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かけがえのない命
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グリムランド国家騎士団総長シッドルト・コルアーレ。勇猛果敢なる戦士にして高い知識と教養を身に着けた、押しも押されぬ武人にして貴人。国家の重要人物の一人である。
「たっ、助けてくれ!」
その貴人が、蛮族の恰好をして涙と鼻水を垂らしながら必死で命乞いをしている。
「何をしておいでか? コルアーレ総長」
女騎士ギアンテは問いかけるものの、凡そのところは知っている。『王別の儀』の警備のため森に展開していることも。そして先住民コルピクラーニを刺激しないために蛮族のような恰好をしていることも。
しかしまさかこんなところで出会うことがあろうとは思いもよらなかったし、ましてやコルアーレの後ろから彼が姿を現すとはもっと思っていなかった。
「珍しいところで出会いますね、ギアンテ」
イェレミアス王子の影武者、ヤルノ少年。ギアンテが村を訪れたのは必然であったが、彼が今日ここに来たのは偶然であった。
まるでほつれていた運命の糸を撚り戻すかのように、始まりの村にて、再びギアンテとヤルノが相まみえたのだ。
「息災ですか」
「ええ」
死の危険すらある危険な儀式であった。短い、そっけない言葉でギアンテは彼の無事を確認する。人前ではあるし、何より意識してそうしないと胸の奥にくすぶっている彼への思いに、火がついてしまいそうであったから。
本当は誰よりも心配していた。血と脂と土に汚れたヤルノの顔を見た時、安堵のあまりその場に膝をつきそうになった。
跪いて抱きしめ、彼の胸の中に顔を埋めたかった。
「コルアーレさん、あなたには聞きたいことがあります」
涼やかなヤルノの声にギアンテは現実に引き戻される。
「ひぃ、お願いだ。命だけは」
「まさにそこですよ」
情けない声で命乞いをするコルアーレ。この男があの勇猛果敢なる総長なのか。「そこ」とはいったい「どこ」なのか。コルアーレの顔は混乱を指し示している。
「あなた方の任務は『王別の儀』の警護のはず。しかしあなた方は最初から私を殺すために動いていましたね」
「そ、そんなことは……」
静かにギアンテは腰の剣に手を伸ばす。それを見てコルアーレは言い訳をやめた。この場にいる誰もが最初から知っている事だ。彼らが最初からこの森の中でイェレミアス王子を始末する気だったことを。
「の、ノーモル公の……命令で」
しかし実際にはヤルノの逆襲にあい、全滅した。そしてただ一人生き残り命乞いをしている、というのが現状である。ギアンテはこの時、まさか他のメンバーが全滅しているとまでは知らなかったが、しかしおおよその流れは理解した。
「そこが分からないんです」
先ほどまで浮かべていた薄ら笑いをひそめ、ヤルノは真面目な、少し悲しそうな表情で彼を問い詰める。
「公に私の命を狙う理由がありますか?」
ギアンテにはこの問いかけは今更のように感じられた。その説明、推論についてはさんざん話したはず。
「あなたは命令されたからと言って平気で人の命を奪うのですか?」
「……それは……?」
正論であるが、何かちぐはぐな印象を受けてコルアーレは言葉に詰まる。
「王宮でのパワーバランスのため……公からの命令ならば、従わぬわけには……」
「僕とあなたは、今日初めて出会ったはずです。命令されたからといって、よく知らない人間を殺せるものですか」
混乱するコルアーレ。彼が何を言っているのかが分からない。
いや、何を言っているのかは分かる。ただ、自分の部下を虐殺した人間がそんなことを言うのか、という事が分からない。
「命を何だと思っているんですか!!」
コルアーレだけではない。ギアンテもそのあまりの剣幕にビクリと体を揺らした。
「あなたが僕の事を、殺したくて殺したくて仕方がないと思っていたのなら話は別です。しかし、仕事だから、任務だからと、相手の事を知ろうともせずに殺す、その気持ちが僕には分からない。金だとか保身だとか、そんなくだらないもののために人の命を奪えるなんて……」
誰の目から見ても、ヤルノ少年の言葉に裏など見て取れなかった。真実彼の本当の言葉であり、魂の叫びなのだと感じ取れたし、実際そうである。
「かけがえのない人の命を奪うというのは、それほど重要な……神聖な事なんです。人の事を知ろうともせずに、命を奪わないで」
ヤルノはとうとう、語りながら涙を流し始めた。
「命を粗末にしないで下さい……それはとても、大切なものなんです……」
とても演技には見えない。
コルアーレもギアンテも大変に困惑していた。何しろコルアーレはついさきほどまで彼の乱行を目の当たりにしていたし、ギアンテも彼がただの心優しい王子ではない事を知っている。他の偶然居合わせた騎士も同じだ。
何よりギアンテが分からないのは、彼のこの演技かもしれない行動が何の目的を持ったものか分からなかったからだ。
自分に対して演技など不要であるし、別の理由でコルアーレにも不要だ。
「いずれにしろ……」
そう呟いてギアンテは腰の剣を抜いた。コルアーレがびくりと怯える。
「王子の殺害を図った逆賊を生かしておくわけにはゆかぬ。法の裁きを受けるまでもない。ここで……」
「待ってくださいギアンテ」
法廷で余計なことをしゃべられたらたまらない。ギアンテとしてはここで始末するつもりであったが、しかしそれをヤルノが止めたのだ。
「彼の命、僕に預けてはくれませんか?」
「たっ、助けてくれるんですか……?」
コルアーレの表情に光明が差す。ギアンテは彼が何を企んでいるのか分からず困惑している。
「人を殺すことで問題の解決を図るなど、さもしいことです」
「本気で言っているんですか、王子」
「もちろん。人が人を殺すのは、心底その人を『殺したい』と思った時だけであるべきです」
「あっ、ありがとう! ありがとうございます殿下ァ!!」
コルアーレは、これ以上みっともなくなりようもないのであるが、ヤルノのズボンにしがみつき、みっともなく涙を流して大泣きに泣いた。
一方のギアンテは彼の考えをなんとなく想像できて来た。あえて闇の中で処理して、許しを与え、命にて贖ったことで、彼は便利な奴隷を得たのか、と。
しかし同時に、ヤルノの最期の言葉に言いようもない不気味さも覚えたのであった。
「安心してください、コルアーレさん。僕があなたを『殺したい』と思わない限り、あなたの命を奪うことはないですから」
「たっ、助けてくれ!」
その貴人が、蛮族の恰好をして涙と鼻水を垂らしながら必死で命乞いをしている。
「何をしておいでか? コルアーレ総長」
女騎士ギアンテは問いかけるものの、凡そのところは知っている。『王別の儀』の警備のため森に展開していることも。そして先住民コルピクラーニを刺激しないために蛮族のような恰好をしていることも。
しかしまさかこんなところで出会うことがあろうとは思いもよらなかったし、ましてやコルアーレの後ろから彼が姿を現すとはもっと思っていなかった。
「珍しいところで出会いますね、ギアンテ」
イェレミアス王子の影武者、ヤルノ少年。ギアンテが村を訪れたのは必然であったが、彼が今日ここに来たのは偶然であった。
まるでほつれていた運命の糸を撚り戻すかのように、始まりの村にて、再びギアンテとヤルノが相まみえたのだ。
「息災ですか」
「ええ」
死の危険すらある危険な儀式であった。短い、そっけない言葉でギアンテは彼の無事を確認する。人前ではあるし、何より意識してそうしないと胸の奥にくすぶっている彼への思いに、火がついてしまいそうであったから。
本当は誰よりも心配していた。血と脂と土に汚れたヤルノの顔を見た時、安堵のあまりその場に膝をつきそうになった。
跪いて抱きしめ、彼の胸の中に顔を埋めたかった。
「コルアーレさん、あなたには聞きたいことがあります」
涼やかなヤルノの声にギアンテは現実に引き戻される。
「ひぃ、お願いだ。命だけは」
「まさにそこですよ」
情けない声で命乞いをするコルアーレ。この男があの勇猛果敢なる総長なのか。「そこ」とはいったい「どこ」なのか。コルアーレの顔は混乱を指し示している。
「あなた方の任務は『王別の儀』の警護のはず。しかしあなた方は最初から私を殺すために動いていましたね」
「そ、そんなことは……」
静かにギアンテは腰の剣に手を伸ばす。それを見てコルアーレは言い訳をやめた。この場にいる誰もが最初から知っている事だ。彼らが最初からこの森の中でイェレミアス王子を始末する気だったことを。
「の、ノーモル公の……命令で」
しかし実際にはヤルノの逆襲にあい、全滅した。そしてただ一人生き残り命乞いをしている、というのが現状である。ギアンテはこの時、まさか他のメンバーが全滅しているとまでは知らなかったが、しかしおおよその流れは理解した。
「そこが分からないんです」
先ほどまで浮かべていた薄ら笑いをひそめ、ヤルノは真面目な、少し悲しそうな表情で彼を問い詰める。
「公に私の命を狙う理由がありますか?」
ギアンテにはこの問いかけは今更のように感じられた。その説明、推論についてはさんざん話したはず。
「あなたは命令されたからと言って平気で人の命を奪うのですか?」
「……それは……?」
正論であるが、何かちぐはぐな印象を受けてコルアーレは言葉に詰まる。
「王宮でのパワーバランスのため……公からの命令ならば、従わぬわけには……」
「僕とあなたは、今日初めて出会ったはずです。命令されたからといって、よく知らない人間を殺せるものですか」
混乱するコルアーレ。彼が何を言っているのかが分からない。
いや、何を言っているのかは分かる。ただ、自分の部下を虐殺した人間がそんなことを言うのか、という事が分からない。
「命を何だと思っているんですか!!」
コルアーレだけではない。ギアンテもそのあまりの剣幕にビクリと体を揺らした。
「あなたが僕の事を、殺したくて殺したくて仕方がないと思っていたのなら話は別です。しかし、仕事だから、任務だからと、相手の事を知ろうともせずに殺す、その気持ちが僕には分からない。金だとか保身だとか、そんなくだらないもののために人の命を奪えるなんて……」
誰の目から見ても、ヤルノ少年の言葉に裏など見て取れなかった。真実彼の本当の言葉であり、魂の叫びなのだと感じ取れたし、実際そうである。
「かけがえのない人の命を奪うというのは、それほど重要な……神聖な事なんです。人の事を知ろうともせずに、命を奪わないで」
ヤルノはとうとう、語りながら涙を流し始めた。
「命を粗末にしないで下さい……それはとても、大切なものなんです……」
とても演技には見えない。
コルアーレもギアンテも大変に困惑していた。何しろコルアーレはついさきほどまで彼の乱行を目の当たりにしていたし、ギアンテも彼がただの心優しい王子ではない事を知っている。他の偶然居合わせた騎士も同じだ。
何よりギアンテが分からないのは、彼のこの演技かもしれない行動が何の目的を持ったものか分からなかったからだ。
自分に対して演技など不要であるし、別の理由でコルアーレにも不要だ。
「いずれにしろ……」
そう呟いてギアンテは腰の剣を抜いた。コルアーレがびくりと怯える。
「王子の殺害を図った逆賊を生かしておくわけにはゆかぬ。法の裁きを受けるまでもない。ここで……」
「待ってくださいギアンテ」
法廷で余計なことをしゃべられたらたまらない。ギアンテとしてはここで始末するつもりであったが、しかしそれをヤルノが止めたのだ。
「彼の命、僕に預けてはくれませんか?」
「たっ、助けてくれるんですか……?」
コルアーレの表情に光明が差す。ギアンテは彼が何を企んでいるのか分からず困惑している。
「人を殺すことで問題の解決を図るなど、さもしいことです」
「本気で言っているんですか、王子」
「もちろん。人が人を殺すのは、心底その人を『殺したい』と思った時だけであるべきです」
「あっ、ありがとう! ありがとうございます殿下ァ!!」
コルアーレは、これ以上みっともなくなりようもないのであるが、ヤルノのズボンにしがみつき、みっともなく涙を流して大泣きに泣いた。
一方のギアンテは彼の考えをなんとなく想像できて来た。あえて闇の中で処理して、許しを与え、命にて贖ったことで、彼は便利な奴隷を得たのか、と。
しかし同時に、ヤルノの最期の言葉に言いようもない不気味さも覚えたのであった。
「安心してください、コルアーレさん。僕があなたを『殺したい』と思わない限り、あなたの命を奪うことはないですから」
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