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1章 出会いの町キャルト
STORY15 さらば、キャルト
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宿に戻ったウラボスとリアーナは身支度を整え、女将や給仕係の娘に挨拶をすませた。今日、暁の渡り鳥はこのキャルトを発つ予定だ。
宿の表ではジバフ、リャッカ、グランザが二人が出てくるのを待っていた。
「あの人たち、どうなるんでしょうか?」
グランザがだれにともなく問いかける。
「さあな。仮に心から反省したとしても許されるとはかぎらない。あいつらはそれだけのことをしてしまったんだよ」
「ふむ。自分たちの欲望を満たすためならば他の犠牲などなんとも思わぬ傲慢さが招いた結果……。因果応報じゃな」
「でも、こんな結末なんて悲しいだけよ。結局、だれも救われてない……」
リアーナは悔しさと哀しさによって溢れてくる涙を必死にこらえる。
「しかたないニャ。世の中の全ての物語がハッピーエンドとはかぎらないニャ…」
リャッカが低い声で言う。
「けどさ、これは他人事じゃない。俺もこれまで多くの命を奪ってきた。だれしも何かの犠牲のうえに生を享受しているものさ」
「そうじゃの。長く生きておればおるほどに多くのものを犠牲にしておるということじゃ。もちろん、このわしとて例外ではない。じゃが、そのぶん多くのものを救うために尽力しとる者もいることを忘れてはならんぞ」
「さっすが、おじいちゃんニャ。いいこと言うニャ!」
リャッカはジバフに抱きつく。
「ホッホッホッ…。さて、それではわしらは里に帰るとしようかのぉ。おまえさんがたはどうなさるんじゃ?」
ジバフはリャッカの頭を優しく撫でながらリアーナとウラボスの問う。
「わたしたちもこの町を発ちます。次はどこへ行くのかは決めてないんですけど…」
「まっ、冒険者なんてそんなものさ。明日はどこの空の下ってね」
ウラボスは頭上に広がる青空を見上げる。
「ふむ。行く宛もない旅を続けるのもよかろうて。それにウラボス殿が一緒ならば大概のことはなんとかなるじゃろう。次に会う時、リアーナ殿がどれほど成長しとるか楽しみじゃのぉ! そう思わぬか、リャッカ?」
ジバフは抱きついているかわいい孫娘を見る。
「……」
リャッカは黙ってジバフから離れる。その表情からは何かを決意していることがうかがえた。
「あたし、リアーナたちと一緒に冒険に出るニャ」
「えぇぇぇぇっ!」
驚愕の声をあげるリアーナ。ジバフは無言でリャッカを見つめる。
「あたしも世界中を旅してもっと多くのことを知りたいニャ。そして、すっごい賢者になりたいニャ! だから、リアーナたちと一緒に行くニャ!」
「本気なんじゃな。…ならば、止めはせぬよ。母さんにはわしから話しておこう」
「ありがとうニャ、おじいちゃん!」
ジバフは再び抱きつくリャッカをそっと抱き締める。
「というわけじゃ、すまぬがリャッカのことをお任せしてもよろしいですかな?」
「もちろん! いいでしょ、ウラボス?」
「好きにすればいいさ。ただし、安全は保証できないけどね」
「ありがとニャ。それともう一つ。グランザも一緒に行くニャ!」
リャッカは側で立っていた巨人に話を振る。
「えぇっ? 僕が!?」
「グランザも本当は一緒に行きたいんじゃないかニャ?」
「それは……」
グランザは図星を指摘されて言葉を詰まらせる。
「そうなの?」
リアーナはグランザの単眼を見つめて訊く。
「う…うん。だけど、魔族で狂戦士の僕なんかが一緒だときっとすごく迷惑をかけちゃうから……」
「いつか冒険パーティーに入るのが夢だって言ってたニャ。あれは嘘なのかニャ!?」
「嘘なんかじゃない! だけど……」
グランザは勇気が出せず、尻込みしてしまっている。
「ねぇ、ウラボス?」
「はいはい、仰せのままに…」
リアーナの言いたいことを予測していたウラボスは判断をリアーナに委ねる。
「ありがとう。……グランザも暁の渡り鳥に加わってくれないかな? あなたがいてくれれば心強いし!」
リアーナはウラボスに礼を言って、グランザ
をスカウトする。
「それはすごく嬉しいけど、僕……」
「わたしたちはそれを知ったうえで誘ってるの」
「勇気を出すニャ!」
リアーナとリャッカがグランザの勇気を待つ。
「……はい! どうか、よろしくお願いします!!」
グランザは深々とお辞儀をする。
「どうやら話がまとまったようじゃな。それでは、里へはわし一人で帰るとしようかのぉ」
「あっ、送っていきます」
「いや、かまわんよ。あそこまでなら瞬間移動魔術で戻れるからのぉ。それに、おまえさんたちはこれからギルドに寄らねばならんじゃろ?」
ジバフはリアーナの申し出を辞退した。
「そうニャ。あたしたちも暁の渡り鳥のメンバーとして登録しなきゃだめニャ!」
「ホッホッホッ…。では、さらばじゃ!」
ジバフは愛用の杖に魔力を流し込んで地面を突く。次の瞬間にはジバフの姿が消えていた。
「大丈夫かな?」
「心配いらないニャ。おじいちゃんはあたしの師匠でもあるニャ」
心配そうな様子のリアーナにリャッカが言う。
「そうなんだ…。だったら安心ね。それじゃ、わたしたちはギルドに向かいましょう」
こうして、一行は冒険者ギルドへと歩きだした。
◎
「暁の渡り鳥の新メンバー登録ですね。リャッカさんは妖精の賢者で……、グランザさんは魔族の…戦…士?」
受付嬢は申請用紙を確認しつつ目の前の巨人を見上げる。グランザはどう反応していいのかわからず、とりあえず笑顔を見せる。受付嬢は顔を強張らせて視線をそらしてしまう。
「魔族でもパーティー加入に問題はありませんよね?」
「……はい。規則としては問題はありませんが……本当にかまわないのですね?」
後々問題が起きても責任はもたないとばかりに確認してくる受付嬢に、リアーナは迷うことなく頷く。
「はい、お願いします」
「……わかりました。では、お手続きをしますので暫くお待ちください」
受付嬢は作業に取りかかる。暁の渡り鳥の面々は待合室に移動することにした。
◎
「あのぉ、本当にいいんでしょうか?」
グランザが遠慮がちに言う。
「まだ言ってるニャ。グランザもしつこいニャ」
「でも…」
リアーナはグランザの手の上に自分の手をそっと重ねる。
「大丈夫。何があってもきっと乗り越えられるよ。だから、ね?」
「はい、よろしくお願いします!」
グランザは喜びに瞳を潤ませた。
◎
「少し時間をもらってもいいかね?」
キャルトの冒険者ギルドのトップであるガルズは、一行の姿を見つけて歩み寄ってきた。
「何かご用ですか? ガヴァネ町長の件でしたら、わたしたちにはどうすることもできませんよ」
リアーナは臆することなく先手をうつ。
「ふっ…。そんなことを言いにきたわけではないよ」
「だったら、なんの用ニャ?」
リャッカの言葉にガルズは暫し躊躇っていたが、やがて暁の渡り鳥のメンバーに頭を下げた。予想もしなかったガルズの行動に、リアーナ、リャッカ、グランザが互いに顔を見合わせる。周りの冒険者たちもざわめく。
「あの! 顔を上げてください! いったいどういうことなんですか?」
動揺を隠せないリアーナたちとは対照的にウラボスは落ち着いている。
「ガヴァネとベランナの悪事を把握していたんだな?」
ガルズはウラボスの問いに首肯する。
「いかにも。私も、そして警備隊隊長のジュダもベランナ夫人の凶行には気づいていた」
「だったら、どうして早くやめさせなかったニャ!?」
リャッカは怒りの感情を言葉にのせる。
「……一言で言ってしまえば保身のためだな。言い訳をするつもりではないのだが、私にも妻子があってね。職を失うわけにはいかなかったのだ」
「そんなのひどいです! ガルズさんの気持ちもわかりますけど、犠牲になったケットシーたちにもそれぞれ家族や大切な仲間がいたんですよ!?」
リアーナはガルズに掴みかかりそうな勢いで反論する。
「そのとおりだな。私とてそんなことは知っていた。だが、どうしてもガヴァネ町長と対峙する覚悟が持てなかったのだよ」
「だからって…」
リアーナはやり場のない感情を処理できず、言葉を詰まらせる。
「今さら責めたところでどうにもならんだろう。それに権力者に逆らえる者なんてそれほど多くはない。しがらみを抱えていればなおさらだ」
「そうだニャ。今さらこいつを責めたって仲間は生き返らないニャ……」
ウラボスの言葉にリャッカは声を低くして無念をにじませる。
「本当に…申し訳ない……。それから、グランザ…といったか。君にもすまないことをしてしまったな」
「へ? 僕にですか?」
自らを指差すグランザに首肯し、言葉を続ける。
「君が魔族というだけで全く信用しようとしていなかった。いや、それだけではないか。君がキャルトに来ることで、ガヴァネ町長やベランナ夫人を捜査しなくてはならん状況になるかもしれないと危惧していたのもある」
白状し、改めてグランザに頭を下げて謝罪する。
「もう終わったことですし、そんなに謝らないでください…」
謝られているグランザのほうが恐縮しているようだ。
「あのぉ……お手続きのほうが完了したんですが…」
グランザがあたふたとしていると一仕事終えた受付嬢がやってきた。
「ありがとうございます」
リアーナが礼を言うと受付嬢は軽く会釈して自分の席へと戻っていく。
「まっ、あんたらにはあんたらの事情があったんだろうさ。……なんにしても、俺たちのここでの用事は済んだことだし、さっさと行こうか」
受付嬢を見送ってウラボスが言う。
「そうね。それじゃ、わたしたちはこれで失礼します」
リアーナはガルズにお辞儀をする。
「もう、この町を離れるのかね? 君たちさえよければこの町に居続けてもらってもかまわないのだがな。いや、むしろそうしてほしいくらいだよ」
「ありがとうございます。ですが、わたしたちは発ちます。最初から決めていたんです。この町には一時期滞在するだけだって」
「そうか。それならばしかたないな。無理に引き留めるわけにもいかんか。まあ、君たちならばどこにいても問題ないだろう。気をつけてな」
「はい。ガルズさんも…」
ガルズとの別れを済ませた暁の渡り鳥はキャルトの冒険者ギルドをあとにした。
◎
「さあて、冒険パーティー暁の渡り鳥の次なる目的地はどこかニャ?」
キャルトを出て、街道沿いに歩く暁の渡り鳥一行。リャッカは意気揚々と訊く。
「だから、決めてないって言ってるだろ。足の向くまま気の向くまま。明日はどこの空の下…ってね」
「ウニャア…。なんか行き当たりばったりだニャ……」
ウラボスの言葉にリャッカは少し呆れたようにする。
「そういうの、僕は嫌いじゃないです」
グランザはどこか楽しげである。
「…だそうだ。抜けるなら今からでも遅くはないぞ?」
悪戯っぽく笑ってリャッカ挑発するウラボス。
「ウニャア!! だれもそんなこと言ってないニャ! ほんっとに性格最悪なやつニャ…」
反論しながらミスリル・ロッドでウラボスに殴りかかるが軽くかわされてしまう。リャッカが恨めしそうにウラボスを睨む。
「もう……。あんまりリャッカちゃんを苛めちゃダメよ」
苦笑しながらもリャッカに助け船を出すリアーナ。リャッカはリアーナの脇に隠れてあっかんべーをする。その様子にウラボスはクククと笑う。
「なにがおかしいニャ?」
ジットリとした視線をウラボスに向けるリャッカ。
「そうしてるとお子ちゃまだなって思ってさ」
「ウニャア!!」
再びミスリル・ロッドで殴りかかるリャッカだったが、やはり空振りに終わる。ウラボスは高笑いをあげる。
「…はぁ……」
「いろいろと大変な旅になりそうですね……」
「うん…。お互いにがんばろうね……」
リアーナとグランザはがっくりと肩を落とす。
◎
街道を進んでいた暁の渡り鳥だったが、ウラボスは不意に立ち止まった。
「どうかしたの?」
リアーナの質問に対しても無言である。
「ウラボス?」
リアーナが再び声を発した。
「…悪いけど、少しばかり野暮用ができたみたいだ。先に行っててくれないか?」
「それなら、わたしたちも一緒に……」
「かまうことないニャ。一人で行かせてやればいいニャ」
リアーナの言葉を遮ってリャッカが言う。
「でも……」
「本人がああ言ってるんだからほっとけばいいニャ。この街道をもう少し進めば宿泊施設があるニャ。あたしたちは先に行っとくニャ。それともリアーナはウラボスの生理現象を見たいのかニャ?」
リャッカの言葉にリアーナは顔を赤くする。
「あっ! ごめんなさい! わたしたちは先に宿泊施設に行ってるから……その……ごゆっくり!」
いたたまれず、早足で先を急ぐリアーナ。そのあとを可笑しそうに笑いながらグランザが続く。
「すまん。恩に着るよ」
「いいニャ。それより気をつけるニャ。絶対に戻ってくるニャ」
「ああ、約束するよ」
短い会話を終えると、ウラボスの姿は消え失せていた。
「約束は守ってもらうからニャ…」
残されたリャッカは頭上にひろがる青空を見上げて呟いた。
宿の表ではジバフ、リャッカ、グランザが二人が出てくるのを待っていた。
「あの人たち、どうなるんでしょうか?」
グランザがだれにともなく問いかける。
「さあな。仮に心から反省したとしても許されるとはかぎらない。あいつらはそれだけのことをしてしまったんだよ」
「ふむ。自分たちの欲望を満たすためならば他の犠牲などなんとも思わぬ傲慢さが招いた結果……。因果応報じゃな」
「でも、こんな結末なんて悲しいだけよ。結局、だれも救われてない……」
リアーナは悔しさと哀しさによって溢れてくる涙を必死にこらえる。
「しかたないニャ。世の中の全ての物語がハッピーエンドとはかぎらないニャ…」
リャッカが低い声で言う。
「けどさ、これは他人事じゃない。俺もこれまで多くの命を奪ってきた。だれしも何かの犠牲のうえに生を享受しているものさ」
「そうじゃの。長く生きておればおるほどに多くのものを犠牲にしておるということじゃ。もちろん、このわしとて例外ではない。じゃが、そのぶん多くのものを救うために尽力しとる者もいることを忘れてはならんぞ」
「さっすが、おじいちゃんニャ。いいこと言うニャ!」
リャッカはジバフに抱きつく。
「ホッホッホッ…。さて、それではわしらは里に帰るとしようかのぉ。おまえさんがたはどうなさるんじゃ?」
ジバフはリャッカの頭を優しく撫でながらリアーナとウラボスの問う。
「わたしたちもこの町を発ちます。次はどこへ行くのかは決めてないんですけど…」
「まっ、冒険者なんてそんなものさ。明日はどこの空の下ってね」
ウラボスは頭上に広がる青空を見上げる。
「ふむ。行く宛もない旅を続けるのもよかろうて。それにウラボス殿が一緒ならば大概のことはなんとかなるじゃろう。次に会う時、リアーナ殿がどれほど成長しとるか楽しみじゃのぉ! そう思わぬか、リャッカ?」
ジバフは抱きついているかわいい孫娘を見る。
「……」
リャッカは黙ってジバフから離れる。その表情からは何かを決意していることがうかがえた。
「あたし、リアーナたちと一緒に冒険に出るニャ」
「えぇぇぇぇっ!」
驚愕の声をあげるリアーナ。ジバフは無言でリャッカを見つめる。
「あたしも世界中を旅してもっと多くのことを知りたいニャ。そして、すっごい賢者になりたいニャ! だから、リアーナたちと一緒に行くニャ!」
「本気なんじゃな。…ならば、止めはせぬよ。母さんにはわしから話しておこう」
「ありがとうニャ、おじいちゃん!」
ジバフは再び抱きつくリャッカをそっと抱き締める。
「というわけじゃ、すまぬがリャッカのことをお任せしてもよろしいですかな?」
「もちろん! いいでしょ、ウラボス?」
「好きにすればいいさ。ただし、安全は保証できないけどね」
「ありがとニャ。それともう一つ。グランザも一緒に行くニャ!」
リャッカは側で立っていた巨人に話を振る。
「えぇっ? 僕が!?」
「グランザも本当は一緒に行きたいんじゃないかニャ?」
「それは……」
グランザは図星を指摘されて言葉を詰まらせる。
「そうなの?」
リアーナはグランザの単眼を見つめて訊く。
「う…うん。だけど、魔族で狂戦士の僕なんかが一緒だときっとすごく迷惑をかけちゃうから……」
「いつか冒険パーティーに入るのが夢だって言ってたニャ。あれは嘘なのかニャ!?」
「嘘なんかじゃない! だけど……」
グランザは勇気が出せず、尻込みしてしまっている。
「ねぇ、ウラボス?」
「はいはい、仰せのままに…」
リアーナの言いたいことを予測していたウラボスは判断をリアーナに委ねる。
「ありがとう。……グランザも暁の渡り鳥に加わってくれないかな? あなたがいてくれれば心強いし!」
リアーナはウラボスに礼を言って、グランザ
をスカウトする。
「それはすごく嬉しいけど、僕……」
「わたしたちはそれを知ったうえで誘ってるの」
「勇気を出すニャ!」
リアーナとリャッカがグランザの勇気を待つ。
「……はい! どうか、よろしくお願いします!!」
グランザは深々とお辞儀をする。
「どうやら話がまとまったようじゃな。それでは、里へはわし一人で帰るとしようかのぉ」
「あっ、送っていきます」
「いや、かまわんよ。あそこまでなら瞬間移動魔術で戻れるからのぉ。それに、おまえさんたちはこれからギルドに寄らねばならんじゃろ?」
ジバフはリアーナの申し出を辞退した。
「そうニャ。あたしたちも暁の渡り鳥のメンバーとして登録しなきゃだめニャ!」
「ホッホッホッ…。では、さらばじゃ!」
ジバフは愛用の杖に魔力を流し込んで地面を突く。次の瞬間にはジバフの姿が消えていた。
「大丈夫かな?」
「心配いらないニャ。おじいちゃんはあたしの師匠でもあるニャ」
心配そうな様子のリアーナにリャッカが言う。
「そうなんだ…。だったら安心ね。それじゃ、わたしたちはギルドに向かいましょう」
こうして、一行は冒険者ギルドへと歩きだした。
◎
「暁の渡り鳥の新メンバー登録ですね。リャッカさんは妖精の賢者で……、グランザさんは魔族の…戦…士?」
受付嬢は申請用紙を確認しつつ目の前の巨人を見上げる。グランザはどう反応していいのかわからず、とりあえず笑顔を見せる。受付嬢は顔を強張らせて視線をそらしてしまう。
「魔族でもパーティー加入に問題はありませんよね?」
「……はい。規則としては問題はありませんが……本当にかまわないのですね?」
後々問題が起きても責任はもたないとばかりに確認してくる受付嬢に、リアーナは迷うことなく頷く。
「はい、お願いします」
「……わかりました。では、お手続きをしますので暫くお待ちください」
受付嬢は作業に取りかかる。暁の渡り鳥の面々は待合室に移動することにした。
◎
「あのぉ、本当にいいんでしょうか?」
グランザが遠慮がちに言う。
「まだ言ってるニャ。グランザもしつこいニャ」
「でも…」
リアーナはグランザの手の上に自分の手をそっと重ねる。
「大丈夫。何があってもきっと乗り越えられるよ。だから、ね?」
「はい、よろしくお願いします!」
グランザは喜びに瞳を潤ませた。
◎
「少し時間をもらってもいいかね?」
キャルトの冒険者ギルドのトップであるガルズは、一行の姿を見つけて歩み寄ってきた。
「何かご用ですか? ガヴァネ町長の件でしたら、わたしたちにはどうすることもできませんよ」
リアーナは臆することなく先手をうつ。
「ふっ…。そんなことを言いにきたわけではないよ」
「だったら、なんの用ニャ?」
リャッカの言葉にガルズは暫し躊躇っていたが、やがて暁の渡り鳥のメンバーに頭を下げた。予想もしなかったガルズの行動に、リアーナ、リャッカ、グランザが互いに顔を見合わせる。周りの冒険者たちもざわめく。
「あの! 顔を上げてください! いったいどういうことなんですか?」
動揺を隠せないリアーナたちとは対照的にウラボスは落ち着いている。
「ガヴァネとベランナの悪事を把握していたんだな?」
ガルズはウラボスの問いに首肯する。
「いかにも。私も、そして警備隊隊長のジュダもベランナ夫人の凶行には気づいていた」
「だったら、どうして早くやめさせなかったニャ!?」
リャッカは怒りの感情を言葉にのせる。
「……一言で言ってしまえば保身のためだな。言い訳をするつもりではないのだが、私にも妻子があってね。職を失うわけにはいかなかったのだ」
「そんなのひどいです! ガルズさんの気持ちもわかりますけど、犠牲になったケットシーたちにもそれぞれ家族や大切な仲間がいたんですよ!?」
リアーナはガルズに掴みかかりそうな勢いで反論する。
「そのとおりだな。私とてそんなことは知っていた。だが、どうしてもガヴァネ町長と対峙する覚悟が持てなかったのだよ」
「だからって…」
リアーナはやり場のない感情を処理できず、言葉を詰まらせる。
「今さら責めたところでどうにもならんだろう。それに権力者に逆らえる者なんてそれほど多くはない。しがらみを抱えていればなおさらだ」
「そうだニャ。今さらこいつを責めたって仲間は生き返らないニャ……」
ウラボスの言葉にリャッカは声を低くして無念をにじませる。
「本当に…申し訳ない……。それから、グランザ…といったか。君にもすまないことをしてしまったな」
「へ? 僕にですか?」
自らを指差すグランザに首肯し、言葉を続ける。
「君が魔族というだけで全く信用しようとしていなかった。いや、それだけではないか。君がキャルトに来ることで、ガヴァネ町長やベランナ夫人を捜査しなくてはならん状況になるかもしれないと危惧していたのもある」
白状し、改めてグランザに頭を下げて謝罪する。
「もう終わったことですし、そんなに謝らないでください…」
謝られているグランザのほうが恐縮しているようだ。
「あのぉ……お手続きのほうが完了したんですが…」
グランザがあたふたとしていると一仕事終えた受付嬢がやってきた。
「ありがとうございます」
リアーナが礼を言うと受付嬢は軽く会釈して自分の席へと戻っていく。
「まっ、あんたらにはあんたらの事情があったんだろうさ。……なんにしても、俺たちのここでの用事は済んだことだし、さっさと行こうか」
受付嬢を見送ってウラボスが言う。
「そうね。それじゃ、わたしたちはこれで失礼します」
リアーナはガルズにお辞儀をする。
「もう、この町を離れるのかね? 君たちさえよければこの町に居続けてもらってもかまわないのだがな。いや、むしろそうしてほしいくらいだよ」
「ありがとうございます。ですが、わたしたちは発ちます。最初から決めていたんです。この町には一時期滞在するだけだって」
「そうか。それならばしかたないな。無理に引き留めるわけにもいかんか。まあ、君たちならばどこにいても問題ないだろう。気をつけてな」
「はい。ガルズさんも…」
ガルズとの別れを済ませた暁の渡り鳥はキャルトの冒険者ギルドをあとにした。
◎
「さあて、冒険パーティー暁の渡り鳥の次なる目的地はどこかニャ?」
キャルトを出て、街道沿いに歩く暁の渡り鳥一行。リャッカは意気揚々と訊く。
「だから、決めてないって言ってるだろ。足の向くまま気の向くまま。明日はどこの空の下…ってね」
「ウニャア…。なんか行き当たりばったりだニャ……」
ウラボスの言葉にリャッカは少し呆れたようにする。
「そういうの、僕は嫌いじゃないです」
グランザはどこか楽しげである。
「…だそうだ。抜けるなら今からでも遅くはないぞ?」
悪戯っぽく笑ってリャッカ挑発するウラボス。
「ウニャア!! だれもそんなこと言ってないニャ! ほんっとに性格最悪なやつニャ…」
反論しながらミスリル・ロッドでウラボスに殴りかかるが軽くかわされてしまう。リャッカが恨めしそうにウラボスを睨む。
「もう……。あんまりリャッカちゃんを苛めちゃダメよ」
苦笑しながらもリャッカに助け船を出すリアーナ。リャッカはリアーナの脇に隠れてあっかんべーをする。その様子にウラボスはクククと笑う。
「なにがおかしいニャ?」
ジットリとした視線をウラボスに向けるリャッカ。
「そうしてるとお子ちゃまだなって思ってさ」
「ウニャア!!」
再びミスリル・ロッドで殴りかかるリャッカだったが、やはり空振りに終わる。ウラボスは高笑いをあげる。
「…はぁ……」
「いろいろと大変な旅になりそうですね……」
「うん…。お互いにがんばろうね……」
リアーナとグランザはがっくりと肩を落とす。
◎
街道を進んでいた暁の渡り鳥だったが、ウラボスは不意に立ち止まった。
「どうかしたの?」
リアーナの質問に対しても無言である。
「ウラボス?」
リアーナが再び声を発した。
「…悪いけど、少しばかり野暮用ができたみたいだ。先に行っててくれないか?」
「それなら、わたしたちも一緒に……」
「かまうことないニャ。一人で行かせてやればいいニャ」
リアーナの言葉を遮ってリャッカが言う。
「でも……」
「本人がああ言ってるんだからほっとけばいいニャ。この街道をもう少し進めば宿泊施設があるニャ。あたしたちは先に行っとくニャ。それともリアーナはウラボスの生理現象を見たいのかニャ?」
リャッカの言葉にリアーナは顔を赤くする。
「あっ! ごめんなさい! わたしたちは先に宿泊施設に行ってるから……その……ごゆっくり!」
いたたまれず、早足で先を急ぐリアーナ。そのあとを可笑しそうに笑いながらグランザが続く。
「すまん。恩に着るよ」
「いいニャ。それより気をつけるニャ。絶対に戻ってくるニャ」
「ああ、約束するよ」
短い会話を終えると、ウラボスの姿は消え失せていた。
「約束は守ってもらうからニャ…」
残されたリャッカは頭上にひろがる青空を見上げて呟いた。
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江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
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