リィングリーツの獣たちへ

月江堂

文字の大きさ
62 / 94

積み木崩し

しおりを挟む
「いつまでも服を着ていないと、さすがに暖かくなってきたとはいえ風邪をひきますよ、お母様」
 
 穏やかな声を投げかけるイェレミアス。しかしその声を受け取る方はどう見ても尋常な様子ではない。糸の切れた操り人形のように脱力して、ベッドの上で乱れた着衣のまま寝転んでいる。
 
 呼吸に合わせて胸が上下しているため死んでいない事だけはかろうじて分かるが、おそらくはこういう状態を「心神喪失」というのだろうことが見て取れる。
 
「まったく、介護の必要な年でもあるまいに、手のかかるお母様ですね」
 
 自分の着替えの終わったイェレミアスは優しく笑いながらそう言って、明らかに性的に乱暴されたであろう王妃インシュラの元に歩み寄り、乱れた着衣を直してゆく。
 
 年嵩ではあるものの、まだまだ老いには程遠い美しい体。夫である国王ヤーッコが最近著しい老境をきたしている事を考えれば随分と若作りな妻である。
 
 しかしその若々しく美しい王妃がまだ少年と言っても差し支えのない男に服を着させられている事の妙。
 
 紛れもなく、王妃インシュラはつい先ほどこの甲斐甲斐しく世話を焼く少年に、犯されたのだ。
 
 しかしその割には彼が手を触れても、全く抵抗することなく、なすがままである。目の焦点は宙を彷徨い、やはり正気であるとは思い難い。
 
 国王の妻である王妃インシュラが、犯された。それも自らの息子に、という事であれば当然一大事なのではあるが、今の彼女の内心はそんな些末なことに構っているほどの余裕がないというのが現状である。
 
 外面から見れば完全に凪となっている彼女の精神状態であるが、実際にその内面は嵐のように荒れており、かろうじて自己崩壊を堪えていると言ってよい。いや、もう崩壊しているのかもしれない。なんとか形を保っているに他ならないのだ。
 
 そうしているうちにイェレミアスはインシュラの衣服を整え終わり、乱れた髪を手漉きしながら優しく撫でた。
 
「こうやって母の身づくろいを手伝う、というのもいいものですね。親子の語らいともいうべきものですか、心が洗われるようです」
 
 そうかもしれないが、その直前に母に性暴行に及んだ者の言う事ではない。しかしおそらくはこの少年に、そんな道理は通じないのであろう。
 
「愛していますよ、お母様」
「ひっ!?」
 
 あまりにも反応がないことに辟易したのか、そんな感情を態度に見せたわけではないが、イェレミアスがそのままインシュラに口づけをしようと顔を寄せると、ようやくインシュラが反応を見せた。小さく悲鳴を上げて逃げるように体を離したのだ。
 
「どうしたんです? ボーっとして。らしくないですよ、お母様」
 
「なにが……何が目的なの、あなたは」
 
「目的……とは?」
 
「ふざけないで! イェレミアスを殺して成り代わり、オーガン親子を殺し、この国の王となることが目的なの!?」
 
 だいぶ錯乱した状態ではあるものの、インシュラからすれば目の前の少年の目的が掴めず、困惑していることは確かなのだ。しかしヤルノの反応は芳しくない。目を瞑り、呆れたような表情を浮かべて考え事をしている。
 
「いや……イェレミアスを殺したのは僕ではないですよ。人のせいにしないでもらえますか。それに、王となってこの国を変えてほしいっていうのもお母様とギアンテの望みでしょう。僕はそんなもの欲しいとは思ってません」
 
「だったらなぜ……こんなことをするの。オーガン親子の首を目の前に見せて、私を犯して! 私を追い詰めて言いなりにするのが目的なの!?」
 
「それについては、見解の相違としか言いようがありませんが」
 
 そう言いながら、イェレミアスはクラブバッグに入れたままになっていたキシュクシュの髪の毛を鷲掴みにして持ち上げた。
 
 下顎の力の失われた首は、重力の力に負けてだらりと口を開き、舌がこぼれ出る。
 
 ヤルノはそれを丁寧に口の中にしまって、仔猫を抱くように膝の上に乗せると、やはり仔猫を撫でるようにキシュクシュの頭を優しく撫でた。
 
「お母様が喜ぶと思ったんですよ」
 
 バカな、と言おうと思ったのだが、インシュラは言葉を発することができなかった。こちらをおちょくるためにそんなことを言っているのだろうと思ったのだが、寂しそうに目を伏せるイェレミアスの表情は真面目そのものであった。
 
 イェレミアスはキシュクシュの頭を撫でながら言葉を続ける。
 
「性交というのは、愛する人同士がするものでしょう? お母様は、間違いなくイェレミアスの事を愛していた。でも血の繋がりがあるから抱くことができなかったって言うんなら、血の繋がりのない僕なら、きっと喜んでくれると思ったのに……」
 
 人差し指を顔に寄せ、自らの涙を拭う仕草を見せた。それが演技なのか本気なのかは、誰にも分からない。
 
「ごめんなさい、お母様。まさか嫌がるとは思ってなかったから……」
 
 この少年がおかしいのか、それとも平民とはこういうものなのか。インシュラは二の句を告げることができず、口をぱくぱくと開け閉めするのみであった。
 
「こいつらの首も、ノーモル公をお母様が嫌ってると聞いたから、きっと喜んでくれると思ったから持ってきたのに」
 
 そう言ってイェレミアスはキシュクシュの首をクラブバッグ目がけて放った。首は骨と骨がぶつかる鈍い音をさせてバッグに収まった。
 
「まあ、キシュクシュは関係ないですけど」
 
 首を二つセットにしたのはイェレミアスなりのこだわりであったが、いらぬ心遣いであった。
 
 ともかく、インシュラははっきりと理解した。この獣を理解することなど、自分にはできないし、イェレミアスの死も、もはやどうにも取り返しのつかない事実なのだと。
 
「……かえして……イェレミアスを……」
 
 蚊の鳴くような声とはまさにこういうことを言うのか。さめざめと泣きながら、どうにもならない事をのたまう。
 
「はぁぁ……子供みたいに駄々をこねないで下さいよ」
 
 大きなため息をつくイェレミアス。彼からすればそもそもその殺したのもインシュラ達なのだ。知ったことか、という風である。
 
「そうだ、いいこと考えました。どうせ三週間もの間僕がイェレミアスに成り代わっていることに気付かなかったわけじゃないですか。それってもう『別にどっちでもいい』ってことじゃないですか? ヤルノもイェレミアスもたいして違いなんかありませんよ。この際、『イェレミアスがちょっと元気になった』と思って僕の事を受け入れてみませんか? どうです?」
 
 検討する価値すらない提案。本当にこんな案が受け入れられるとでも思っているのだろうか。
 
 呆れと、諦めと。余りにも異質な言葉を話す少年の姿に、インシュラはただ俯くことしかできなかった。
 
 逆にイェレミアスの方も彼女が何が気に食わないのか分からない。三週間もの間気付かなかったのは事実じゃないか。それで本当に自分は代わりにならないとでもいうのか。
 
 そう思って彼女に対して別の意味で呆れ、ため息をついてから部屋を出て行く。
 
「積み木を崩すのは楽しいけど、掃除が大変なんだよなあ」
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...