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1章 出会いの町キャルト

STORY16 ウラボス対ゼルアル

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 街道から遠く離れた草原。ウラボスは深紅の鎧に身を包んだ剣士と対峙していた。顔には仮面をつけているため、面識があるのかないのかの判別ができない。

 「あんた、何者だ? 俺を知っているのか?」

 「俺の名はゼルアル。おまえさんとは会ったことはない。たぶんな」

 ウラボスは質問に答えた男の言葉に眉をひそめる。

 「たぶんとは?」

 「俺には過去の記憶がねぇんだ。まぁ、だからといって困ることもないけどよ」

 (こいつも過去の記憶がないのか。これは果たして偶然なのか?)

 ウラボスは同じ境遇の者に誘い出されたことに疑念を抱く。だが、この場で答えが出るはずはなかった。

 「それで、俺に何か用かい?」

 「単刀直入に言おう。俺と勝負してもらおうか!」

 「なぜ?」

 腰の鞘から剣を抜き放つゼルアル。ウラボスはあくまでも冷静に問う。

 「ある人物からおまえさんを倒せと言われててな。恨みはないが死んでもらうぜ」

 ゼルアルは駆け出す。それと同時にウラボスはウッド・ロッドを構えて臨戦態勢をとる。

 ガッ!

 ゼルアルの剣をウッド・ロッドで受け止め、そのまま弾き返す。

 「クハハハッ。いいぜ、いいぜ! もっと楽しませてくれよ!」

 ゼルアルは心の底から戦いを楽しんでいるように嬉々として刃を振るう。

 「光線魔術レイ・アロー

 素早く後退したウラボスは練り上げた魔力で光の矢を放つ。

 「しゃらくせぇ!」

 まっすぐに飛んでくる光の矢を切り払う。

 (へぇ…。あの攻撃に応対するのか!)

 敵ながら見事な動きに感心してしまう。

 「危ねぇじゃねぇか…よ!」

  光線魔術レイ・アローを切り払ったゼルアルは剣を構え直し、鋭い突きを繰り出す。

 「あまい!」

 ゼルアルが放った突きをウッド・ロッドで受け流す。

 「減速魔術スピードダウン

 攻撃直後の僅かな隙をついて、ウラボスが補助魔術の一つを詠唱する。

 「くっ…」

 ゼルアルは重力が何倍にも強くなったように思えるほどに身体を重く感じる。

 「こんな…ものなどぉ!」

 自らの魔力を練り上げて瞬間的に高めることで、ウラボスが施した減速魔術スピードダウンを強制解除する。

 「光線渦魔術レイ・トルネード!」

 休む間もなく次の攻撃が仕掛けられる。光の刃が渦となってゼルアルをのみ込む。

 「ぬぐ…うぅ……」

 防御体勢をとり、さらに防御魔術プロテクトを使って防御に徹する。だが、光の刃は相当なダメージをゼルアルに与えた。

 「ククク……ハハハハハ! いいね、いいね! おまえさんは予想以上の強さだ。さすがは真なる支配者というべきか」

 (こいつ、俺の正体を知っているのか…)

 ウラボスは目を見張った。それはほんの一瞬のことだったのだがゼルアルは見逃さない。

 「俺がどうしておまえさんの正体を知っているのか不思議か? そいつを知りたけりゃ俺を倒してみな!」

 (速い!)

 ウラボスは、これまでとは次元の違う速さで接近するゼルアルに驚愕する。

 「後ろはとった!」

 (しまった!)

 ウラボスの背後に回り込んだゼルアルはすかさず斬りかかる。身を翻しつつ距離をとるウラボスだったがゼルアルの剣が左肩をかすめた。

 「まだまだ!」

 ゼルアルは斬撃を連続で繰り出す。その苛烈な攻撃をさばききれず、ウラボスは身体にかすり傷をどんどん増やしてしまう。

 「どうした!? もっと楽しませてくれよ!」

 ゼルアルは期待を込めた視線を向ける。

 (鎧をまとっているというのに、なんて動きしてるんだよ…この!)

 ウラボスはウッド・ロッドで再び剣を弾き返し、魔力を練る。

 「がはっ!」

 ウラボスは、魔術を放つよりも早くゼルアルの膝蹴りをくらった。動きが静止したウラボスの首をめがけてゼルアルの剣が迫る。

 「ちぃっ」

 後方に跳んで寸前のところで回避する。

 「ぐぁっ」

 ゼルアルの蹴りを右頬に受け、勢いよく吹き飛ばされたウラボスは地面を転がる。

 「いてててて……」

 仰向けの状態で止まったウラボスの視界の青空が広がる。

 「そらそら、寝てる場合じゃないぜ!」

 ゼルアルは横たわるウラボスに向けて剣の切先を突きだす。

 ザクッ

 ゼルアルの剣が地面に突き刺さる。

 「言われるまでもないさ」

 飛行魔術フライングで上空へと逃れたウラボスから声が降る。

 「へへ…。まだまだ余裕じゃねぇかよ。ほんっとに楽しませてくれて嬉しいぜ!」

 「それはよかった。せっかくだ、もっと楽しませてやるよ」

 急降下し、ウッド・ロッドを振りかざすウラボス。それを剣で受け止めたゼルアルは両腕に力を込めて弾き返そうとする。

 「加速魔術クイック! 剛力魔術パワー!」

 ウラボスは連続して魔術を詠唱し、自らの素早さと力を向上させる。

 (くっ、力負けしちまうか)

 ウラボスの腕力が強化されたことで押し返されたゼルアルはよろめく。そこへウッド・ロッドによる打撃が連続で叩き込まれる。

 (鎧の上からでもこれだけの衝撃を与えるとは驚かされる!)

 ゼルアルは、次々に打ち込まれる打撃をガードしながら反撃の機をうかがう。

 「せやぁ!」

 打撃が途切れた一瞬を見逃さず、ゼルアルの剣が閃く。

 「ちっ」

 ゼルアルは、手応えもなく虚しく空を裂く剣に舌打ちをする。

 (加速魔術クイックで動きが速くなられたのは厄介だな。ったく、魔術師は肉弾戦が苦手だと相場は決まってるだろうが…)

 「はぁぁぁぁっ!」

 ウラボスの連続攻撃が再開された。ゼルアルは防御に専念しながらも敵の動きに注視する。ウラボスの姿が一瞬だけ視界から消えた。

 (くる!)

 ゼルアルは素早く動く。身体をひねり武器を構える。直後、振りかざされたウッド・ロッドが迫ってきた。間一髪で剣で受けるも凄まじい衝撃に吹っ飛ばされてしまう。

 空中で身をひるがえし、着地するが勢いを抑えきれずに地面を後ろ向きに滑っていく。

 「くぅ…」

 踏ん張って耐え抜いたゼルアルにウラボスの蹴りが炸裂する。

 攻守が逆転し、防戦を強いられる戦況を打開すべくゼルアルは魔力を練った。

 「閃光魔術フラッシュ!」

 魔術を詠唱した瞬間、ゼルアルのかざした掌が眩い輝きを発し、ウラボスの視界を眩ませる。

 ゼルアルが怒涛の反撃を開始した。容赦なく繰り出される斬撃による連続攻撃はウラボスに手傷を負わせていく。視界がぼやけたことで回避行動が一瞬遅れているのだ。

 後方へと移動し、一度ゼルアルとの距離をとるウラボス。

 「させねぇよ。火炎矢魔術フレイム・アロー

 ゼルアルは追撃の手を緩めない。魔術の使用により現れた炎の矢がウラボスを襲いかかる。これを防御魔術プロテクトで防御してダメージを最小限に抑え、視覚の回復を待つ。

 「はぁ!」

 ゼルアルがウラボスの首をはねるべく剣を横に一閃する。が、視覚がよみがえったウラボスは紙一重のところで回避した。

 「雷撃渦魔術ライトニング・トルネード!」

 ウラボスが練り上げた魔力が電撃の渦となってゼルアルをのみ込む。

 「ぐぁぁぁぁっ!」

 強烈な電撃によろめき、片膝をついたゼルアル。

 「大爆発魔術エクスプロージョン!!」

 ウラボスが練った魔力を爆発させる。それに巻き込まれて吹っ飛ばされたゼルアルは地面をバウンドしながら激しく転がり、全身を打ち付けた。

 「痛ぅぅぅ……。さすがに真なる支配者だ。これだけの実力者なんてそうそう出逢えるもんじゃねぇよな!」

 痛みに顔をゆがめながらもどこか愉しげに笑みを浮かべて体勢を立て直す。

 「クハハハ! おまえさんも楽しんでるみてぇだな」

 ウラボスと激しい攻防戦を繰り広げつつゼルアルは話しかける。

 「へへへへ…、今まで退屈な毎日を送ってきたからね。いろいろ楽しませてもらってるよ」

 「だったら、お互いに楽しもうぜ!」

 ウラボスの杖とゼルアルの剣が激しくぶつかり合う。ゼルアルは剣でウッド・ロッドを弾く。それによって体勢を崩したウラボスにボディーブローがヒットする。

 ガッ!

 膝をついたウラボスは振り下ろされた剣をウッド・ロッドで受け止めて押し返す。

 「雷属性付与魔術ライトニング・ウェポン

 雷属性を付与することでウッド・ロッドが稲妻をまとう。打撃と電撃を組み合わせることで鎧を着用した相手にも効果的となった攻撃を連続で叩き込まれてゼルアルは両膝をつく。

 「やって…くれる!…」

 さしものゼルアルも呼吸が乱れてきている。だが、それはウラボスも同様であった。

 (やつが自分の武器に雷属性を付与したことで攻撃力の不足を補っちまったか。しかし、使ってるのが、ただのウッド・ロッドだぞ! 魔力を流し込んで強化しているにしても、本来ならば俺の攻撃にはとてもじゃないが耐えられるものではないはず。防具にしても普通の服にボロマント…。)

 「クククク……ハーッハッハッ!」

 ウラボスは突然に笑いだしたゼルアルを怪訝な表情で見る。

 「どうした? 気でもおかしくなったか?」

 「いやいや、そうじゃねぇよ。あんたは俺より強ぇ。正直に言えば悔しいが認めるしかねぇ。そんなろくでもない装備をしてるやつと互角って時点で、実力的に敗けちまってるよ…」

 ゼルアルは自嘲気味に鼻で笑う。

 「そのことか。気にする必要はないぜ。冒険パーティーに入ってれば、いつ、どこで危険と向き合うことになるかわからないもんさ。自分を守る装備は常に気にかけておくべきだからな」

 「なるほど。つまり、危険への準備を怠った自分の責任だと言いてぇわけか。もしも俺が女だったら惚れちまってそうだな」

 ゼルアルの言葉にウラボスの表情が引きつる。

 「気持ち悪いこと言うなよ……」

 「まぁ、しょうがねぇか。だが、俺は手を抜いてやるつもりは毛頭ねぇぞ」

 「無論だ」

 ゼルアルは、ウラボスの即答に口角をあげる。

 双方が同時に動く。ウラボスの杖とゼルアルの剣が何度も激しくぶつかり合い、周囲の空気を振動させる。

 「水圧矢魔術ウォーター・アロー

 ウラボスは、後方に飛び退き、魔術名を詠唱して圧縮された水の矢を飛ばす。ゼルアルは剣でそれを弾き、ウラボスの懐に飛び込み、剣を振るう。

 跳躍したウラボスの足元を刃が通りすぎる。

 「光線魔術レイ・アロー

 魔力を練り上げたゼルアルが魔術名を詠唱する。出現した複数の光の矢がウラボスに向かって飛ぶ。

 次々に飛来する光の矢を距離をとりつつウッド・ロッドで打ち落としていく。

 「うぐっ」

 打ち仕損じた最後の一本がウラボスの右太ももを直撃する。短く声を洩らして片膝と杖をつく。

 「せぇい!」

 ゼルアルが気合いとともに剣を一閃した。どうにか致命傷は避けたものの左肩に深い切り傷を受ける。だが、ゼルアルは攻撃の手を一切抜くことはない。頭上に掲げた剣を垂直に振り下ろす。当たれば致命的なダメージを負うことは間違いない。

 ウラボスは魔力を使って腕力を最大限まで強化し、ウッド・ロッドを振るってゼルアルの剣を弾き飛ばす。

 (しまった!)

 弾かれた剣は宙を舞い、離れた位置に落下して突き刺さる。

 (くっ!)

 ゼルアルは手放してしまった剣を取りに駆けだす。

 (……どこだ!?)

 剣を手にし、振り向いた時にはウラボスの姿はなかった。

 (まさか、トンズラかますようなやつじゃねぇはずだが……。そうか、不可視魔術インビジブルか!)

 ウラボスが隠密魔術を使用したことを悟り、全神経を集中する。気配の消し方が巧みだ。しかし、相手は深手を負っていて呼吸も乱れはじめている。五感を極限まで研ぎ澄ます。

 ポタ…ポタ…

 何かが滴り落ちる微かな音が聞こえる。視線を移す。地面の赤い水滴のようなものが落ちていた。

 「そこか!!」

 ウラボスが左肩に負った切り傷から滴る血を目印に剣を突きだす。手応えがあり、血液が刀身をつたって地面を濡らした。ゼルアルが勝利の笑みを浮かべる。

 (なに!?)

 直後、表情は凍りつき、焦りが顔面に張り付く。剣は血を吸って重くなったボロマントをとらえているが、ウラボスの姿はない。

 (ちぃっ! はめられたか!?)

 気付いた時には遅く、剛力魔術パワーにより腕力を高めたウラボスが武具強化魔術ハイ・アームズによって強化されたウッド・ロッドで突きを放つ。それは鎧を貫いてゼルアルの腹を突く。

 「がはぁっ!!」

 凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされたゼルアルだったが、空中で体勢を立て直し、着地する。だが、ダメージは相当大きく、両膝をついて剣を杖代わりとしている。吐き出した血が地面を赤く染める。

 「大爆発魔術エクスプロージョン!!」

 ウラボスはウッド・ロッドを水平に構えて魔術名を詠唱した。

 「くっ!」

 ゼルアルは爆発に備えて完全防御体勢をとった。

 ドォォォォォン!!

 背後で起こった爆発の爆炎と爆風に巻き込まれ、またしても宙を舞い上がったゼルアル。

 「なっ!?」

 ゼルアルは目を見張った。吹き飛ばされる先にはウッド・ロッドを構えたウラボスの姿がある。

 「剛力魔術パワー…、雷属性付与魔術ライトニング・ウェポン

 杖に魔力を流し、2つの魔術名を詠唱する。もはやゼルアルには回避することなどできない。

 「ぐぁはぁぁぁっ!……」

 爆風によって勢いがついているところに、腕力を強化したウラボスの、雷属性が付与された杖による打撃を受ける。ゼルアルは衝撃と電撃をが身体中にはしり意識が遠退くのを感じた。

 (ちっ……かなわ…ねぇ…な……)

 薄れゆく意識のなかでゼルアルは思っていた。



 (ここ…は……どこだ?……)

 ゆっくりと覚醒していく。視界には夕焼けが広がる。

 「ぬぁっ!」

 横たわっていた身体を起こそうと動いた瞬間、激痛に襲われてしまった。

 再び地面に横になったゼルアルは、自分を見つめる視線に気付き、頭だけそちらを向かせる。

 顔のすぐ横には剣が突き刺さっていて、その向こう側には腰を下ろしているウラボスの姿が目に入ってきた。

 「どういうつもりだ? なぜ、俺にとどめをささなかった?」

 ゼルアルの質問にウラボスは鼻を鳴らす。

 「訊いておきたいことがあったからな。俺を倒すように依頼したのはだれだ?」

 背中を地面に預けて夕焼け空を見上げるウラボス。

 「そのことか。おまえさんのことを依頼してきたのは……」

 そこまで言って、ゼルアルの言葉が途切れた。

 「どうした? 依頼してきたのはとだれだ? どんなやつだった?」

 自分と同じようにして夕焼け空を見上げているゼルアルに改めて質問を投げ掛ける。

 「……あぁ、いや……。それが思い出せねぇんだよ…」

 ゼルアルが低い声で呟くように答える。

 「思い出せないだと?」

 ウラボスが上半身を起こし、ゼルアルに視線を移す。

 「ああ。たしかに依頼されたのは事実だ。けど、その人物がなんと名乗っていたのか、どんな感じのやつだったのか、さっぱり思い出せねぇんだ……」

 ゆっくりと身体を起こし、ウラボスを見ながら話すゼルアルにはとぼけている様子は全くない。

 (どういうことだ? 敗北した時に情報が漏らされることがないよう、こいつにはなんらかの魔術がかけられていたということか?……。ともあれ、こいつからはこれ以上の情報を引き出せないのは確実だな)

 「おい、俺にとどめを刺していかないのかよ?」

 起き上がり、立ち去るウラボスに声をかける。

 「なんだ、死にたいのか? だったら、適当な場所で勝手にしてくれ。こっちは思ったより時間をくっちまってるんでね。これで失礼させてもらう」

 ウラボスは、それだけ言い置いて夕闇のなかへと消えていった。
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