スラム育ちの英雄譚

美山 鳥

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第6章 新米冒険者の日々

6―8 VSザラギス

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 ドォォォンッ

 ティクの町の冒険者ギルドの演習場に爆音が轟き、砂煙が盛大に上がった。その場にいた幾人かの冒険者たちの視線が集まる。

 「どうだ? もう降参か?」

 訓練用の大槌を肩に担いだ大男がニヤリと笑む。鍛えられて引き締まった肉体とオレンジ色の瞳の男で、年齢は40を回ったころだろうか。短い黒髪の無造作ヘアと無精髭を生やしている。

 「冗談だろ。まだ始まったばかりだぞ?」

 砂煙が消え去った後に姿を現したエルフェリオンが木剣を構え直す。その全身には黒い魔力を帯びていた。定宿でアルナの部屋を出たその足で、演習場へとやってきたのだ。敵が想像をはるかに超えて強大だとわかった今、対抗できるだけの実力を一刻も早く身につけたかったからである。それには少しでも多くの経験を積むことは不可欠だと考えての行動だ。

 ダッ

 疾走したエルフェリオンが大男にグングンと迫る。

 「エア・ガトリング!」

 左手をサッとかざした大男が魔術を発動し、空気弾を撃ちまくる。

 ドドドドドドドドッ

 矢継ぎ早に迫ってくる空気弾を素早いサイドステップでかわし、エルフェリオンは強く地面を蹴ってさらに加速する。

 ブンッ……カンッ

 乾いた音がエルフェリオンや大男、その周りにいる者たちの鼓膜を刺激した。

 大槌の柄で木剣を受け止めた大男の口角が上がる。

 「ちっ!」

 後方へと飛び退くエルフェリオン。

 「いい判断だが、あまい!」

 ブォンッ

 大男は、大きく前に踏み込むと同時に大槌をフルスイングする。だが、エルフェリオンは身をかがめることで強烈な反撃をやり過ごす。もしも、まともに当たっていれば勝負は決していたに違いない。

 バックステップでさらに間合いを広げたエルフェリオンは額ににじんだ汗を拭う。

 「冒険者登録したばかりのルーキーが、いきなり模擬戦を申し込んでくるから遊んでやるのもおもしろいと思ったが、存外に楽しませてくれるな。少しばかり遅くなったが、簡単に自己紹介でもしておこうか。オラの名前はザラギス。B級冒険者だ」
 「俺はエルフェリオン。C級冒険者だ」
 「あぁ、もちろん知ってるぜ。うちのギルドマスターが登録したばかりの新米冒険者にテストを受けさせるなんて異例中の異例だからな。だが、実際に手合わせしてみて納得したぜ。おまえさんは戦闘力だけでいえば、おそらくB級に相当するだろうぜ。だが、うちのギルドのB級上位のオラに勝てるかというと話は別だ」
 「だったら、胸を借りさせてもらうつもりでいくまでだ!」

 ジリジリと間合いを詰めていくエルフェリオン。

 「バカみたいに突っ込んでくるばかりではないか。だが、慎重でいればいいってもんでもないぜ! バインド・チェーン!」

 ザラギスがかざした左手から魔力によって作り出された鎖が勢いよく伸びて、エルフェリオンの左腕に絡みつく。

 「ちっ!」

 エルフェリオンは魔力の鎖を振りほどこうとするがうまくいかない。

 「おらよ!」

 ザラギスはグイッと力任せに魔力の鎖を振り回し、勢いをつけて地面に叩きつける。

 「ぐぁっ!」

 地面に激突したエルフェリオンが痛みに声をあげる。

 (ちっくしょう! だったら!!)

 エルフェリオンは素早く立ち上がり、ザラギスとの間合いを一気に詰める。それに対して、ザラギスは魔力の鎖を消し去り、高く跳躍する。

 「逃がすか!」

 それを追ってエルフェリオンも跳躍する。だが、エルフェリオンの動きを読んでいたザラギスは木槌を頭上に掲げていた。

 ブォンッ

 ザラギスは両手で握った木槌をおもいきり振り下ろす。

 「くぅ!……がはっ!!」

 エルフェリオンは、咄嗟に木剣でガードしたものの背中から地面に叩き落されてバウンドする。そこでバインド・チェーンを再び発動したザラギスがエルフェリオンの体を拘束し、豪快に振り回して投げ飛ばす。

 「くっ……そ……」

 地面に何度もバウンドした挙げ句に滑って止まる。

 「どうだ? これが経験の差ってやつだ」

 エルフェリオンは全身を強く打ちながらも立ち上がる。その翡翠色の瞳に宿る闘志にはわずかなかげりもない。

 「……まったく、強情というか我慢強いというか。だが、今はここまでだ」
 「ふざけるなよ。俺はまだやれるぜ?」

 木剣を構えるエルフェリオンにザラギスは、やれやれといった風に肩をすくめる。

 「無理して体を潰しちまってもつまらないだろうが。まずは少しでも早くB級に上がってこい。そしたら、討伐系の依頼も受けやすくなって実戦経験を積める機会も増えるだろ」

 それだけ言い残すとザラギスは立ち去る。

 「……いいさ。やってやるぜ……」

 エルフェリオンは強い意志を宿した瞳でその背中を見送っていた。
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