リィングリーツの獣たちへ

月江堂

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ここ掘れわんわん

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 女騎士ギアンテがこのリィングリーツの森に部下を従えて展開しているのには二つ理由がある。
 
 もちろん森の奥深く、王別の儀で使用される石碑の近くにまでは進出していない。李下で冠を正すような真似をして、イェレミアスの王別の儀に疑念を差し挟まれるようなことをしては本末転倒である。
 
 実際にはそれ以上の不正を働いているのであるが、それを気付かれないためにも行動は最小限に。
 
 彼女の隊が展開しているのは以前、とある村があった場所の跡地の付近である。
 
 始まりの村、イルス。
 
 ヤルノ少年の出生地であるこの村に続く森を取り囲むように騎士達は展開していた。
 
 第一の理由は、ヤルノが王別の儀の最中に誤って、もしくは意図的にイルス村に侵入しないようにするため。
 
 ヤルノは自分の村が焼き払われ、村人が皆殺しの目にあっている事に気付いているようなふしはあるものの、少なくとも表面上は互いにそれを知らないように振舞う必要がある。決定的な証拠を握られたくない。
 
 もしヤルノが現れれば、彼を森に追い返し、村に接触させないため。
 
 そしてもう一つの理由。
 
「確かに、子供の死体だな」
 
「ええ。野晒しにしてたんで獣に荒らされちまいましたが」
 
 ヤルノの家の床下から出てきたという謎の死体を確認するためであった。
 
「グルフォスト、リストに適合しそうな行方不明者はあるか?」
 
 ヤルノの床下から出てきた三つの死体。内二名の新しい死体はヤルノの両親ではないかと目されている。もちろん、ヤルノが虐殺の兆候に気付いて両親を逃がすために用意したダミーという事も考えられるが、人間の死体はそう簡単に用意できるものではない。
 
「アゥス・クルーム、十二歳の少女が、五年前に行方不明になってますね」
 
 部下のグルフォストはしばらく無言で何かの一覧をめくって眺めていたが、やがて目当てのものを見つけたようだった。
 
 グリム王国全体の行方不明者となれば年間数千人に及ぶ。ほんの隣の村に行くだけで野盗や獣に襲われることもある世界だ。それ自体は珍しくはないものの、このイルス村の行方不明者はこの数年間、人口比では突出して多い。
 
 最初は人頭税逃れの誤魔化しかとも疑われたが、元々取れ高の低い瘦せた土地の村であり、税率も低く設定されていたこともあってほぼ放置されていた。
 
 同時に村人からの「リィングリーツの獣が村人を攫って行く」という陳情も無視していた。
 
「しかしこの死体だけ眺めていても何も分かりそうにないな」
 
 来る前から分かっていたことをギアンテは呟く。当然ながら行方不明者リストの方にも少女とヤルノの関係性など書いていない。おまけにそれを知っていそうな村人はすでに誰一人いないのだ。
 
「どうせ時間はたくさんあるんだ。燃え残ったものが何かないか、調べてみるとするか」
 
 ギアンテは気を取り直して灰燼となった村を見る。全ての家が完全に炭化してしまったわけではない。何か一つでも、ヤルノの正体がわかるものがあるかもしれない。
 
 そうして村で数日調査しているうちにグルフォストが血相を変えて彼女の元に駆けてきた。
 
「隊長、とんでもないものが……村の外れの、森の方まで来てもらえますか」
 
 王別の儀にをつけられないためにも出来れば森の方には入りたくはなかったが、しかしグルフォストの表情はどうもただ事ではない。すぐにギアンテは村と森の境目辺りに赴いた。
 
「妙に土が柔らかい場所があるな、と思って掘り返してみたんですが」
 
 『土が柔らかい』というだけで通常は『掘り返す』などという発想には至らない。グルフォストはある程度をつけていたのだ。
 
 彼の推論が正しければ、『どこか』に『なにか』を埋めた跡があるのではないか、と。
 
 雑草は生えているものの、そこだけが苔が生えていない地面。乱雑に掘り返された地中から出てきているのは、腐敗した人の死体であった。それも一つではない。
 
「見つかっただけで八人分。腐敗の具合から見て、どれもここ五年以内ってところですぜ」
 
 地中に埋めた死体というものは意外に腐敗に時間がかかる。五年以上経たなければ完全に白骨化はしないものだ。
 
 少なくともつい最近埋められた死体。当然ながらここは墓地ではない。
 
「別に……あいつやがったとは、限りませんぜ」
 
 誰も一言も「ヤルノの仕業か」とは言ってはいないのだが。
 
 だが、この流れならば誰もがそう思う。きわめて限られた時間のうちに何者かに殺されたヤルノの両親。それと同じ場所から出てきた、今回の影武者の件と全く無関係な少女の死体。そしてここ数年間異常に行方不明者の遺体が多かったイルス村。
 
 これらの現象が全て別々の事象であると考えるよりは、全て同一の何者かの仕業と考えた方が自然だ。
 
 リィングリーツの森に不思議な獣が棲みついていて、村人を襲っているのか……
 
 それとも、村に殺人鬼がいて、快楽殺人ジョイマーダーを繰り返していたのか……
 
「リストとの適合はできそうか?」
 
「さすがに難しいッスね」
 
 渋い表情をしてグルフォストは答える。遺体は腐敗を進めるためか、いずれも衣服を着用していない。要するに個人を特定するものが何もないのだ。その上で、リストには「殺された」のではない、通常の「行方不明者」も含まれている。
 
 骨盤の形から男女の選別くらいはできる。専門家ならば膝軟骨の消耗具合からおおよその年齢も分かる。だが彼らは専門家ではないし、仮にそうだとしてもそれ以上の特定はできない。
 
「ここまでさせておいて悪いが、今回の作戦、この村であったことは忘れろ」
 
「はぁ……」
 
 納得できないながらも、了承するほかない。この村から死体が出たところで、誰かを罪に問うことはできない。そもそも村の住人全てが何者か蔦騎士団に非合法に虐殺されているのだから。
 
 今回の件はあくまでも、ギアンテがヤルノという少年のバックボーンを少しでも理解するために行った、自己満足と、情報の補強に過ぎない。
 
 グルフォストは部下に指示を出して掘り起こした穴を再び埋め始める。
 
「イルスなどという村は、最初から存在しなかったのだ」
 
 そうする他無いのである。
 
 毛布をかけるように死体に土を被せる。眠りを邪魔して悪かった。もうお前達に用などない。お前達など最初からいなかったのだ、と。
 
 その作業を何をするでもなく眺めていたグルフォストとギアンテの耳に雑音が入る。叫び声のような男性の声と、それに応対する騎士の声。
 
 こんなところに人など来るはずがないのだが。嫌な予感がしてギアンテはすぐに現場に向かった。
 
 現場にいたのはなめし皮の鎧と毛皮を纏った男。森にすむ先住民の蛮族といったいでだちだが、言葉は流暢にグリムランドの共通語を必死に喋っている。しかもギアンテはその男の顔に確かに見覚えがあった。
 
「ここから先は森の外。こんなところで何をしておいでかな? コルアーレ総長」
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