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1章 出会いの町キャルト
STORY17 ウラボスの帰還
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たどり着いた宿泊施設は利用者もまばらだった。
「4名様のご利用ですか?」
受付カウンターを担当していた男がリアーナに確認する。
「はい。あと一人は少し遅れてやってきます。先にチェックインをお願いできますか?」
「かしこまりました。それでは、こちらの用紙に必要事項をご記入ください」
「はい」
係の男の指示に従い、用紙に記入していく。
「しかし、魔族の方が加入している冒険パーティーとは珍しいですね」
「魔族が一緒だと宿泊できないとでも言うのかニャ?」
リャッカは文句ありげに係の男を睨む。男は慌てた様子で頭を下げる。
「お気に障ってしまったようで、申し訳ございませんでした。魔族の方であろうと、当施設を利用していただけるのであれば、大切なお客様であることに変わりございません」
「あたしのほうこそごめんニャ…」
心から謝罪する男に対してリャッカも謝罪する。
「書けました。お願いします」
用紙に必要事項を記入し終えたリアーナが声をかける。
「ありがとうございます。それでは、こちらがお部屋の鍵です。皆様、どうかごゆるりとおくつろぎくださいませ」
不備がないかをチェックしたあと、差し出された鍵を受け取る。
「お世話になります」
リアーナとグランザは同時に声をかける。それから、暁の渡り鳥の三人は2階の客室へと移動した。
◎
「わぁ! 思ったより広いね!」
客室に入って第一声をあげたのはリアーナだった。
「はい。これなら僕もゆっくり休めそうです」
グランザも嬉しげに続く。
「リャッカちゃん?」
黙ったまま窓の外を眺めているリャッカに声をかける。
「……」
リャッカはそれに気づいていない。ただ、ウラボスと別れた方角を見つめているのみである。
リアーナはそんな彼女の肩にそっと手を置く。
「ニャッ?」
少し驚いたように跳び上がり、リャッカはリアーナを見上げる。
「ごめん、驚かせちゃったね。どうかしたの?」
優しく問いかけるリアーナをリャッカは直視できない。
あの時、ゼルアルが放った殺気に気付いたのはウラボスとリャッカのみだった。それがウラボス個人に向けられていることも悟った。そして、その殺気の主がとんでもない実力者であることも……。
もしも、その事をリアーナやグランザに伝えればウラボスを一人では行かせなかっただろう。しかし、あれほどの相手となれば、リアーナはもちろん、グランザやリャッカですらウラボスの足手まといにしかならないのは明白だった。
それゆえにウラボスが単独行動をとるための手助けをしたのだ。だが、万が一にもウラボスが戻ってこなかったら……。そんな拭いきれない不安が小さな胸を締め付けていた。
「ううん、なんでもないニャ……」
リアーナとグランザを騙したような、そんな後ろめたさを感じ、引きつった作り笑いを見せてしまう。
「……そっか。でも、もしも何かに悩んでるのなら相談してね。わたしたち仲間でしょ?」
リアーナは優しく微笑む。
「……ありがとニャ……」
リャッカは低い声で短く答えると、視線を窓の外に戻し、沈黙してしまう。
◎
夕暮れ……。赤く染まっていた空は群青へと変わりつつある。暁の渡り鳥のメンバーたちは宿泊施設の外でいまだ戻らぬ仲間を待ち続けていた。
「あのぉ、お食事が冷めてしまったのですが温め直しますか?」
受付カウンターにいた男性スタッフが訊く。
「すみません。仲間がまだ到着しないようなのでもう少し待たせてください。食事はもう下げていただいてかまいません…」
リアーナが答えると男性スタッフは一礼して建物内へと戻っていく。
「遅いね……。何かあったのかな……」
リアーナが徐々に暗さを増していく道の先を見つめて呟く。
「大丈夫ですよ! あのウラボスに限って何かあるわけないじゃないですか! リャッカもそう思うよね!?」
グランザが自らに言い聞かせ、安心感を得ようとリャッカに同意を求める。が、リャッカは黙って夕闇の向こう側を凝視しているのみだ。
「……間違ってたらごめんね。もしかして、リャッカちゃんは何か知ってるの?」
リアーナが思いきったように質問する。リャッカは視線を足元に移し沈黙を続けた。
「そうなのかい、リャッカ?」
グランザが恐る恐る訊く。
「お願い! 知ってることがあるなら教えて!!」
リアーナは今にも泣き出しそうな声で返答を求めた。涙で潤んだ瞳に見つめられたリャッカは堪えきれず、その胸に秘めていたものを吐露し、リアーナに抱きついて号泣する。
◎
「ごめんニャ……ごめんニャ……」
リアーナの胸に顔を埋めて泣きじゃくり、何度も謝るリャッカ。リアーナはその頭を優しく撫でてからそっと離す。
「話してくれてありがとう。リャッカちゃんは一人でこんな不安を抱えてたんだね…」
リアーナはおもむろに立ち上がると昼間歩いてきた道を引き返す。
「待つニャ! どこ行くニャ!?」
リャッカが止める。
「ウラボスの所へ……。って言っても、どこにいるかわからないんだけどね。でも、じっとしてるなんてできない!」
「僕も行きます!」
グランザもリアーナの後に続く。
「冷静になるニャ! あたしたちが行ったところで足手まといにしかならないニャ! だからこそ、一人で行かせたニャ!! 今はウラボスを信じて待つニャ!!!」
懸命に止めようとするリャッカ。
「でも!…それでも!!……」
感情を抑えきれず泣き崩れるリアーナ。その傍らではグランザも悔しさに身を震わせている。
「ウラボス!……ウラボス!」
リアーナはいまだ戻らぬ仲間の名を呼ぶ。
「ん? どうした?」
夜の帳の向こうから聞こえた声に一同の視線は集中した。
歩み寄ってくる人影は徐々にはっきりとした姿となる。
「ウラボス!!!」
リアーナは駆け出した。が、抱きつこうとした瞬間、思わず息をのんだ。
「どうしたの!?」
全身が傷だらけでマントも血で真っ赤に染まっている。さらに、ウッド・ロッドもボロボロになっていた。ウラボスほどの者がこれほどの状態になるなど信じられず呆然と立ち尽くす。
「おーい、どうした?」
普段と全く変わらぬ様子のウラボスに我に返る。
「大変じゃない! すぐに手当てするからね!」
リアーナは血まみれのウラボスの傍らに移動して肩をかし、ウラボスの歩調に合わせて歩く。
「いいよ、自分で歩けるさ。それに汚れちまうぞ」
「そんなの、どうだっていいから!!」
リアーナに睨まれて抵抗を諦めたウラボスは宿泊施設の中へと入っていく。
◎
「なっ!?」
ウラボスの姿を目にした男性スタッフは言葉をなくす。
「すぐに医者を……」
「いや、それにはおよばない」
最寄りの病院まで使いに出ようとする男性スタッフを制止する。
「しかし…」
「傷そのものは既にだいたい治りかけている」
ウラボスの言葉にグランザがウラボスの体を確認する。
「本当だ……。傷がふさがってきてます…」
(激戦のあとにもかかわらず、これだけの傷を短時間で治療したのかニャ…。相変わらず並外れた魔術の使い手ニャ)
リャッカは常に自分の想像を超えた実力を見せつけるウラボスに言葉が出てこない。
「そんなことより腹が減った……」
「……へ?……あっ、はい。お料理のほうは置いてありますので、すぐにでも温め直してお持ちいたします」
言い残して男性スタッフは調理場へと姿を消す。
「プッ…フフフフフ……アハハハハ!」
暫く呆気にとられていたリアーナが急に笑いだした。
「どうしたんですか? リアーナさん」
グランザが戸惑ったように訊く。
「ごめんなさい。きっと命懸けの戦いを終えてきて、こんな大ケガをしてるのに、あまりにも普段どおりなんだもん。三人でウラボスのことをあんなに心配して、ずーっと外で待ち続けてたのにね。そう考えるとなんだかおかしくなっちゃって」
「ニャハハハハ! 言えてるニャ! よく考えたらこんな化け物を殺せるやつなんてそうそういるわけないニャ」
リャッカも笑いだし、つられてグランザも笑う。
「おいおい……。一応、これでもまだ痛いんだぜ。笑うことはないだろうに……」
ウラボスは不満そうにテーブルに肘をつく。
「ごめんね。でも、本当に無事に帰ってきてくれてよかった!」
心からの笑顔を見せてウラボスの生還を喜ぶリアーナに、ウラボスも微笑する。
その後、一同は運ばれてきた夜食をたいらげて、お風呂に入り、早々に就寝するのだった。
◎
窓から射し込む陽の光がウラボスの寝顔を照らす。
「…む……ん…」
眩しさに目を覚ました。客室はすでに明るくなっている。
ゆっくりとした動作で上体を起こす。体の痛みは完全に消えている。そして、ベッド脇にはウラボスの目覚めを待っていたリアーナの笑顔があった。
「おはよう」
リアーナが挨拶する。
「ああ、おはよう。今、何時だ?」
「9時よ」
ウラボスの質問の明快な答えを返す。
「そうか……。けっこう寝てたみたいだな」
「うん、本当によく寝てたよ。あれから二日も経ってるんだから」
「二日だって!?」
驚いたウラボスを見て、リアーナは明るく笑う。
(まさか二日も寝てたとは、さすがに驚いた。しかし、それほど深く眠るなんていつ以来だろうか)
久しぶりの熟睡の余韻にひたっていると、リアーナが包みを手渡してきた。
「これは?」
「新しい服とマントよ。ウラボスが寝てる間にリャッカちゃんがキャルトまで瞬間移動魔術で戻って買ってきてくれたの」
(そうか。今まで着てたのは血まみれでボロボロになってたからな。あいつなりに気を利かせてくれてるのか)
「それじゃ、わたしは一足先に一階におりてるから着替えたら来てね」
リアーナは立ち上がると客室を出ていく。
◎
「おっ、やっと起きたかニャ!」
着替えをすませて一階におりてきたウラボスにリャッカが声を弾ませる。
「おはようございます。とてもよくお似合いですよ」
続いてグランザが話しかける。
「あたしが選んだんだから当然ニャ!」
リャッカは得意気に胸を張る。
「二人とも、サンキューな」
「ニャニャッ!? ウラボスが普通に礼を言ったニャ……。嵐でもくるのかニャ」
リャッカは驚愕して窓の外を見る。
「失礼な猫だな」
「ニャア! 失礼なのはウラボスのほうニャ! あたしは猫じゃなくて妖精ニャ!!」
「はいはい。猫でも妖精でも妖怪でもなんでもいい」
「ニャアアアアッ!」
ウラボスの態度と言葉に絶叫するリャッカ。相変わらずのやり取りを見守るリアーナとグランザ。
そこに朝食が運ばれてきた。
「さぁさぁ、皆さん。食事のご用意ができましたので召し上がってください」
「ありがとうございます。それじゃ、食べましょう」
リアーナは、男性スタッフに礼を言って仲間たちを促す。
◎
「今回は俺のせいで二日も足止めしてしまった。迷惑をかけて申し訳ない」
食事を終えて旅支度をすませ、宿泊施設を出たところでウラボスが頭を下げる。
「そんな! 僕たちはだれも迷惑だなんて思ってませんよ!」
「そうよ。本当に気にしないで。別に急ぐ旅でもないんだし……」
リアーナとグランザが笑顔を見せる。
「ところで、さすがリャッカだね。選ぶ服のセンスがいいよ」
グランザが話題を切り替えようとする。
「フッフッフッ……。それは言えてるニャ」
「とにかく代金を払わなきゃな。いくらだったんだ?」
「要らないニャ。どうせタダだったんだしニャ」
「そうだったの? お店で買ってきたのかと思ってた」
リアーナも驚いて会話に加わる。
「貰ったニャ。んーっと、たしか…ウェポンズって名前の店ニャ」
(えっ……)
ウラボスとリアーナは互いに顔を見合わせる。それはウラボスがウッド・ロッドとマントを購入する時に値切り倒した店の名前であった。
「そ、そのお店の人がタダで?」
リアーナが詳しく訊く。
「そうニャ。あたしが店の前を歩いてると店主のほうから声をかけてきたニャ。それで、中をのぞいたんだけどロクな商品がないのに、デタラメを言って高値を吹っ掛けてきたニャ」
「それで、どうしたんだ?」
ウラボスが続きを促す。
「頭にきたから、売られている品物がいかに粗悪品かを理由を添えて並べ立ててやったニャ。最後に警備隊に報告してやるって言ったら、泣きながら服と杖を差し出してきて許しを乞うてきたニャ」
自業自得とはいえ、ほんの少しの同情を感じてウラボスとリアーナは苦笑した。
「さて、そろそろ出発するニャ!」
「うん、行こう!」
リャッカが元気よく声をあげ、グランザが続く。
「今度はどんな所でどんな事があるのか楽しみね」
「ああ。それも旅の醍醐味の一つだな」
リアーナにウラボスも同意する。
冒険パーティー暁の渡り鳥は、次なる冒険の舞台に向けて街道を進んでいった。
~1章 出会いの町キャルト 完~
「4名様のご利用ですか?」
受付カウンターを担当していた男がリアーナに確認する。
「はい。あと一人は少し遅れてやってきます。先にチェックインをお願いできますか?」
「かしこまりました。それでは、こちらの用紙に必要事項をご記入ください」
「はい」
係の男の指示に従い、用紙に記入していく。
「しかし、魔族の方が加入している冒険パーティーとは珍しいですね」
「魔族が一緒だと宿泊できないとでも言うのかニャ?」
リャッカは文句ありげに係の男を睨む。男は慌てた様子で頭を下げる。
「お気に障ってしまったようで、申し訳ございませんでした。魔族の方であろうと、当施設を利用していただけるのであれば、大切なお客様であることに変わりございません」
「あたしのほうこそごめんニャ…」
心から謝罪する男に対してリャッカも謝罪する。
「書けました。お願いします」
用紙に必要事項を記入し終えたリアーナが声をかける。
「ありがとうございます。それでは、こちらがお部屋の鍵です。皆様、どうかごゆるりとおくつろぎくださいませ」
不備がないかをチェックしたあと、差し出された鍵を受け取る。
「お世話になります」
リアーナとグランザは同時に声をかける。それから、暁の渡り鳥の三人は2階の客室へと移動した。
◎
「わぁ! 思ったより広いね!」
客室に入って第一声をあげたのはリアーナだった。
「はい。これなら僕もゆっくり休めそうです」
グランザも嬉しげに続く。
「リャッカちゃん?」
黙ったまま窓の外を眺めているリャッカに声をかける。
「……」
リャッカはそれに気づいていない。ただ、ウラボスと別れた方角を見つめているのみである。
リアーナはそんな彼女の肩にそっと手を置く。
「ニャッ?」
少し驚いたように跳び上がり、リャッカはリアーナを見上げる。
「ごめん、驚かせちゃったね。どうかしたの?」
優しく問いかけるリアーナをリャッカは直視できない。
あの時、ゼルアルが放った殺気に気付いたのはウラボスとリャッカのみだった。それがウラボス個人に向けられていることも悟った。そして、その殺気の主がとんでもない実力者であることも……。
もしも、その事をリアーナやグランザに伝えればウラボスを一人では行かせなかっただろう。しかし、あれほどの相手となれば、リアーナはもちろん、グランザやリャッカですらウラボスの足手まといにしかならないのは明白だった。
それゆえにウラボスが単独行動をとるための手助けをしたのだ。だが、万が一にもウラボスが戻ってこなかったら……。そんな拭いきれない不安が小さな胸を締め付けていた。
「ううん、なんでもないニャ……」
リアーナとグランザを騙したような、そんな後ろめたさを感じ、引きつった作り笑いを見せてしまう。
「……そっか。でも、もしも何かに悩んでるのなら相談してね。わたしたち仲間でしょ?」
リアーナは優しく微笑む。
「……ありがとニャ……」
リャッカは低い声で短く答えると、視線を窓の外に戻し、沈黙してしまう。
◎
夕暮れ……。赤く染まっていた空は群青へと変わりつつある。暁の渡り鳥のメンバーたちは宿泊施設の外でいまだ戻らぬ仲間を待ち続けていた。
「あのぉ、お食事が冷めてしまったのですが温め直しますか?」
受付カウンターにいた男性スタッフが訊く。
「すみません。仲間がまだ到着しないようなのでもう少し待たせてください。食事はもう下げていただいてかまいません…」
リアーナが答えると男性スタッフは一礼して建物内へと戻っていく。
「遅いね……。何かあったのかな……」
リアーナが徐々に暗さを増していく道の先を見つめて呟く。
「大丈夫ですよ! あのウラボスに限って何かあるわけないじゃないですか! リャッカもそう思うよね!?」
グランザが自らに言い聞かせ、安心感を得ようとリャッカに同意を求める。が、リャッカは黙って夕闇の向こう側を凝視しているのみだ。
「……間違ってたらごめんね。もしかして、リャッカちゃんは何か知ってるの?」
リアーナが思いきったように質問する。リャッカは視線を足元に移し沈黙を続けた。
「そうなのかい、リャッカ?」
グランザが恐る恐る訊く。
「お願い! 知ってることがあるなら教えて!!」
リアーナは今にも泣き出しそうな声で返答を求めた。涙で潤んだ瞳に見つめられたリャッカは堪えきれず、その胸に秘めていたものを吐露し、リアーナに抱きついて号泣する。
◎
「ごめんニャ……ごめんニャ……」
リアーナの胸に顔を埋めて泣きじゃくり、何度も謝るリャッカ。リアーナはその頭を優しく撫でてからそっと離す。
「話してくれてありがとう。リャッカちゃんは一人でこんな不安を抱えてたんだね…」
リアーナはおもむろに立ち上がると昼間歩いてきた道を引き返す。
「待つニャ! どこ行くニャ!?」
リャッカが止める。
「ウラボスの所へ……。って言っても、どこにいるかわからないんだけどね。でも、じっとしてるなんてできない!」
「僕も行きます!」
グランザもリアーナの後に続く。
「冷静になるニャ! あたしたちが行ったところで足手まといにしかならないニャ! だからこそ、一人で行かせたニャ!! 今はウラボスを信じて待つニャ!!!」
懸命に止めようとするリャッカ。
「でも!…それでも!!……」
感情を抑えきれず泣き崩れるリアーナ。その傍らではグランザも悔しさに身を震わせている。
「ウラボス!……ウラボス!」
リアーナはいまだ戻らぬ仲間の名を呼ぶ。
「ん? どうした?」
夜の帳の向こうから聞こえた声に一同の視線は集中した。
歩み寄ってくる人影は徐々にはっきりとした姿となる。
「ウラボス!!!」
リアーナは駆け出した。が、抱きつこうとした瞬間、思わず息をのんだ。
「どうしたの!?」
全身が傷だらけでマントも血で真っ赤に染まっている。さらに、ウッド・ロッドもボロボロになっていた。ウラボスほどの者がこれほどの状態になるなど信じられず呆然と立ち尽くす。
「おーい、どうした?」
普段と全く変わらぬ様子のウラボスに我に返る。
「大変じゃない! すぐに手当てするからね!」
リアーナは血まみれのウラボスの傍らに移動して肩をかし、ウラボスの歩調に合わせて歩く。
「いいよ、自分で歩けるさ。それに汚れちまうぞ」
「そんなの、どうだっていいから!!」
リアーナに睨まれて抵抗を諦めたウラボスは宿泊施設の中へと入っていく。
◎
「なっ!?」
ウラボスの姿を目にした男性スタッフは言葉をなくす。
「すぐに医者を……」
「いや、それにはおよばない」
最寄りの病院まで使いに出ようとする男性スタッフを制止する。
「しかし…」
「傷そのものは既にだいたい治りかけている」
ウラボスの言葉にグランザがウラボスの体を確認する。
「本当だ……。傷がふさがってきてます…」
(激戦のあとにもかかわらず、これだけの傷を短時間で治療したのかニャ…。相変わらず並外れた魔術の使い手ニャ)
リャッカは常に自分の想像を超えた実力を見せつけるウラボスに言葉が出てこない。
「そんなことより腹が減った……」
「……へ?……あっ、はい。お料理のほうは置いてありますので、すぐにでも温め直してお持ちいたします」
言い残して男性スタッフは調理場へと姿を消す。
「プッ…フフフフフ……アハハハハ!」
暫く呆気にとられていたリアーナが急に笑いだした。
「どうしたんですか? リアーナさん」
グランザが戸惑ったように訊く。
「ごめんなさい。きっと命懸けの戦いを終えてきて、こんな大ケガをしてるのに、あまりにも普段どおりなんだもん。三人でウラボスのことをあんなに心配して、ずーっと外で待ち続けてたのにね。そう考えるとなんだかおかしくなっちゃって」
「ニャハハハハ! 言えてるニャ! よく考えたらこんな化け物を殺せるやつなんてそうそういるわけないニャ」
リャッカも笑いだし、つられてグランザも笑う。
「おいおい……。一応、これでもまだ痛いんだぜ。笑うことはないだろうに……」
ウラボスは不満そうにテーブルに肘をつく。
「ごめんね。でも、本当に無事に帰ってきてくれてよかった!」
心からの笑顔を見せてウラボスの生還を喜ぶリアーナに、ウラボスも微笑する。
その後、一同は運ばれてきた夜食をたいらげて、お風呂に入り、早々に就寝するのだった。
◎
窓から射し込む陽の光がウラボスの寝顔を照らす。
「…む……ん…」
眩しさに目を覚ました。客室はすでに明るくなっている。
ゆっくりとした動作で上体を起こす。体の痛みは完全に消えている。そして、ベッド脇にはウラボスの目覚めを待っていたリアーナの笑顔があった。
「おはよう」
リアーナが挨拶する。
「ああ、おはよう。今、何時だ?」
「9時よ」
ウラボスの質問の明快な答えを返す。
「そうか……。けっこう寝てたみたいだな」
「うん、本当によく寝てたよ。あれから二日も経ってるんだから」
「二日だって!?」
驚いたウラボスを見て、リアーナは明るく笑う。
(まさか二日も寝てたとは、さすがに驚いた。しかし、それほど深く眠るなんていつ以来だろうか)
久しぶりの熟睡の余韻にひたっていると、リアーナが包みを手渡してきた。
「これは?」
「新しい服とマントよ。ウラボスが寝てる間にリャッカちゃんがキャルトまで瞬間移動魔術で戻って買ってきてくれたの」
(そうか。今まで着てたのは血まみれでボロボロになってたからな。あいつなりに気を利かせてくれてるのか)
「それじゃ、わたしは一足先に一階におりてるから着替えたら来てね」
リアーナは立ち上がると客室を出ていく。
◎
「おっ、やっと起きたかニャ!」
着替えをすませて一階におりてきたウラボスにリャッカが声を弾ませる。
「おはようございます。とてもよくお似合いですよ」
続いてグランザが話しかける。
「あたしが選んだんだから当然ニャ!」
リャッカは得意気に胸を張る。
「二人とも、サンキューな」
「ニャニャッ!? ウラボスが普通に礼を言ったニャ……。嵐でもくるのかニャ」
リャッカは驚愕して窓の外を見る。
「失礼な猫だな」
「ニャア! 失礼なのはウラボスのほうニャ! あたしは猫じゃなくて妖精ニャ!!」
「はいはい。猫でも妖精でも妖怪でもなんでもいい」
「ニャアアアアッ!」
ウラボスの態度と言葉に絶叫するリャッカ。相変わらずのやり取りを見守るリアーナとグランザ。
そこに朝食が運ばれてきた。
「さぁさぁ、皆さん。食事のご用意ができましたので召し上がってください」
「ありがとうございます。それじゃ、食べましょう」
リアーナは、男性スタッフに礼を言って仲間たちを促す。
◎
「今回は俺のせいで二日も足止めしてしまった。迷惑をかけて申し訳ない」
食事を終えて旅支度をすませ、宿泊施設を出たところでウラボスが頭を下げる。
「そんな! 僕たちはだれも迷惑だなんて思ってませんよ!」
「そうよ。本当に気にしないで。別に急ぐ旅でもないんだし……」
リアーナとグランザが笑顔を見せる。
「ところで、さすがリャッカだね。選ぶ服のセンスがいいよ」
グランザが話題を切り替えようとする。
「フッフッフッ……。それは言えてるニャ」
「とにかく代金を払わなきゃな。いくらだったんだ?」
「要らないニャ。どうせタダだったんだしニャ」
「そうだったの? お店で買ってきたのかと思ってた」
リアーナも驚いて会話に加わる。
「貰ったニャ。んーっと、たしか…ウェポンズって名前の店ニャ」
(えっ……)
ウラボスとリアーナは互いに顔を見合わせる。それはウラボスがウッド・ロッドとマントを購入する時に値切り倒した店の名前であった。
「そ、そのお店の人がタダで?」
リアーナが詳しく訊く。
「そうニャ。あたしが店の前を歩いてると店主のほうから声をかけてきたニャ。それで、中をのぞいたんだけどロクな商品がないのに、デタラメを言って高値を吹っ掛けてきたニャ」
「それで、どうしたんだ?」
ウラボスが続きを促す。
「頭にきたから、売られている品物がいかに粗悪品かを理由を添えて並べ立ててやったニャ。最後に警備隊に報告してやるって言ったら、泣きながら服と杖を差し出してきて許しを乞うてきたニャ」
自業自得とはいえ、ほんの少しの同情を感じてウラボスとリアーナは苦笑した。
「さて、そろそろ出発するニャ!」
「うん、行こう!」
リャッカが元気よく声をあげ、グランザが続く。
「今度はどんな所でどんな事があるのか楽しみね」
「ああ。それも旅の醍醐味の一つだな」
リアーナにウラボスも同意する。
冒険パーティー暁の渡り鳥は、次なる冒険の舞台に向けて街道を進んでいった。
~1章 出会いの町キャルト 完~
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江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
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