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晩餐会
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逆十字屋敷。
金目当てで屋敷に潜り込んだ物取りを捕え、見せしめのために門の上に縛り上げ、逆さに磔にして生きたまま晒した経緯からそんな不穏な名称で呼ばれることもある城塞の如きノーモル公オーデン・オーガン卿の、王都ウィンザーハーツにある屋敷の通称である。
ここ数ヶ月、ノーモル公は自領にいるよりもこの逆十字屋敷やリィングリーツ宮にいる時間の方が長いのではないかと言われるほどに頻繁にここへ足を運んでいる。
三人の王位継承者、国王の健康不安、議会派の台頭。今このグリムランド王国が抱えている問題、それは率直に言って政情不安というものである。
さらに言うなら彼の末の娘キシュクシュの事もあり何かと頭を悩ませられることの多い日々が続いている。
そんな中でもこの日、夜風の厳しさも大分緩まってきた中、逆十字屋敷は一種異様な緊張感に包まれていた。
「よくぞおいでいただきました。イェレミアス王子殿下」
恭しく最敬礼をするオーガン卿。薄い笑みと共にあったその挨拶は、ともすれば慇懃無礼にも映る。
「出迎えありがとうございます、オーガン卿。キシュクシュ殿の事は残念でしたが、良い関係を続けたいものです」
一方のイェレミアス王子はいつものようにお供の女騎士に手を引かれて馬車から降りてくる。
オーガンはキシュクシュの名を出された瞬間顔が引きつったが、恐らくはイェレミアスには悪意などあっての嫌味ではなかろうとスルーした。
そちらよりはよほど女に手を引かれて馬車を降りることの方が彼の癇に障った。古い人間であるオーガンにとっては女が近衛騎士につくということも、その女にエスコートされて馬車を降りるという事も受け入れがたい事実である。
一言でいえば軟弱だ。
不思議な縁が繋いだ両者の関係。それをより確かに、強固なものにするために今日の会合が開かれている。当然のことながら外には洩れぬように、内密に。
「不思議な縁」と言えば聞こえは良いのだが、実際には「不気味な縁」とも言えるもの。オーガンをイェレミアス王子に繋ぎ止めたのは『王の部屋の淫魔』を自称する身元不詳の人か魔か分からぬ人の方の埒外の者なのだ。
実際「イェレミアスとの仲を取り持つ」とは言われたものの、実際に会ってみるまではオーガンも半信半疑であった。
本来であれば如何にお忍びであるとは言えども、王族を呼びつけるなど無礼な事ではあるが、それでもオーガンが態度を曲げなかったのは、あの女がどこぞの間者で、自分を暗殺するために罠に嵌めようと動いているのではないかと思ったからである。
「どうぞこちらへ。呼びつけてしまったせめてもの詫び、粗末ではありますが出来得る限りの歓待をさせていただきます」
オーガンの案内で屋敷の中に通される。外から見ると砦のような武骨な作りではあったが、中はやはり貴族らしく豪奢に飾ってある。
一見無駄ばかりに思える調度品の数々。しかし貴族は「ナメられたら終わり」なのだ。貴族がその財力を敵に見せつけるのは、威嚇行為でもあり、場外乱闘のような物。イェレミアスは無邪気にきょろきょろと調度品に目を奪われては感嘆の声を漏らしている。
(暢気すぎる……本当にこんな奴で大丈夫なのか)
一抹の不安を覚えながらもサロンへと案内するオーガン。そこにはすでに夕食の準備が成されており、そして数名の人物がイェレミアスを待ち構えていた。その中でも中央にいた若い男性が立ち上がって挨拶をする。
「ようこそいらっしゃいました、殿下。お会いしたことはありますが、覚えておりますかな? オーガン家の嫡子、ウォホールです」
「ええ、三年ほど前にリィングリーツ宮でお会いしたことがありましたね。お久しぶりです」
初対面であるが、淀みなく答えるイェレミアス。一同はテーブルにつき、密会というよりは少し砕けた印象の夕食会が始まった。
「しかし奇妙な縁ですね。キシュクシュの失踪で、もう繋がりは潰えたものと思っていましたが、こうしてまた繋がり、食卓を囲むことができるとは思ってもみませんでした」
さすがは公爵家の嫡男といったところか。イェレミアスよりも十ほど年上のウォホールは厳しく躾けられた美しい所作で食事をとりながら穏やかに話す。どこか獣のようなギラギラしたところのあるオーガンとは対照的な雰囲気を身にまとう。
「いったいどのような『不思議な縁』で?」
ウォホールが問いかけると、オーガンがごほんと咳払いをした。
「それはまあよかろう。重要なのはこうして今、同じ卓を囲んで座っている事だ」
言いづらいのも仕方ない。二人を繋いだのは『王の部屋の淫魔』などという怪異にも等しき存在であるし、その場でオーガンは口淫をさせるなどという無法に及んでいる。
イェレミアスが会う者会う者とみだらな行為に及ぶのは何も彼の淫蕩な嗜好のためだけではない。公にしづらい関係を結ぶことで、本人の口から秘密を盛れにくくするためでもある。
まさにそれを上手く利用して以前はこの逆十字屋敷に潜り込んで、キシュクシュを奪っていったのだが、オーガン家の者はそれを当然知らない。
「オーガン家と王家は、こうして共に歩んでいく運命にある家ということでしょう」
オーガンと同じように適当にはぐらかして、イェレミアスはろうそくの柔らかな光に妖しく照らされた、ソースと血で輝くステーキの切れ端を必要以上に小さく切って、その紅く実った果実のように美しい唇の中に運んだ。
血で濡れた唇は、まさしく熟れたサクランボのように小さく、可愛らしくも妖艶だ。
(こんな少年だったか……)
ウォホールはその所作、というよりは身にまとう雰囲気に見とれていた。
(数年前に会った時には美しいが、ただの少年だった。しかし今こうして会ってみると、まさしく妖精のような妖しく妖艶な色気さえ感じる)
ウォホールは当然のように妻帯者であり、これまでにも男色の気など全く無かった。
しかし数年ぶりに会ったこの王子に、表には出せない劣情を強く感じていた。
(女に対して感じることはこれまでもあったが……これが子供から大人になるという事なのだろうか)
金目当てで屋敷に潜り込んだ物取りを捕え、見せしめのために門の上に縛り上げ、逆さに磔にして生きたまま晒した経緯からそんな不穏な名称で呼ばれることもある城塞の如きノーモル公オーデン・オーガン卿の、王都ウィンザーハーツにある屋敷の通称である。
ここ数ヶ月、ノーモル公は自領にいるよりもこの逆十字屋敷やリィングリーツ宮にいる時間の方が長いのではないかと言われるほどに頻繁にここへ足を運んでいる。
三人の王位継承者、国王の健康不安、議会派の台頭。今このグリムランド王国が抱えている問題、それは率直に言って政情不安というものである。
さらに言うなら彼の末の娘キシュクシュの事もあり何かと頭を悩ませられることの多い日々が続いている。
そんな中でもこの日、夜風の厳しさも大分緩まってきた中、逆十字屋敷は一種異様な緊張感に包まれていた。
「よくぞおいでいただきました。イェレミアス王子殿下」
恭しく最敬礼をするオーガン卿。薄い笑みと共にあったその挨拶は、ともすれば慇懃無礼にも映る。
「出迎えありがとうございます、オーガン卿。キシュクシュ殿の事は残念でしたが、良い関係を続けたいものです」
一方のイェレミアス王子はいつものようにお供の女騎士に手を引かれて馬車から降りてくる。
オーガンはキシュクシュの名を出された瞬間顔が引きつったが、恐らくはイェレミアスには悪意などあっての嫌味ではなかろうとスルーした。
そちらよりはよほど女に手を引かれて馬車を降りることの方が彼の癇に障った。古い人間であるオーガンにとっては女が近衛騎士につくということも、その女にエスコートされて馬車を降りるという事も受け入れがたい事実である。
一言でいえば軟弱だ。
不思議な縁が繋いだ両者の関係。それをより確かに、強固なものにするために今日の会合が開かれている。当然のことながら外には洩れぬように、内密に。
「不思議な縁」と言えば聞こえは良いのだが、実際には「不気味な縁」とも言えるもの。オーガンをイェレミアス王子に繋ぎ止めたのは『王の部屋の淫魔』を自称する身元不詳の人か魔か分からぬ人の方の埒外の者なのだ。
実際「イェレミアスとの仲を取り持つ」とは言われたものの、実際に会ってみるまではオーガンも半信半疑であった。
本来であれば如何にお忍びであるとは言えども、王族を呼びつけるなど無礼な事ではあるが、それでもオーガンが態度を曲げなかったのは、あの女がどこぞの間者で、自分を暗殺するために罠に嵌めようと動いているのではないかと思ったからである。
「どうぞこちらへ。呼びつけてしまったせめてもの詫び、粗末ではありますが出来得る限りの歓待をさせていただきます」
オーガンの案内で屋敷の中に通される。外から見ると砦のような武骨な作りではあったが、中はやはり貴族らしく豪奢に飾ってある。
一見無駄ばかりに思える調度品の数々。しかし貴族は「ナメられたら終わり」なのだ。貴族がその財力を敵に見せつけるのは、威嚇行為でもあり、場外乱闘のような物。イェレミアスは無邪気にきょろきょろと調度品に目を奪われては感嘆の声を漏らしている。
(暢気すぎる……本当にこんな奴で大丈夫なのか)
一抹の不安を覚えながらもサロンへと案内するオーガン。そこにはすでに夕食の準備が成されており、そして数名の人物がイェレミアスを待ち構えていた。その中でも中央にいた若い男性が立ち上がって挨拶をする。
「ようこそいらっしゃいました、殿下。お会いしたことはありますが、覚えておりますかな? オーガン家の嫡子、ウォホールです」
「ええ、三年ほど前にリィングリーツ宮でお会いしたことがありましたね。お久しぶりです」
初対面であるが、淀みなく答えるイェレミアス。一同はテーブルにつき、密会というよりは少し砕けた印象の夕食会が始まった。
「しかし奇妙な縁ですね。キシュクシュの失踪で、もう繋がりは潰えたものと思っていましたが、こうしてまた繋がり、食卓を囲むことができるとは思ってもみませんでした」
さすがは公爵家の嫡男といったところか。イェレミアスよりも十ほど年上のウォホールは厳しく躾けられた美しい所作で食事をとりながら穏やかに話す。どこか獣のようなギラギラしたところのあるオーガンとは対照的な雰囲気を身にまとう。
「いったいどのような『不思議な縁』で?」
ウォホールが問いかけると、オーガンがごほんと咳払いをした。
「それはまあよかろう。重要なのはこうして今、同じ卓を囲んで座っている事だ」
言いづらいのも仕方ない。二人を繋いだのは『王の部屋の淫魔』などという怪異にも等しき存在であるし、その場でオーガンは口淫をさせるなどという無法に及んでいる。
イェレミアスが会う者会う者とみだらな行為に及ぶのは何も彼の淫蕩な嗜好のためだけではない。公にしづらい関係を結ぶことで、本人の口から秘密を盛れにくくするためでもある。
まさにそれを上手く利用して以前はこの逆十字屋敷に潜り込んで、キシュクシュを奪っていったのだが、オーガン家の者はそれを当然知らない。
「オーガン家と王家は、こうして共に歩んでいく運命にある家ということでしょう」
オーガンと同じように適当にはぐらかして、イェレミアスはろうそくの柔らかな光に妖しく照らされた、ソースと血で輝くステーキの切れ端を必要以上に小さく切って、その紅く実った果実のように美しい唇の中に運んだ。
血で濡れた唇は、まさしく熟れたサクランボのように小さく、可愛らしくも妖艶だ。
(こんな少年だったか……)
ウォホールはその所作、というよりは身にまとう雰囲気に見とれていた。
(数年前に会った時には美しいが、ただの少年だった。しかし今こうして会ってみると、まさしく妖精のような妖しく妖艶な色気さえ感じる)
ウォホールは当然のように妻帯者であり、これまでにも男色の気など全く無かった。
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