一退の激しい攻防戦が繰り広げられている。
「ぬがっ!」
ウラボスは戦斧と槍を素早く弾き、のけ反ったサイクロプスの胴体をウッドロッドで突く。
「せいっ!」
前屈みとなったサイクロプスの頭部に一撃を叩き込む。
「がぁ!」
しかし、バーサーカー化することで理性を失っているサイクロプスは即座に反撃にでる。
「くっ…」
振りかざされた戦斧をウッドロッドで受け止めるも体ごと弾き飛ばされてしまう。
「ぐがぁぁ!」
「ひっ…」
サイクロプスは続いてのターゲットをリアーナに定めて槍を振り下ろす。リアーナは体が固まって動けない。
ガッ!
槍が振り下ろされた先にはリアーナの姿はなかった。ただ、この攻撃によって地面が深くえぐられている。
ウラボスはリアーナを抱きかかえて空中へと移動していた。
「うがぁぁぁぁ!」
獲物を仕留め損なったサイクロプスが怒り狂う。
ウラボスはリアーナを地面に下ろし、ウッドロッドを構えて迎撃体勢をとる。
またしても激烈な攻防戦が展開される。リアーナにはその動きを追うことはできない。もはや別次元の戦いであった。
攻防戦はウラボスが優勢にすすんでいる。ウラボスはサイクロプスの猛攻を受け流し、隙をついてウッドロッドによる打撃を加える。魔力によって強化された打撃は確実にサイクロプスに相当なダメージを蓄積していく。
「ぐぅおぉぉぉぉ!!!」
業を煮やしたサイクロプスが頭上でクロスさせた槍と戦斧を同時に振り下ろす。
ブォンッ!!
渾身の一撃は空振りとなった。跳んでかわしたウラボスは高々と掲げたウッドロッドをサイクロプスの頭頂に思いきり振り下ろす。
「ぬぐぅおぉぉ……」
脳天に強烈な一撃を直撃され、サイクロプスは気を失って倒れた。
◎
「おっ、気がついたようだね」
街道脇の草原に倒れていたサイクロプスが上体を起こす。側ではウラボスとリアーナが座っていた。
「ぼ、僕は…」
「まさか、狂戦士化できるとは驚かされたよ」
まだぼんやりとしているサイクロプスにウラボスは言う。
「僕、敗けちゃったんですね……。狂戦士化しても勝てないなんて……」
自らの敗北を悟り、落ち込むサイクロプス。
「そんな悲観することはないぞ。実際、キャルトに俺が居合わせなければ、だれも止められなかっただろうさ」
「うん。だって見てるだけでも本当にすごかったよ。ウラボスがあんなに苦戦するところなんて初めて見ちゃった」
サイクロプスはウラボスとリアーナの言葉に気持ち的に救われた気がした。
「そうだな。リアーナを守りつつ、ウッドロッド1本で、そっちに合わせて攻撃魔術も使用しなかったとはいえ、俺とあれだけ戦えたのは誉めるべきだな」
ウラボスがさらりと口にした言葉にリアーナとサイクロプスは絶句する。
「僕、あの人が怖くなりました……。逆らっちゃいけない気がします……」
「ア…ハハハ…ハ……。本当、どこまで強いんだろう」
「ん? どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません!」
リアーナとサイクロプスは声を合わせて答えた。
「あっ、そうだ。名前を訊いてもいい?」
リアーナが単眼の巨人を見上げる。
「あ、はい。僕はサイクロプスのグランザっていいます」
「グランザさん、ね。私はリアーナで彼がウラボス」
「リアーナさんとウラボスさんですね。僕のことは呼び捨てでかまいません」
「なぜ、キャルトを攻めるようなことをしたのか聞かせてもらおうか? おまえと戦った時、殺気はあっても邪気は感じなかった。なにか理由があるんじゃないか?」
「それは、キャルトの町の人がケットシーを捕獲してるからです。それを知って何もしないなんてできません! なんとかして助けたいじゃないですか」
ウラボスの質問に対して、グランザから返ってきた答えに衝撃を受けるリアーナ。
「まさか!? ケットシーって猫の妖精よね? 人間とケットシーとは友好的な関係にあるはずよ。なにかの間違いってことはないの?」
「間違いありません。確かな情報なんです!」
グランザの目には確固たる自信が宿っている。
リアーナは不意にウラボスの手をとる。
「ねぇ、それが事実だとしたらほっとけないよ。私たちで調べられないかな!?」
ウラボスはため息をつく。
「やれやれ。面倒くさいことを言い出したものだね。だけど、暁の渡り鳥のリーダーはリアーナだ。好きにすればいいよ。ただし、場合によってはキャルトの権力者とも争うことになる覚悟はしておいたほうがいい」
「たとえ、そうなったとしても見過ごすのは嫌!」
リアーナの決意は僅かも揺るがない。
「それなら何も言うことはない。もちろん、俺は協力する」
「ありがとう!」
リアーナは表情を明るくする。
「あの、ほんとにいいんですか?」
黙って聞いていたグランザが発言する。
「うちのリーダーが決めたことだからな。けど、グランザはキャルトに近づかないほうがいいだろう。いきなり、サイクロプスがあらわれたらまたパニックになるのは必至だ」
「そうですね。では、僕はどうすればいいでしょうか?」
グランザが意見を求める。
「とりあえずはこのキャルト近くの森に身を隠しておいてもらおうか」
「あっ、ラギが隠れてた森ね!」
リアーナの言葉にウラボスは首肯する。
「ただし、見つかる可能性はないわけじゃない。警戒は怠るな」
「わかりました。それじゃ、調査のほうはよろしくお願いします」
グランザは深々と頭を下げた。
「ところで、どうしてケットシーがさらわれた先がキャルトだとわかったの?」
「実は、僕の知り合いのケットシーが追跡した結果、このキャルトに行き着いたそうなんです。今もキャルトに潜入してさらわれた仲間の行方を探してるはずです」
「そっか。だから、わかったんだね」
グランザの答えにリアーナが納得する。
「だったら、そのケットシーに会う必要があるな」
グランザは頷く。
「僕の名前を出せば信用してもらえると思います」
「それじゃ、調査は私たちに任せてね」
「よろしくお願いいたします」
グランザは改めて頭を下げた。
◎
「訊いてもいい?」
キャルトへ帰還する道中、リアーナがウラボスに話しかけてくる。
「グランザさんが、狂戦士化しても勝てなかったって言ってたじゃない? あれってどういうことなの?」
「狂戦士化とはなんなのかってことか?」
「うん」
「狂戦士化ってのはいわゆる狂戦士になるってことさ」
「狂戦士?」
「身体能力が飛躍的に向上する代わりに理性をなくし、敵・味方の区別もなく、その場にいる全ての者を倒すまで戦い続ける戦士になるってことだ。グランザは自らの意思でその状態になれるみたいだね」
「敵・味方の区別がつかないってすごく危ないんじゃないの?」
「ああ。だからこそ、狂戦士は孤独な戦士でもある。パーティーなど組めるはずもないからね」
リアーナは哀しげに目を伏せる。
「それって、グランザも寂しい思いをしてるってことなのかな?」
「さあね。どう感じるかは個人によって違うだろ」
「うん……」
「そんなことより、キャルトでもケットシーのことは秘密にしておいたほうがいいぞ」
「どうして?」
「キャルトにいるだれが犯人なのかわからないまま情報を流すのは危険だからな」
「……そうだね。うん、わかった」
リアーナが視線を前方に戻す。
「ところで、ウラボスって以外と腕力もあるんだね!」
「どうしてそう思うのさ?」
突然のリアーナの言葉にウラボスが訊く。
「だって、グランザの攻撃を受け止めたりしてたじゃない。私、びっくりしちゃったよ!」
「そのことか。純粋な腕力ならグランザのほうがずっと強いさ。だけど、俺は魔力を自分の身体に纏わせることで身体能力を強化してるんだ。ちなみに、武器や防具に関しても魔力を纏わせることで性能強化することができるってわけさ」
「そっかぁ! だから、ただのウッド・ロッドでもグランザにあれだけのダメージを与えられたんだね!」
ウラボスの説明にリアーナが納得する。
「そういうこと。どれだけ強化できるかは、基礎能力や基本性能とか術者によってかなり差があるよ」
(ウラボスといるとすごく勉強になる。頑張ってウラボスの仲間に相応しくならなきゃ!)
リアーナは心で強く決意する。
やがて、キャルトの町が近づいてきた。
グランザを討伐しなかったことをギルドに納得させることができるのか。リアーナの胸中には不安が押し寄せてきていた。
「昨日はありがと。おかげで楽しかった」
リアーナが向かいの席で焼きたてのパンを頬張る青年に話しかける。
「いやいや。俺のほうこそ楽しませてもらったよ」
ウラボスはニコリと笑って答える。
「どうぞ」
宿屋の給仕係の少女がテーブルに卵焼きが盛り付けられた皿を置く。
「あの、注文してないですけど?」
「お店からのサービスです」
遠慮がちなリアーナに少女は答えた。
「えっ、そうなんですか? でも、どうして?」
「そりゃ、あんたらが強盗ラギを取っ捕まえてくれたからさ!」
少女に代わって、店の奥から出てきた小太りの女性が答える。暁の渡り鳥が滞在している、この宿屋兼酒場の女将だ。
「それは…」
言いかけるリアーナを制して女将が続ける。
「あんたらにとっては仕事をしただけなんだろうさ。けどね、あたしらにとっちゃラギが捕まったことでどれだけ救われるか。ラギといえば、押し入った家の人間を皆殺しにするような残虐非道な強盗だろ。そんなやつがうろついてたんじゃ、いつ自分が襲われるかかわったもんじゃない。警備隊の連中も手を焼いてたみたいだしさ。だからね、あたしからの気持ちだと思って食べとくれよ!」
「でも…」
「だいたい警備隊も頼りないんだよねぇ。それに、こんな田舎町のギルドじゃ腕利きの冒険者はなかなか来ちゃくれないんだよ。いやぁ、あんたらが来てくれて本当によかったよ。でなきゃ、あたしだってそのうち被害に遭ってたかもしれないからね」
「…あの?…」
「もしもうちに押し入られたら、宿泊してくれてるお客さんだって危ないじゃないかい。あたしゃ、そんなこと考えるともう怖くて怖くてねぇ! それにしても、あんたらは大したもんだよ。まだ若いのにこんな手柄を立てちまうなんて将来有望だねぇ。もしかしたら伝説の冒険パーティーなんて呼ばれる日がく……」
「わぁ、嬉しいなぁ!! こんな美味しそうな卵焼きをもらえるなんてラッキー! さぁ、冷めないうちに食べようか!」
女将の終わりがみえないマシンガントークを遮るように声高に言い、ウラボスは卵焼きを一つ食べる。
「あらやだ。あたしったら……。ごめんねぇ。ついつい話し込んじゃって。それじゃ、ごゆっくり!」
女将はすまなそうに頭を下げると、給仕係の少女を連れて仕事に戻る。
「なんだか、すごかったね……」
リアーナはてきぱきと仕事をこなしている女将を見ながら苦笑した。
◎
バーン!
「大変です!」
朝食を食べ終えた直後、宿屋の入り口の扉を乱暴に開けてギルドの受付嬢が飛び込んできた。
「ど、どうしたんですか!?」
顔見知りの人物が突然に訪問したことに驚くリアーナ。
「あっ、リアーナさん! それにウラボスさんも!!」
二人の姿を見つけたギルドの受付嬢が駆け寄ってくる。
「大変なんです! 今すぐ力を貸してください!!」
いつもの落ち着きなど微塵もない。なんらかの緊急事態が起きているのは明らかだ。
「まずは何が起きたのか落ち着いて話してくれないか?」
あくまでも冷静さを失わず、受付嬢に椅子を勧めるウラボス。
バンッ!
受付嬢は椅子には座らずテーブルに両手を勢いよくつく。
「ウラボスさんは事態を知らないから落ち着いてられるんです!」
ウラボスはため息をつく。
「だから、何があったのかを訊いてるんだけど?」
食後のお茶をすすりながら改めて訊く。
「いい! 落ち着いて聞いてください。決して取り乱さないように!!」
(あんたが言うか……)
その場にいた全員がほぼ同じようなことを思うが、それを言葉に出す者はいない。
「今、この町に向かってサイクロプスが近づいてきてるんです!!」
「な、なんだってぇぇ!!」
「サイクロプスっていやぁ、魔族のなかでも有数の怪力を持つ種族じゃないか!! そんな化け物がどうして!?」
「おいおいおい! 今すぐ避難したほうがいいんじゃねぇのかよ!?」
「終わりだ…。こんな田舎町のギルドにサイクロプスを倒せる冒険者なんているわけがねぇよ……」
受付嬢がもたらした情報にフロア中が騒然となる。
「と、とにかく! すぐに現場に向かわないと!!」
リアーナが席を立つ。
「ターゲットは町の北門を抜けた街道にいます。他の冒険者たちも集まって防衛に備えてます。気をつけて。敵は完全武装してるそうです!」
リアーナは頷き、ウラボスを見る。
「ウラボス、いこう!!」
「そうだな。とりあえず行ってみなきゃ始まらないか」
リアーナに促され、ウラボスもようやく腰を上げた。
◎
「状況はどうなってますか!?」
キャルトの北門に到着した暁の渡り鳥。リアーナは警備隊員に訊く。
「誰だ、君たちは?」
「俺たちは暁の渡り鳥だ。ギルドからの依頼で応援にきた」
「おお、君たちたちがあのラギを捕らえたというパーティーか!」
警備隊員の表情がパッと明るくなる。
「それで?」
リアーナが改めて訊く。
「まだ交戦には至っていない。が、こちらにどんどん近づいてきているのは間違いない。町にいる腕利きの冒険者たちは既にこの北門を抜けて迎撃に向かっている。間もなく交戦するころだろう」
「敵の数は?」
続いてウラボスが訊く。
「サイクロプスが1体だ。しかし、完全武装している。決して侮れない相手だ」
(完全武装したサイクロプスとなると、今までこの町で見かけた冒険者たちではおそらく勝機はない。当然だけど、リアーナも戦えば勝てないよな。さて、どうしたものか……)
「どうかしたの?」
黙ったまま何かを考えているウラボスの顔をリアーナが覗き込む。
「いや、なんでもない。ここにいるわけにもいかない。俺たちも現場に向かうとしよう」
「うん!」
「よし、それじゃ開門するからすぐに出発してくれ!」
暁の渡り鳥はキャルトの北門をくぐり、サイクロプス迎撃戦に向かうのだった。
◎
キャルトの北、街道に陣取っていた冒険者たちは一様に緊張の面持ちでその時を待ち受けている。
魔術を得意とする者が多い魔族にあって、サイクロプスは魔術を苦手としていた。しかし、驚異的や怪力と体力はそれを補って余りある。そのサイクロプスが完全武装しているとなると、人間にとっては脅威でしかない。
「くそっ! なんだってサイクロプスなんて化け物に狙われなきゃならんのだ!?」
冒険者の一人が顔をしかめる。
「言ってもしょうがねぇだろうが! サイクロプスだろうが何だろうが殺らなきゃキャルトが壊滅しちまうかもしれねぇんだぞ!!」
別の冒険者が叱責する。
「じゃあ、てめぇは怖くねぇのかよ!?」
「それでもやるしかねぇんだよ、腰抜けが!」
「なんだとぉ!!」
二人の冒険者は遂に互いの襟首を掴みかかり、今にも殴り合いが勃発しそうな雰囲気となる。
その時だった。望遠鏡で警戒にあたっていた冒険者が遠くにサイクロプスの姿をとらえた。
「サ、サイクロプスだぁ!!」
大声で周りの仲間たちに強敵の接近を報せる。
その場にいた全員にただならぬ緊張がはしった。各々が武具を構えて臨戦態勢をとる。
◎
「矢を射てぇぇい!!」
姿を現したサイクロプスが射程距離に入った瞬間、矢が一斉に放たれた。
「こんなものぉ!」
単眼の巨人サイクロプスは左手の盾と右手の槍を駆使して飛来する矢を防ぐ。
「くそったれ! だが、やつは一人だ! かまわず射ち続けろ!!」
まとめ役の冒険者が指示を飛ばす。
「うぉぉぉぉ!」
サイクロプスは頭部を守るように盾を構えると冒険者たちの陣地へと駆け出した。
雨あられの如く降り注いだ矢は、サイクロプスの全身を覆うプレート・メイルと左手の盾により弾かれて地面に落ちる。
「くっ、こうなれば全員で仕留めるぞ! かかれ!!」
サイクロプスを接近させてしまった冒険者たちは巨人の周りを取り囲む。
「僕はあなた方と争いにきたわけではありません。連れ去られたケットシーの子供を返してほしいだけなんです!」
「黙れ! 貴様ら魔族がほざく戯れ言など聞いてられるものか!」
「……だったら、僕だって容赦しません!」
サイクロプスは槍と盾を構え、周囲の冒険者たちの動きに気を配る。
「うぉりゃあ!」
サイクロプスの背後からバトルアックスを持った冒険者が襲いかかる。
「あまいです!」
サイクロプスはその巨躯からは想像もできないほどの身のこなしで冒険者の攻撃を回避する。
空振りしてバランスを崩した冒険者の首が宙を舞い、やがて地面に転がった。サイクロプスの振ったパルチザンが冒険者の首をはねたのだ。
「でやぁ!」
冒険者たちの攻撃は止まない。サイクロプスの横腹をハンマーで殴り付けた。だが、分厚いプレート・メイルに弾かれてしまう。
「なんだ! あの異常なまでに分厚いプレート・メイルは!?……ひぃっ」
攻撃を弾かれた拍子にハンマーを落としてしまった冒険者の頭に、サイクロプスの槍が振り下ろされ、一撃のもとに絶命する。
「ひ、怯むな、殺れぇぇい!!」
リーダー格の男の掛け声を合図として、取り囲んでいた冒険者たちが四方八方から襲いかかる。
しかし、強固なプレート・メイルと盾、それからサイクロプスの並外れた身体能力によって、冒険者たちは手も足もでないままに全滅してしまった。
それに対してサイクロプスは無傷である。
「…戦いたくなかったのに……。どうして……」
サイクロプスは哀しげな瞳で冒険者たちの亡骸を見下ろす。
◎
「みんな!?」
一足遅く駆けつけたリアーナが悲痛な声をあげる。
「ひどい!」
リアーナはサイクロプスを睨み付けてレイピアを鞘から抜き放つ。
「待て」
サイクロプスに向かって飛びかかろうとするリアーナを、ウラボスが呼び止めた。
「そいつはリアーナの手におえる相手じゃない。俺がやる」
「でも、一人じゃ危険よ!」
「大丈夫だ、問題ない。それよりも他人の戦いを見るのも修行のうちだぞ」
「……うん、わかった!」
ウラボスに言われ、リアーナは引き下がる。
「ということで、俺と一騎討ちをしてもらうぜ」
サイクロプスを前にしても全く緊張した様子を見せることなく、ウラボスはウッドロッドを手に構える。
(この人、すごく強い!)
一方、サイクロプスのほうはウラボスの底知れぬ強さを感じていた。
◎
(そういえば、私、ウラボスが直接戦う姿を見るのは初めてかも…)
サイクロプスと対峙する青年の後ろ姿を固唾を呑んで見守る。
(完全武装というだけあって、通常よりも分厚いプレート・メイルに、右手に槍、左手に盾、腰には戦斧か)
ウラボスはサイクロプスの装備を確認する。
「いきます!」
サイクロプスが動く。右手の槍を横に薙ぐ。
ウラボスはしゃがんでかわし、ウッドロッドの先端でサイクロプスの胴体を突いて反撃する。
「うっ」
短く声をあげて数歩後退するサイクロプス。
(あれはただのウッドロッドのはずなのに、このプレート・メイルの上から突かれただけでこれほどの衝撃なんて!?)
「ほほぉ。思ってたよりは強固な鎧だな。あの程度の攻撃を加えればへこませるくらいはできると思ったんだけどなぁ」
ウラボスはウッドロッドを引っ込めて感心する。
(ち、ちょっと待って! ……ウラボスが半端じゃないくらい強いのは知ってたつもりだけど、ただのウッドロッドであの分厚いプレート・メイルに衝撃を与えて、サイクロプスをよろめかせるなんてあり得ないでしょ!?)
観戦していたリアーナは想像を絶するウラボスの強さに絶句するしかない。
「やぁぁぁ!」
サイクロプスは槍を縦横無尽に閃かせ、ウラボスを攻撃する。が、ウラボスは涼しい顔で全てを避けてみせる。
(くっ…強い! 強すぎる!!)
サイクロプスは一度飛び退いて間合いをとる。
「ふむふむ。少しは攻撃もできるようだね。それじゃ、今度は俺のターンだな」
ウラボスはウッドロッドを回転させる。
(くる!!)
サイクロプスはウラボスの攻撃に備えて盾を構える。
(なっ、消え……)
サイクロプスの単眼がウラボスの姿を見失う。
ガンッ!!
ウラボスの攻撃にサイクロプスは無意識に反応し、盾でウッドロッドを受け止める。
「ほぉ…」
予想以上の反応に口角をあげるウラボス。
「では、これでどうかな?」
ウラボスによる怒涛のような連続攻撃がサイクロプスに炸裂する。これには反応しきれず、あらゆる角度から打撃をくらう。
「僕は…敗けません!」
槍を真横に一閃する。軽く跳躍してかわしたウラボスはサイクロプスから離れた位置にフワリと着地した。
「うむうむ。さすがはサイクロプスだな。打たれ強いじゃないか」
ウッドロッドを右手で回しながらウラボスが言う。本気で戦っていないのは明白だ。
(なんて強さだ! 今の僕じゃ勝負にもならないよ……。でも、諦めるわけには!)
サイクロプスは意を決して盾を手放し、腰の戦斧を左手に持つ。
(防御を捨てて攻撃に特化させたか)
「僕は絶対に敗けられないんです!」
サイクロプスの猛攻が始まった。戦斧と槍による凄まじい攻撃が連続で繰り出される。
(す、すごい!)
リアーナは圧倒されていた。いったいどうすればあの巨躯をあんなにも素早く動かせるのか。
それよりも驚嘆すべきはウラボスだ。あれほどの攻撃をウッドロッド1本で苦もなくさばいている。
(ダメだ。やっぱり奥の手をださなきゃ勝てない……。やるしかないのか…)
攻撃が通じないと悟ったサイクロプスはウラボスから距離をとる。
(何かする気だな。おもしろそうだ。やらせてみるか!)
ウラボスは興味からサイクロプスの次なる行動を待つ。
(勝つんだ、勝つんだ、勝つんだ、勝つんだ、勝つんだ、勝つんだ……)
サイクロプスは単眼の瞼を閉じて一心不乱に心の中で念じる。
(ん? なにか様子がおかしい…というより、雰囲気が変わってきたのか?)
ウラボスはサイクロプスの動きに注視する。
サイクロプスの瞼が開かれ、血走った単眼が現れた瞬間、溢れだした闘気が激しく渦巻く。
(おいおい、まさかサイクロプスがバーサーカー化するとはねぇ…)
「うおぉぉぉぉぉっ!!!」
サイクロプスが咆哮をあげる。一帯の空気が激しく振動した。
サイクロプスは攻撃に備えて身構えるウラボスの眼前まで一瞬のうちに移動する。槍と戦斧による苛烈な攻撃が放たれた。その一撃の威力は先ほどまでの比ではない。
「うぉっと」
強烈な一撃にウラボスは吹き飛ばされる。
「ウラボス!」
リアーナが叫ぶ。が、心配は無用だった。空中で体勢を立て直し無事に着地する。
「ぬがぁっ!」
サイクロプスはターゲットをウラボスより近くにいたリアーナに切り替えて襲いかかる。恐怖からその場を動けなくなっていたリアーナは瞼を固く閉じる。
ガッ!
「あっぶねぇ……。なんとか間に合ったか!」
戦斧がリアーナに届くより若干早く駆けつけたウラボスがウッドロッドで受け止める。
「ふんっ!」
ウラボスは戦斧を弾き返し、プレート・メイルの胸部に蹴りを入れる。
「ぬがっ!」
サイクロプスは数歩さがるものの大したダメージは受けていないようだ。
すぐに槍と戦斧による反撃を矢継ぎ早に繰り出してくる。
ウッドロッドを使ってそれらを受け流し、隙を見つけて反撃するが、分厚いプレート・メイルが邪魔をして大きなダメージは与えられない。
(うそ…。ウラボスがこんなに苦戦しているなんて!)
出会って日が浅いとはいえウラボスの強さを十分に理解していたつもりだ。しかし、そのウラボスでさえ目の前にいる巨人を相手に攻めあぐねている。リアーナにとっては予想もしなかった光景だった。
今、目の前ではウラボスとサイクロプスの一進一退の激しい攻防戦が繰り広げられている。
「ぬがっ!」
ウラボスは戦斧と槍を素早く弾き、のけ反ったサイクロプスの胴体をウッドロッドで突く。
「せいっ!」
前屈みとなったサイクロプスの頭部に一撃を叩き込む。
「がぁ!」
しかし、バーサーカー化することで理性を失っているサイクロプスは即座に反撃にでる。
「くっ…」
振りかざされた戦斧をウッドロッドで受け止めるも体ごと弾き飛ばされてしまう。
「ぐがぁぁ!」
「ひっ…」
サイクロプスは続いてのターゲットをリアーナに定めて槍を振り下ろす。リアーナは体が固まって動けない。
ガッ!
槍が振り下ろされた先にはリアーナの姿はなかった。ただ、この攻撃によって地面が深くえぐられている。
ウラボスはリアーナを抱きかかえて空中へと移動していた。
「うがぁぁぁぁ!」
獲物を仕留め損なったサイクロプスが怒り狂う。
ウラボスはリアーナを地面に下ろし、ウッドロッドを構えて迎撃体勢をとる。
またしても激烈な攻防戦が展開される。リアーナにはその動きを追うことはできない。もはや別次元の戦いであった。
攻防戦はウラボスが優勢にすすんでいる。ウラボスはサイクロプスの猛攻を受け流し、隙をついてウッドロッドによる打撃を加える。魔力によって強化された打撃は確実にサイクロプスに相当なダメージを蓄積していく。
「ぐぅおぉぉぉぉ!!!」
業を煮やしたサイクロプスが頭上でクロスさせた槍と戦斧を同時に振り下ろす。
ブォンッ!!
渾身の一撃は空振りとなった。跳んでかわしたウラボスは高々と掲げたウッドロッドをサイクロプスの頭頂に思いきり振り下ろす。
「ぬぐぅおぉぉ……」
脳天に強烈な一撃を直撃され、サイクロプスは気を失って倒れた。
◎
「おっ、気がついたようだね」
街道脇の草原に倒れていたサイクロプスが上体を起こす。側ではウラボスとリアーナが座っていた。
「ぼ、僕は…」
「まさか、狂戦士化できるとは驚かされたよ」
まだぼんやりとしているサイクロプスにウラボスは言う。
「僕、敗けちゃったんですね……。狂戦士化しても勝てないなんて……」
自らの敗北を悟り、落ち込むサイクロプス。
「そんな悲観することはないぞ。実際、キャルトに俺が居合わせなければ、だれも止められなかっただろうさ」
「うん。だって見てるだけでも本当にすごかったよ。ウラボスがあんなに苦戦するところなんて初めて見ちゃった」
サイクロプスはウラボスとリアーナの言葉に気持ち的に救われた気がした。
「そうだな。リアーナを守りつつ、ウッドロッド1本で、そっちに合わせて攻撃魔術も使用しなかったとはいえ、俺とあれだけ戦えたのは誉めるべきだな」
ウラボスがさらりと口にした言葉にリアーナとサイクロプスは絶句する。
「僕、あの人が怖くなりました……。逆らっちゃいけない気がします……」
「ア…ハハハ…ハ……。本当、どこまで強いんだろう」
「ん? どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません!」
リアーナとサイクロプスは声を合わせて答えた。
「あっ、そうだ。名前を訊いてもいい?」
リアーナが単眼の巨人を見上げる。
「あ、はい。僕はサイクロプスのグランザっていいます」
「グランザさん、ね。私はリアーナで彼がウラボス」
「リアーナさんとウラボスさんですね。僕のことは呼び捨てでかまいません」
「なぜ、キャルトを攻めるようなことをしたのか聞かせてもらおうか? おまえと戦った時、殺気はあっても邪気は感じなかった。なにか理由があるんじゃないか?」
「それは、キャルトの町の人がケットシーを捕獲してるからです。それを知って何もしないなんてできません! なんとかして助けたいじゃないですか」
ウラボスの質問に対して、グランザから返ってきた答えに衝撃を受けるリアーナ。
「まさか!? ケットシーって猫の妖精よね? 人間とケットシーとは友好的な関係にあるはずよ。なにかの間違いってことはないの?」
「間違いありません。確かな情報なんです!」
グランザの目には確固たる自信が宿っている。
リアーナは不意にウラボスの手をとる。
「ねぇ、それが事実だとしたらほっとけないよ。私たちで調べられないかな!?」
ウラボスはため息をつく。
「やれやれ。面倒くさいことを言い出したものだね。だけど、暁の渡り鳥のリーダーはリアーナだ。好きにすればいいよ。ただし、場合によってはキャルトの権力者とも争うことになる覚悟はしておいたほうがいい」
「たとえ、そうなったとしても見過ごすのは嫌!」
リアーナの決意は僅かも揺るがない。
「それなら何も言うことはない。もちろん、俺は協力する」
「ありがとう!」
リアーナは表情を明るくする。
「あの、ほんとにいいんですか?」
黙って聞いていたグランザが発言する。
「うちのリーダーが決めたことだからな。けど、グランザはキャルトに近づかないほうがいいだろう。いきなり、サイクロプスがあらわれたらまたパニックになるのは必至だ」
「そうですね。では、僕はどうすればいいでしょうか?」
グランザが意見を求める。
「とりあえずはこのキャルト近くの森に身を隠しておいてもらおうか」
「あっ、ラギが隠れてた森ね!」
リアーナの言葉にウラボスは首肯する。
「ただし、見つかる可能性はないわけじゃない。警戒は怠るな」
「わかりました。それじゃ、調査のほうはよろしくお願いします」
グランザは深々と頭を下げた。
「ところで、どうしてケットシーがさらわれた先がキャルトだとわかったの?」
「実は、僕の知り合いのケットシーが追跡した結果、このキャルトに行き着いたそうなんです。今もキャルトに潜入してさらわれた仲間の行方を探してるはずです」
「そっか。だから、わかったんだね」
グランザの答えにリアーナが納得する。
「だったら、そのケットシーに会う必要があるな」
グランザは頷く。
「僕の名前を出せば信用してもらえると思います」
「それじゃ、調査は私たちに任せてね」
「よろしくお願いいたします」
グランザは改めて頭を下げた。
◎
「訊いてもいい?」
キャルトへ帰還する道中、リアーナがウラボスに話しかけてくる。
「グランザさんが、狂戦士化しても勝てなかったって言ってたじゃない? あれってどういうことなの?」
「狂戦士化とはなんなのかってことか?」
「うん」
「狂戦士化ってのはいわゆる狂戦士になるってことさ」
「狂戦士?」
「身体能力が飛躍的に向上する代わりに理性をなくし、敵・味方の区別もなく、その場にいる全ての者を倒すまで戦い続ける戦士になるってことだ。グランザは自らの意思でその状態になれるみたいだね」
「敵・味方の区別がつかないってすごく危ないんじゃないの?」
「ああ。だからこそ、狂戦士は孤独な戦士でもある。パーティーなど組めるはずもないからね」
リアーナは哀しげに目を伏せる。
「それって、グランザも寂しい思いをしてるってことなのかな?」
「さあね。どう感じるかは個人によって違うだろ」
「うん……」
「そんなことより、キャルトでもケットシーのことは秘密にしておいたほうがいいぞ」
「どうして?」
「キャルトにいるだれが犯人なのかわからないまま情報を流すのは危険だからな」
「……そうだね。うん、わかった」
リアーナが視線を前方に戻す。
「ところで、ウラボスって以外と腕力もあるんだね!」
「どうしてそう思うのさ?」
突然のリアーナの言葉にウラボスが訊く。
「だって、グランザの攻撃を受け止めたりしてたじゃない。私、びっくりしちゃったよ!」
「そのことか。純粋な腕力ならグランザのほうがずっと強いさ。だけど、俺は魔力を自分の身体に纏わせることで身体能力を強化してるんだ。ちなみに、武器や防具に関しても魔力を纏わせることで性能強化することができるってわけさ」
「そっかぁ! だから、ただのウッド・ロッドでもグランザにあれだけのダメージを与えられたんだね!」
ウラボスの説明にリアーナが納得する。
「そういうこと。どれだけ強化できるかは、基礎能力や基本性能とか術者によってかなり差があるよ」
(ウラボスといるとすごく勉強になる。頑張ってウラボスの仲間に相応しくならなきゃ!)
リアーナは心で強く決意する。
やがて、キャルトの町が近づいてきた。
グランザを討伐しなかったことをギルドに納得させることができるのか。リアーナの胸中には不安が押し寄せてきていた。
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