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積み木崩し
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「いつまでも服を着ていないと、さすがに暖かくなってきたとはいえ風邪をひきますよ、お母様」
穏やかな声を投げかけるイェレミアス。しかしその声を受け取る方はどう見ても尋常な様子ではない。糸の切れた操り人形のように脱力して、ベッドの上で乱れた着衣のまま寝転んでいる。
呼吸に合わせて胸が上下しているため死んでいない事だけはかろうじて分かるが、おそらくはこういう状態を「心神喪失」というのだろうことが見て取れる。
「まったく、介護の必要な年でもあるまいに、手のかかるお母様ですね」
自分の着替えの終わったイェレミアスは優しく笑いながらそう言って、明らかに性的に乱暴されたであろう王妃インシュラの元に歩み寄り、乱れた着衣を直してゆく。
年嵩ではあるものの、まだまだ老いには程遠い美しい体。夫である国王ヤーッコが最近著しい老境をきたしている事を考えれば随分と若作りな妻である。
しかしその若々しく美しい王妃がまだ少年と言っても差し支えのない男に服を着させられている事の妙。
紛れもなく、王妃インシュラはつい先ほどこの甲斐甲斐しく世話を焼く少年に、犯されたのだ。
しかしその割には彼が手を触れても、全く抵抗することなく、なすがままである。目の焦点は宙を彷徨い、やはり正気であるとは思い難い。
国王の妻である王妃インシュラが、犯された。それも自らの息子に、という事であれば当然一大事なのではあるが、今の彼女の内心はそんな些末なことに構っているほどの余裕がないというのが現状である。
外面から見れば完全に凪となっている彼女の精神状態であるが、実際にその内面は嵐のように荒れており、かろうじて自己崩壊を堪えていると言ってよい。いや、もう崩壊しているのかもしれない。なんとか形を保っているに他ならないのだ。
そうしているうちにイェレミアスはインシュラの衣服を整え終わり、乱れた髪を手漉きしながら優しく撫でた。
「こうやって母の身づくろいを手伝う、というのもいいものですね。親子の語らいともいうべきものですか、心が洗われるようです」
そうかもしれないが、その直前に母に性暴行に及んだ者の言う事ではない。しかしおそらくはこの少年に、そんな道理は通じないのであろう。
「愛していますよ、お母様」
「ひっ!?」
あまりにも反応がないことに辟易したのか、そんな感情を態度に見せたわけではないが、イェレミアスがそのままインシュラに口づけをしようと顔を寄せると、ようやくインシュラが反応を見せた。小さく悲鳴を上げて逃げるように体を離したのだ。
「どうしたんです? ボーっとして。らしくないですよ、お母様」
「なにが……何が目的なの、あなたは」
「目的……とは?」
「ふざけないで! イェレミアスを殺して成り代わり、オーガン親子を殺し、この国の王となることが目的なの!?」
だいぶ錯乱した状態ではあるものの、インシュラからすれば目の前の少年の目的が掴めず、困惑していることは確かなのだ。しかしヤルノの反応は芳しくない。目を瞑り、呆れたような表情を浮かべて考え事をしている。
「いや……イェレミアスを殺したのは僕ではないですよ。人のせいにしないでもらえますか。それに、王となってこの国を変えてほしいっていうのもお母様とギアンテの望みでしょう。僕はそんなもの欲しいとは思ってません」
「だったらなぜ……こんなことをするの。オーガン親子の首を目の前に見せて、私を犯して! 私を追い詰めて言いなりにするのが目的なの!?」
「それについては、見解の相違としか言いようがありませんが」
そう言いながら、イェレミアスはクラブバッグに入れたままになっていたキシュクシュの髪の毛を鷲掴みにして持ち上げた。
下顎の力の失われた首は、重力の力に負けてだらりと口を開き、舌がこぼれ出る。
ヤルノはそれを丁寧に口の中にしまって、仔猫を抱くように膝の上に乗せると、やはり仔猫を撫でるようにキシュクシュの頭を優しく撫でた。
「お母様が喜ぶと思ったんですよ」
バカな、と言おうと思ったのだが、インシュラは言葉を発することができなかった。こちらをおちょくるためにそんなことを言っているのだろうと思ったのだが、寂しそうに目を伏せるイェレミアスの表情は真面目そのものであった。
イェレミアスはキシュクシュの頭を撫でながら言葉を続ける。
「性交というのは、愛する人同士がするものでしょう? お母様は、間違いなくイェレミアスの事を愛していた。でも血の繋がりがあるから抱くことができなかったって言うんなら、血の繋がりのない僕なら、きっと喜んでくれると思ったのに……」
人差し指を顔に寄せ、自らの涙を拭う仕草を見せた。それが演技なのか本気なのかは、誰にも分からない。
「ごめんなさい、お母様。まさか嫌がるとは思ってなかったから……」
この少年がおかしいのか、それとも平民とはこういうものなのか。インシュラは二の句を告げることができず、口をぱくぱくと開け閉めするのみであった。
「こいつらの首も、ノーモル公をお母様が嫌ってると聞いたから、きっと喜んでくれると思ったから持ってきたのに」
そう言ってイェレミアスはキシュクシュの首をクラブバッグ目がけて放った。首は骨と骨がぶつかる鈍い音をさせてバッグに収まった。
「まあ、キシュクシュは関係ないですけど」
首を二つセットにしたのはイェレミアスなりのこだわりであったが、いらぬ心遣いであった。
ともかく、インシュラははっきりと理解した。この獣を理解することなど、自分にはできないし、イェレミアスの死も、もはやどうにも取り返しのつかない事実なのだと。
「……かえして……イェレミアスを……」
蚊の鳴くような声とはまさにこういうことを言うのか。さめざめと泣きながら、どうにもならない事をのたまう。
「はぁぁ……子供みたいに駄々をこねないで下さいよ」
大きなため息をつくイェレミアス。彼からすればそもそもその殺したのもインシュラ達なのだ。知ったことか、という風である。
「そうだ、いいこと考えました。どうせ三週間もの間僕がイェレミアスに成り代わっていることに気付かなかったわけじゃないですか。それってもう『別にどっちでもいい』ってことじゃないですか? ヤルノもイェレミアスもたいして違いなんかありませんよ。この際、『イェレミアスがちょっと元気になった』と思って僕の事を受け入れてみませんか? どうです?」
検討する価値すらない提案。本当にこんな案が受け入れられるとでも思っているのだろうか。
呆れと、諦めと。余りにも異質な言葉を話す少年の姿に、インシュラはただ俯くことしかできなかった。
逆にイェレミアスの方も彼女が何が気に食わないのか分からない。三週間もの間気付かなかったのは事実じゃないか。それで本当に自分は代わりにならないとでもいうのか。
そう思って彼女に対して別の意味で呆れ、ため息をついてから部屋を出て行く。
「積み木を崩すのは楽しいけど、掃除が大変なんだよなあ」
穏やかな声を投げかけるイェレミアス。しかしその声を受け取る方はどう見ても尋常な様子ではない。糸の切れた操り人形のように脱力して、ベッドの上で乱れた着衣のまま寝転んでいる。
呼吸に合わせて胸が上下しているため死んでいない事だけはかろうじて分かるが、おそらくはこういう状態を「心神喪失」というのだろうことが見て取れる。
「まったく、介護の必要な年でもあるまいに、手のかかるお母様ですね」
自分の着替えの終わったイェレミアスは優しく笑いながらそう言って、明らかに性的に乱暴されたであろう王妃インシュラの元に歩み寄り、乱れた着衣を直してゆく。
年嵩ではあるものの、まだまだ老いには程遠い美しい体。夫である国王ヤーッコが最近著しい老境をきたしている事を考えれば随分と若作りな妻である。
しかしその若々しく美しい王妃がまだ少年と言っても差し支えのない男に服を着させられている事の妙。
紛れもなく、王妃インシュラはつい先ほどこの甲斐甲斐しく世話を焼く少年に、犯されたのだ。
しかしその割には彼が手を触れても、全く抵抗することなく、なすがままである。目の焦点は宙を彷徨い、やはり正気であるとは思い難い。
国王の妻である王妃インシュラが、犯された。それも自らの息子に、という事であれば当然一大事なのではあるが、今の彼女の内心はそんな些末なことに構っているほどの余裕がないというのが現状である。
外面から見れば完全に凪となっている彼女の精神状態であるが、実際にその内面は嵐のように荒れており、かろうじて自己崩壊を堪えていると言ってよい。いや、もう崩壊しているのかもしれない。なんとか形を保っているに他ならないのだ。
そうしているうちにイェレミアスはインシュラの衣服を整え終わり、乱れた髪を手漉きしながら優しく撫でた。
「こうやって母の身づくろいを手伝う、というのもいいものですね。親子の語らいともいうべきものですか、心が洗われるようです」
そうかもしれないが、その直前に母に性暴行に及んだ者の言う事ではない。しかしおそらくはこの少年に、そんな道理は通じないのであろう。
「愛していますよ、お母様」
「ひっ!?」
あまりにも反応がないことに辟易したのか、そんな感情を態度に見せたわけではないが、イェレミアスがそのままインシュラに口づけをしようと顔を寄せると、ようやくインシュラが反応を見せた。小さく悲鳴を上げて逃げるように体を離したのだ。
「どうしたんです? ボーっとして。らしくないですよ、お母様」
「なにが……何が目的なの、あなたは」
「目的……とは?」
「ふざけないで! イェレミアスを殺して成り代わり、オーガン親子を殺し、この国の王となることが目的なの!?」
だいぶ錯乱した状態ではあるものの、インシュラからすれば目の前の少年の目的が掴めず、困惑していることは確かなのだ。しかしヤルノの反応は芳しくない。目を瞑り、呆れたような表情を浮かべて考え事をしている。
「いや……イェレミアスを殺したのは僕ではないですよ。人のせいにしないでもらえますか。それに、王となってこの国を変えてほしいっていうのもお母様とギアンテの望みでしょう。僕はそんなもの欲しいとは思ってません」
「だったらなぜ……こんなことをするの。オーガン親子の首を目の前に見せて、私を犯して! 私を追い詰めて言いなりにするのが目的なの!?」
「それについては、見解の相違としか言いようがありませんが」
そう言いながら、イェレミアスはクラブバッグに入れたままになっていたキシュクシュの髪の毛を鷲掴みにして持ち上げた。
下顎の力の失われた首は、重力の力に負けてだらりと口を開き、舌がこぼれ出る。
ヤルノはそれを丁寧に口の中にしまって、仔猫を抱くように膝の上に乗せると、やはり仔猫を撫でるようにキシュクシュの頭を優しく撫でた。
「お母様が喜ぶと思ったんですよ」
バカな、と言おうと思ったのだが、インシュラは言葉を発することができなかった。こちらをおちょくるためにそんなことを言っているのだろうと思ったのだが、寂しそうに目を伏せるイェレミアスの表情は真面目そのものであった。
イェレミアスはキシュクシュの頭を撫でながら言葉を続ける。
「性交というのは、愛する人同士がするものでしょう? お母様は、間違いなくイェレミアスの事を愛していた。でも血の繋がりがあるから抱くことができなかったって言うんなら、血の繋がりのない僕なら、きっと喜んでくれると思ったのに……」
人差し指を顔に寄せ、自らの涙を拭う仕草を見せた。それが演技なのか本気なのかは、誰にも分からない。
「ごめんなさい、お母様。まさか嫌がるとは思ってなかったから……」
この少年がおかしいのか、それとも平民とはこういうものなのか。インシュラは二の句を告げることができず、口をぱくぱくと開け閉めするのみであった。
「こいつらの首も、ノーモル公をお母様が嫌ってると聞いたから、きっと喜んでくれると思ったから持ってきたのに」
そう言ってイェレミアスはキシュクシュの首をクラブバッグ目がけて放った。首は骨と骨がぶつかる鈍い音をさせてバッグに収まった。
「まあ、キシュクシュは関係ないですけど」
首を二つセットにしたのはイェレミアスなりのこだわりであったが、いらぬ心遣いであった。
ともかく、インシュラははっきりと理解した。この獣を理解することなど、自分にはできないし、イェレミアスの死も、もはやどうにも取り返しのつかない事実なのだと。
「……かえして……イェレミアスを……」
蚊の鳴くような声とはまさにこういうことを言うのか。さめざめと泣きながら、どうにもならない事をのたまう。
「はぁぁ……子供みたいに駄々をこねないで下さいよ」
大きなため息をつくイェレミアス。彼からすればそもそもその殺したのもインシュラ達なのだ。知ったことか、という風である。
「そうだ、いいこと考えました。どうせ三週間もの間僕がイェレミアスに成り代わっていることに気付かなかったわけじゃないですか。それってもう『別にどっちでもいい』ってことじゃないですか? ヤルノもイェレミアスもたいして違いなんかありませんよ。この際、『イェレミアスがちょっと元気になった』と思って僕の事を受け入れてみませんか? どうです?」
検討する価値すらない提案。本当にこんな案が受け入れられるとでも思っているのだろうか。
呆れと、諦めと。余りにも異質な言葉を話す少年の姿に、インシュラはただ俯くことしかできなかった。
逆にイェレミアスの方も彼女が何が気に食わないのか分からない。三週間もの間気付かなかったのは事実じゃないか。それで本当に自分は代わりにならないとでもいうのか。
そう思って彼女に対して別の意味で呆れ、ため息をついてから部屋を出て行く。
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