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4章 少女を救え!
32話 七星大将軍ヴェルム
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「邪魔するぜ」
アルスフェルト城の謁見の間にひとりの魔族が兵士を薙ぎ倒しながら乱入する。
「七世大将軍アルフォス様の城での、そのような暴挙。いかにヴェルム様といえども失礼ですぞ!」
ジルバーナは魔族を一喝する。線が細く、引き締まった長身の体躯の魔族は、腰に魔剣を携えている。赤い双眸が謁見の間にいる者たちを睥睨した。
「ふん……俺様が来た理由はわかってるだろう? リジュアンから逃げてきた人間の子供を引き渡してもらおうか!」
「あの少女はラミーネルへの亡命を希望しております。まずはこちらで承認するかどうか検討する必要があり、少なくとも決定されるまでは引き渡しに応じることはできません」
ジルバーナはきっぱりと断る。
「ふざけんなよ。てめぇら人間ごときが偉そうにふかしてんじゃねぇ」
ヴェルムは威圧的な態度を崩さない。この場での実力行使も厭わない構えだ。
「我々は七世大将軍アルフォス様より留守を任されております。勝手な行動は慎んでいただきましょう」
ルットは毅然としてヴェルムと視線をぶつけ合う。
「んなもん、関係ねぇ。人間風情が魔族である俺様に意見してんじゃねぇぞ」
「あら、それでしたら、わたくしが意見させていただきますわ」
ヴェルムは声の主セラを睨む。
「アルフォスの従者か。考えてみれば、おまえも災難だよな。リュカリオン様のご命令とはいえ、人間ごときの従者にさせられるなんてよ。同情してやるぜ」
セラはフンッと鼻を鳴らす。
「同情は要りませんわ。たしかに最初は不満もありましたが、今ではリュカリオン様に心から感謝しておりますわ」
「ちっ、かわいくねぇな」
顔をしかめるヴェルムだったが、すぐに下卑た笑みを浮かべる。
「気が強ぇ女も嫌いじゃねぇ。おまえにその気があるなら、俺様の従者にしてやるぜ?」
一瞬でセラの側まで移動したヴェルムが華奢な肩に手を回す。
「お断りいたしますわ」
セラは素っ気なく答え、ヴェルムの手を払い除ける。
「……まぁ、いいだろう。んなことよりも、さっさと子供を連れてこい!」
「同じことを何度も言わせないでください。それもはっきりとお断りさせていただいたはずですわ」
セラはヴェルムに対しても少しも臆することなく答える。
「俺様を怒らせねぇほうがいいぜ。その気になりゃあ、この城にいるやつ全員をぶっ殺して子供を連れていくこともできるんだ。てめぇらだって、たかが人間の子供ひとりのために死にたかねぇだろ?」
「恐れながら申し上げます。そのような暴挙に出れば、アルフォス殿はもちろん、魔神リュカリオン様も黙ってはおりますまい。いかに七世大将軍ヴェルム様とはいえ、アルフォス殿とリュカリオン様を同時に相手しては分が悪いのでは?」
ジルバーナの指摘にヴェルムの表情が僅かに硬くなる。が、すぐに口元に笑みがこぼれた。
「何か勘違いしてるようだな。そもそも、あの子供がただの人間なら亡命は許されるかもしれねぇ。だが、あいつは俺様の従者だぜ? 魔族である俺様と主従の関係にあるってことは、あの子供は俺様の所有物も同然。つうわけだからよ、所有権のある俺様が望む以上は返すのが筋ってもんだろ?」
(やはり、最終的には主従関係にあると言い出しましたわね……)
アルフォスの読みどおりの展開にセラがため息をつく。しかし、これを予想していたからこそ、アルフォスは魔剣ダインスレフを取りにいっている。ならば、なんとしても時間を稼ぐことが使命であった。
「そうなのですか? しかし、それならばどうして最初におっしゃられなかったのですの?」
セラは努めて平静に訊く。
「そんな事は、あの子供が言ってるもんだと思ってたからなぁ。なんにせよ、主従関係にあるのがわかった以上は返すのが筋だよな?」
セラは言葉に詰まる。
「それを証明できるのですか?」
ルットが訊く。
「バカか? 七世大将軍ほどの魔族が人間の小娘を従者にするのに、いちいち証明書みてぇなもんを残すわけねぇだろ! それとも、てめぇは俺様を嘘つき呼ばわりする気か?」
ルットも押し黙る。明確な証拠もなしにこれ以上の追及することはできない。
「違うもん! 私はおまえなんかの従者じゃないもん!!」
沈黙を破ったのは、3階へと続く階段から主張するリーシャだった。
「人間のおまえが何を言ったところで俺様の言葉を覆すことはできねぇ。諦めて一緒にこい! それとも……」
そこまで言って、ヴェルムは瞬時にリーシャの前までやって来た。
「七世大将軍の俺様がわざわざ迎えにきてやったってのに抵抗するつもりか?」
威圧的な視線をリーシャに向け、手を伸ばす。
「どういうつもりだ?」
恐怖から一歩も動けなくなっているリーシャを庇うようにピファが両手を広げて立ちふさがる。
「退け。死にてぇのか?」
殺気を帯びた鋭い視線がピファに突き刺さる。だが、ピファは退かない。ヴェルムの手が腰の魔剣に伸びる。
「アルフォス様は、その少女と魔剣ダインスレフの交換を望んでおられますわ」
セラの言葉にヴェルムの手が止まる。
「こんな子供と魔剣を交換だと? そんなうまい話があるわけねぇだろ。そもそも、あの剣はリュカリオン様が管理されているはずだが?」
ヴェルムは振り向きつつ問う。
「たしかにそうですわ。しかし、実際にアルフォス様はバルスヴェイル城に魔剣ダインスレフを取りに行ってますわ」
(出任せを言ってる感じじゃねぇな。こんな小娘ひとりと引き換えに魔剣が手に入るなら文句はねぇ。それに、アルフォスはリュカリオンのお気に入りだ。ダインスレフを貰えたとしても不思議はない、か)
ヴェルムが笑む。
「いいだろう。だが、現物もないのに全面的に信用するのは無理だ。こいつは連れていく。ダインスレフが用意できたら引き換えにこい。そしたら、この子供をくれてやる」
「それを認めるわけにはいきませんわ。その娘の身柄はラミーネルで預からせていただきますわ」
ヴェルムの提案にセラが異を唱える。
「そいつは無理な相談だな。こいつはあくまでも魔剣ダインスレフと交換だ」
ヴェルムは強気な態度を崩さない。
「だったら、魔剣ダインスレフ
があれば問題ないんだな?」
開け放たれたままになっていた謁見の間の入り口にアルフォスとメルティナが姿を現したのはその時だった。
アルスフェルト城の謁見の間にひとりの魔族が兵士を薙ぎ倒しながら乱入する。
「七世大将軍アルフォス様の城での、そのような暴挙。いかにヴェルム様といえども失礼ですぞ!」
ジルバーナは魔族を一喝する。線が細く、引き締まった長身の体躯の魔族は、腰に魔剣を携えている。赤い双眸が謁見の間にいる者たちを睥睨した。
「ふん……俺様が来た理由はわかってるだろう? リジュアンから逃げてきた人間の子供を引き渡してもらおうか!」
「あの少女はラミーネルへの亡命を希望しております。まずはこちらで承認するかどうか検討する必要があり、少なくとも決定されるまでは引き渡しに応じることはできません」
ジルバーナはきっぱりと断る。
「ふざけんなよ。てめぇら人間ごときが偉そうにふかしてんじゃねぇ」
ヴェルムは威圧的な態度を崩さない。この場での実力行使も厭わない構えだ。
「我々は七世大将軍アルフォス様より留守を任されております。勝手な行動は慎んでいただきましょう」
ルットは毅然としてヴェルムと視線をぶつけ合う。
「んなもん、関係ねぇ。人間風情が魔族である俺様に意見してんじゃねぇぞ」
「あら、それでしたら、わたくしが意見させていただきますわ」
ヴェルムは声の主セラを睨む。
「アルフォスの従者か。考えてみれば、おまえも災難だよな。リュカリオン様のご命令とはいえ、人間ごときの従者にさせられるなんてよ。同情してやるぜ」
セラはフンッと鼻を鳴らす。
「同情は要りませんわ。たしかに最初は不満もありましたが、今ではリュカリオン様に心から感謝しておりますわ」
「ちっ、かわいくねぇな」
顔をしかめるヴェルムだったが、すぐに下卑た笑みを浮かべる。
「気が強ぇ女も嫌いじゃねぇ。おまえにその気があるなら、俺様の従者にしてやるぜ?」
一瞬でセラの側まで移動したヴェルムが華奢な肩に手を回す。
「お断りいたしますわ」
セラは素っ気なく答え、ヴェルムの手を払い除ける。
「……まぁ、いいだろう。んなことよりも、さっさと子供を連れてこい!」
「同じことを何度も言わせないでください。それもはっきりとお断りさせていただいたはずですわ」
セラはヴェルムに対しても少しも臆することなく答える。
「俺様を怒らせねぇほうがいいぜ。その気になりゃあ、この城にいるやつ全員をぶっ殺して子供を連れていくこともできるんだ。てめぇらだって、たかが人間の子供ひとりのために死にたかねぇだろ?」
「恐れながら申し上げます。そのような暴挙に出れば、アルフォス殿はもちろん、魔神リュカリオン様も黙ってはおりますまい。いかに七世大将軍ヴェルム様とはいえ、アルフォス殿とリュカリオン様を同時に相手しては分が悪いのでは?」
ジルバーナの指摘にヴェルムの表情が僅かに硬くなる。が、すぐに口元に笑みがこぼれた。
「何か勘違いしてるようだな。そもそも、あの子供がただの人間なら亡命は許されるかもしれねぇ。だが、あいつは俺様の従者だぜ? 魔族である俺様と主従の関係にあるってことは、あの子供は俺様の所有物も同然。つうわけだからよ、所有権のある俺様が望む以上は返すのが筋ってもんだろ?」
(やはり、最終的には主従関係にあると言い出しましたわね……)
アルフォスの読みどおりの展開にセラがため息をつく。しかし、これを予想していたからこそ、アルフォスは魔剣ダインスレフを取りにいっている。ならば、なんとしても時間を稼ぐことが使命であった。
「そうなのですか? しかし、それならばどうして最初におっしゃられなかったのですの?」
セラは努めて平静に訊く。
「そんな事は、あの子供が言ってるもんだと思ってたからなぁ。なんにせよ、主従関係にあるのがわかった以上は返すのが筋だよな?」
セラは言葉に詰まる。
「それを証明できるのですか?」
ルットが訊く。
「バカか? 七世大将軍ほどの魔族が人間の小娘を従者にするのに、いちいち証明書みてぇなもんを残すわけねぇだろ! それとも、てめぇは俺様を嘘つき呼ばわりする気か?」
ルットも押し黙る。明確な証拠もなしにこれ以上の追及することはできない。
「違うもん! 私はおまえなんかの従者じゃないもん!!」
沈黙を破ったのは、3階へと続く階段から主張するリーシャだった。
「人間のおまえが何を言ったところで俺様の言葉を覆すことはできねぇ。諦めて一緒にこい! それとも……」
そこまで言って、ヴェルムは瞬時にリーシャの前までやって来た。
「七世大将軍の俺様がわざわざ迎えにきてやったってのに抵抗するつもりか?」
威圧的な視線をリーシャに向け、手を伸ばす。
「どういうつもりだ?」
恐怖から一歩も動けなくなっているリーシャを庇うようにピファが両手を広げて立ちふさがる。
「退け。死にてぇのか?」
殺気を帯びた鋭い視線がピファに突き刺さる。だが、ピファは退かない。ヴェルムの手が腰の魔剣に伸びる。
「アルフォス様は、その少女と魔剣ダインスレフの交換を望んでおられますわ」
セラの言葉にヴェルムの手が止まる。
「こんな子供と魔剣を交換だと? そんなうまい話があるわけねぇだろ。そもそも、あの剣はリュカリオン様が管理されているはずだが?」
ヴェルムは振り向きつつ問う。
「たしかにそうですわ。しかし、実際にアルフォス様はバルスヴェイル城に魔剣ダインスレフを取りに行ってますわ」
(出任せを言ってる感じじゃねぇな。こんな小娘ひとりと引き換えに魔剣が手に入るなら文句はねぇ。それに、アルフォスはリュカリオンのお気に入りだ。ダインスレフを貰えたとしても不思議はない、か)
ヴェルムが笑む。
「いいだろう。だが、現物もないのに全面的に信用するのは無理だ。こいつは連れていく。ダインスレフが用意できたら引き換えにこい。そしたら、この子供をくれてやる」
「それを認めるわけにはいきませんわ。その娘の身柄はラミーネルで預からせていただきますわ」
ヴェルムの提案にセラが異を唱える。
「そいつは無理な相談だな。こいつはあくまでも魔剣ダインスレフと交換だ」
ヴェルムは強気な態度を崩さない。
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があれば問題ないんだな?」
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