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注がれる悪意
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「この二週間」
情事が終わり。
シャツに袖を通す少年の後ろにはベッドの上でギアンテがぼろきれのように転がっている。
「僕がただ心神喪失した演技のためだけに無為に過ごしていたとでも思っていましたか?」
そう問いかけたがギアンテからの答えはない。少し心配になってちらりと自分の背中越しに視線を送るが、ただただ呆然自失としているだけのようであった。
「この国を一度完全に壊して、僕が王となるための道筋はすでにつけてある。お母様もギアンテも、決して悪いようにはしないから安心してほしい」
衣服を完全に着用して立ち上がり、少し歩いて先ほどまで二人で話していた椅子に着席した。余裕の笑みで足を組んで座る様はまさしく王者の貫禄である。
「僕が王位につけば、ギアンテ、あなたは王妃となる女性だ。いつまでもそんなはしたない格好で寝転んでいないで、そろそろ衣服を着たらどうです?」
着衣を促すとギアンテはようやくのろのろと服を着始める。少年は彼女の着替えが終わるのを待たずに話を続け始めた。
「もともと、上の二人の対決はアシュベル殿下が優位だった。ま、ガッツォ殿下に勝つ気がないんだから当たり前ですけどね」
以前にヤルノが言った通り、ガッツォには臆病な面がある。それゆえに自分の決断で国を動かす自信がなく、議会派の筆頭となった。また、貴族が国の実権を握るこの国で議会主導を主張することで現政権からの支持が受けられなくなり、負けた時の『言い訳』ができる、というのもこの臆病者にとっては魅力的に映ったのだろう。
「ですが、僕の粘り強い説得により国王陛下とノーモル公がガッツォ殿下の支持に回ります」
まだまだ地方豪族を前身とする諸侯が大きな力を持ち、国の在り方の決定において強い影響力を持つこの国は、絶対王政には程遠い。だからこそ王はその力を下に示さねばならず、王別の儀は理論的にはあまり意味がなくとも精神的には大きな意味を持つ、その象徴とも言える儀式である。
要は、王と言えども少し力の強い貴族に他ならないのだ。
形式上は上院である貴族院での会議で国政は決められ、実際には貴族同士の持つパワーバランスによって大勢を決し、その顔色を窺いながら王が権力を行使する。
しかしここで民主主義という金看板を掲げることにより、実質的な中央集権制への布石をそれに持たせた。
そして王とノーモル公はこれに食いついたのだ。
「これでアシュベル殿下とガッツォ殿下のパワーバランスは互角になったと言えるでしょう。あとはなにか……偶発的な事故でも起これば」
つまり、何かするつもりなのだ。
近代国家の形態とは全く違う世界。同じ国家内であっても貴族が私兵を動かし、隣領の領土を切り取ることも日常茶飯事。ちょっとしたことで暴力の嵐が巻き起こり、血が流れる。
上手くすればただの政局ではなく、実際に血の流れる戦が起きる。共倒れ……とまで上手くはいかなくとも、両者の力を大きく削ぐ結果になることは明白である。
「民主主義というのはあくまでも『綺麗な看板』です。綺麗な看板を掲げるのは、『綺麗な顔』をした人物の方が、民衆には分かりやすい」
ガッツォは表向き『豪胆な人物』として知られており、実際その相貌は武人風である。これを「頼もしい」ととるか「恐ろしい」ととるかは人により分かれるところ。
一方のイェレミアスは美しい顔立ちに穏やかな言動。その性格も穏和で知られている。恐ろしいもので、人というものは外見が好ましい者は正しいと認識する悪癖がある。
王位継承のため周りを巻き込んでアシュベルとガッツォが争いを起こし、それを収めるためにイェレミアス王子が出てきて、人民の救済を謳って民主主義を説いたらどうなるか。
考えるだに恐ろしい。
「そろそろ機嫌を直してよ、僕のお姫様」
「やめて!」
まだ虚ろな目でだらだらと着衣を正していたギアンテに、ヤルノが軽く口づけをしようとすると、彼女は振り払ってそれを拒否した。
「ひどいな。あんなに愛し合った仲だっていうのに。僕は君のいとしの王子様なんだ。そんな態度はないでしょう?」
「おねがい、やめて。これ以上私を追い詰めないで。私は、私にはもう何も、残されてないの。もう、生きる目的も……」
たださめざめと涙を流すのみ。
その姿を目の当たりにしたヤルノの心に浮かぶのは怒りか、それとも悲しみか。
本当ならば彼女は自分を殺すはずだったからだ。それが分かっていたからこそ、イェレミアスに『悪戯』と称して二人の衣装を入れ替えてあべこべに振舞うように提案した。
事情を知らない人間からしてみれば、ほんの、ちょっとした出来心に過ぎない簡単な悪戯だ。たとえバレたとしても笑って済ませられる程度の。それゆえにイェレミアスも快くその申し出を受けた。むしろ自分の演技力でどこまで母とギアンテを騙せるのかと楽しんでいた。
イェレミアスを殺したのは、間違いなくギアンテの『悪意』なのだ。
彼女がそんな邪心をもってさえいなければ、イェレミアスが死ぬこともなかった。ヤルノが仕掛けたのは、ちょっとした子供の悪戯だった。
それが分かっているからこそ、犯した罪の全てが、彼女に今、降りかかっているのである。
一方のヤルノの方はどうにも腑に落ちないという顔で彼女を眺めている。
イェレミアスの事は気の合う友人だと思っていた。彼の優しさに共感することはなくとも、彼の事は好いていた。
しかし、死んで悲しいとは別に思わない。
そう考えているヤルノであるが、心というものが無いわけではない。
「殺す相手が間違っていただけで、ここまで悲しむものなのか」
彼が今考えていることはそこであった。
二週間もの間気付かなかったくらいなんだから、この際どっちが殺されたんでもいいじゃないか。どっちでも別にたいして変わらないじゃないか。
イェレミアスが死んだのがそんなに悲しいのか。
もし死んだのが自分であったならば、彼女はここまで悲しんでくれただろうか。
もしギアンテが死んだら、自分もそれを悲しいと思うのだろうか。
「ギアンテ、そう悲しまないで下さい。あなたが殺したのはヤルノ。僕はイェレミアスですよ」
彼は、にこりと微笑んだ。
情事が終わり。
シャツに袖を通す少年の後ろにはベッドの上でギアンテがぼろきれのように転がっている。
「僕がただ心神喪失した演技のためだけに無為に過ごしていたとでも思っていましたか?」
そう問いかけたがギアンテからの答えはない。少し心配になってちらりと自分の背中越しに視線を送るが、ただただ呆然自失としているだけのようであった。
「この国を一度完全に壊して、僕が王となるための道筋はすでにつけてある。お母様もギアンテも、決して悪いようにはしないから安心してほしい」
衣服を完全に着用して立ち上がり、少し歩いて先ほどまで二人で話していた椅子に着席した。余裕の笑みで足を組んで座る様はまさしく王者の貫禄である。
「僕が王位につけば、ギアンテ、あなたは王妃となる女性だ。いつまでもそんなはしたない格好で寝転んでいないで、そろそろ衣服を着たらどうです?」
着衣を促すとギアンテはようやくのろのろと服を着始める。少年は彼女の着替えが終わるのを待たずに話を続け始めた。
「もともと、上の二人の対決はアシュベル殿下が優位だった。ま、ガッツォ殿下に勝つ気がないんだから当たり前ですけどね」
以前にヤルノが言った通り、ガッツォには臆病な面がある。それゆえに自分の決断で国を動かす自信がなく、議会派の筆頭となった。また、貴族が国の実権を握るこの国で議会主導を主張することで現政権からの支持が受けられなくなり、負けた時の『言い訳』ができる、というのもこの臆病者にとっては魅力的に映ったのだろう。
「ですが、僕の粘り強い説得により国王陛下とノーモル公がガッツォ殿下の支持に回ります」
まだまだ地方豪族を前身とする諸侯が大きな力を持ち、国の在り方の決定において強い影響力を持つこの国は、絶対王政には程遠い。だからこそ王はその力を下に示さねばならず、王別の儀は理論的にはあまり意味がなくとも精神的には大きな意味を持つ、その象徴とも言える儀式である。
要は、王と言えども少し力の強い貴族に他ならないのだ。
形式上は上院である貴族院での会議で国政は決められ、実際には貴族同士の持つパワーバランスによって大勢を決し、その顔色を窺いながら王が権力を行使する。
しかしここで民主主義という金看板を掲げることにより、実質的な中央集権制への布石をそれに持たせた。
そして王とノーモル公はこれに食いついたのだ。
「これでアシュベル殿下とガッツォ殿下のパワーバランスは互角になったと言えるでしょう。あとはなにか……偶発的な事故でも起これば」
つまり、何かするつもりなのだ。
近代国家の形態とは全く違う世界。同じ国家内であっても貴族が私兵を動かし、隣領の領土を切り取ることも日常茶飯事。ちょっとしたことで暴力の嵐が巻き起こり、血が流れる。
上手くすればただの政局ではなく、実際に血の流れる戦が起きる。共倒れ……とまで上手くはいかなくとも、両者の力を大きく削ぐ結果になることは明白である。
「民主主義というのはあくまでも『綺麗な看板』です。綺麗な看板を掲げるのは、『綺麗な顔』をした人物の方が、民衆には分かりやすい」
ガッツォは表向き『豪胆な人物』として知られており、実際その相貌は武人風である。これを「頼もしい」ととるか「恐ろしい」ととるかは人により分かれるところ。
一方のイェレミアスは美しい顔立ちに穏やかな言動。その性格も穏和で知られている。恐ろしいもので、人というものは外見が好ましい者は正しいと認識する悪癖がある。
王位継承のため周りを巻き込んでアシュベルとガッツォが争いを起こし、それを収めるためにイェレミアス王子が出てきて、人民の救済を謳って民主主義を説いたらどうなるか。
考えるだに恐ろしい。
「そろそろ機嫌を直してよ、僕のお姫様」
「やめて!」
まだ虚ろな目でだらだらと着衣を正していたギアンテに、ヤルノが軽く口づけをしようとすると、彼女は振り払ってそれを拒否した。
「ひどいな。あんなに愛し合った仲だっていうのに。僕は君のいとしの王子様なんだ。そんな態度はないでしょう?」
「おねがい、やめて。これ以上私を追い詰めないで。私は、私にはもう何も、残されてないの。もう、生きる目的も……」
たださめざめと涙を流すのみ。
その姿を目の当たりにしたヤルノの心に浮かぶのは怒りか、それとも悲しみか。
本当ならば彼女は自分を殺すはずだったからだ。それが分かっていたからこそ、イェレミアスに『悪戯』と称して二人の衣装を入れ替えてあべこべに振舞うように提案した。
事情を知らない人間からしてみれば、ほんの、ちょっとした出来心に過ぎない簡単な悪戯だ。たとえバレたとしても笑って済ませられる程度の。それゆえにイェレミアスも快くその申し出を受けた。むしろ自分の演技力でどこまで母とギアンテを騙せるのかと楽しんでいた。
イェレミアスを殺したのは、間違いなくギアンテの『悪意』なのだ。
彼女がそんな邪心をもってさえいなければ、イェレミアスが死ぬこともなかった。ヤルノが仕掛けたのは、ちょっとした子供の悪戯だった。
それが分かっているからこそ、犯した罪の全てが、彼女に今、降りかかっているのである。
一方のヤルノの方はどうにも腑に落ちないという顔で彼女を眺めている。
イェレミアスの事は気の合う友人だと思っていた。彼の優しさに共感することはなくとも、彼の事は好いていた。
しかし、死んで悲しいとは別に思わない。
そう考えているヤルノであるが、心というものが無いわけではない。
「殺す相手が間違っていただけで、ここまで悲しむものなのか」
彼が今考えていることはそこであった。
二週間もの間気付かなかったくらいなんだから、この際どっちが殺されたんでもいいじゃないか。どっちでも別にたいして変わらないじゃないか。
イェレミアスが死んだのがそんなに悲しいのか。
もし死んだのが自分であったならば、彼女はここまで悲しんでくれただろうか。
もしギアンテが死んだら、自分もそれを悲しいと思うのだろうか。
「ギアンテ、そう悲しまないで下さい。あなたが殺したのはヤルノ。僕はイェレミアスですよ」
彼は、にこりと微笑んだ。
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