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第7章 それは美しき光の玉
鍵開け
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「この先は、私も初めて足を踏み入れるから気をつけてね」
まあ、せっかくここまで来たんだし、ここで引き返すのもアレなんで結局俺達はイルウのダンジョン探索についていくことにした。
別に急ぐ旅でもないしな。
『いや急いでくださいよ』
女神か……ベアリスって名前だっけ? 結構頻繁に出てくるな。
『なんかケンジさん自分が何のために召喚されたのか忘れてませんか? この旅の着地点ちゃんと見えてます?』
うるせえなあ。勝手に呼んどいて。心配しなくても俺にはちゃんと人間と魔族の融和ビジョンがはっきりと見えてんだよ。
『じゃあマイルストーンゴールを提示してください』
マイ……なに?
『マイルストーンですよ。今回の魔王討伐というプロジェクトに対する適切なプログレス管理が無ければ達成は難しいですよ。プロジェクトを達成するために各メンバーが自律的に参画し、ナレッジインフォームによってプログレスを共有して、遅れがあればマイルストーンの見直し、リスケ、適切なサポートが必要になります。当然第一段階としての各自のマイルストーンは設定されてますよね? そしてもちろんそれについてのコンセンサスも既に得ているって事でいいですね?』
…………
マズい。
『何がマズい。言ってみろ』
おなかいたくなってきた。
「ケンジ、どうやらこの部屋で行き止まりみたい」
助かった。先行してダンジョン内を歩いていたイルウが立ち止まってこちらに呼び掛けた。呼びかけられたからには行かなきゃな。悪いが女神、お前なんかに関わってる暇なんかないんだよ。マイルストーンが俺を待ってるんだ。
『ケンジさんマイルストーンが何か分からないんでしょう』
「行き止まりってどういうことだ、イルウ?」
小部屋、といってよいのかどうか。ちょっとしたホールといった方が正しいかもしれない。そんな円形のこじんまりとしたスペースの奥に扉が閉まっている。
『ケンジさん魔王討伐をちょっと甘く考えてるところありますよね。行き当たりばったりでうまくいくほど簡単なプロジェクトじゃないんですよ』
鉄製の扉はちょっとやそっとでは開きそうになく、両開きのそれには鍵穴のようなものが設えられている。
「ここを開けるための鍵が必要って事か」
とはいえ、ここに来るまでにそれらしきものはなかった。少なくとも俺の身た範囲では。
「もしかして俺達の通った通路と反対側、イルウが最初にいた方の道に鍵か何かがあるのかもしれないな」
「そうね。面倒だけど一度引き返して鍵を探そうか」
『聞いてますか? ケンジさん。漫然と目の前の出来事を処置するだけで目的に近づけると思うのは幻想ですよ』
俺とイルウが相談しているとアンススが一歩前に出てきた。
「それ、魔術的な封印じゃなくて物理的な鍵なの? だったら私が開けられるかもよ」
そう言いながら手帳くらいの大きさの木箱を取り出す。開けてみると出てきたのは鈎状になった爪やピンなどの数種類の工具のようなものだった。もしかして、これピッキングなんかをする鍵開けの道具なのか?
「ダンジョンに潜ってると宝箱とか扉とか、鍵開けが必要になるシチュエーションが多いのよ。まあ、必要に駆られて仕方なく、ね」
「へえ、凄いな。さすがはハリネズミ級の冒険者ってところか」
『マイルストーンがはっきりすれば各フェーズにおける必要になるスキルマップの構築も容易になります。鍵開けもその一つになるかもしれませんね』
俺が素直な感心の気持ちを口にするとアンススは恥ずかしそうに鼻の頭をこすった。しかしそれが気に食わない人間もいるようだ。イルウだ。
『無視するな』
「鍵開けなんて泥棒のスキルじゃない。自慢できるような物じゃないわよ」
少し憮然とした表情を見せつつも、アンススは無言で扉の前に膝をついて、カギ穴を調べ始めた。この二人、仲悪いなあ。
「先に言っておくけどね。私の方が先にケンジと仲良くなったんだから。泥棒猫はあんたの方なんだからね」
これはもしかしてアレか。俺の領有権を巡って二人は争っているのか。
まさかこんなハーレム展開が俺に訪れることがあるとはなあ。生きてみるもんだなあ。とはいえ、一方は男の娘で、もう一方は信じられないくらいの激烈バカってのが懸念点ではあるんだが。
「アンススって言ったっけ? あんたが今やってることは敵に塩を送ることなのよ。私が何をしにこの遺跡に来たか、知ってるの?」
イルウがそう話しかけるが、アンススは鍵開けに集中しているようで、ピックツールを鍵穴に突っ込んでカチャカチャと手元を動かしている。
何を思ってアンススがこのダンジョン攻略に乗り気なのかは分からないんだが、もしこのダンジョンが以前にイルウが言っていた通りのことができる場所なら、ここを攻略した時、イルウは『男の娘』から『ふたなり』にクラスチェンジすることになる。
……『女の子』にクラスチェンジしてくれねえかなあ。
まあ贅沢は言うまい。
しかし実際イルウの言う通りではある。もしアンススも俺のことを狙ってるなら(ここまでされて気持たせしてるだけだったら俺もう泣くけど)イルウが言う通り、ダンジョンの攻略を手伝うのは敵に塩を送る行為に他ならない。
……いや、もしかして。
「『敵に塩を送る』っていうのは『敵を助ける』って意味だからな?」
「え? なんで?」
やっぱりそこから分かってなかったか。
俺は琴の経緯をアンススに説明した。情報の通りなら、この神殿でイルウがふたなりになることができること、そしてそれこそが彼女が魔王軍に所属している最大の目的なのだと。
俺の話に驚いて、手を止めてこちらを向いていたアンススだったが、話を聞き終えると再び鍵開けの作業に取り掛かった。ちゃんと伝わったのかな?
しばらくの間は誰もが言葉を発することなく、ただただ、静かなダンジョンの中にカチャカチャと鍵開けの音だけが響いていた。
「それでもね」
やがて作業を続けながらアンススが口を開く。
「それでも私はね、あなたが敵とは思えないのよ」
あまり理屈で考えて行動するタイプではない。直感的にそう感じた、ということだろう。(さっきセッ〇スしないと出られない部屋の時はすげー屁理屈捏ねてきたけど)
ガチャリ、とひときわ大きな音がした後、アンススの手が止まり、彼女は立ち上がった。
「アンスス……」
硬い表情をしていたイルウが少し眉尻を下げて泣きそうな表情をする。
魔族の中でも半端者扱いのダークエルフ。そのダークエルフの中でも男の娘ってことで苦労してたらしい。そんな彼女が敵のはずの人間から、情けを掛けられたのだ。
「失敗しちゃった……」
……なにが?
よくよく見てみると、彼女の手に持ってるピックツールの先端が折れて、無くなっている。
「作業中に……話しかけないでほしい……」
「えっ? ちょっ、まさか!?」
扉を見てみると、カギ穴の中に、千切れたピックツールの鉄片が挟まっている。
「ごめん……これ、もう鍵があっても開かないかも……」
「ちょっ! 何してくれてんのよあんた!!」
人と魔族の融和は難しそうだ。
まあ、せっかくここまで来たんだし、ここで引き返すのもアレなんで結局俺達はイルウのダンジョン探索についていくことにした。
別に急ぐ旅でもないしな。
『いや急いでくださいよ』
女神か……ベアリスって名前だっけ? 結構頻繁に出てくるな。
『なんかケンジさん自分が何のために召喚されたのか忘れてませんか? この旅の着地点ちゃんと見えてます?』
うるせえなあ。勝手に呼んどいて。心配しなくても俺にはちゃんと人間と魔族の融和ビジョンがはっきりと見えてんだよ。
『じゃあマイルストーンゴールを提示してください』
マイ……なに?
『マイルストーンですよ。今回の魔王討伐というプロジェクトに対する適切なプログレス管理が無ければ達成は難しいですよ。プロジェクトを達成するために各メンバーが自律的に参画し、ナレッジインフォームによってプログレスを共有して、遅れがあればマイルストーンの見直し、リスケ、適切なサポートが必要になります。当然第一段階としての各自のマイルストーンは設定されてますよね? そしてもちろんそれについてのコンセンサスも既に得ているって事でいいですね?』
…………
マズい。
『何がマズい。言ってみろ』
おなかいたくなってきた。
「ケンジ、どうやらこの部屋で行き止まりみたい」
助かった。先行してダンジョン内を歩いていたイルウが立ち止まってこちらに呼び掛けた。呼びかけられたからには行かなきゃな。悪いが女神、お前なんかに関わってる暇なんかないんだよ。マイルストーンが俺を待ってるんだ。
『ケンジさんマイルストーンが何か分からないんでしょう』
「行き止まりってどういうことだ、イルウ?」
小部屋、といってよいのかどうか。ちょっとしたホールといった方が正しいかもしれない。そんな円形のこじんまりとしたスペースの奥に扉が閉まっている。
『ケンジさん魔王討伐をちょっと甘く考えてるところありますよね。行き当たりばったりでうまくいくほど簡単なプロジェクトじゃないんですよ』
鉄製の扉はちょっとやそっとでは開きそうになく、両開きのそれには鍵穴のようなものが設えられている。
「ここを開けるための鍵が必要って事か」
とはいえ、ここに来るまでにそれらしきものはなかった。少なくとも俺の身た範囲では。
「もしかして俺達の通った通路と反対側、イルウが最初にいた方の道に鍵か何かがあるのかもしれないな」
「そうね。面倒だけど一度引き返して鍵を探そうか」
『聞いてますか? ケンジさん。漫然と目の前の出来事を処置するだけで目的に近づけると思うのは幻想ですよ』
俺とイルウが相談しているとアンススが一歩前に出てきた。
「それ、魔術的な封印じゃなくて物理的な鍵なの? だったら私が開けられるかもよ」
そう言いながら手帳くらいの大きさの木箱を取り出す。開けてみると出てきたのは鈎状になった爪やピンなどの数種類の工具のようなものだった。もしかして、これピッキングなんかをする鍵開けの道具なのか?
「ダンジョンに潜ってると宝箱とか扉とか、鍵開けが必要になるシチュエーションが多いのよ。まあ、必要に駆られて仕方なく、ね」
「へえ、凄いな。さすがはハリネズミ級の冒険者ってところか」
『マイルストーンがはっきりすれば各フェーズにおける必要になるスキルマップの構築も容易になります。鍵開けもその一つになるかもしれませんね』
俺が素直な感心の気持ちを口にするとアンススは恥ずかしそうに鼻の頭をこすった。しかしそれが気に食わない人間もいるようだ。イルウだ。
『無視するな』
「鍵開けなんて泥棒のスキルじゃない。自慢できるような物じゃないわよ」
少し憮然とした表情を見せつつも、アンススは無言で扉の前に膝をついて、カギ穴を調べ始めた。この二人、仲悪いなあ。
「先に言っておくけどね。私の方が先にケンジと仲良くなったんだから。泥棒猫はあんたの方なんだからね」
これはもしかしてアレか。俺の領有権を巡って二人は争っているのか。
まさかこんなハーレム展開が俺に訪れることがあるとはなあ。生きてみるもんだなあ。とはいえ、一方は男の娘で、もう一方は信じられないくらいの激烈バカってのが懸念点ではあるんだが。
「アンススって言ったっけ? あんたが今やってることは敵に塩を送ることなのよ。私が何をしにこの遺跡に来たか、知ってるの?」
イルウがそう話しかけるが、アンススは鍵開けに集中しているようで、ピックツールを鍵穴に突っ込んでカチャカチャと手元を動かしている。
何を思ってアンススがこのダンジョン攻略に乗り気なのかは分からないんだが、もしこのダンジョンが以前にイルウが言っていた通りのことができる場所なら、ここを攻略した時、イルウは『男の娘』から『ふたなり』にクラスチェンジすることになる。
……『女の子』にクラスチェンジしてくれねえかなあ。
まあ贅沢は言うまい。
しかし実際イルウの言う通りではある。もしアンススも俺のことを狙ってるなら(ここまでされて気持たせしてるだけだったら俺もう泣くけど)イルウが言う通り、ダンジョンの攻略を手伝うのは敵に塩を送る行為に他ならない。
……いや、もしかして。
「『敵に塩を送る』っていうのは『敵を助ける』って意味だからな?」
「え? なんで?」
やっぱりそこから分かってなかったか。
俺は琴の経緯をアンススに説明した。情報の通りなら、この神殿でイルウがふたなりになることができること、そしてそれこそが彼女が魔王軍に所属している最大の目的なのだと。
俺の話に驚いて、手を止めてこちらを向いていたアンススだったが、話を聞き終えると再び鍵開けの作業に取り掛かった。ちゃんと伝わったのかな?
しばらくの間は誰もが言葉を発することなく、ただただ、静かなダンジョンの中にカチャカチャと鍵開けの音だけが響いていた。
「それでもね」
やがて作業を続けながらアンススが口を開く。
「それでも私はね、あなたが敵とは思えないのよ」
あまり理屈で考えて行動するタイプではない。直感的にそう感じた、ということだろう。(さっきセッ〇スしないと出られない部屋の時はすげー屁理屈捏ねてきたけど)
ガチャリ、とひときわ大きな音がした後、アンススの手が止まり、彼女は立ち上がった。
「アンスス……」
硬い表情をしていたイルウが少し眉尻を下げて泣きそうな表情をする。
魔族の中でも半端者扱いのダークエルフ。そのダークエルフの中でも男の娘ってことで苦労してたらしい。そんな彼女が敵のはずの人間から、情けを掛けられたのだ。
「失敗しちゃった……」
……なにが?
よくよく見てみると、彼女の手に持ってるピックツールの先端が折れて、無くなっている。
「作業中に……話しかけないでほしい……」
「えっ? ちょっ、まさか!?」
扉を見てみると、カギ穴の中に、千切れたピックツールの鉄片が挟まっている。
「ごめん……これ、もう鍵があっても開かないかも……」
「ちょっ! 何してくれてんのよあんた!!」
人と魔族の融和は難しそうだ。
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