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第6章 スターウォーズ
琴エルフ
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「ごっつぁんです」
「しゃべっ……」
リキシの言葉にエイメは反応しかけたが、すぐにその言葉を飲み込んだ。
「い、いや、こんなの喋ったことにならないッス。意味のないただの『鳴き声』ッスよ」
だが俺には分かる。
「『ごっつぁんです』ってのはな、感謝の意を表すリキシ特有の言葉だ」
「感謝を……」
リキシを野生動物だと思っていたこの世界の人間にはにわかに受け入れがたい事実であろう。よその国の人間がその母語を話すのと同じように、ただリキシも自分達の言葉をしゃべり、そしてあろうことか人間と同じように感謝の意を表していたなどと。
人によってはその事実を受け入れられず、激昂して否定するかもしれない。
何しろこの世界の人間はリキシを動物として扱い、農耕用として家畜にしたり、甚だしくは食用にすることもあったらしいのだから。
だがエイメはそんな人間じゃない。俺には分かる。
「リキシも、ワタシたちと同じような、人間だったんスね……」
なんせドラゴンとファックしようとするような女だからな。
「そろそろチャンコを食べんか? 冷めないうちにな」
そしてアスタロウもだ。俺達4人で、チャンコを囲み、食事をとる。冷えてしまってはいるが、村を出るときに大量の炊いたコメも準備してきた。
チャンコを囲んで飯を食えば、敵も味方もない。みな同じ部屋の仲間だ。
「で、意志疎通はできるんスか? リキシ特有の言語があるのは分かったッスけど、こっからどうするんスか?」
チャンコもそろそろなくなりそうというころ、エイメが口を開いた。
ふう、と一息ついて椀を置き、少し考える。当然ながら俺にはもうその絵図は見えているが、どう言ったものか。どうせ話すなら里長のカルモンドさんもいるときに話した方が手間が少なくていいな。
しばらくそう考えながら思案していると、少し離れたところから数人が駆け足で近づいてくる音が聞こえた。振り返って見れば里長のカルモンドさんとヨルダ師匠、それに里のエルフが数名いる。
「勇者様、うまくいった……んですよ……ね?」
疑問符が湧くのも仕方ない。彼らが見たのは俺達がリキシと仲良くチャンコを囲んでいる姿。きっと彼らの考えとしては俺の力でこの周辺からリキシを駆逐してくれることを望んでいたのだろう。
だが俺はそんなことはしないし、作戦が全て完了したわけでもない。
そんな時だった。一人のエルフが声を上げた。
「モーグリス? お前モーグリスじゃないか? なんでリキシの姿を?」
そう呼ばれるとリキシは顔を背けてしまった。
ちょっと想定外の事態だ。エルフがリキシに? どういうことだ? しかしよくよく見てみれば普通の人間よりも少し耳がとがっているような気もする。
エルフの里の人達はみんな金髪かプラチナブロンドの髪だけど、しかしリキシは黒髪の大銀杏。耳の形以外はリキシにしか見えないが?
そう言えばリキシがどうやって繁殖するのかはずっと謎だった。
メスのリキシを見た者はいないし、家畜にするリキシも子供を産ませるんじゃなくて新弟子を攫ってくるって言ってたし。
俺はふと思い立ってリキシの大銀杏に触れてみると、黒い粉のようなものが手についた。
……これは……煤? 手の触れたところの髪の色が少し落ちている。
まさかとは思うが、リキシっていうのは、生まれた時からリキシなんじゃなく、人として生まれて、そののちにリキシになるものなのか? ある日志して、相撲部屋の門をたたいてなるものなのか?
いや当たり前なんだけど。
「今の俺は……モーグリスではない」
初めて、リキシが俺達にも分かる言葉で呟いた。
「俺のことは、琴エルフ関と呼べ」
何言ってんだこいつ。
「み、見ろ! リキシの群れだ! 逃げた方がいいんじゃないか?」
その言葉に顔を上げてみると、確かに森の中から数名のリキシが姿を現していた。おそらくは、ドヒョウと、チャンコの匂いにつられてやってきたんだろう。こいつらも、まさかとは思うが元エルフなのか?
しかしそうなると今までの前提が全部吹っ飛ぶことになる。
リキシは野生の生き物どころか、元はただのエルフや人間ってことじゃないか? でも言葉は通じないって話だったはずなのに。
俺が混乱していると、琴エルフ関がすっくと立ちあがり、大きく息を吸い込んだ。
「はぁ~ エルフの森の 奥深く 人に知られず 技磨き」
と思ったら急に歌いだした……これは、いったい……?
「聞いたことがあるッス。これがリキシの鳴き声ッスね……」
これが……?
「今日も今日とて 幹たたく すりあし テッポウ ドヒョウ入り」
「これはまさか、相撲甚句!?」
「スモウジンク? それはいったい!?」
相撲甚句というのは大相撲の巡業の時などに披露される七五調の囃子唄だ。確かにこの独特の調子で歌うように語られたら、自分達の言葉とは違う、と理解されてしまうのかもしれない……か?
俺は直接この世界の言葉を聞いてるのではなく女神のなんや便利な力で翻訳された言葉を聞いてるだけだから、もしこの国の世界の言葉がイントネーションやなんかを重視するような言葉だと相撲甚句で語られたら意味が通じなくなってしまうのかもしれない。
リキシと人間の関係。
それを頭の中で整理していると、琴エルフ関が静かに語り始めた。
「俺は、まだ幕内入りして日が浅い。アルトーレの言葉もまだ忘れてはいない。俺が、人と、リキシの間に入るべきなんだろう……」
その役割を買って出てくれるのなら助かる。なんせ俺にも、この世界のリキシというものがどういった存在なのかを掴みかねているのだから。
「しゃべっ……」
リキシの言葉にエイメは反応しかけたが、すぐにその言葉を飲み込んだ。
「い、いや、こんなの喋ったことにならないッス。意味のないただの『鳴き声』ッスよ」
だが俺には分かる。
「『ごっつぁんです』ってのはな、感謝の意を表すリキシ特有の言葉だ」
「感謝を……」
リキシを野生動物だと思っていたこの世界の人間にはにわかに受け入れがたい事実であろう。よその国の人間がその母語を話すのと同じように、ただリキシも自分達の言葉をしゃべり、そしてあろうことか人間と同じように感謝の意を表していたなどと。
人によってはその事実を受け入れられず、激昂して否定するかもしれない。
何しろこの世界の人間はリキシを動物として扱い、農耕用として家畜にしたり、甚だしくは食用にすることもあったらしいのだから。
だがエイメはそんな人間じゃない。俺には分かる。
「リキシも、ワタシたちと同じような、人間だったんスね……」
なんせドラゴンとファックしようとするような女だからな。
「そろそろチャンコを食べんか? 冷めないうちにな」
そしてアスタロウもだ。俺達4人で、チャンコを囲み、食事をとる。冷えてしまってはいるが、村を出るときに大量の炊いたコメも準備してきた。
チャンコを囲んで飯を食えば、敵も味方もない。みな同じ部屋の仲間だ。
「で、意志疎通はできるんスか? リキシ特有の言語があるのは分かったッスけど、こっからどうするんスか?」
チャンコもそろそろなくなりそうというころ、エイメが口を開いた。
ふう、と一息ついて椀を置き、少し考える。当然ながら俺にはもうその絵図は見えているが、どう言ったものか。どうせ話すなら里長のカルモンドさんもいるときに話した方が手間が少なくていいな。
しばらくそう考えながら思案していると、少し離れたところから数人が駆け足で近づいてくる音が聞こえた。振り返って見れば里長のカルモンドさんとヨルダ師匠、それに里のエルフが数名いる。
「勇者様、うまくいった……んですよ……ね?」
疑問符が湧くのも仕方ない。彼らが見たのは俺達がリキシと仲良くチャンコを囲んでいる姿。きっと彼らの考えとしては俺の力でこの周辺からリキシを駆逐してくれることを望んでいたのだろう。
だが俺はそんなことはしないし、作戦が全て完了したわけでもない。
そんな時だった。一人のエルフが声を上げた。
「モーグリス? お前モーグリスじゃないか? なんでリキシの姿を?」
そう呼ばれるとリキシは顔を背けてしまった。
ちょっと想定外の事態だ。エルフがリキシに? どういうことだ? しかしよくよく見てみれば普通の人間よりも少し耳がとがっているような気もする。
エルフの里の人達はみんな金髪かプラチナブロンドの髪だけど、しかしリキシは黒髪の大銀杏。耳の形以外はリキシにしか見えないが?
そう言えばリキシがどうやって繁殖するのかはずっと謎だった。
メスのリキシを見た者はいないし、家畜にするリキシも子供を産ませるんじゃなくて新弟子を攫ってくるって言ってたし。
俺はふと思い立ってリキシの大銀杏に触れてみると、黒い粉のようなものが手についた。
……これは……煤? 手の触れたところの髪の色が少し落ちている。
まさかとは思うが、リキシっていうのは、生まれた時からリキシなんじゃなく、人として生まれて、そののちにリキシになるものなのか? ある日志して、相撲部屋の門をたたいてなるものなのか?
いや当たり前なんだけど。
「今の俺は……モーグリスではない」
初めて、リキシが俺達にも分かる言葉で呟いた。
「俺のことは、琴エルフ関と呼べ」
何言ってんだこいつ。
「み、見ろ! リキシの群れだ! 逃げた方がいいんじゃないか?」
その言葉に顔を上げてみると、確かに森の中から数名のリキシが姿を現していた。おそらくは、ドヒョウと、チャンコの匂いにつられてやってきたんだろう。こいつらも、まさかとは思うが元エルフなのか?
しかしそうなると今までの前提が全部吹っ飛ぶことになる。
リキシは野生の生き物どころか、元はただのエルフや人間ってことじゃないか? でも言葉は通じないって話だったはずなのに。
俺が混乱していると、琴エルフ関がすっくと立ちあがり、大きく息を吸い込んだ。
「はぁ~ エルフの森の 奥深く 人に知られず 技磨き」
と思ったら急に歌いだした……これは、いったい……?
「聞いたことがあるッス。これがリキシの鳴き声ッスね……」
これが……?
「今日も今日とて 幹たたく すりあし テッポウ ドヒョウ入り」
「これはまさか、相撲甚句!?」
「スモウジンク? それはいったい!?」
相撲甚句というのは大相撲の巡業の時などに披露される七五調の囃子唄だ。確かにこの独特の調子で歌うように語られたら、自分達の言葉とは違う、と理解されてしまうのかもしれない……か?
俺は直接この世界の言葉を聞いてるのではなく女神のなんや便利な力で翻訳された言葉を聞いてるだけだから、もしこの国の世界の言葉がイントネーションやなんかを重視するような言葉だと相撲甚句で語られたら意味が通じなくなってしまうのかもしれない。
リキシと人間の関係。
それを頭の中で整理していると、琴エルフ関が静かに語り始めた。
「俺は、まだ幕内入りして日が浅い。アルトーレの言葉もまだ忘れてはいない。俺が、人と、リキシの間に入るべきなんだろう……」
その役割を買って出てくれるのなら助かる。なんせ俺にも、この世界のリキシというものがどういった存在なのかを掴みかねているのだから。
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